12 / 169
開拓編
温泉大作戦!!
しおりを挟む
翌朝、空は晴れ渡り、心地よい風が森を抜けていた。
拠点の一角、作業机を挟んで向かい合うのは、バニッシュとグラド。
二人は早朝から真剣な表情で、術式図と部品の設計案を並べながら話し合っていた。
「三つの魔法理論を同時展開して、それを中央装置で結合・統合か……流れの中間に媒体としての緩衝材をどう組み込むかが肝だな」
「おう、ただの金属や魔鉱じゃ駄目だ。流れを“受け止めてから整える”ような性質を持つ構造体が必要になる。そこは俺が色々と探してくる」
互いの専門を活かし、構想は着実に形になり始めていた。
――と、そこへ。
「バニッシュ、ちょっといいかしら?」
控えめなノックとともに、リュシアが姿を見せる。後ろにはセレスティナとライラの姿もあった。
「三人してどうしたんだ?」
「うん……ちょっと、お願いがあるの」
バニッシュが首を傾げると、ライラが前に出て口を開いた。
「以前、バニッシュさんが作ってくれた水浴び場のことなんですが……最近、人が増えたせいで、順番待ちが出ていて……」
「特に昼間、畑仕事や力仕事のあととか……汗や泥で身体が汚れていると、さすがに待ち時間は辛くて……」
セレスティナも少し困ったように微笑む。
「そっか、なるほど……確かに、ここではみんな役割分担してるし、体を動かすことも多い。年頃の子には気になるかもな……」
バニッシュは腕を組んでうなるように考え込む。
そのとき、脇で聞いていたグラドがぽんっと手を打った。
「だったら――いっそ、浴場を作ったらどうだ?」
「……浴場?」
リュシアが聞き返す。少し訝しげな目つきだ。
「ああ、俺の故郷じゃな、大きな風呂を作って、みんなで一緒に入るってのがあったんだ。でかい湯船に、たっぷりのお湯。汗も泥もぜ~んぶ流して、のんびり浸かる。最高の贅沢よ」
グラドは目を細めてどこか懐かしげに語る。
その言葉を聞いた瞬間、リュシア、セレスティナ、ライラの三人が同時に声を上げた。
「いいじゃない、それ!」
「私も賛成です。浴場なんて夢みたい……」
「浴場って……どんなのなんですか?」
目を輝かせる三人に、グラドはどこか名残惜しそうに肩をすくめる。
「本当はなぁ……温泉のほうがずっといいんだが、そう簡単に見つかるもんじゃねぇしな」
そう言いながらも、口調にどこか懐かしさが滲む。
「温泉? 聞いたことないけど……どこかにあるの?」
リュシアが首をかしげると、セレスティナがやんわりと微笑んだ。
「ええ、私は知っています。地中の熱で温められた地下水のことですよね。鉱物や成分が溶け込んでいて、肌にも体にも良いって言われてます」
「おぉ、そうそう。それだ」
グラドが指を鳴らして頷く。
「効能もいろいろあってな、疲労回復はもちろん、美容にも効果がある……って言われてる」
「……美容?」
その単語に、一人、リュシアがピクリと反応した。
「ふーん……美容、ねぇ……」
腕を組み、なぜかゆっくりと頷く。
「それ、私に必要って意味じゃなくて? いやいや、でもせっかくなら体に良いに越したことはないわよね」
リュシアはごにょごにょと呟いたかと思うと、バンッと手を叩いた。
「よし! なら温泉を掘りましょう!!」
「ちょ、おい待て待てリュシア。温泉ってのは“掘れば出る”ようなもんじゃねえんだって」
バニッシュが両手を上げて止めに入るが――
「ふふん、そこはご心配なく!」
胸を張って、リュシアは自信満々に言い切った。
「こう見えても、私は魔族の娘。魔眼のひとつやふたつ、使えるに決まってるじゃない」
「……えっ、魔眼?」
「それって、もしかして……」
「すごそう……!」
セレスティナとライラが感嘆の声を上げるなか、バニッシュがやや引き気味に口を挟んだ。
「……魔眼で温泉って見つかるもんなのか?」
「見つかるわよ。……たぶん!」
最後の一言にやや不安が残るが、リュシアのやる気はすでに天井知らずだった。
「どのみち、浴場の建設場所はまだ決まってない。どうせなら、夢の温泉を目指しましょう!」
リュシアが拳を掲げると、なぜか周囲から小さな拍手まで起きた。
「……ま、出たら出たで儲けもんか」
バニッシュが肩をすくめ、グラドも苦笑しながら腕を組んだ。
「さて、そんじゃ――温泉掘り、大作戦の始まりってわけだな」
「じゃ、行ってくるわねー!」
リュシアが手をひらひらと振りながら、足取り軽く拠点を出ていく。その後ろにはセレスティナ、ライラ、そして一番小柄なフォルの姿。
