勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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追憶編

無情なる敗北

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 グレオがカイルの猛攻とミレイユの初級魔法に対応している――その僅かな揺らぎを狙い、バニッシュは気配を殺して呪鍾へと走った。

(破壊は無理だ……だが――)

 脈打つ呪鍾。
 不気味な低音を鳴らし続け、黒紫の瘴気が漏れ、なおも周囲から魔力を吸い上げている。

(呪鍾そのものを結界で覆えば……!取り込んでいる外部の魔力供給を遮断できる……!)

 歯を食いしばり、バニッシュはさらに接近する。
 グレオの視線はカイルに向けられ、ミレイユの火球にも死角なく対応している――ように見えた。

 だが――グレオの視線が、ほんの一瞬だけ横に流れた。
 バニッシュを、視界の端で射抜くように捉えた。

(――ッ!?)

 その一瞬をつくように、カイルの大剣がグレオの胴をとらえた――ように見えた瞬間、カイルの瞳が揺らぐ。

「な、消え――っ?」

 刃が通過したのは、残像。
 視界からグレオが掻き消えた。

「どこだ……!?」

 カイルが辺りを見渡した瞬間――呪鍾の目の前まで辿り着いたバニッシュは、急いで手をかざし結界陣式を展開し始める。

「結界形成――」

 その瞬間、バニッシュの胸がぞわりと粟立った。

「悪いが――そうはさせんぞ」

 背筋を凍らせるほど冷え切った声が、真後ろから響いた。

「ッ!? いつの――!」

 振り返るより早く。
 高速で回転するトンファーの先端が、バニッシュの腹へ突き刺さる。
 メリっという肉の沈む感触と共に――ドンッッ!!と内臓が揺さぶられた。

「ぐっ……あああっ!!」

 バニッシュの身体は、まるで軽い木片のように宙へ浮かび、後方へと吹き飛ばされる。
 鐘楼の石床を転がり、息が詰まり、視界が大きく揺れた。

「バニッシュ!!」

 カイルの叫びが響く。

 グレオは冷え切った眼差しのまま、バニッシュが触れようとした呪鍾を庇うように立った。

「……愚かな。君ごときの浅い策など、読み切っている」

 視線の先で、呪鍾はなおも不気味な低音を響かせ続け――その魔力の脈動は、グレオの背へと吸い込まれた。
 再び強まっていく、圧倒的な力。

(……クソッ……!あの鐘を止めなきゃ……!)

 痛む腹を押さえ、バニッシュは歯を噛み締める。

「……っ、ぐ……っ」

 呻き声が漏れる。
 そのバニッシュへ――影が迫る。
 足音は重く、迷いがない。
 グレオが、まっすぐに歩いてくる。

「狡い策を弄する者は――嫌いでね」

 冷え切った声。
 次の瞬間、グレオの足がバニッシュの胸を――ぐしゃりと押し潰すように踏みつけた。

「――っ、ぐはっ!!」

 肺の空気が一気に絞り出され、バニッシュの体がびくりと震える。
 グレオはさらに力を込めた。

 ギリ、ギリ、ギリ――ッ。

「ぅ、ぁああああっ……!!」

 骨が軋み、皮膚の下で何かが悲鳴をあげる。
 その瞬間――

「バニッシュ!!」

 怒りに満ちた叫びとともに、カイルが駆け出した。
 しかし、グレオはその声に、これまでの戦闘中にはなかった――完全な冷ややかさを宿した瞳を向けた。

「君との戦闘ダンスも……そろそろ飽きてきたところだ」

 その言葉と同時に――グレオはカイルに向かって、同等の速度で突っ込む。

「くっ!」

 カイルの一閃が走る。
 だがグレオは――まるで風が流れたような滑らかな動きでその懐へ入り込んだ。
 カイルの剣が届く前に、グレオは、静かに、だが確実に、カイルの腹にトンファーの先端を押し当てた。

「終わりだ」

 瞬間――

 ドゴォォォォン!!!!

