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縁の決戦編
拠点会議
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バニッシュが暮らす拠点は、今や一つの小さな集落となりつつあった。
中心には、鍛冶場と工房を兼ね備えたバニッシュの家があり、その周囲にはザイロ、メイラ、ライラ、フォル――獣人家族が建てた家が並ぶ。
そしてもう一つ、再び槌を振るい始めたドワーフの匠、グラドの家。
そこを境にして――北側にはツヅラがまとめる獣人たち二百名の住居区、南側にはフィリアが率いるエルフ百名の集落が設けられている。
大小さまざまなテントや木造の家が立ち並び、井戸が掘られ、子供たちが走り回り、焚き火の煙があがっている。
収穫祭でツヅラとフィリアによって拠点の長に選ばれたバニッシュだが――
「流石に俺ひとりじゃ無理だろ……」
という本人の強い主張もあり、獣人側の代表としてツヅラを獣盟官、エルフ側の代表としてフィリアを樹守官任命した。
拠点は、三者三様の文化を持った人々が協力し合い、驚くほど速いペースで形になっていく。
そんな中――バニッシュは自室の机に向かっていた。
食料、建材、医薬品、損耗品……と書類の山の中で、一つ一つに目を通し確認していく。
「……ツヅラ側は建材の数が足りないか。フィリア側は井戸の水質改善、と……」
そんなふうにペンを走らせていると――突然。
ドガァァンッ!!
豪快な音と共に、扉が破れる勢いで開いた。
「よう、バニッシュ! おい!!」
荒々しい足音を立てながら、グラドがずかずかと部屋に入ってくる。
鍛冶で鍛え上げた腕、油と煤の匂いを纏った姿。
「……ノックぐらいしろっての」
バニッシュが呆れ半分で眉をひそめると、グラドは豪快に笑った。
「それで、どうしたんだ?」
問いかけると同時に、グラドは肩に担いでいた大袋をドサッと床へ放り投げ、ガラガラと中身を全部ひっくり返した。
――斧、鍬、鎌、鋸。
どれもが刃こぼれを起こし、柄が割れ、歪んでいた。
「こいつを見ろ。」
グラドは腕を組み、顎で示す。
「こいつは……ひどいな」
バニッシュは道具をひとつひとつ手に取った。
刃は欠け、柄は割れ、金具も錆びている。
最近この拠点では建築も畑仕事も急増していた。
ツヅラたち獣人、エルフたちの住居、井戸の整備、畑の拡張。
朝から晩まで、誰もが働いていた。
その代償が、これだった。
「このところ急に建築も畑仕事も増えたからな。道具のほうが先に悲鳴を上げやがった」
グラドは鼻を鳴らす。
「なるほどな。だけど、これくらいならグラドが直せるんじゃないか?」
そう言われて、グラドは眉をしかめた。
「ああ、直せるさ。俺ならな」
だが、と言葉を続け、山のような工具と破損部品を指差す。
「量が多すぎる。修理してる間に、また壊れたのが持ち込まれる。正直、俺ひとりじゃ回らん」
バニッシュは一瞬考える。
確かに拠点は大きくなりすぎた。
もはや鍛冶仕事ひとつ取っても、職人が一人でやれる規模じゃない。
「つまり――人手が必要ってことか」
「そういうこった」
グラドは頷く。
「なるほどな……」
バニッシュは並べられた農具の一本を手に取り、欠けた刃を指で撫でる。
確かに限界だ。見ただけでわかる。
「農具のほうは、ひとまずいい」
グラドは腕を組んだまま、外へ視線をやった。
窓の向こうには、薄い雪雲が広がっていた。
「そろそろ雪が降り始める頃だからな」
「……そうだな」
言われてみれば、もう冬がやって来る。
ここは北方、森の奥だ。雪は積もれば容赦なく生活を脅かす。
「だが建築は別だ。畑よりも先に、屋根と壁を用意してやらねえと――冬を越せねえ奴らが出てくる」
その言葉が、部屋の空気を少し締めた。
今の拠点は、急激に人口が増えすぎた。
ツヅラの獣人たち二百。フィリアのエルフたち百。
家が足りないのは明らかだ。
(グラド一人に鍛治を任せるのは酷だ……)
バニッシュは思考を巡らせる。