「結界の外には出るなよー! 絶対に、だ!」
バニッシュが背後から声をかけると、リュシアはチラリと振り返ってニッと笑った。
「分かってるってば! ただの温泉探しよ? 遊びじゃないんだから!」
……その笑顔は、完全に遊びに行く顔だった。
「まったく……」
バニッシュは手を頭に置き、苦笑する。
その表情はどこか父親のようだった。娘たちを遠足に送り出す親のような、少し心配で、でもどこか嬉しそうな、そんな顔だ。
「さてと……」
バニッシュは腰を伸ばし、手をパンと打つ。
「俺たちも始めるか。浴場の設計、頼むぞ、グラド、ザイロ」
「おう。そう来なくっちゃな!」
グラドが腕をぐるぐると回し、ザイロは黙ってうなずいた。
三人は焚き火跡の近くに木製のテーブルを持ち寄り、紙と墨、測量用の道具を並べて、温泉浴場計画がスタートするのだった。
***
一方その頃、森の中では、リュシアたちが探索を開始していた。
「このあたりはまだ歩いたことがないですね。地熱が高い場所があれば、あたたかい風や湯気が出ているはずですが……」
セレスティナが地面に手を触れ、魔力で温度を探りながら呟く。
「魔眼ってどう使うの? ねえねえリュシアお姉ちゃん!」
フォルがはしゃぎながら横から覗き込むと、リュシアは自慢げに腰に手を当て、ドヤ顔で言った。
「いい質問ね、フォル。私の魔眼の一つ熱視の眼《ヒート・シーカー》! 地中の温度差や魔素の流れを視覚的に捉えるのよ! 温泉なんて余裕よ!」
「お姉ちゃんすごーい!」
無邪気に拍手するフォルを見て、後ろのライラがぽつりとつぶやいた。
「……調子に乗らなきゃ、いい人なんだけど」
「ん? なにか言った?」
「いえ、なんでもないよ」
そんな会話を交わしながら歩いていると、ライラがふとフォルの背中を見て声をかけた。
「そうだ、せっかくだからこれもやっておきましょう」
そう言って、自分の肩から小さな編み籠を外すと、ぽん、とフォルの背中に乗せた。
「わっ!? な、なにこれ!? 重い~!」
「木の実を取っていきましょう。夕飯の準備にもなるし、何より自然の恵みってやつよ」
「えええー!? なんで僕が持つの~!?」
「男の子でしょ?」
ライラがピシャリと返すと、フォルはうう~と唸りながらもしぶしぶ歩き出す。
「ぼく、こういうの向いてないと思うんだけどなあ……」
「ほら、文句言ってないで探すわよ。少しでも成果が出れば温泉入浴の優先権をあげるから」
「ほんと!? やるやるやるっ!」
途端にやる気スイッチが入ったフォルは、森の中をきょろきょろと見回し始めた。
「……単純ね」
ライラが呆れながらも、口元に笑みを浮かべた。
カサリ、カサリと落ち葉を踏みしめる音が、森の静寂に柔らかく溶けていく。
リュシアは足を止めて、頭上に広がる木漏れ日を見上げた。
「それにしても……変な森よね、ここ」
「変、というと?」
セレスティナが首を傾げ、すぐそばの巨木にそっと手を当てる。年輪を感じさせる幹は太く、幾重にも苔が這い、生命の深さを語っていた。
「こんなに木々が生い茂ってるのに……周囲が暗くないのよ。むしろ明るいくらい」
「……確かに。普通ならもっと鬱蒼としているはずなのに、不思議と光が届く。樹齢は……数百年、いやもっと古いかもしれませんね」
セレスティナの淡い声が、葉の間を吹き抜ける風のように優しく響いた。
後ろからフォルが「木の実、あったー!」と無邪気に声を上げ、ライラが「こっちも見て」と応じる声が聞こえる。
平和な空気に包まれたそのひととき。
――しかし、突然。
「あの……ところで」
いつもは落ち着いたライラが、どこか落ち着かない様子で二人に声をかけた。
リュシアとセレスティナが同時に振り返ると、ライラは顔を赤らめながら視線を落とし、ぎこちなく言葉を継いだ。
「お二人って……その、バニッシュさんのこと、どう思ってるんですか?」
その瞬間。
「なななっ!? なによ急にっ!!?」
リュシアの顔が見る見るうちに真っ赤になり、肩をビクンと震わせた。
「ど、どうって……」
セレスティナも同じように目を見開き、耳まで真っ赤に染まっていく。視線は定まらず、手はそわそわと服の裾をいじっていた。
「い、いや別に深い意味はないんです。ただ……二人とも、いつもバニッシュさんと一緒にいるから……何かあるのかなって……」