 風属性の魔法が一点から解放され、カイルの身体が弾丸のように吹き飛ぶ。
 石壁に叩きつけられ――石の破片が飛び散り、カイルの身体が崩れ落ちる。

「カイルさん!!」

 ミレイユが悲鳴を上げ、涙をにじませながら杖を構える。

初級火球ファイア・バレット!」

 渾身の火球が放たれる。
 だがグレオは、退屈そうに首を振った。

「君も芸がないな」

 トンファーの先端が淡く光り――風の刃が放たれる。
 火球は寸断され――爆ぜるように吹き飛ぶ。

「きゃ――っ!」

 余波だけでミレイユの身体は宙に浮き、床へ叩きつけられ、意識を失う。

「ミ……ミレイユ……!」

 カイルは壁を支えに立ち上がろうとする。
 だが――

「っ……!」

 膝が折れる。
 身体強化魔法の重ねがけの反動が、一気に襲ってきた。
 筋肉は焼けるような痛みを訴え、関節は痙攣し、呼吸すら苦しい。

「ぐ……なんで……」

「当然だ」

 グレオはバニッシュの胸から足を離し、冷たい目でカイルを見下ろした。

「限界を超えた強化には、必ず代償が伴う。それすら理解せず無茶をするとは――やはり、未熟者だな」

 大剣を支えに、震える指で立ち上がろうとするカイル。
 しかし、膝は砂のように力なく崩れ――カイルは再び地に伏す。

「まだ……終わって……ない……!」

 声を絞り出すカイル。
 グレオはその姿を前に、ゆっくりとトンファーを構えた。

「――所詮はこんなものだ」

 グレオは、冷ややかに、地に伏したカイルへと歩み寄った。
 重い足音、ひとつひとつが、死刑宣告のように響く。

「君がいくら正義を掲げようとも、力の前には何も救えない。何も変えられない。……そして、それは私自身もそうだった」

 その声音は、かつて世界に名を刻んだ英雄のものとは思えぬほど、深く、暗く、凍てついていた。
 カイルを見下ろすその目は――まるで裁きを下す処刑人の眼。

「これが現実だ。そして――君たちの限界なのだよ」

 グレオは静かに、しかし確実に、トンファーを振り上げた。

 殺意に濁りも迷いもない。
 ただ、この混乱を止めようとした青年を、ここで断ち切るという確固とした決意のみがあった。
 その影がカイルの顔に落ちる。

「――さあ、終わりにしよう」

 冷酷な声が、鐘楼の空気を凍らせた。
 カイルは歯を食いしばり、全身に力を込める。

「動け……ッ! 動けよ……ッ!!」

 叫びにも似た呻きが漏れる。
 だが、身体は応えない。
 身体強化魔法の反動は容赦なく、筋肉は破裂したように痛み、関節は鉛のように固まり、指先すら動かせなかった。

「くっ……ぐ……!」

 全力を尽くしてなお、指一本すら動かせない現実。
 それでもカイルは、諦めなかった。
 諦めるわけにはいかなかった。
 ミレイユが倒れ、バニッシュが血を流してなお立ち上がろうとしている。
 自分だけが――諦められるはずがない。
 カイルは血の滲む唇を噛みしめた。

 しかし――

「――無駄だ」

 グレオの声が静かに告げる。
 振り下ろされようとするトンファーの影が、カイルの顔を黒く染めた。

「カイル……ッ!!」

 バニッシュが腹を押さえながら、震える腕を伸ばす。
 必死に、ただ必死に、仲間へ手を伸ばそうとする。

 だが――身体が言うことを聞かない。
 足は震え、視界が揺れ、立ち上がろうとするたび激痛が脳を焼く。
 グレオの足音がさらに近づく、完全無双、圧倒的な力の差。

 もう一歩。
 あと一歩で――カイルの命は絶たれる。

 絶望の気配が、鐘楼を満たした。

 
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