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妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編
イリヤのお願い
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ミュレアたちが王都で評議に参加している頃、クラウゼリアの一角、ライラが担う診療所の調合室には、静かな薬草の香りが満ちていた。
机の上に並ぶ乾燥させた薬草、すり鉢、蒸留器具が並び、窓から差し込む午後の光を受けて、淡い粉末がきらりと舞う。
バニッシュはすり鉢を一定の速度で回しながら、ふっと息を吐いた。
仕事の合間を縫って調合をすることで、少しでもライラの助けになればと手を動かす。
(……妖精族、か)
粉末を瓶へ移し替えながら思考が巡る。
女神セラの使い――神鳥パグが話していた言葉を思い出す。
好奇心旺盛で、森に精通し、薬草や調合の知識に長けた種族。
もし妖精族と知り合い、知識を共有できれば、クラウゼリアが抱える医薬品不足という問題を、一気に前へ進められるかもしれない。
だが――すり鉢をすっていた手を止め、バニッシュは静かに天井を見上げる。
パグが言っていた言葉が、何度も頭の中で反芻される。
『――妖精族は滅多に姿を現しません。樹海の奥深くに住むとはいわれていますが、その正確な場所もわからないのです』
調合した薬を瓶へと移しながら、バニッシュは小さく息を吐いた。
「……はぁ」
期待を抱いた分、現実は遠い。
もし出会えれば大きな助けになるのだが、出会えるかどうか、がそもそも不確かなのだ。
「……大丈夫ですか?」
不意にかけられた声に、思考が現実へ引き戻される。
顔を上げると、薬を受け取りに来たライラが心配そうにこちらを見つめていた。
「あ、ああ。大丈夫だ」
慌てて表情を整える。
だが、ライラはまだ不安そうにバニッシュを見る。
「ごめんなさい……忙しいのに、手伝ってもらって」
視線を落とし、申し訳なさそうに言う。
自分の未熟さが原因だと、思っているのだろう。
「気にするな。大変な時は、皆で協力しないとな」
バニッシュは穏やかに笑い、調合を終えた薬瓶を差し出す。
ライラは両手で大事そうに受け取り、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「ああ。診療所、頼むぞ」
「はい」
小さく頷き、足早に調合室を後にする。
廊下を駆けていく足音が遠ざかると、再び静けさが戻った。
本当は――今すぐにでも森へ入り、妖精族を探したいとバニッシュは思っているが、自分はこの街の長といあ立場だからこそ、軽率に持ち場を離れるわけにはいかない。
(だからこそ、今はできる限りの最善を尽くす)
バニッシュはゆっくりと拳を握る。
妖精族のことは、必ず道を探すと、バニッシュは静かに、決意を胸に刻むのだった。
それから、数日が過ぎていた。
朝早くから、バニッシュは執務室に籠りきりで、机の上に積ませれている書類の山に埋もれていた。
ここニ、三日の間、ライラの手伝いで調合に時間を割いていた分、こちらの仕事が溜まっていた。
書面に目を走らせ、集中していると、春の柔らかな陽光が窓から差し込み、心地よい暖かさをもたらしていた。
まぶたが、じわりと重くなり、文字列がゆらりと揺れた。
(……だめだ、寝るな)
自分を叱咤しながらも、意識がふっと遠のきかけた、その時――コン、コンと、執務室の扉がノックされる。
「は、はい!」
眠りに落ちかけた頭が一気に覚醒し、バニッシュはビクリと身体を跳ねさせた。
声が、盛大に裏返る。
「失礼します」
静かな声と共に、扉が開き、入ってきたのはタナトスだった。
そして彼はすぐ横に身をずらし、扉を押さえる。
その隙間から――ミュレアが、黒牙の手を引いて中へ入ってきた。
「おお、戻って来てたのか」
口から垂れていたヨダレを慌てて袖で口元を拭いながら、平静を装う。
ミュレアは無言でその様子を見つめ、黒牙は少し困ったように視線を逸らした。
「先ほど王都より戻りましたので、そのご報告に参りました」
扉を閉め、姿勢を正したままタナトスが告げる。
「そうか。ご苦労さま」