ライラの声はあくまで自然で、興味半分、気遣い半分だった。だが、それが逆に突き刺さる。
「べ、べっつに私は! あいつのことなんて……その……っ」
言葉を濁すリュシアの口調は、いつになく弱々しい。普段の堂々たる態度はどこへやら、目を泳がせてゴニョゴニョと呟く様子は、少女そのものだった。
セレスティナは少し俯いたまま、しかし、ゆっくりと口を開いた。
「私は……そうですね」
胸元にそっと手を添え、何かを確かめるように。
「……素敵な人だと思います」
静かで、けれど迷いのない言葉。
それは飾り気のない、彼女の真っ直ぐな想いだった。
リュシアがちらりとその横顔を見て、少しだけ頬を膨らませる。
「……っ、私だって……」
「え?」
「なんでもないわよっ!」
そう言い捨てて、リュシアはバッと前を向き、大きな足音を立てて歩き出した。
セレスティナはそんな彼女の背中を見ながら、小さく笑った。
そしてライラもまた、二人の反応にくすりと微笑む。
(……バニッシュさん、まったく罪な人ですね)
そう、心の中で呟きながら――。
ぎこちない空気のまま、森の中を進んでいたそのときだった。
リュシアが、ふいにピタリと足を止める。
「……っ、来たわ」
その声に、セレスティナとライラ、そしてフォルが立ち止まる。
リュシアの瞳が、ほんの一瞬だけ淡い光を帯びる――それは、魔眼、熱視の眼《ヒート・シーカー》が発動した証。
彼女の視界に映るのは、周囲の魔力の流れ。それが一本の筋となって地下深くへと伸びているのが見えた。
「……地下水脈よ。それも、かなり深いけど……高温層と交わってる。間違いないわ」
リュシアはにやりと笑みを浮かべ、ぐっと指差す。
「あっちよ! 温泉、見つけたわ!」
「ほんとうですか!?」
セレスティナが目を見開き、ライラとフォルもぱあっと顔を明るくする。
「よっしゃー! さすがリュシアお姉ちゃん!」
フォルが思いきり腕を振り上げると、背負っていた木の実入りの籠がずれて、派手な音を立てて落ちた。
「ちょっ……! 木の実が潰れちゃうでしょ!」
「いってぇ~」
ライラに怒られながらも、フォルは嬉しそうだった。
一行は、リュシアの魔眼が示した方向へと足を進める。
やがて森の奥、岩肌が露出した小高い丘にたどり着いた。岩の隙間からは、ほんのり湯気のようなものが立ち上り、周囲には硫黄のようなかすかな匂いが漂っている。
「間違いない……これは温泉よ!」
リュシアが確信をもって言い放つと、セレスティナもそっと地面に手を当てて魔力を流し込む。
「ええ、熱源が近くにある。地下二十メル程度の深さに、豊富な湯量の温泉層……素晴らしいです!」
「よし、帰って報告しましょ!」
ライラが張り切って声を上げると、フォルも「ばんざーい!」と飛び跳ねた。
四人は笑いながら、来た道を引き返していく。
その背中には、まるで春風のように明るく朗らかな空気が流れていた。
少女たちの瞳には――すでに温泉に浸かってリラックスしている未来の自分たちの姿が、はっきりと浮かんでいた。
拠点の一角、作業机を挟んで向かい合うのは、バニッシュとグラド。
二人は早朝から真剣な表情で、術式図と部品の設計案を並べながら話し合っていた。
「三つの魔法理論を同時展開して、それを中央装置で結合・統合か……流れの中間に媒体としての緩衝材をどう組み込むかが肝だな」
「おう、ただの金属や魔鉱じゃ駄目だ。流れを“受け止めてから整える”ような性質を持つ構造体が必要になる。そこは俺が色々と探してくる」
互いの専門を活かし、構想は着実に形になり始めていた。
――と、そこへ。
「バニッシュ、ちょっといいかしら?」
控えめなノックとともに、リュシアが姿を見せる。後ろにはセレスティナとライラの姿もあった。
「三人してどうしたんだ?」
「うん……ちょっと、お願いがあるの」
バニッシュが首を傾げると、ライラが前に出て口を開いた。
「以前、バニッシュさんが作ってくれた水浴び場のことなんですが……最近、人が増えたせいで、順番待ちが出ていて……」
「特に昼間、畑仕事や力仕事のあととか……汗や泥で身体が汚れていると、さすがに待ち時間は辛くて……」
セレスティナも少し困ったように微笑む。
「そっか、なるほど……確かに、ここではみんな役割分担してるし、体を動かすことも多い。年頃の子には気になるかもな……」
バニッシュは腕を組んでうなるように考え込む。
そのとき、脇で聞いていたグラドがぽんっと手を打った。
