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獣人の国編
ツヅラの決断
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三日――。
黒の勇者の軍を退けてから、戦場はようやく静けさを取り戻しつつあった。
だが、バニッシュの心は決して穏やかではなかった。
拠点の救護所の奥。白布で仕切られた小部屋に、リュシアとセレスティナは並んで眠っていた。
戦いの代償は大きく、二人とも深い眠りから目を覚まさなかったのだ。
その三日間、バニッシュは片時も離れなかった。
夜も昼も、椅子に腰掛け、二人の額に浮かぶ汗を拭い、乾いた唇に水を含ませる。
回復魔法も何度となくかけたが、それでも目を開くことはなかった。
「……頼む。目を、覚ましてくれ」
その願いを胸に抱えたまま迎えた、三日目の朝。
かすかな声が響いた。
「……ん……ここ……は?」
バニッシュは息を呑む。
横たわるリュシアの赤と琥珀の瞳が、ゆっくりと開かれていた。
「リュシア!」
安堵と歓喜がないまぜになった声が零れ、バニッシュは思わず手を握る。
その瞬間――もう一人。
「……私……?」
今度はセレスティナが瞼を震わせ、蒼き瞳を開けた。
「セレスティナ……!」
抑えきれぬ感情が込み上げ、バニッシュは二人を同時に抱き寄せた。
「……良かった……! 本当に……良かった……!」
声が震え、背に回した腕に力がこもる。
三日間積み重なった焦燥と恐怖が、今ようやくほどけていったのだ。
「なっ、なによ急に……!」
リュシアが真っ赤になり、焦りを隠すように顔をそむける。
「く、苦しい……です……!」
セレスティナもまた頬を朱に染め、恥ずかしそうに小さく訴えた。
「す、すまない!」
バニッシュは慌てて二人から手を放す。
それでも瞳は潤み、笑みがこぼれていた。
「身体の具合はどうだ……? まだ無理はするな」
心配そうに問いかけるバニッシュに、リュシアはふてくされたように顔をそむけながらも小さく答える。
「……まだ本調子じゃないけど……平気よ」
セレスティナも、かすかに微笑みながら頷いた。
「……ええ、大丈夫……です」
その言葉を聞いた瞬間、バニッシュは深く息をつき、肩を落とした。
胸の奥に溜まっていた重石が、ようやく外れたかのように。
「……本当に……良かった……」
その呟きは誰に聞かせるでもなく、ただ心の底からの安堵が滲んでいた。
救護所の静けさを破るように、豪快な笑い声が響いた。
「おおっ! 二人とも、ようやく目を覚ましたか!」
仕切りの布を勢いよく押しのけ、グラドが大股で入ってくる。
肩と胸に包帯を巻きながらも、その豪放な笑顔は健在だった。
「……もう、アンタってば……」
リュシアはため息をつき、枕元からじろりと睨む。
「こっちは怪我人なんだから、静かにしなさいっての」
「なんだと? お前なぁ、こっちは心配して駆けつけてやったってのに!」
頭をがしがしとかきながら言い訳するグラド。
その様子に、セレスティナが思わず口元を押さえて笑みを洩らした。
「ふふ……まったく、相変わらずですね」
「……ほんとだな」
バニッシュも隣で小さく笑い、場の空気が一気に和らいだ。
「――っと、そうだそうだ!」
グラドが大きな手を打ち鳴らし、思い出したようにバニッシュへと向き直る。
「バニッシュ、お前さんに用があるんだった。二人が目を覚ましたって聞いて、ツヅラがお前を呼んどったぞ」
「ツヅラが……?」
「おう、俺がここに残ってる。だから安心して行ってこい」
豪快な声とともに親指をぐっと立てるグラド。
その眼差しは真剣で、頼もしさに満ちていた。
「ああ……わかった」
バニッシュは深く頷くと、リュシアとセレスティナに視線を向ける。
「二人とも、少しだけ離れる。グラドに任せてあるから心配はいらない」
リュシアはむっとした顔でそっぽを向き、「……別に、勝手にすればいいじゃない」と強がりを見せる。
セレスティナは柔らかに微笑み、「どうかお気をつけて……」と囁いた。
バニッシュは二人に短く頷き、布の仕切りをくぐってツヅラのもとへと歩み出した。
街を歩くバニッシュの視線の先には、まだ喪に服すように泣き崩れる者の姿があった。
倒れた戦士の家族、失われた民の隣人――その悲嘆は街を重く覆っている。
だが一方で、瓦礫を片付け、新たに家を建て直そうとする者もいた。
すすり泣く声と、槌音が混ざり合い、街はゆっくりと未来に歩み出そうとしていた。
――その景色を胸に刻みながら、バニッシュはツヅラの屋敷へと足を運ぶ。
案内されて通されたのは、以前と同じ広い座敷だった。
そこにはしゃなりと背筋を伸ばし、優雅に座すツヅラの姿があった。
夜色の髪を結い上げ、扇を口元にかざしながら、細く笑む。
「よう来てくれはったな、バニッシュはん」
その声音は凛としながらも柔らかく、場を支配する。
ツヅラは手に持った扇で、そっと目の前の座布団をさし示した。
「まずは、座っておくれやす」
「失礼する」
バニッシュは軽く頭を下げ、正座して座布団に腰を下ろす。
「――二人が目を覚ましたみたいやな。うちも、ほんに嬉しいかぎりや」
ツヅラの瞳がやわらかに細められ、慈しむように輝いた。
「ここの治療師たちのおかげだ。感謝してもしきれない」
深く頭を下げるバニッシュ。その声音には素直な誠意があった。
ツヅラは扇を閉じ、唇に小さな笑みを刻む。
「ええんよ。こっちかて、アンタらのおかげで国を救えたんやさかい」
その言葉に、座敷に静かな余韻が広がった。
悲しみの影を残しつつも、未来に向けて歩む者同士の確かな絆が、そこに生まれていた。
座敷に落ちる静寂は、庭の虫の声さえも遠ざけていた。
バニッシュはしばし唇を結び、やがて低く口を開いた。
「……俺たちは、明日にはここを発って拠点に戻ろうと思う。病み上がりの二人には悪いが、拠点で帰りを待つ者がいるんだ」
ツヅラは長い睫毛を伏せ、うっすらと瞳に寂色を宿す。
「……ほうか」
それだけを告げ、引き留めようとはしなかった。
その態度に胸が締め付けられ、バニッシュは膝の上で拳を握る。
逡巡の後、意を決し声を張った。
「ツヅラ……お前たちも、俺たちの拠点に来ないか」
言葉は重く、けれど真摯だった。
ツヅラはじっと彼を見据える。
心の奥底を覗き込むような眼差しに、バニッシュは背筋を伸ばすしかなかった。
やがて彼女は静かに目を伏せ、扇を手にすっと立ち上がる。
障子を開けて縁側へ歩み出ると、そこには陽光に照らされた清廉な庭が広がっていた。
白砂は星を映し、水面は淡く揺れ、まるでどこかの聖域のようだった。
「……うちらは獣人や。ここで生まれ、ここで育ち、生きて来た。せやから――」
その言葉に、バニッシュの胸がぎゅっと縮む。やはり駄目か――。
脳裏をよぎるのは、エルフの里エルフェインの長・フィリアの横顔だ。
掟と誇りのため、彼女は首を振った。土地に根ざす者の矜持。
それを否定するつもりはない。
だからこそ、ここでも同じ答えが返るのだと覚悟し、思わず顔を伏せる。
だが――。
「せやから、その申し出を受けることにするで」
「……え?」
耳に届いたのは、予想を裏切る言葉。
バニッシュは思わず顔を上げる。
振り返ったツヅラは、朝日を背に立ち、扇を口元に添えていた。
金色の瞳は柔らかに細められ、そこには確かな決意があった。
「アンタの拠点に行かせてもらうわ。ウチら獣人は縁を重んじる。血も土地も大事やけど、それ以上に、大切にすべき“縁”に応えんとあかん。せやろ?」
扇の影からころりと笑みがこぼれる。
その声音に、バニッシュの胸に重く積もっていた石が音を立てて崩れ落ちた。
陽光に照らされたその笑顔は、まるで新たな未来を示す光のように、彼の瞳に映っていた。
「……いいのか?」
バニッシュの声にはまだ迷いがあった。
対するツヅラはすぐに扇で口元を隠し、細い目をして返す。
「なにがや?」
「この地を……離れることになるんだぞ」
バニッシュの問いかけに、ツヅラはわずかに肩をすくめ、くすりと笑った。
「自分で誘っておいて、変わったお人やな」
軽口のように言ってから、ふっと吐息をもらす。
扇を下げ、朝の陽光に染まる庭へと視線を移した。
朝露に濡れた白砂は煌めき、植え込みの緑は凛として立つ。
その清らかな景色を見据えたまま、ツヅラは低く、しかしはっきりと語り出した。
「……今回、あいつらを追い返せたんは奇跡みたいなもんや。アンタらが“たまたま”居てくれたからこそや」
その言葉に、バニッシュは口を閉ざす。
彼自身も痛いほど理解している事実だった。
「次に攻め込まれたら……耐えられへんやろ」
ツヅラの声には、誇り高き獣人の長としての冷静な計算があった。
そして振り返り、バニッシュの瞳を真っ直ぐに射抜く。
「なら――強いアンタらと手ぇ組んで備えたほうが得やからな」
扇の影に浮かんだ笑みは、利と義の両方を秤にかけたうえでの決断の証。
それは仲間を守るための覚悟であり、未来を託すための本音でもあった。
バニッシュは胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じながら、ただ静かに頷いた。
「しかし……この国の人をまるごととなると、時間がかかるな」
バニッシュは顎に手をあて、深く思案するように呟いた。
ツヅラはすっと扇をたたみ、穏やかな声音で答える。
「せやな。うちも国民を説得せなあかんし……すぐには動けへん。まだまだ大分先の話や」
縁側に差し込む朝の光に、その横顔は柔らかく照らされる。
戦の最中に見せた威厳ある姿ではなく、国を背負う者としての静かな覚悟がそこにあった。
ツヅラは視線を戻し、バニッシュの瞳をまっすぐに見据える。
「アンタらは明日立つんやろ。拠点に帰って、待っとるもんらを安心させたり……それが今の役目や」
その瞳には、戦場で数えきれぬ悲しみを見てきた者の優しさが宿っていた。
バニッシュは短く息をつき、そして力強く頷く。
「……わかった。俺たちも準備を進めておくよ」
その言葉は、未来に向けた確かな約束だった。
庭を吹き抜ける朝風が、二人の間に交わされた決意を祝福するように、青葉を揺らしていた。
ツヅラの屋敷をあとにし、昼の陽光の中を抜けてバニッシュは救護所へと戻ってきた。
中に入ると、リュシアとセレスティナ、そして包帯を巻かれながらも豪快に笑うグラドの姿があった。
「戻ったか、バニッシュ」
「おかえりなさいませ」
二人に迎えられ、バニッシュは静かに頷いた。
「ツヅラと話してきた。ルガンディアの人々を……拠点に迎え入れることになった」
その言葉に、セレスティナは目を輝かせて両手を胸の前で合わせる。
「それは……素敵ですね! 皆さんの居場所が広がるなんて」
グラドも白い歯を見せて笑った。
「ははっ! こりゃ拠点が賑やかになるな。鍛冶場も人手が増えりゃ俺も楽できるかもしれん」
一方でリュシアは、ふてくされたようにベッドの背に体を預けて「ふ~ん」とだけ呟いた。
バニッシュはその態度に首をかしげる。
沈黙のあと、リュシアはぽつりと口を開いた。
「……ただ、あの女は危険なのよね」
「ツヅラのことか?」
バニッシュは真剣な顔で頷きながら答える。
「あの人は信頼できる。国を背負ってきた者だ。俺はそう思う」
その返答にリュシアの顔が一気に赤く染まる。
「ち、違うわよっ! そういう意味じゃなくて……!」
両手をブンブンと振り、口をとがらせてぷいっと横を向く。
「……もういいわよ!」
リュシアの言葉の真意を理解しきれず、バニッシュはきょとんとしたまま固まる。
セレスティナは額に手を当て、呆れたように深いため息をついた。
対してグラドは腕を組み、口元をニヤニヤと緩ませている。
意味が分からず首を傾げるバニッシュに、三者三様の反応が重なり、救護所の空気は妙に温かく、そしてどこか照れくさいものへと変わっていった。
黒の勇者の軍を退けてから、戦場はようやく静けさを取り戻しつつあった。
だが、バニッシュの心は決して穏やかではなかった。
拠点の救護所の奥。白布で仕切られた小部屋に、リュシアとセレスティナは並んで眠っていた。
戦いの代償は大きく、二人とも深い眠りから目を覚まさなかったのだ。
その三日間、バニッシュは片時も離れなかった。
夜も昼も、椅子に腰掛け、二人の額に浮かぶ汗を拭い、乾いた唇に水を含ませる。
回復魔法も何度となくかけたが、それでも目を開くことはなかった。
「……頼む。目を、覚ましてくれ」
その願いを胸に抱えたまま迎えた、三日目の朝。
かすかな声が響いた。
「……ん……ここ……は?」
バニッシュは息を呑む。
横たわるリュシアの赤と琥珀の瞳が、ゆっくりと開かれていた。
「リュシア!」
安堵と歓喜がないまぜになった声が零れ、バニッシュは思わず手を握る。
その瞬間――もう一人。
「……私……?」
今度はセレスティナが瞼を震わせ、蒼き瞳を開けた。
「セレスティナ……!」
抑えきれぬ感情が込み上げ、バニッシュは二人を同時に抱き寄せた。
「……良かった……! 本当に……良かった……!」
声が震え、背に回した腕に力がこもる。
三日間積み重なった焦燥と恐怖が、今ようやくほどけていったのだ。
「なっ、なによ急に……!」
リュシアが真っ赤になり、焦りを隠すように顔をそむける。
「く、苦しい……です……!」
セレスティナもまた頬を朱に染め、恥ずかしそうに小さく訴えた。
「す、すまない!」
バニッシュは慌てて二人から手を放す。
それでも瞳は潤み、笑みがこぼれていた。
「身体の具合はどうだ……? まだ無理はするな」
心配そうに問いかけるバニッシュに、リュシアはふてくされたように顔をそむけながらも小さく答える。
「……まだ本調子じゃないけど……平気よ」
セレスティナも、かすかに微笑みながら頷いた。
「……ええ、大丈夫……です」
その言葉を聞いた瞬間、バニッシュは深く息をつき、肩を落とした。
胸の奥に溜まっていた重石が、ようやく外れたかのように。
「……本当に……良かった……」
その呟きは誰に聞かせるでもなく、ただ心の底からの安堵が滲んでいた。
救護所の静けさを破るように、豪快な笑い声が響いた。
「おおっ! 二人とも、ようやく目を覚ましたか!」
仕切りの布を勢いよく押しのけ、グラドが大股で入ってくる。
肩と胸に包帯を巻きながらも、その豪放な笑顔は健在だった。
「……もう、アンタってば……」
リュシアはため息をつき、枕元からじろりと睨む。
「こっちは怪我人なんだから、静かにしなさいっての」
「なんだと? お前なぁ、こっちは心配して駆けつけてやったってのに!」
頭をがしがしとかきながら言い訳するグラド。
その様子に、セレスティナが思わず口元を押さえて笑みを洩らした。
「ふふ……まったく、相変わらずですね」
「……ほんとだな」
バニッシュも隣で小さく笑い、場の空気が一気に和らいだ。
「――っと、そうだそうだ!」
グラドが大きな手を打ち鳴らし、思い出したようにバニッシュへと向き直る。
「バニッシュ、お前さんに用があるんだった。二人が目を覚ましたって聞いて、ツヅラがお前を呼んどったぞ」
「ツヅラが……?」
「おう、俺がここに残ってる。だから安心して行ってこい」
豪快な声とともに親指をぐっと立てるグラド。
その眼差しは真剣で、頼もしさに満ちていた。
「ああ……わかった」
バニッシュは深く頷くと、リュシアとセレスティナに視線を向ける。
「二人とも、少しだけ離れる。グラドに任せてあるから心配はいらない」
リュシアはむっとした顔でそっぽを向き、「……別に、勝手にすればいいじゃない」と強がりを見せる。
セレスティナは柔らかに微笑み、「どうかお気をつけて……」と囁いた。
バニッシュは二人に短く頷き、布の仕切りをくぐってツヅラのもとへと歩み出した。
街を歩くバニッシュの視線の先には、まだ喪に服すように泣き崩れる者の姿があった。
倒れた戦士の家族、失われた民の隣人――その悲嘆は街を重く覆っている。
だが一方で、瓦礫を片付け、新たに家を建て直そうとする者もいた。
すすり泣く声と、槌音が混ざり合い、街はゆっくりと未来に歩み出そうとしていた。
――その景色を胸に刻みながら、バニッシュはツヅラの屋敷へと足を運ぶ。
案内されて通されたのは、以前と同じ広い座敷だった。
そこにはしゃなりと背筋を伸ばし、優雅に座すツヅラの姿があった。
夜色の髪を結い上げ、扇を口元にかざしながら、細く笑む。
「よう来てくれはったな、バニッシュはん」
その声音は凛としながらも柔らかく、場を支配する。