バニッシュは机の上で手を組んで頷いた。
「それで、どうだったんだ?」
「特に何もなかったわ」
表情を変えることなく、淡々とした声でミュレア答えた。
「……そうか」
バニッシュはそれ以上、深く追及しなかった。
王都の政治事情に不用意に踏み込むのは賢明ではない。
「つきましては、少々ご相談したいことがございます」
「相談?」
バニッシュは思わず目を瞬いた。
タナトスが相談と言うのは、なかなかに珍しいことである。
「アナタがバニッシュ=クラウゼンなの!?」
突然、甲高い声が室内に響いた。
「な、なんだ!?」
バニッシュは反射的に身を起こし、視線をキョロキョロと巡らせる。
声の主は――ミュレアの後ろから、ぴゅんと飛び上がった小さな影だった。
小さな影は空中で一回転し、机の上に軽やかに着地する。
淡い緑色の髪、背中には透き通るような羽、人差し指ほどの小さな体を、凛と胸を張って立たせている。
「私はイリヤ=グリーンベル! アナタに、頼みたい事があるの!」
自分の胸に手を当て、誇らしげに名乗る。
「え……?」
目の前の小さな存在を見つめながら、バニッシュの思考が追い付かず固まってしまう。
「な、何で……妖精が……!? 頼み事……?」
つい数日前まで、どうやって接触するかを考えていた種族が、今まさに机の上に立っている。
イリヤは、混乱するバニッシュの顔のすぐ目前までふわりと飛び上がった。
透き通る羽が小さく震え、淡い緑の髪が揺れる。
じーと、ジト目で至近距離から顔を覗き込む。
「……なんか、頼りなさそうなおっさんね」
「ぐっ……」
「本当に大丈夫なの!?」
勢いよく振り返り、今度はタナトスへ疑いの視線を向ける。
「ええ、彼は、この都市を一から作り上げた男です。それに、我々ミスティリアも信頼に足ると判断したからこそ、同盟を結んでおります」
タナトスは、落ち着いた声で淡々と話す。
「ふ~ん……」
イリヤは再びバニッシュへと視線を戻し、疑うような目で見る。
「ホントかしらね?」
半眼のまま、じっと見つめる。
「そ、それで……どういう事なんだ?」
バニッシュは誤魔化すように一つ咳払いをし、タナトスへ視線を向けた。
「王都の方で、他の種族へも招集の要請が出ていたようです。その際に開かれた評議の場に、彼女が参加しておりました」
タナトスは落ち着いた声音で説明する。
「なるほどな……だが、妖精族ってのは滅多に姿を現さないんじゃなかったのか?」
パグの話でそう聞いていたため、バニッシュは疑問に思い問いかける。
「こっちにも色々事情があるのよ!」
イリヤがぷくっと頬を膨らませ、腕を組む。
小さい体で威張る様子はどこか愛らしいが、その目は本気だ。
「はは……」
バニッシュは思わず苦笑する。
「それで――頼み事っていうのは?」
改めて姿勢を正し、本題に入る。
イリヤは宙に浮いたまま、バニッシュを真正面から見据えた。
緑の瞳が、揺るがない。
「アナタに、ダンジョンの攻略をお願いしたいの!」
「……だ、ダンジョン?」
バニッシュは目を瞬かせる。
「ダンジョンっていうのは……迷宮核から生成される、あのダンジョンか?」
バニッシュは眉間を押さえながら確認する。
突拍子もない話に、思考が完全には追いついていない。
「当たり前でしょ! 他にどんなダンジョンがあるのよ!」
イリヤは即座に噛みつくようにいう。
「うっ……」
反論の余地がなく、バニッシュは言葉に詰まる。
「順を追って説明いたします」
タナトスがややため息混じりに割って入る。
王都での評議で、イリヤが妖精たちの住む樹海に突如として出現したダンジョンをどうにかしてもらおうと、その馬に集まった種族に助けを求めたことを、淡々と、しかし要点を外さずに語られる状況。
「なるほどな……」
バニッシュはゆっくりと頷く。
「つまり、自分たちの住む樹海に突然ダンジョンが生成されたから、それを何とかしてもらおうと王都に現れた、ってわけだな」
「そうよ!」
イリヤは両腕を広げる。
「でも、誰も協力してくれなかったの! 話を聞くだけ聞いて、自分達の問題だから自分達で何とかしろって!」
小さな拳を握りしめる。
王都の評議での光景が、脳裏に焼き付いているのだろう。
「そしたら――この人が、アナタなら協力してくれるって言うから、来たのよ!」
ぴしっと、タナトスを指差す。