「けど、今すぐ鍛冶師を育てるってのは難しいしな」
グラドが低く唸る。
「ああ、時間もねぇし、急ぐ必要がある」
「だろうな」
つまり選択肢は限られている。
一つは、このまま破損した道具をグラドが一人で直し続けること。
ただ、それでは追いつかない。
もう一つは――。
「外に買い出しか……」
バニッシュは顎に手を当て、唸るように呟いた。
距離も危険もかかる。金も必要だ。
だが一番現実的だ。
「道具そのものを補充しなければ、どうにもならないな」
「そういうこった」
グラドが頷く。
「だがなぁ……」
バニッシュは頭をガリガリと掻いた。
「そもそも俺たちには、買い出しするほどの金がないんだよなぁ……」
深いため息が漏れる。
それも当然だった。
この拠点は完全な自給自足。
外界と繋がる必要も、誰かが訪れることもなかった。
魔の森の中にあり、なおかつバニッシュの結界の中――ここに来られる者など、まずいない。
ゆえに、通貨という概念すら希薄になっていた。
「しかし、どうにかせんと間に合わなくなるぞ」
グラドは腕を組んだまま、鼻でフンと息を吐く。
「そりゃ、わかってるんだが……」
バニッシュも唸るしかなかった。
二人で重たい空気に飲まれるように沈黙していると――コン、コン。
重い木の扉を叩く音が響く。
「バニッシュはん、ちょっとええか?」
聞き慣れた、艶のある関西訛りの声。
扉がぎぃ、と開く。
姿を現したのは――扇を片手に、金の瞳に妖艶な笑みを浮かべた獣人の女、ツヅラだった。
「何や、二人とも難儀な顔しとるなぁ」
ツヅラは扇で口元を隠しながら、バニッシュとグラドの表情を交互に眺めた。
「ああ、ちょっと問題が出てな。――それより、ツヅラのほうはどうした?」
バニッシュが問いかけると、ツヅラは扇をぱたりと閉じた。
「ウチら獣人側のもんにやな、商いを始めたい言う者がおるんや」
「商い、ねえ」
「せやけど、居住区もまだ全部完成したわけやない。せやさかい、何かええ方法がないか思うてな」
バニッシュは再び顎に手を添え、眉を寄せる。
「それより――何やこれ?」
ツヅラの視線が、机の上に無造作に広げられた道具の山に移った。
刃は欠け、柄は折れ、どれも無残に傷ついている。
「これはな……」
バニッシュが説明する。
住民が増え作業量が跳ね上がった結果、道具が限界を迎え、修理が追いつかなくなっていること。
「買い出ししかねぇが――金がない」
そう言うと、グラドが鼻を鳴らした。
「ほぅ……なるほどな」
ツヅラはすぐに状況を飲み込んだ様子で、扇の先を軽くバニッシュへ向ける。
「なら、こうしたらええんちゃう? 商いしたがってる者を外に派遣して――その売った金で必要なもん買うて帰ってきてもろたら?」
「……なるほどな」
バニッシュの目がわずかに開かれる。
「だが、外で商売するにしても――売り物はどうする? 場所も――」
「場所ならある」
ツヅラは薄く微笑み、金色の瞳を細める。
「けど、これは一旦、皆で話し合ったほうがええやろな」
そう言うと、ツヅラはくるりと扇を返し妖艶に笑う。
「ほな、準備しとくわ」
楽しげな声音を残して、ひらりと身を翻し部屋を出ていった。
バニッシュとグラドは、ぽかんと口を開けたまま視線を交わす。
ツヅラの声かけで、拠点の広間にいつもの面々が集まった。
中央には大きなテーブル。
その周りにバニッシュ、リュシア、セレスティナ、グラド、ライラ、ザイロ、メイラ、ツヅラ、フィリアが並んで座る。
フォルとセラは相変わらず外へ遊びに行ってしまい、不在だ。
「はい、どうぞ」
メイラが微笑みながら一人一人に紅茶を配る。
ほんのりと甘い香りが広間に満ちた。
「で、今度は何の集まりなの?」
リュシアが腕を組み、バニッシュに視線を向ける。
「ああ。今後のことで、皆にも意見を聞きたくてな」
「何かあったのでしょうか?」
セレスティナが頬へ手を添え、バニッシュを見つめる。
バニッシュはゆっくりと立ち上がり、全員の顔を順に眺めながら話し始めた。
「まず、みんなも知ってるとおり――今、拠点は急に住人が増えた。ツヅラを含む獣人が二百人。フィリアを含むエルフが百人だ」
その言葉に、空気が自然と引き締まる。
「それによって、問題が出てきた」
バニッシュは隣のグラドに目で合図する。
グラドはふんっと鼻を鳴らし、組んだ腕のまま前へ出た。
「居住区と畑の拡張が一気に進んだせいでだな……道具が限界だ」
テーブルの上にあるのは壊れた鎌や、柄の折れた斧、刃の欠けたノミ。
「直せんこともねぇ、だがな! 量が多すぎる。俺ひとりじゃ手が回らん」
グラドが不満げに髭を撫でた。
その発言に、すかさずリュシアが毒を吐く。
「アンタの酒飲む時間をなくせば、間に合うんじゃないの?」
「なっ……!? ドワーフにとって酒は命の水なんだぞ!」
グラドが立ち上がるほどの勢いで反論し、テーブルがわずかにきしむ。
「はいはい」
リュシアは涼しい顔でそれを受け流す。
グラドとリュシアの軽口に、バニッシュは思わず苦笑した。
フィリアが静かに紅茶を口に運び、視線だけをバニッシュへ移す。
幼げな容姿とは裏腹に、椅子に座るだけで“女王”の風格が滲み出ている。
「それで、どうするというのだ?」
バニッシュは肩をすくめ、ツヅラへ目線を送る。
「その件はツヅラに頼む。説明してくれ」
ツヅラはパチン、と扇子を閉じて立ち上がった。
金の瞳がぎらりと光り、全員の視線を独り占めにする。
「今のままじゃ畑も家も作れへん。道具が足りへんのは明白や」
扇を広げ、口元を隠しながら話を続ける。
「けどな、この拠点に道具を買う金はあらへん」
その言葉に、全員が重々しく頷いた。
現実を前に、騒ぐ者も文句を言う者もいない。
「だからや」
ツヅラはひと呼吸置き、ぱちんと扇を閉じた。
「ウチら獣人側に商いしたがってる者がおる。そいつらを外に派遣し、売った金で道具を仕入れるんや」
広間に静寂が落ちた。
単純だが、状況を打破するには十分すぎる策だ。
「なるほど……」
セレスティナが小さく呟く。
「外で商売して、外の道具を持ってくるってわけね」
ライラが納得したように頷き、ザイロも無言で腕を組む。
「理屈は理解できる。しかし――」
フィリアは静かに紅茶を一口含むと、透き通るような瞳を細めた。
幼い外見とは裏腹に、その声には百年の森を統べた者の厳しさと品格が滲む。
「現実的ではないな」
その一言に、ツヅラはぴくりと眉を動かす。
だがすぐに、扇子の奥でにやりと楽しげな笑みを浮かべた。
「……というと?」
挑発するようなツヅラの金の瞳。
その視線を真正面から受け止め、フィリアは背筋をすっと伸ばした。
「まず第一に――何を売るつもりだ? この拠点には、今のところ珍しい物資はない。商品がなければ商いは成立しない」
全員が、確かにと頷く。
「第二に――どこで商売をするつもりだ? 人が集まる場所でなければ意味がない。それに、我々は外の市場との繋がりがない。店を構えるにも手続きが必要になるだろう」
ツヅラは扇を口元に当てたまま、ふむと聞き流しているように見える。
しかしその目は、まるで獲物を狙う獣そのもの。
「そして第三にして最も重要なことだ――」
フィリアは紅茶のカップを置き、その小さな指をツヅラへ向ける。
「信用がない。 良質な商品、好立地――それらが揃っていようと、信用のない店に客はつかない。信用を築くには、何より時間が必要だ。ゆえに、あなたの案は聞こえは良いが、実行性に乏しいといえる」
広間が静まり返る。
バニッシュも腕を組み、確かになぁと唸った。
しかし――
「……ふふ」
ツヅラが扇子の奥で笑った。
「厳しいこと言いはるなぁ、フィリアはん」
挑発するように金の瞳が細まる。
「けどな――」
ぱちん、と扇を閉じ。
「その辺に関しては、既に考えてはるわ」
広間全体がざわっと揺れた。
「ほう……」
フィリアは、手を組んでツヅラを見据える。
「なら説明してもらうか」
ツヅラはすぅと息を吸い込み、優雅に一礼した。
「よろしい、ほんなら――順番に説明していこうか」
中心には、鍛冶場と工房を兼ね備えたバニッシュの家があり、その周囲にはザイロ、メイラ、ライラ、フォル――獣人家族が建てた家が並ぶ。
そしてもう一つ、再び槌を振るい始めたドワーフの匠、グラドの家。
そこを境にして――北側にはツヅラがまとめる獣人たち二百名の住居区、南側にはフィリアが率いるエルフ百名の集落が設けられている。
大小さまざまなテントや木造の家が立ち並び、井戸が掘られ、子供たちが走り回り、焚き火の煙があがっている。
収穫祭でツヅラとフィリアによって拠点の長に選ばれたバニッシュだが――
「流石に俺ひとりじゃ無理だろ……」
という本人の強い主張もあり、獣人側の代表としてツヅラを獣盟官、エルフ側の代表としてフィリアを樹守官任命した。
拠点は、三者三様の文化を持った人々が協力し合い、驚くほど速いペースで形になっていく。
そんな中――バニッシュは自室の机に向かっていた。
食料、建材、医薬品、損耗品……と書類の山の中で、一つ一つに目を通し確認していく。
「……ツヅラ側は建材の数が足りないか。フィリア側は井戸の水質改善、と……」
そんなふうにペンを走らせていると――突然。
ドガァァンッ!!
豪快な音と共に、扉が破れる勢いで開いた。
「よう、バニッシュ! おい!!」
荒々しい足音を立てながら、グラドがずかずかと部屋に入ってくる。
鍛冶で鍛え上げた腕、油と煤の匂いを纏った姿。
「……ノックぐらいしろっての」
バニッシュが呆れ半分で眉をひそめると、グラドは豪快に笑った。
「それで、どうしたんだ?」
問いかけると同時に、グラドは肩に担いでいた大袋をドサッと床へ放り投げ、ガラガラと中身を全部ひっくり返した。
――斧、鍬、鎌、鋸。
どれもが刃こぼれを起こし、柄が割れ、歪んでいた。
「こいつを見ろ。」
グラドは腕を組み、顎で示す。
「こいつは……ひどいな」
バニッシュは道具をひとつひとつ手に取った。
刃は欠け、柄は割れ、金具も錆びている。
最近この拠点では建築も畑仕事も急増していた。
ツヅラたち獣人、エルフたちの住居、井戸の整備、畑の拡張。
朝から晩まで、誰もが働いていた。
その代償が、これだった。
「このところ急に建築も畑仕事も増えたからな。道具のほうが先に悲鳴を上げやがった」
グラドは鼻を鳴らす。
「なるほどな。だけど、これくらいならグラドが直せるんじゃないか?」
そう言われて、グラドは眉をしかめた。
「ああ、直せるさ。俺ならな」
だが、と言葉を続け、山のような工具と破損部品を指差す。
「量が多すぎる。修理してる間に、また壊れたのが持ち込まれる。正直、俺ひとりじゃ回らん」
バニッシュは一瞬考える。
確かに拠点は大きくなりすぎた。
もはや鍛冶仕事ひとつ取っても、職人が一人でやれる規模じゃない。
「つまり――人手が必要ってことか」
「そういうこった」
グラドは頷く。
「なるほどな……」
バニッシュは並べられた農具の一本を手に取り、欠けた刃を指で撫でる。
確かに限界だ。見ただけでわかる。
「農具のほうは、ひとまずいい」
グラドは腕を組んだまま、外へ視線をやった。
窓の向こうには、薄い雪雲が広がっていた。
「そろそろ雪が降り始める頃だからな」
「……そうだな」
言われてみれば、もう冬がやって来る。
ここは北方、森の奥だ。雪は積もれば容赦なく生活を脅かす。
「だが建築は別だ。畑よりも先に、屋根と壁を用意してやらねえと――冬を越せねえ奴らが出てくる」
その言葉が、部屋の空気を少し締めた。
今の拠点は、急激に人口が増えすぎた。
ツヅラの獣人たち二百。フィリアのエルフたち百。
家が足りないのは明らかだ。
(グラド一人に鍛治を任せるのは酷だ……)
バニッシュは思考を巡らせる。
「けど、今すぐ鍛冶師を育てるってのは難しいしな」
グラドが低く唸る。
「ああ、時間もねぇし、急ぐ必要がある」
「だろうな」
つまり選択肢は限られている。
一つは、このまま破損した道具をグラドが一人で直し続けること。
ただ、それでは追いつかない。
もう一つは――。
「外に買い出しか……」
バニッシュは顎に手を当て、唸るように呟いた。
距離も危険もかかる。金も必要だ。
だが一番現実的だ。
「道具そのものを補充しなければ、どうにもならないな」