「だったら――いっそ、浴場を作ったらどうだ?」
「……浴場?」
リュシアが聞き返す。少し訝しげな目つきだ。
「ああ、俺の故郷じゃな、大きな風呂を作って、みんなで一緒に入るってのがあったんだ。でかい湯船に、たっぷりのお湯。汗も泥もぜ~んぶ流して、のんびり浸かる。最高の贅沢よ」
グラドは目を細めてどこか懐かしげに語る。
その言葉を聞いた瞬間、リュシア、セレスティナ、ライラの三人が同時に声を上げた。
「いいじゃない、それ!」
「私も賛成です。浴場なんて夢みたい……」
「浴場って……どんなのなんですか?」
目を輝かせる三人に、グラドはどこか名残惜しそうに肩をすくめる。
「本当はなぁ……温泉のほうがずっといいんだが、そう簡単に見つかるもんじゃねぇしな」
そう言いながらも、口調にどこか懐かしさが滲む。
「温泉? 聞いたことないけど……どこかにあるの?」
リュシアが首をかしげると、セレスティナがやんわりと微笑んだ。
「ええ、私は知っています。地中の熱で温められた地下水のことですよね。鉱物や成分が溶け込んでいて、肌にも体にも良いって言われてます」
「おぉ、そうそう。それだ」
グラドが指を鳴らして頷く。
「効能もいろいろあってな、疲労回復はもちろん、美容にも効果がある……って言われてる」
「……美容?」
その単語に、一人、リュシアがピクリと反応した。
「ふーん……美容、ねぇ……」
腕を組み、なぜかゆっくりと頷く。
「それ、私に必要って意味じゃなくて? いやいや、でもせっかくなら体に良いに越したことはないわよね」
リュシアはごにょごにょと呟いたかと思うと、バンッと手を叩いた。
「よし! なら温泉を掘りましょう!!」
「ちょ、おい待て待てリュシア。温泉ってのは“掘れば出る”ようなもんじゃねえんだって」
バニッシュが両手を上げて止めに入るが――
「ふふん、そこはご心配なく!」
胸を張って、リュシアは自信満々に言い切った。
「こう見えても、私は魔族の娘。魔眼のひとつやふたつ、使えるに決まってるじゃない」
「……えっ、魔眼?」
「それって、もしかして……」
「すごそう……!」
セレスティナとライラが感嘆の声を上げるなか、バニッシュがやや引き気味に口を挟んだ。
「……魔眼で温泉って見つかるもんなのか?」
「見つかるわよ。……たぶん!」
最後の一言にやや不安が残るが、リュシアのやる気はすでに天井知らずだった。
「どのみち、浴場の建設場所はまだ決まってない。どうせなら、夢の温泉を目指しましょう!」
リュシアが拳を掲げると、なぜか周囲から小さな拍手まで起きた。
「……ま、出たら出たで儲けもんか」
バニッシュが肩をすくめ、グラドも苦笑しながら腕を組んだ。
「さて、そんじゃ――温泉掘り、大作戦の始まりってわけだな」
「じゃ、行ってくるわねー!」
リュシアが手をひらひらと振りながら、足取り軽く拠点を出ていく。その後ろにはセレスティナ、ライラ、そして一番小柄なフォルの姿。
「結界の外には出るなよー! 絶対に、だ!」
バニッシュが背後から声をかけると、リュシアはチラリと振り返ってニッと笑った。
「分かってるってば! ただの温泉探しよ? 遊びじゃないんだから!」
……その笑顔は、完全に遊びに行く顔だった。
「まったく……」
バニッシュは手を頭に置き、苦笑する。
その表情はどこか父親のようだった。娘たちを遠足に送り出す親のような、少し心配で、でもどこか嬉しそうな、そんな顔だ。
「さてと……」
バニッシュは腰を伸ばし、手をパンと打つ。
「俺たちも始めるか。浴場の設計、頼むぞ、グラド、ザイロ」
「おう。そう来なくっちゃな!」
グラドが腕をぐるぐると回し、ザイロは黙ってうなずいた。
三人は焚き火跡の近くに木製のテーブルを持ち寄り、紙と墨、測量用の道具を並べて、温泉浴場計画がスタートするのだった。
***
一方その頃、森の中では、リュシアたちが探索を開始していた。
「このあたりはまだ歩いたことがないですね。地熱が高い場所があれば、あたたかい風や湯気が出ているはずですが……」
セレスティナが地面に手を触れ、魔力で温度を探りながら呟く。
「魔眼ってどう使うの? ねえねえリュシアお姉ちゃん!」
フォルがはしゃぎながら横から覗き込むと、リュシアは自慢げに腰に手を当て、ドヤ顔で言った。
「いい質問ね、フォル。私の魔眼の一つ熱視の眼《ヒート・シーカー》! 地中の温度差や魔素の流れを視覚的に捉えるのよ! 温泉なんて余裕よ!」