視線が、再びバニッシュへ向けられる。
疑いと、期待と、焦りが入り混じった眼差しを向けられる。
妖精族の住む樹海、そこに生成されたダンジョン、放っておけば、森を侵食し、やがて妖精たちの居場所を奪うかもしれない。
「う~ん……」
腕を組み、バニッシュは深く考え込む。
力にはなってやりたい。
妖精族の森に突然生まれたダンジョン――それは放っておけば危険だ。
「今、この街はまだ発展途上だ。そんな時に、俺がいなくなるのもな……」
「そんな……! お願い! お礼だってするから!」
イリヤは両手を胸の前で握りしめた。
小さな体で、必死に懇願する。
その姿に胸が痛む。
(助けてやりたい。無責任な真似はできない)
揺れる心を抱えたまま、バニッシュは唸る。
そんな彼の様子を見て、タナトスが静かに口を開いた。
「バニッシュさん、我々がこの方をお連れしたのには、もう一つ理由がございます」
「へ……? どういう事だ?」
バニッシュが顔を上げる。
「私の独自の調査になりますが、今、この街には医薬品の不足が発生しているのではないですか?」
「う……」
一瞬、言葉に詰まる。
「そ、それはそうだが……」
「妖精族は薬学――薬草や調合に長けた種族です。これは、この街にとって大いにプラスになります。それに、この機会を逃せば、妖精族と正式に関わりを持つことなど一生ございませんよ」
言葉は穏やかに諭すように話すタナトス。
それは今、この瞬間に訪れた縁、偶然ではなく、好機なのだと伝えるようだった。
バニッシュは何も言い返せず、数秒の黙り込み、やがて、ふっと笑う。
「……わかったよ」
頭を掻きながら言う。
「本当に、タナトスには敵わないな」
タナトスはわずかに口角を上げた。
「我々の上に立つ者として、最善の選択をしてもらわねばなりませんからね」
その言葉には、信頼が込められている。
だが、バニッシュはすぐに真顔へ戻る。
「ただし、俺一人で決めるわけにはいかない。まずは、皆と相談してからだ」
そう言って、イリヤに優しく微笑む。
「……ホント!? ありがとう!」
ぱぁっと、花が咲くように明るい笑顔が広がった。
小さな妖精の羽が、嬉しそうに震える。
希望が、確かに灯った瞬間だった。
机の上に並ぶ乾燥させた薬草、すり鉢、蒸留器具が並び、窓から差し込む午後の光を受けて、淡い粉末がきらりと舞う。
バニッシュはすり鉢を一定の速度で回しながら、ふっと息を吐いた。
仕事の合間を縫って調合をすることで、少しでもライラの助けになればと手を動かす。
(……妖精族、か)
粉末を瓶へ移し替えながら思考が巡る。
女神セラの使い――神鳥パグが話していた言葉を思い出す。
好奇心旺盛で、森に精通し、薬草や調合の知識に長けた種族。
もし妖精族と知り合い、知識を共有できれば、クラウゼリアが抱える医薬品不足という問題を、一気に前へ進められるかもしれない。
だが――すり鉢をすっていた手を止め、バニッシュは静かに天井を見上げる。
パグが言っていた言葉が、何度も頭の中で反芻される。
『――妖精族は滅多に姿を現しません。樹海の奥深くに住むとはいわれていますが、その正確な場所もわからないのです』
調合した薬を瓶へと移しながら、バニッシュは小さく息を吐いた。
「……はぁ」
期待を抱いた分、現実は遠い。
もし出会えれば大きな助けになるのだが、出会えるかどうか、がそもそも不確かなのだ。
「……大丈夫ですか?」
不意にかけられた声に、思考が現実へ引き戻される。
顔を上げると、薬を受け取りに来たライラが心配そうにこちらを見つめていた。
「あ、ああ。大丈夫だ」
慌てて表情を整える。
だが、ライラはまだ不安そうにバニッシュを見る。
「ごめんなさい……忙しいのに、手伝ってもらって」
視線を落とし、申し訳なさそうに言う。
自分の未熟さが原因だと、思っているのだろう。
「気にするな。大変な時は、皆で協力しないとな」
バニッシュは穏やかに笑い、調合を終えた薬瓶を差し出す。
ライラは両手で大事そうに受け取り、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「ああ。診療所、頼むぞ」
「はい」
小さく頷き、足早に調合室を後にする。
廊下を駆けていく足音が遠ざかると、再び静けさが戻った。
