勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

沈黙の玉座、滅びを織る王

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 暗く、濃く、そして底知れぬほど深い瘴気が大地を覆っていた。
 空から降り注ぐはずの陽光すら、その瘴気に阻まれ、地上へ届くことはない。

 樹木は瘴気に侵され、歪に変質し、もはや生命の象徴とは呼べぬ異形へと成り果てている。
 その影の中を、魔獣と魔物が静かに、しかし確かな殺意を宿しながら彷徨いていた。

 ――ここは、魔族領ノクティア。
 闇と瘴気を統べる、魔族の国である。

 その中心に聳え立つのは、巨大な魔城。
 瘴気そのものを石としたかのような禍々しい威容を誇り、見る者に畏怖と絶望を刻み込む存在だった。

 魔城の最奥、重厚な扉の向こうに広がるのは、不穏でありながらも揺るぎない威厳と風格を宿す王の間。
 玉座に座すのは、魔族を統べる絶対者――魔王モンプチ。

 その姿は静謐でありながら絶対的王者の風格そのものだった。
 玉座の肘掛けに肘をつき、拳に頬を預けるその仕草は、まるで深い瞑想に沈んでいるかのようであり、同時に一切の隙を感じさせない。
 その空気を破るように、一人の女が静かに進み出る。

「魔王様。ご報告申し上げたいことがございます」

 女は玉座の前で膝をつき、深々と頭を下げた。

 赤黒く、妖しく艶めく肌。
 黒目の奥に銀の光を宿す瞳は、闇の中でも鋭く輝く。
 銀糸のように煌めく長髪が、瘴気を孕んだ風に揺れ、
 背には夜を切り裂くかのような、コウモリの翼。
 その身体を包むのは、露出の多い黒鋼のアーマー。
 戦のために存在する者であると、一目で分かる姿だった。

 ――七魔将の一人、颶風姫ぐふうきメルカ=ヴァルゼ。

 魔王モンプチに忠誠を誓い、嵐と風を支配する魔族最強格の一将。

「……メルカか。申せ」

 魔王モンプチは、閉じていた瞼をわずかに持ち上げた。
 ほんの僅かな動き。だが、それだけで王の間の空気が変質する。
 薄く開かれたその眼差しが、玉座の下に跪く颶風姫を見下ろす。
 見られている――ただそれだけで、魂の奥まで射抜かれるかのような圧が生まれていた。

「はっ!」

 メルカは即座に応じる。
 背筋を正し、視線を下げたまま、報告を続けた。

「ヴェイルに関する件でありますが……やはり、黒の勇者と共に討たれたものと思われます」

 その言葉が放たれた瞬間、王の間は沈黙に包まれた。
 静か――だが、それは安らぎの静寂ではない。
 音という音が、息を潜めて消え去ったかのような、圧殺する静寂。

「…………」

 魔王モンプチは言葉を発さない。
 頬杖をついた姿勢のまま、ただ、沈黙を支配していた。

「……ヴェイルを討った者は、誰だ?」

 低く、静かな声で、だが、その一言に込められた魔力と威圧は、尋常ではなかった。
 もしこの場に七魔将でなければ――肺は呼吸を忘れ、心臓は鼓動を拒み、意識が命より先に砕け散っていただろう。
 七魔将であるメルカだからこそ、その圧に耐えていた。

「は……っ。ヴェイルを討った者に関しては、現在、調査中であります」

 一瞬の逡巡したが、メルカは続けるべき言葉を選び口にした。

「……ただし、その戦いの際。女神が、地上へと降り立ったとの報告も上がっております」

 その言葉を聞き、魔王モンプチは動いた――と言っても、姿勢を変えたわけではない。
 頬杖をついたまま、視線をより鋭く、メルカへと向けただけだ。
 それだけで、王の間の空気がさらに一段、重く沈む。

「…………」

 沈黙、しかし、そこには思考する王の気配がはっきりと感じ取れた。

「……そうか……王都への侵攻状況は?」

 魔王モンプチの声は低く、重く、王の間に沈み込むように響いた。

「はっ! 現在、王都へ侵攻中の七魔将――骸覇叉がいはしゃ、ならびに燼耀妃じんようひより報告が入っております。王都は、各種族へ救援要請を発し、可能な限りの戦力を集結させているとのことです」

 その言葉を聞いても、モンプチの表情は一切変わらない。
 頬杖をついたまま、沈黙を保ち、報告の続きを促すかのようだった。

「しかしながら――」

 メルカの声音が、わずかに冷える。

「既に、獣人国ルガンディア。エルフの里エルフェイン。ドワーフ王国ヴォルグラントは、完全に壊滅しております」

 その事実を、感情を排して告げる。

「また、鬼人族の放牧同盟につきましても……黒の勇者と共に討たれたとの報告が確認されております」

 王の間に、再び重い沈黙が落ちた。

「……ゆえに、王都の要請に、実質的に応じられる種族は、極めて少ないかと存じます」

 メルカは結論を口にする。
 それは、王都が孤立しつつあるという事実だった。

「…………」

 魔王モンプチは、何も言わない。
 ただ、すべてを把握した王の沈黙。

「……そうか、下がれ」

 命令は、それだけでモンプチは再び瞼を閉じ、瞑想に沈むかのような姿勢へと戻る。
 まるで、これから起こるすべてを既に織り込んでいるかのように。

「はっ!」

 メルカ=ヴァルゼは深く頭を下げると、踵を返し、王の間を後にした。
 その背を見送る者はいない。
 王の間に残されたのは、静寂と――世界の命運を握る魔王、ただ一人だった。