「お姉ちゃんすごーい!」
無邪気に拍手するフォルを見て、後ろのライラがぽつりとつぶやいた。
「……調子に乗らなきゃ、いい人なんだけど」
「ん? なにか言った?」
「いえ、なんでもないよ」
そんな会話を交わしながら歩いていると、ライラがふとフォルの背中を見て声をかけた。
「そうだ、せっかくだからこれもやっておきましょう」
そう言って、自分の肩から小さな編み籠を外すと、ぽん、とフォルの背中に乗せた。
「わっ!? な、なにこれ!? 重い~!」
「木の実を取っていきましょう。夕飯の準備にもなるし、何より自然の恵みってやつよ」
「えええー!? なんで僕が持つの~!?」
「男の子でしょ?」
ライラがピシャリと返すと、フォルはうう~と唸りながらもしぶしぶ歩き出す。
「ぼく、こういうの向いてないと思うんだけどなあ……」
「ほら、文句言ってないで探すわよ。少しでも成果が出れば温泉入浴の優先権をあげるから」
「ほんと!? やるやるやるっ!」
途端にやる気スイッチが入ったフォルは、森の中をきょろきょろと見回し始めた。
「……単純ね」
ライラが呆れながらも、口元に笑みを浮かべた。
カサリ、カサリと落ち葉を踏みしめる音が、森の静寂に柔らかく溶けていく。
リュシアは足を止めて、頭上に広がる木漏れ日を見上げた。
「それにしても……変な森よね、ここ」
「変、というと?」
セレスティナが首を傾げ、すぐそばの巨木にそっと手を当てる。年輪を感じさせる幹は太く、幾重にも苔が這い、生命の深さを語っていた。
「こんなに木々が生い茂ってるのに……周囲が暗くないのよ。むしろ明るいくらい」
「……確かに。普通ならもっと鬱蒼としているはずなのに、不思議と光が届く。樹齢は……数百年、いやもっと古いかもしれませんね」
セレスティナの淡い声が、葉の間を吹き抜ける風のように優しく響いた。
後ろからフォルが「木の実、あったー!」と無邪気に声を上げ、ライラが「こっちも見て」と応じる声が聞こえる。
平和な空気に包まれたそのひととき。
――しかし、突然。
「あの……ところで」
いつもは落ち着いたライラが、どこか落ち着かない様子で二人に声をかけた。
リュシアとセレスティナが同時に振り返ると、ライラは顔を赤らめながら視線を落とし、ぎこちなく言葉を継いだ。
「お二人って……その、バニッシュさんのこと、どう思ってるんですか?」
その瞬間。
「なななっ!? なによ急にっ!!?」
リュシアの顔が見る見るうちに真っ赤になり、肩をビクンと震わせた。
「ど、どうって……」
セレスティナも同じように目を見開き、耳まで真っ赤に染まっていく。視線は定まらず、手はそわそわと服の裾をいじっていた。
「い、いや別に深い意味はないんです。ただ……二人とも、いつもバニッシュさんと一緒にいるから……何かあるのかなって……」
ライラの声はあくまで自然で、興味半分、気遣い半分だった。だが、それが逆に突き刺さる。
「べ、べっつに私は! あいつのことなんて……その……っ」
言葉を濁すリュシアの口調は、いつになく弱々しい。普段の堂々たる態度はどこへやら、目を泳がせてゴニョゴニョと呟く様子は、少女そのものだった。
セレスティナは少し俯いたまま、しかし、ゆっくりと口を開いた。
「私は……そうですね」
胸元にそっと手を添え、何かを確かめるように。
「……素敵な人だと思います」
静かで、けれど迷いのない言葉。
それは飾り気のない、彼女の真っ直ぐな想いだった。
リュシアがちらりとその横顔を見て、少しだけ頬を膨らませる。
「……っ、私だって……」
「え?」
「なんでもないわよっ!」
そう言い捨てて、リュシアはバッと前を向き、大きな足音を立てて歩き出した。
セレスティナはそんな彼女の背中を見ながら、小さく笑った。
そしてライラもまた、二人の反応にくすりと微笑む。
(……バニッシュさん、まったく罪な人ですね)
そう、心の中で呟きながら――。
ぎこちない空気のまま、森の中を進んでいたそのときだった。
リュシアが、ふいにピタリと足を止める。
「……っ、来たわ」
その声に、セレスティナとライラ、そしてフォルが立ち止まる。
リュシアの瞳が、ほんの一瞬だけ淡い光を帯びる――それは、魔眼、熱視の眼《ヒート・シーカー》が発動した証。
彼女の視界に映るのは、周囲の魔力の流れ。それが一本の筋となって地下深くへと伸びているのが見えた。
「……地下水脈よ。それも、かなり深いけど……高温層と交わってる。間違いないわ」