本当は――今すぐにでも森へ入り、妖精族を探したいとバニッシュは思っているが、自分はこの街の長といあ立場だからこそ、軽率に持ち場を離れるわけにはいかない。
(だからこそ、今はできる限りの最善を尽くす)
バニッシュはゆっくりと拳を握る。
妖精族のことは、必ず道を探すと、バニッシュは静かに、決意を胸に刻むのだった。
それから、数日が過ぎていた。
朝早くから、バニッシュは執務室に籠りきりで、机の上に積ませれている書類の山に埋もれていた。
ここニ、三日の間、ライラの手伝いで調合に時間を割いていた分、こちらの仕事が溜まっていた。
書面に目を走らせ、集中していると、春の柔らかな陽光が窓から差し込み、心地よい暖かさをもたらしていた。
まぶたが、じわりと重くなり、文字列がゆらりと揺れた。
(……だめだ、寝るな)
自分を叱咤しながらも、意識がふっと遠のきかけた、その時――コン、コンと、執務室の扉がノックされる。
「は、はい!」
眠りに落ちかけた頭が一気に覚醒し、バニッシュはビクリと身体を跳ねさせた。
声が、盛大に裏返る。
「失礼します」
静かな声と共に、扉が開き、入ってきたのはタナトスだった。
そして彼はすぐ横に身をずらし、扉を押さえる。
その隙間から――ミュレアが、黒牙の手を引いて中へ入ってきた。
「おお、戻って来てたのか」
口から垂れていたヨダレを慌てて袖で口元を拭いながら、平静を装う。
ミュレアは無言でその様子を見つめ、黒牙は少し困ったように視線を逸らした。
「先ほど王都より戻りましたので、そのご報告に参りました」
扉を閉め、姿勢を正したままタナトスが告げる。
「そうか。ご苦労さま」
バニッシュは机の上で手を組んで頷いた。
「それで、どうだったんだ?」
「特に何もなかったわ」
表情を変えることなく、淡々とした声でミュレア答えた。
「……そうか」
バニッシュはそれ以上、深く追及しなかった。
王都の政治事情に不用意に踏み込むのは賢明ではない。
「つきましては、少々ご相談したいことがございます」
「相談?」
バニッシュは思わず目を瞬いた。
タナトスが相談と言うのは、なかなかに珍しいことである。
「アナタがバニッシュ=クラウゼンなの!?」
突然、甲高い声が室内に響いた。
「な、なんだ!?」
バニッシュは反射的に身を起こし、視線をキョロキョロと巡らせる。
声の主は――ミュレアの後ろから、ぴゅんと飛び上がった小さな影だった。
小さな影は空中で一回転し、机の上に軽やかに着地する。
淡い緑色の髪、背中には透き通るような羽、人差し指ほどの小さな体を、凛と胸を張って立たせている。
「私はイリヤ=グリーンベル! アナタに、頼みたい事があるの!」
自分の胸に手を当て、誇らしげに名乗る。
「え……?」
目の前の小さな存在を見つめながら、バニッシュの思考が追い付かず固まってしまう。
「な、何で……妖精が……!? 頼み事……?」
つい数日前まで、どうやって接触するかを考えていた種族が、今まさに机の上に立っている。
イリヤは、混乱するバニッシュの顔のすぐ目前までふわりと飛び上がった。
透き通る羽が小さく震え、淡い緑の髪が揺れる。
じーと、ジト目で至近距離から顔を覗き込む。
「……なんか、頼りなさそうなおっさんね」
「ぐっ……」
「本当に大丈夫なの!?」
勢いよく振り返り、今度はタナトスへ疑いの視線を向ける。
「ええ、彼は、この都市を一から作り上げた男です。それに、我々ミスティリアも信頼に足ると判断したからこそ、同盟を結んでおります」
タナトスは、落ち着いた声で淡々と話す。
「ふ~ん……」
イリヤは再びバニッシュへと視線を戻し、疑うような目で見る。
「ホントかしらね?」
半眼のまま、じっと見つめる。
「そ、それで……どういう事なんだ?」
バニッシュは誤魔化すように一つ咳払いをし、タナトスへ視線を向けた。
「王都の方で、他の種族へも招集の要請が出ていたようです。その際に開かれた評議の場に、彼女が参加しておりました」
タナトスは落ち着いた声音で説明する。
「なるほどな……だが、妖精族ってのは滅多に姿を現さないんじゃなかったのか?」
パグの話でそう聞いていたため、バニッシュは疑問に思い問いかける。
「こっちにも色々事情があるのよ!」
イリヤがぷくっと頬を膨らませ、腕を組む。
