わたしとおばあちゃんのあやかし語り

佐木 呉羽

文字の大きさ
31 / 37

ノーパン

しおりを挟む
 真っ裸でコッチの世界に来てしまった陽菜は、セツが着ていた着物に袖を通していた。
 身丈は引きずってしまうくらいの長さで、裾が汚れてしまわないように、右手でたくし上げている。下着をなにもつけていないから、なんだかスースーする気がするし、恥ずかしさから内股気味になってしまう。
 帯は襦袢の上からセツが締めているため、前がはだけないように、左手でシッカリ共衿を握り締めていた。
 等間隔に建つ柱にはロウソクが灯る。
 誰かと擦れ違ったらどうしようとヒヤヒヤしていたけれど、その心配は杞憂に終わった。

「陽菜ちゃん、着いたよぉ」

 案内されたのは、几帳で仕切られている広い部屋。几帳で仕切られた空間の一つひとつに燭台が立ち、広い部屋を仄かに照らし出している。

「ココは?」
「セツ達が泊まっているお部屋だよぉ。こうやって几帳で仕切って、一人ずつ宛てがわれているんだぁ」
「へぇ……そうなんだ」

 これでは雑魚寝と変わらないのではないか、と思ったけれど、口にはしなかった。
 きっとコッチの世界では、これがスタンダードなのだろう。
 でも、ただ仕切られただけの空間では、プライバシーもなにもあったもんじゃない。イビキなんかも丸聞こえだ。

(でも、みんなでお泊まりって……楽しそうだな)

 陽菜は、少し羨ましく思った。

「陽菜ちゃん、コッチだよぉ」

 セツに手招きされ、陽菜はセツと一緒に几帳の中に入る。
 広さは、だいたい二畳くらいといったところだろうか。寝るのに一畳。荷物に半畳といった感じだ。

「狭いけど、座って待っててね」
「うん、ありがとう」

 セツに勧められ、畳んだ布団の横に置かれていた#円座#__わろうだ__#に腰を下ろす。裾が広がらないように膝裏で折り、前がはだけないよう右前に重ねた。
 体育座りをしてセツの行動を観察していると、大きな葛籠つづらの蓋を開け、どれがいいかなぁと、中をあさり始める。
 蘇芳色の帯を出し、襦袢と紐も取り出す。若草色の着物を引っ張り出し、どうかなぁ? と広げて見せた。
 セツが手にする若草色の着物には、千鳥の模様が入っていて可愛らしい。蘇芳色の帯とも色のバランスがよさそうだ。

「ステキだね。でも、本当に借りてもいいの?」

 気が引けている陽菜に、セツはムッとした表情になる。

「いいに決まってるんだよぅ! だって、陽菜ちゃん真っ裸だよ? そんなので遠慮するなんて、信じらんないよねぇ」

 セツの言い分は真っ当だ。
 着たまま向こうの世界に戻ってしまったときのことを考えてしまったけれど、今のほうが大事である。
 真っ裸で、ツクヨミの屋敷内を歩き回るわけにはいかない。
 ありがたく、セツの親切を受け取ることにした。

「そうだよね。うん、ありがとう……」
「なぁに? なんだか、お返事の歯切れがよくないねぇ」

 セツの眉根が寄り、眉間にシワが刻まれる。
 陽菜は言い淀んでしまったけれど、正直に白状することにした。

「えっと、その……着方が、分からなくて……」
「え~? なんだぁ、そんなことか」

 セツは脱力し、あはは! と愉快そうに笑う。
 葛籠から出した一式を持ち、陽菜の傍にやって来た。

「そんなの簡単だよぉ。右、左って重ねて、紐で結んだらお端折はしょりを作るの。腰に帯をクルクル巻いちゃえば完成だよぉ。ギュッて縛ったら、あとはセツが結んであげるね」

 はい! とセツは陽菜を立ち上がらせ、いくよ~と声をかけるが早いか、なんの躊躇も無く陽菜が袖を通していた着物を剥ぎ取る。
 わっ! という声が漏れたときには、セツの手によって、肩からフワリと襦袢を掛けられていた。