リュシアはにやりと笑みを浮かべ、ぐっと指差す。
「あっちよ! 温泉、見つけたわ!」
「ほんとうですか!?」
セレスティナが目を見開き、ライラとフォルもぱあっと顔を明るくする。
「よっしゃー! さすがリュシアお姉ちゃん!」
フォルが思いきり腕を振り上げると、背負っていた木の実入りの籠がずれて、派手な音を立てて落ちた。
「ちょっ……! 木の実が潰れちゃうでしょ!」
「いってぇ~」
ライラに怒られながらも、フォルは嬉しそうだった。
一行は、リュシアの魔眼が示した方向へと足を進める。
やがて森の奥、岩肌が露出した小高い丘にたどり着いた。岩の隙間からは、ほんのり湯気のようなものが立ち上り、周囲には硫黄のようなかすかな匂いが漂っている。
「間違いない……これは温泉よ!」
リュシアが確信をもって言い放つと、セレスティナもそっと地面に手を当てて魔力を流し込む。
「ええ、熱源が近くにある。地下二十メル程度の深さに、豊富な湯量の温泉層……素晴らしいです!」
「よし、帰って報告しましょ!」
ライラが張り切って声を上げると、フォルも「ばんざーい!」と飛び跳ねた。
四人は笑いながら、来た道を引き返していく。
その背中には、まるで春風のように明るく朗らかな空気が流れていた。
少女たちの瞳には――すでに温泉に浸かってリラックスしている未来の自分たちの姿が、はっきりと浮かんでいた。
300
あなたにおすすめの小説
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
パーティーから追放され、ギルドから追放され、国からも追放された俺は、追放者ギルドをつくってスローライフを送ることにしました。
さら
ファンタジー
勇者パーティーから「お前は役立たずだ」と追放され、冒険者ギルドからも追い出され、最後には国からすら追放されてしまった俺――カイル。
居場所を失った俺が選んだのは、「追放された者だけのギルド」を作ることだった。
仲間に加わったのは、料理しか取り柄のない少女、炎魔法が暴発する魔導士、臆病な戦士、そして落ちこぼれの薬師たち。
周囲から「無駄者」と呼ばれてきた者ばかり。だが、一人一人に光る才能があった。
追放者だけの寄せ集めが、いつの間にか巨大な力を生み出し――勇者や王国をも超える存在となっていく。
自由な農作業、にぎやかな炊き出し、仲間との笑い合い。
“無駄”と呼ばれた俺たちが築くのは、誰も追放されない新しい国と、本物のスローライフだった。
追放者たちが送る、逆転スローライフファンタジー、ここに開幕!
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~
荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。
=========================
<<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>>
参加時325位 → 現在5位!
応援よろしくお願いします!(´▽`)
=========================
S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。
ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。
崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。
そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。
今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。
そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。
それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。
ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。
他サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる