勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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追憶編

絶望への序章

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「つ、強い……」

 思わずバニッシュの口から漏れた。
 ――カイルが、押されている。
 彼はまだ駆け出しの冒険者とはいえ、個人の能力は突出している。
 厳しい鍛錬により身に着けた戦闘技術、腕っぷしも強い。
 加えて、今はバニッシュの身体強化魔法を受け、通常以上の速度と膂力を備えている。
 それでも、グレオ=バートンの前ではまるで赤子のように扱われていた。

「バカな……あり得ない……!」

 バニッシュは拳を握りしめ、唇を噛みしめる。
 それほどまでに、カイルの強さを信頼していたのだ。

 だが、グレオの動きはそれを容易く打ち砕く。
 まるで全てを見透かしているかのように、カイルの剣筋を読み切り、最小限の動きで捌いていく。
 それは長年、幾多の戦場を生き抜いてきた者だけが持つ洗練された体術だった。

「……ミレイユ!」

 バニッシュの声にハッと我に返るミレイユ。
 その顔には恐怖と焦燥が入り混じっていた。

「攻撃魔法は使えるか!?」

 バニッシュの問いに、ミレイユは肩をびくりと跳ねさせる。

「わ、私……初級の……火と雷魔法なら……」

「それでいい!」

 ミレイユは躊躇いながらも首を振る。

「で、でも……私の魔法じゃ……!」

 バニッシュはその言葉を遮るように、力強く叫んだ。

「大丈夫だ! ――自分を信じろ!」

 その一言に、ミレイユの瞳が震える。
 涙で滲んだ視界の中で、バニッシュの真っ直ぐな眼差しが彼女の心を射抜いた。

「……はい!」

 ミレイユは震える手で杖を握り直す。
 唇を噛み、恐怖を押し殺し、胸の奥に溜め込んでいた魔力をゆっくりと解き放つ。
 その瞬間――バニッシュは掌を地面へとかざし、低く呪文を唱えた。

 「魔力供給転送陣マナ・ブースト!」

 淡い蒼光が地を這い、ミレイユの足元に広がっていく。
 魔法陣が形成され、バニッシュからミレイユへと魔力が流れ込んだ。

 ミレイユの手から放たれた 初級火球ファイア・バレット が、燃え尾を引きながら一直線にグレオへと飛ぶ。
 轟ッ、と空気を焼く音。
 グレオは咄嗟に片手のトンファーを振り上げた。

 ――ガァンッ!

 火球はまるで紙細工のように弾かれ、霧散する。
 その瞬間、風を切る音が迫った。

「うおおおおッ!!」

 カイルが一気に踏み込み、大剣の軌跡がグレオの首元を狙う、グレオはその刃を最小限の動きでいなし、体を捻って回避する――が、

「まだまだッ!!」

 ミレイユの追撃。
 今度は2発の火球が同時に飛来する。

 「……ちっ」

 グレオの表情が初めてわずかに歪む。
 それを弾く、しかし――そこに、カイルの猛攻が再び迫る。

「はあああッ!!」

 刃が唸る。
 空気が裂ける。
 グレオはさすがに全てを捌ききれず、初めて体勢が崩れた。

「今だ――カイル!!」

 バニッシュが叫ぶ。

 カイルは渾身の力を大剣に込め、一気に振り下ろす。
 グレオは片手のトンファーでそれを受け止めたが――。

「……ぐっ!」

 ついに、その口から初めて息が漏れた。
 金属同士が激突し、火花が散る。
 押すカイル、耐えるグレオ。
 大剣の刃が徐々にグレオを押し込んでいく。

「これで……終わりだッ!!」

 カイルが一気に力を込めた――その時、グレオは、口の端をニィッと吊り上げた。

「流石に連携されると厄介だな。……だが、私のトンファーは特別製でね」

「――!?」

 次の瞬間、グレオの片方のトンファーがカイルの腹に押し当てられた。
 そこへ魔力が流し込まれる。

 ドゴンッ!!