ツヅラは手に持った扇で、そっと目の前の座布団をさし示した。
「まずは、座っておくれやす」
「失礼する」
バニッシュは軽く頭を下げ、正座して座布団に腰を下ろす。
「――二人が目を覚ましたみたいやな。うちも、ほんに嬉しいかぎりや」
ツヅラの瞳がやわらかに細められ、慈しむように輝いた。
「ここの治療師たちのおかげだ。感謝してもしきれない」
深く頭を下げるバニッシュ。その声音には素直な誠意があった。
ツヅラは扇を閉じ、唇に小さな笑みを刻む。
「ええんよ。こっちかて、アンタらのおかげで国を救えたんやさかい」
その言葉に、座敷に静かな余韻が広がった。
悲しみの影を残しつつも、未来に向けて歩む者同士の確かな絆が、そこに生まれていた。
座敷に落ちる静寂は、庭の虫の声さえも遠ざけていた。
バニッシュはしばし唇を結び、やがて低く口を開いた。
「……俺たちは、明日にはここを発って拠点に戻ろうと思う。病み上がりの二人には悪いが、拠点で帰りを待つ者がいるんだ」
ツヅラは長い睫毛を伏せ、うっすらと瞳に寂色を宿す。
「……ほうか」
それだけを告げ、引き留めようとはしなかった。
その態度に胸が締め付けられ、バニッシュは膝の上で拳を握る。
逡巡の後、意を決し声を張った。
「ツヅラ……お前たちも、俺たちの拠点に来ないか」
言葉は重く、けれど真摯だった。
ツヅラはじっと彼を見据える。
心の奥底を覗き込むような眼差しに、バニッシュは背筋を伸ばすしかなかった。
やがて彼女は静かに目を伏せ、扇を手にすっと立ち上がる。
障子を開けて縁側へ歩み出ると、そこには陽光に照らされた清廉な庭が広がっていた。
白砂は星を映し、水面は淡く揺れ、まるでどこかの聖域のようだった。
「……うちらは獣人や。ここで生まれ、ここで育ち、生きて来た。せやから――」
その言葉に、バニッシュの胸がぎゅっと縮む。やはり駄目か――。
脳裏をよぎるのは、エルフの里エルフェインの長・フィリアの横顔だ。
掟と誇りのため、彼女は首を振った。土地に根ざす者の矜持。
それを否定するつもりはない。
だからこそ、ここでも同じ答えが返るのだと覚悟し、思わず顔を伏せる。
だが――。
「せやから、その申し出を受けることにするで」
「……え?」
耳に届いたのは、予想を裏切る言葉。
バニッシュは思わず顔を上げる。
振り返ったツヅラは、朝日を背に立ち、扇を口元に添えていた。
金色の瞳は柔らかに細められ、そこには確かな決意があった。
「アンタの拠点に行かせてもらうわ。ウチら獣人は縁を重んじる。血も土地も大事やけど、それ以上に、大切にすべき“縁”に応えんとあかん。せやろ?」
扇の影からころりと笑みがこぼれる。
その声音に、バニッシュの胸に重く積もっていた石が音を立てて崩れ落ちた。
陽光に照らされたその笑顔は、まるで新たな未来を示す光のように、彼の瞳に映っていた。
「……いいのか?」
バニッシュの声にはまだ迷いがあった。
対するツヅラはすぐに扇で口元を隠し、細い目をして返す。
「なにがや?」
「この地を……離れることになるんだぞ」
バニッシュの問いかけに、ツヅラはわずかに肩をすくめ、くすりと笑った。
「自分で誘っておいて、変わったお人やな」
軽口のように言ってから、ふっと吐息をもらす。
扇を下げ、朝の陽光に染まる庭へと視線を移した。
朝露に濡れた白砂は煌めき、植え込みの緑は凛として立つ。
その清らかな景色を見据えたまま、ツヅラは低く、しかしはっきりと語り出した。
「……今回、あいつらを追い返せたんは奇跡みたいなもんや。アンタらが“たまたま”居てくれたからこそや」
その言葉に、バニッシュは口を閉ざす。
彼自身も痛いほど理解している事実だった。
「次に攻め込まれたら……耐えられへんやろ」
ツヅラの声には、誇り高き獣人の長としての冷静な計算があった。
そして振り返り、バニッシュの瞳を真っ直ぐに射抜く。
「なら――強いアンタらと手ぇ組んで備えたほうが得やからな」
扇の影に浮かんだ笑みは、利と義の両方を秤にかけたうえでの決断の証。
それは仲間を守るための覚悟であり、未来を託すための本音でもあった。