「あ、ごめんよぉ。下の子にするみたいに、勝手にやっちゃった」
「ビックリしたけど、大丈夫……だよ。ははっ」

 すでに、池で助けてもらったときに全て見られている。脱がされたことに驚きはしたけれど、セツに対して羞恥心はあまり無かった。
 セツはウサギの耳をペタンと垂らし、ごめんよぉ……と、まだ顔の前で両手を合わせている。

「だから、大丈夫だって! 気にしないで」
「う~……ホントに、ごめんね。こういう配慮に欠けるところ……セツの悪いところなんだぁ」

 自分を責め続けているセツは、陽菜のほうを向いてくれない。
 陽菜はセツの顔を両手で挟み、強引に顔を上げさせると、赤い瞳を覗き込んだ。

「あのね、私……不慣れだから、着させてもらえると嬉しいな。お願いしてもいい?」

 セツは目をパチクリしていたけれど、フニャッとした安堵の笑みを浮かべた。

「うん、お手伝いするよぉ」

 セツの手を借り、陽菜は襦袢を着て紐を締め、若草色の着物に袖を通して、蘇芳色の帯を文庫結びにしてもらう。
 着心地はワンピースみたいで、締めている紐も帯も苦しくなかった。ただ、下半身はスースーする。

「ねぇ、パンツとか無いの?」

 陽菜の問いに、セツは「はて?」と小首を傾げた。

「パンツ? 履かないねぇ」
「えっ! このまま?」

 動揺が隠せない陽菜に、セツはニコリと笑みで応じる。

「大丈夫、大丈夫。そのうち慣れるよぅ」
「えぇ~! パンツはマナーであり常識だよ~っ」
「そう、マナーは世代や状況によって変わる常識だよぅ。昔は履かなかったでしょ? だから、大丈夫」
「説明にも説得にもなってない……」

 セツは「あはは」と楽しそうに笑い、帯を解いて陽菜に貸していた着物を着直しながら、パンツが無いことに肩を落として落ち込む陽菜に話しかけてきた。

「でも、ビックリしたよぅ。ほら、今日は重陽の節句でしょ? だから、みんなでツクヨミ様のお屋敷で栗ご飯を食べよぅって、たまたま集まってたんだよねぇ。片付けが済んで廊下を歩いてたら、池のほうから変な音がしてさぁ。様子を見に行ったら、誰かがカラスみたいに溺れてるんだもん」
「カラスみたいって……」

 たしかに、遠目から見たらそうかもしれない……と、陽菜は自分の醜態を思い起こす。
 だけど、陽菜だって驚いたのだ。言い訳ぐらい、したくなる。

「私だってビックリしたんだよ? だって、家で菊湯に入ってたのに、潜って顔を出したらあの場所なんだもん。すんごい戸惑ったんだから」
「そうだねぇ。戸惑うよね~」

 桃色の帯を結び直しながら、セツはポツリと呟いた。

「陽菜ちゃんは、そういう体質なのかなぁ」
「……体質?」

 呟きが耳に届き、陽菜が問い返すと、セツは頷く。

「子供に多いみたいなんだけど、来ちゃいやすい子って、居るらしいよ」
「体質……ねぇ」

 思い当たる節は、この一年くらいだ。それまでは、コッチの世界に来たことなんて、一度も無い。

「さて……それじゃあ、ご挨拶に行かなきゃだぁ」
「挨拶?」

 誰にだろう、と陽菜は目を瞬かせる。セツはウサギの耳をピクンと動かし、陽菜の両手を取った。

「勿論、ツクヨミ様にだよぉ」
「えっ!」

 思わず大きな声を出してしまった陽菜に、セツもビックリしてウサギの耳をピンと立てる。

「なに? なにを驚いてるの? 当たり前だよぅ。アッチの世界に帰るには、ツクヨミ様のお力が必要なのに」

 忘れたわけじゃないでしょ? と、セツに鼻先をつつかれた。

「それは、そうだけど……」

 いざ会えるとなると、ドキドキしてしまう。もう会えない、会ってはならないと、諦めていたから。
 七夕の短冊に書いた願いが、今にして叶う。
 織姫のおかげなのか、天帝の慈悲か。
 陽菜は、ありがとうございます、と心の中で感謝を告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...