 爆発音とも衝撃波ともつかない鈍い衝撃が響き、カイルの体が宙を舞った。

「うああッ!?」

 大剣ごと吹き飛ばされ、石床を数度転がり、
 カイルは壁に叩きつけられた。

「カイルさんッ!!」

 ミレイユの悲鳴が鐘楼に響く。
 立ち上る砂埃と、異様なまでに静かになった空気。
 トンファーを構え直したグレオの眼光は、まるで獣のようだった。

 カイルが壁に叩きつけられ、石床に転がったまま動かなくなった――かに見えた瞬間。
 バニッシュは信じられないものを見るように目を見開いた。

「な、何だ……!? 一体何が……!」

 視線は自然と、グレオの握るトンファーへと注がれる。

 そのトンファーの側面――そこに刻まれた魔導刻印が淡く緑色に輝き、先端からは熱を発したように白い煙が立ち昇っていた。
 まるで魔法を撃ち出した直後の杖のように。
 グレオは息も乱さず、軽く肩を払う。

「近接特化の者は、どうしても魔力が少ない。魔法や飛び道具に弱いという欠点がある」

 そして、トンファーを軽く掲げ、不敵に笑う。

「それを補うための武装だよ。――魔力溜蓄式魔導刻印ストック・クリプト

 バニッシュは思わず声を荒げた。

「まさか……魔法を武器に溜めておけるのか!?」

「いかにも」

 グレオは平然と答える。

「だが……溜められる魔法の量なんて、たかが知れているはずだ……!」

「それで十分なのだよ」

 グレオの瞳は冷たく、そして底知れず深かった。

「要は、間合いさえ潰せれば、魔法だろうが、飛び道具だろうが関係などない。魔力が少なかろうと、当てさえすれば相手を崩せる」

 淡々と、まるでそれが当然であるかのように語る。
 その時――。

 ガンッ!!

 鈍い音を立て、
 大剣の切っ先が床に突き立った。
 砂煙の中から、カイルが立ち上がる。
 口の端から血を流し、全身に痛みが走っているはずなのに――その瞳の光だけは、微塵も揺らいでいなかった。

「……関係ないさ」

 地面に刺した大剣を杖代わりにしながら、カイルはゆっくりと身体を起こし、グレオを睨み据える。

「お前は……ここで必ず倒す!」

 その声は震えていない。
 恐れも迷いも、どこにもなかった。
 ただ、揺るがぬ闘志だけがあった。
 ミレイユは口元を手で押さえ、涙を滲ませながらも、その姿に胸を打たれていた。
 バニッシュは息を呑む。

 立ち上がったカイルは、荒い息の中で――低く、しかしはっきりと呟いた。

「……バニッシュ。身体強化の魔法だ」

 バニッシュは瞬時に意味を理解し、思わず声を荒げる。

「なっ……わかって言ってるのか!?身体強化の重ねがけなんて、肉体が耐えられるはず――!」

 常識ではあり得ない。
 筋繊維が裂け、骨が軋み、失敗すれば即行動不能――最悪命を落とす。

 だが、カイルの目は、揺れなかった。
 痛みで身体が震えているのに、声は澄んでいた。

「わかってる。……だが、そうでもしないと――奴との差が埋まらない! ここで倒れたら……救えるはずの人を救えない!」

 その一言に、バニッシュは息を呑む。
 ――恐怖でも無謀でもない。
 この男は、本気で街の人間を救おうとしている。

(こんな状況でも……!)

 胸に熱いものが込み上げ、バニッシュは――決意した。

「……わかった。やってやるよ……カイル!」

 その声にカイルは微かに笑い、大剣の柄を強く握りしめる。

「行くぞ……! バニッシュ、頼む!!」

 カイルが咆哮と共に駆け出す。

 その背に向かって――バニッシュは両手で複雑な術式を描き、魔力を叩きつけるように放った。

加速陣オーバードライブ・ブースト!」

 蒼白い光がカイルの全身を包み、
 筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む音すら聞こえる。

「ぐっ……ぉおおおおおッ!!」

 痛みに顔を歪めた一瞬――しかし次には、カイルは一気に前へ跳ね飛んだ。
 音が遅れて追いつくほどの加速。
 鍛え上げた脚力が、強化された身体が、人間の限界を超えた速度でグレオへと迫る。
 バニッシュは胸を締めつけられるような思いでその背を見送る。

(頼む……自滅なんてするなよ……! カイル!!)