「そういうこった」
グラドが頷く。
「だがなぁ……」
バニッシュは頭をガリガリと掻いた。
「そもそも俺たちには、買い出しするほどの金がないんだよなぁ……」
深いため息が漏れる。
それも当然だった。
この拠点は完全な自給自足。
外界と繋がる必要も、誰かが訪れることもなかった。
魔の森の中にあり、なおかつバニッシュの結界の中――ここに来られる者など、まずいない。
ゆえに、通貨という概念すら希薄になっていた。
「しかし、どうにかせんと間に合わなくなるぞ」
グラドは腕を組んだまま、鼻でフンと息を吐く。
「そりゃ、わかってるんだが……」
バニッシュも唸るしかなかった。
二人で重たい空気に飲まれるように沈黙していると――コン、コン。
重い木の扉を叩く音が響く。
「バニッシュはん、ちょっとええか?」
聞き慣れた、艶のある関西訛りの声。
扉がぎぃ、と開く。
姿を現したのは――扇を片手に、金の瞳に妖艶な笑みを浮かべた獣人の女、ツヅラだった。
「何や、二人とも難儀な顔しとるなぁ」
ツヅラは扇で口元を隠しながら、バニッシュとグラドの表情を交互に眺めた。
「ああ、ちょっと問題が出てな。――それより、ツヅラのほうはどうした?」
バニッシュが問いかけると、ツヅラは扇をぱたりと閉じた。
「ウチら獣人側のもんにやな、商いを始めたい言う者がおるんや」
「商い、ねえ」
「せやけど、居住区もまだ全部完成したわけやない。せやさかい、何かええ方法がないか思うてな」
バニッシュは再び顎に手を添え、眉を寄せる。
「それより――何やこれ?」
ツヅラの視線が、机の上に無造作に広げられた道具の山に移った。
刃は欠け、柄は折れ、どれも無残に傷ついている。
「これはな……」
バニッシュが説明する。
住民が増え作業量が跳ね上がった結果、道具が限界を迎え、修理が追いつかなくなっていること。
「買い出ししかねぇが――金がない」
そう言うと、グラドが鼻を鳴らした。
「ほぅ……なるほどな」
ツヅラはすぐに状況を飲み込んだ様子で、扇の先を軽くバニッシュへ向ける。
「なら、こうしたらええんちゃう? 商いしたがってる者を外に派遣して――その売った金で必要なもん買うて帰ってきてもろたら?」
「……なるほどな」
バニッシュの目がわずかに開かれる。
「だが、外で商売するにしても――売り物はどうする? 場所も――」
「場所ならある」
ツヅラは薄く微笑み、金色の瞳を細める。
「けど、これは一旦、皆で話し合ったほうがええやろな」
そう言うと、ツヅラはくるりと扇を返し妖艶に笑う。
「ほな、準備しとくわ」
楽しげな声音を残して、ひらりと身を翻し部屋を出ていった。
バニッシュとグラドは、ぽかんと口を開けたまま視線を交わす。
ツヅラの声かけで、拠点の広間にいつもの面々が集まった。
中央には大きなテーブル。
その周りにバニッシュ、リュシア、セレスティナ、グラド、ライラ、ザイロ、メイラ、ツヅラ、フィリアが並んで座る。
フォルとセラは相変わらず外へ遊びに行ってしまい、不在だ。
「はい、どうぞ」
メイラが微笑みながら一人一人に紅茶を配る。
ほんのりと甘い香りが広間に満ちた。
「で、今度は何の集まりなの?」
リュシアが腕を組み、バニッシュに視線を向ける。
「ああ。今後のことで、皆にも意見を聞きたくてな」
「何かあったのでしょうか?」
セレスティナが頬へ手を添え、バニッシュを見つめる。
バニッシュはゆっくりと立ち上がり、全員の顔を順に眺めながら話し始めた。
「まず、みんなも知ってるとおり――今、拠点は急に住人が増えた。ツヅラを含む獣人が二百人。フィリアを含むエルフが百人だ」
その言葉に、空気が自然と引き締まる。
「それによって、問題が出てきた」
バニッシュは隣のグラドに目で合図する。
グラドはふんっと鼻を鳴らし、組んだ腕のまま前へ出た。
「居住区と畑の拡張が一気に進んだせいでだな……道具が限界だ」
テーブルの上にあるのは壊れた鎌や、柄の折れた斧、刃の欠けたノミ。
「直せんこともねぇ、だがな! 量が多すぎる。俺ひとりじゃ手が回らん」