小さい体で威張る様子はどこか愛らしいが、その目は本気だ。
「はは……」
バニッシュは思わず苦笑する。
「それで――頼み事っていうのは?」
改めて姿勢を正し、本題に入る。
イリヤは宙に浮いたまま、バニッシュを真正面から見据えた。
緑の瞳が、揺るがない。
「アナタに、ダンジョンの攻略をお願いしたいの!」
「……だ、ダンジョン?」
バニッシュは目を瞬かせる。
「ダンジョンっていうのは……迷宮核から生成される、あのダンジョンか?」
バニッシュは眉間を押さえながら確認する。
突拍子もない話に、思考が完全には追いついていない。
「当たり前でしょ! 他にどんなダンジョンがあるのよ!」
イリヤは即座に噛みつくようにいう。
「うっ……」
反論の余地がなく、バニッシュは言葉に詰まる。
「順を追って説明いたします」
タナトスがややため息混じりに割って入る。
王都での評議で、イリヤが妖精たちの住む樹海に突如として出現したダンジョンをどうにかしてもらおうと、その馬に集まった種族に助けを求めたことを、淡々と、しかし要点を外さずに語られる状況。
「なるほどな……」
バニッシュはゆっくりと頷く。
「つまり、自分たちの住む樹海に突然ダンジョンが生成されたから、それを何とかしてもらおうと王都に現れた、ってわけだな」
「そうよ!」
イリヤは両腕を広げる。
「でも、誰も協力してくれなかったの! 話を聞くだけ聞いて、自分達の問題だから自分達で何とかしろって!」
小さな拳を握りしめる。
王都の評議での光景が、脳裏に焼き付いているのだろう。
「そしたら――この人が、アナタなら協力してくれるって言うから、来たのよ!」
ぴしっと、タナトスを指差す。
視線が、再びバニッシュへ向けられる。
疑いと、期待と、焦りが入り混じった眼差しを向けられる。
妖精族の住む樹海、そこに生成されたダンジョン、放っておけば、森を侵食し、やがて妖精たちの居場所を奪うかもしれない。
「う~ん……」
腕を組み、バニッシュは深く考え込む。
力にはなってやりたい。
妖精族の森に突然生まれたダンジョン――それは放っておけば危険だ。
「今、この街はまだ発展途上だ。そんな時に、俺がいなくなるのもな……」
「そんな……! お願い! お礼だってするから!」
イリヤは両手を胸の前で握りしめた。
小さな体で、必死に懇願する。
その姿に胸が痛む。
(助けてやりたい。無責任な真似はできない)
揺れる心を抱えたまま、バニッシュは唸る。
そんな彼の様子を見て、タナトスが静かに口を開いた。
「バニッシュさん、我々がこの方をお連れしたのには、もう一つ理由がございます」
「へ……? どういう事だ?」
バニッシュが顔を上げる。
「私の独自の調査になりますが、今、この街には医薬品の不足が発生しているのではないですか?」
「う……」
一瞬、言葉に詰まる。
「そ、それはそうだが……」
「妖精族は薬学――薬草や調合に長けた種族です。これは、この街にとって大いにプラスになります。それに、この機会を逃せば、妖精族と正式に関わりを持つことなど一生ございませんよ」
言葉は穏やかに諭すように話すタナトス。
それは今、この瞬間に訪れた縁、偶然ではなく、好機なのだと伝えるようだった。
バニッシュは何も言い返せず、数秒の黙り込み、やがて、ふっと笑う。
「……わかったよ」
頭を掻きながら言う。
「本当に、タナトスには敵わないな」
タナトスはわずかに口角を上げた。
「我々の上に立つ者として、最善の選択をしてもらわねばなりませんからね」
その言葉には、信頼が込められている。
だが、バニッシュはすぐに真顔へ戻る。
「ただし、俺一人で決めるわけにはいかない。まずは、皆と相談してからだ」
そう言って、イリヤに優しく微笑む。
「……ホント!? ありがとう!」
ぱぁっと、花が咲くように明るい笑顔が広がった。
小さな妖精の羽が、嬉しそうに震える。
希望が、確かに灯った瞬間だった。
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今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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