 鐘楼の空気が震えた。

 重ねがけされた身体強化がカイルの肉体を悲鳴させながらも――その速度は、もはや常人では視認不可能な領域に達していた。
 踏み込む音すら遅れる。
 風を裂く衝撃だけが先に響き、次の瞬間にはカイルの大剣がグレオへ迫っていた。

「はああああッ!!」

 刃が閃き、空間が震える。
 しかし――

「――悪くない」

 グレオ=バートンは、まるで散歩するような態度でトンファーをわずかに傾けただけだった。
 その動きは最小限で――なのに、完璧な動き、カイルの猛攻は、すべて受け流され、空を裂くだけに終わる。
 だがカイルは止まらない。
 体が壊れる前に決着をつける覚悟で、さらに踏み込む。
 まるで二つの影が絡み合うような高速戦闘が繰り広げられる。

「カイルさん……ッ!」

 震える声と共に、後衛のミレイユも杖を握りしめる。

「―― 初級火球ファイア・バレット!」

 小型の火球が三発、一直線に飛ぶ。
 初級魔法とはいえ、補助魔法とバニッシュの魔力供給で威力は増していた。

「その程度……!」

 グレオの右手のトンファーが緑光を帯び――刻印が淡く輝いた瞬間、空気が裂ける。
 放たれたのは、目視すら困難な透明の斬撃。
 風を圧縮し、放出するトンファー内部の蓄積魔法――風属性の真空波。
 ミレイユの火球は、触れた瞬間に掻き消えるように霧散した。

「きゃっ……!」

 魔法を切り裂いた余波が暴風となり、ミレイユの身体を襲う。
 吹き飛ばされかけ、床を転がり――それでも、彼女は必死に立ち上がった。

 足は震え、涙で霞む視界。
 それでも杖を握る力だけは、決して緩まなかった。

「……カイルさんを……!」

 小さな肩が震えながらも、ミレイユの瞳には確かな意思の光が宿っていた。
 それを横目で見て、グレオがわずかに眉を寄せる。
 だがカイルは、その一瞬の隙すらも見逃さない。

「うおおおおおッ!!」

 重強化された脚力が床を砕き、再び、獣のような速度でグレオへ肉薄する。
 極限状態の連携――カイルの猛攻とミレイユの魔法が、再びグレオを揺さぶりにかかる。

 カイルの猛攻をいなし、ミレイユの魔法すら処理し続けるグレオ。
 その動きに、バニッシュはふと――強烈な違和感を覚えた。

(……おかしい)

 たしかにグレオ=バートンは強い。
 現役を退いてもなお“伝説”と称されるだけの実力はある。
 だが――

(身体強化を重ねがけしたカイルを相手にしながら、ミレイユの魔法まで全部対応してる……?)

 しかも、グレオが使った蓄積した魔法は二度、三度ではない。
 本来なら――武器に溜め込める魔力量なんて微々たるもの、とっくに底をついているはず。
 それでも、グレオの動きは衰えない。
 むしろ――徐々に鋭さと速度を増しているように見えた。

(どういうことだ?……なんで、強くなっていくんだ?)

 バニッシュの視線が無意識に彷徨い――そして、ふとある一点で止まった。
 未だ途切れることなく鳴り響く、呪いの鐘――呪鍾。
 不気味な低音が、鐘楼全体を震わせ続けている。

(……まさか)

 バニッシュの背筋に冷たいものが走る。
 呪鍾の呪いの波動は、人々を苦しめるだけではなかった。
 波動の流れをよく見ると――その一部が特定の方向に収束している。

 その先にいるのは――

「……お前まさか……!」

 呟きは震えた。
 呪鍾は呪いを撒くと同時に――周囲から力を吸い上げている。
 そして、その吸い上げた力は、脈動するようにグレオへ流れ込んでいたのだ。

「……力を、補給してるのか……!」

 グレオはトンファーに溜めた魔法を使い切ってはいない。
 呪鍾から絶え間なく新しい魔力を供給されているのだ。

 だからこそ――いなし続けられ、対応し続けられる。
 そして、徐々に強さすら増していく。

(こんなの……反則だろ……!)

 バニッシュは歯を食いしばる。

 低く響く呪鍾の音。
 鐘楼の空気は、ますます濃い呪いで満ちていく。
 そしてグレオは――明らかに先ほどより速い動きで、カイルへと踏み込んだ。

 バニッシュは悟る。
 このままでは絶対に勝てない。
 まずは――あの呪鍾を破壊しなければならない。

 戦況は、一気に絶望へと傾き始めていた。
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