バニッシュは胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じながら、ただ静かに頷いた。
「しかし……この国の人をまるごととなると、時間がかかるな」
バニッシュは顎に手をあて、深く思案するように呟いた。
ツヅラはすっと扇をたたみ、穏やかな声音で答える。
「せやな。うちも国民を説得せなあかんし……すぐには動けへん。まだまだ大分先の話や」
縁側に差し込む朝の光に、その横顔は柔らかく照らされる。
戦の最中に見せた威厳ある姿ではなく、国を背負う者としての静かな覚悟がそこにあった。
ツヅラは視線を戻し、バニッシュの瞳をまっすぐに見据える。
「アンタらは明日立つんやろ。拠点に帰って、待っとるもんらを安心させたり……それが今の役目や」
その瞳には、戦場で数えきれぬ悲しみを見てきた者の優しさが宿っていた。
バニッシュは短く息をつき、そして力強く頷く。
「……わかった。俺たちも準備を進めておくよ」
その言葉は、未来に向けた確かな約束だった。
庭を吹き抜ける朝風が、二人の間に交わされた決意を祝福するように、青葉を揺らしていた。
ツヅラの屋敷をあとにし、昼の陽光の中を抜けてバニッシュは救護所へと戻ってきた。
中に入ると、リュシアとセレスティナ、そして包帯を巻かれながらも豪快に笑うグラドの姿があった。
「戻ったか、バニッシュ」
「おかえりなさいませ」
二人に迎えられ、バニッシュは静かに頷いた。
「ツヅラと話してきた。ルガンディアの人々を……拠点に迎え入れることになった」
その言葉に、セレスティナは目を輝かせて両手を胸の前で合わせる。
「それは……素敵ですね! 皆さんの居場所が広がるなんて」
グラドも白い歯を見せて笑った。
「ははっ! こりゃ拠点が賑やかになるな。鍛冶場も人手が増えりゃ俺も楽できるかもしれん」
一方でリュシアは、ふてくされたようにベッドの背に体を預けて「ふ~ん」とだけ呟いた。
バニッシュはその態度に首をかしげる。
沈黙のあと、リュシアはぽつりと口を開いた。
「……ただ、あの女は危険なのよね」
「ツヅラのことか?」
バニッシュは真剣な顔で頷きながら答える。
「あの人は信頼できる。国を背負ってきた者だ。俺はそう思う」
その返答にリュシアの顔が一気に赤く染まる。
「ち、違うわよっ! そういう意味じゃなくて……!」
両手をブンブンと振り、口をとがらせてぷいっと横を向く。
「……もういいわよ!」
リュシアの言葉の真意を理解しきれず、バニッシュはきょとんとしたまま固まる。
セレスティナは額に手を当て、呆れたように深いため息をついた。
対してグラドは腕を組み、口元をニヤニヤと緩ませている。
意味が分からず首を傾げるバニッシュに、三者三様の反応が重なり、救護所の空気は妙に温かく、そしてどこか照れくさいものへと変わっていった。
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クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
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「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
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※表紙のイラストはAIによるイメージです
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怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
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そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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