 ――重く、巨大な扉が閉じられる。
 ゴゥ……という鈍い音が、王の間の奥へと吸い込まれていった。

 メルカは振り返らず、そのまま廊下を進む。
 石畳を踏みしめるたび、カッ、カッ、と乾いた足音が静寂を切り裂いた。

「……ヴェイルは、やはり死んだのか」

 不意に、背後から声が響く。
 低く、落ち着きながらも、どこか愉悦を滲ませた声。

 メルカは足を止め、後方の気配に意識を向ける。

「……砕射王か」

 振り向くことなく、低い声で応じる。
 廊下の柱の影、そこに背をもたれ、腕を組んで立っていたのは、大柄なエルフの男だった。

 長身にして、矢のように引き締まった肉体。
 鋭い眼差しを持つその存在――七魔将の一人。
 砕射王さいしゃおうエリダス=エルグレア。

「そうね……そもそも、あの男は前線に出て戦うタイプじゃないわ。それに――女神までもが出て来たなら」

 わずかに、肩をすくめる。

「当然の結果、ってところね」

 その言葉に対し、エリダスは小さく喉を鳴らす。

「……本当に、それだけが敗因か?」

 ニヤリと、口角が吊り上がった。
 楽しげでありながら、どこか挑発的な笑み。

 メルカは目を細め肩越しに、背後の男を睨めつけた。

「……何を言いたいの?」

 エリダスは、その視線を真正面から受け止める。

「お前だって、感じたはずだ――ヴェイルの一件で、世界が選択したことを」

 メルカの瞳が、わずかに揺れる。

「勇者は、ヴェイルによって闇に堕とされた。女神共の導きの光でも、新たな勇者は現れない」

 エリダスの声に、確信が宿る。

「……だからこそ、現れた」

 その言葉が、廊下の空気を切り裂く。

「英雄が」

 メルカは、何も言わなかった。
 だが、その沈黙こそが、砕射王の言葉を否定できなかった証でもあった。

「下らないわね」

 メルカは、冷ややかに吐き捨てた。

「仮に英雄が現れたとして――それが、何だっていうの?」

 その声音には、一片の動揺も含まれていない。
 だが、エリダスは、その言葉を待っていたかのように肩を竦める。

「かつて、魔王様を追い詰めながらも――討たず、封印という手段を選んだ英雄」

 わざとらしく言葉を区切り、エリダスは口角を吊り上げた。

「それは、魔王様にとって……本当に、取るに足らない存在なのか?」

 挑発するような口調。
 まるですべてを見透かすかのようなエリダスに、メルカの眉が僅かに反応する。

「……気に入らないわね」

 振り返った彼女の視線は、刃のように冷たい。

「アナタ。何か知っているのかしら?」

 空気が張り詰める。
 互いに一歩も譲らぬ視線が交錯し、廊下の静寂が、軋むように歪んだ。

「別に」

 エリダスは軽く肩をすくめる。

「ただ……少しばかり、気になる奴がいるだけさ」

 それ以上は語らない。
 互いに腹の探り合いをする。
 七魔将とは、それぞれが個として強力な力を持つ。
 故に、考えや思想の違いから互いに協力し合うなどあり得ないのだ。

 やがて、エリダスはふっと笑う。

「ま、可能性の話だ」

 そう言い残し、メルカに背を向けると、軽く手を上げた。
 足取りは軽く、まるで何もなかったかのように、廊下の奥へと消えていく。

「……本当に、不快な男ね」

 去っていく背を、メルカは最後まで冷ややかに見据え、ぽつりと漏らした。
 そして、彼女は腰元へと手を伸ばす。
 取り出したのは、赤紫に淡く光るクリスタル。
 生気を吸い込むかのように脈打つその輝きは、世界の深層と直結した核。

 ――ダンジョン・コア。

 すでに、世界を滅ぼすための次なる計画は動き出している。
 これは、その要となるもの。

「……次の狙いは」

 メルカの唇が、わずかに歪む。

「妖精族――」

 ダンジョン・コアを強く握りしめ、その瞳を妖しく光らせながら、彼女は再び歩き出した。
 カッ、カッ、と響く足音が、これから訪れる破滅の序曲であるかのように。

 ――世界は、まだそれを知らない。
 だが、終焉へ向けた歯車は、確実に回り始めていた。
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