グラドが不満げに髭を撫でた。
その発言に、すかさずリュシアが毒を吐く。
「アンタの酒飲む時間をなくせば、間に合うんじゃないの?」
「なっ……!? ドワーフにとって酒は命の水なんだぞ!」
グラドが立ち上がるほどの勢いで反論し、テーブルがわずかにきしむ。
「はいはい」
リュシアは涼しい顔でそれを受け流す。
グラドとリュシアの軽口に、バニッシュは思わず苦笑した。
フィリアが静かに紅茶を口に運び、視線だけをバニッシュへ移す。
幼げな容姿とは裏腹に、椅子に座るだけで“女王”の風格が滲み出ている。
「それで、どうするというのだ?」
バニッシュは肩をすくめ、ツヅラへ目線を送る。
「その件はツヅラに頼む。説明してくれ」
ツヅラはパチン、と扇子を閉じて立ち上がった。
金の瞳がぎらりと光り、全員の視線を独り占めにする。
「今のままじゃ畑も家も作れへん。道具が足りへんのは明白や」
扇を広げ、口元を隠しながら話を続ける。
「けどな、この拠点に道具を買う金はあらへん」
その言葉に、全員が重々しく頷いた。
現実を前に、騒ぐ者も文句を言う者もいない。
「だからや」
ツヅラはひと呼吸置き、ぱちんと扇を閉じた。
「ウチら獣人側に商いしたがってる者がおる。そいつらを外に派遣し、売った金で道具を仕入れるんや」
広間に静寂が落ちた。
単純だが、状況を打破するには十分すぎる策だ。
「なるほど……」
セレスティナが小さく呟く。
「外で商売して、外の道具を持ってくるってわけね」
ライラが納得したように頷き、ザイロも無言で腕を組む。
「理屈は理解できる。しかし――」
フィリアは静かに紅茶を一口含むと、透き通るような瞳を細めた。
幼い外見とは裏腹に、その声には百年の森を統べた者の厳しさと品格が滲む。
「現実的ではないな」
その一言に、ツヅラはぴくりと眉を動かす。
だがすぐに、扇子の奥でにやりと楽しげな笑みを浮かべた。
「……というと?」
挑発するようなツヅラの金の瞳。
その視線を真正面から受け止め、フィリアは背筋をすっと伸ばした。
「まず第一に――何を売るつもりだ? この拠点には、今のところ珍しい物資はない。商品がなければ商いは成立しない」
全員が、確かにと頷く。
「第二に――どこで商売をするつもりだ? 人が集まる場所でなければ意味がない。それに、我々は外の市場との繋がりがない。店を構えるにも手続きが必要になるだろう」
ツヅラは扇を口元に当てたまま、ふむと聞き流しているように見える。
しかしその目は、まるで獲物を狙う獣そのもの。
「そして第三にして最も重要なことだ――」
フィリアは紅茶のカップを置き、その小さな指をツヅラへ向ける。
「信用がない。 良質な商品、好立地――それらが揃っていようと、信用のない店に客はつかない。信用を築くには、何より時間が必要だ。ゆえに、あなたの案は聞こえは良いが、実行性に乏しいといえる」
広間が静まり返る。
バニッシュも腕を組み、確かになぁと唸った。
しかし――
「……ふふ」
ツヅラが扇子の奥で笑った。
「厳しいこと言いはるなぁ、フィリアはん」
挑発するように金の瞳が細まる。
「けどな――」
ぱちん、と扇を閉じ。
「その辺に関しては、既に考えてはるわ」
広間全体がざわっと揺れた。
「ほう……」
フィリアは、手を組んでツヅラを見据える。
「なら説明してもらうか」
ツヅラはすぅと息を吸い込み、優雅に一礼した。
「よろしい、ほんなら――順番に説明していこうか」
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彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
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さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
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