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2章
110:羽ばたき
しおりを挟むそれは、魔力とは別の力
それは、この闘いでの切り札になり得ると思っていた力
先程の師匠の動きは自分が知る以上の動きだった。しかし、スキルでは無い、別の魔法でもない。更にはその瞬間に師匠が言った言葉
その条件下であんな効果をもたらすものを俺は1つしか知らない
ゼーレだ
師匠はゼーレを解放したのだ
その証拠に、俺の目には師匠の黒い魔力とは別の赤黒い輝きが見えており、ゼーレ独特の波動を感じる
そもそも、こんな可能性なんてすぐ思いついてしかるべきなんじゃなかったか。師匠もゼーレを使える事を
なにより、この人が知らない訳が無い、この世界で最強と呼ばれる男が、使えない訳が無いのだ
気持ちを切り替えろ
もとよりあの人は、能力面で優位にたったぐらいで勝てるような相手ではない。余計な事を考えていては勝てない
全ての思考を勝つ為に動員しろ
己の内側にある固く閉ざされた扉を抉じ開けるような感覚でゼーレを解放する
離れた場所に立つ師匠の顔に笑みが浮かぶ
やっばりな、とでも言いたげだ
蹴り飛ばされる寸前、確かに師匠はこう言っていた
「ゼーレ、使えるな?」
あれはどこか確認する様な口調であった
確信は無かったものの、師匠は俺がゼーレを会得したであろう事を何かから予測したのだ
まあ、何かっていっても、あの目が原因だろうけど
ゼーレを解放した俺は、1歩で師匠の眼前へと移動し、下から掬い上げるような右拳を繰り出した。軽々と師匠に躱されるがそんな事は想定内。俺は反撃の機会を与えまいと攻撃を繋げていく
だが、決まらない
体の外側への攻撃は足運びと体の動きで避けられ、正中線への攻撃は相殺されるか逸らされる
まだ、遅い。まだ、弱い
更に、速く。更に、強く
もっと、もっと、もっと!
感覚が研ぎ澄まされていく。世界は色を失っていき、師匠の筋肉の動きが、気流の流れが、感じられる
地を蹴り、宙を蹴り、空間を縦横無尽に動き回る
互いの拳や蹴りがぶつかり合うことで鈍い音が連続して辺りに広がっていく
~~~~~~
その音は王都中に轟いていた
好奇心や、怖いもの見たさで王都の人々は音のする方へ集まっていく
音を聞いて、戦闘音だと理解した者達は、その理由を確かめに
瞬く間に広がったある噂を聞きつけた者達は全速力で王城へ
冒険者や傭兵の類の者達はが、その場所を目指すのは普通のことだ
しかし、王都の住民は常であればこんな事はしなかった筈だ。その音は聞くだけで危険な物だと分かるほど大きく、王都の至る所で聞こえていたのだから
けれど、人々はその音源へと向かう
その音には人々を引き寄せる、何かがあった
もしかしたら、人々は感じ取ったのかもしれない
1人の少年が
殻を破り
空へと飛び立つ
その瞬間を
~~~~~~
師匠との模擬戦では、基本的には何でもありだ。でも、ある時を境に決まり事が1つ加わった
その決まり事は"有効な攻撃をくらったら負け"
たったこれだけ
この決まりがあるのは、緊張感を保つため。有効な一撃を受けるというのは、命を取り合う闘いにおいて致命的だ。スキルには恐ろしい効果を持つものが沢山ある。それは魔術に魔法、魔道具なんかも例外ではない
そんな決まり事のある模擬戦で俺が師匠に勝てた事は1度もない
けど、それは今迄の話
俺は日々、戦い、努力し、積み重ねてきた
そして今日、師匠という高い壁を越えると決めた
けれど
足りない。目の前の高い壁を越えるには
だから、進め、変化しろ、進化を遂げろ
先程までの俺を置き去りにして前へ。1分、1秒、それよりも短い時の中で成長しろ
感性だけでなく、思考して、目の前の最強を打倒することを考えろ
力が要るんだ、何者をも圧倒する力が。誰も傷つけることのない強さが。もう、失うのは、嫌だから
クウガの力を求める気持ちが溢れ出し、表情を変える。けれど、その表情はクウガの想いとは少しズレを生じさせ、笑みを湛えていた。心の奥底を覗かせるように
加速する、思考が
加速する、身体が
加速する、想いが
加速する、心が
魔力、ゼーレ、その2つがそれらに呼応するかのように輝きを増す
そして、僅かな色合いの違いであった2つが1つに混ざっていく。それは、混じり気のない銀
その時だ
一分の隙も無かった師匠に隙が生まれた
それは、表情に現れるほどだった。ただそれが何の感情なのかは分からなかった。いや、戦いの中で必要のない情報だった為に遮断した。その表情の変化は戦いとは別のものに感じられたから
その隙はほんの僅かなものだった。けれど、感覚が今迄に無いほど研ぎ澄まされていた俺はそれを見逃すことなどしなかった
単なる力でも速さでも師匠に一撃を加える事は叶わない
読み合いに勝利すること。しかし、読み合いに勝つのは容易ではない。けれどそれを助ける方法がある
相手の予想の外を行くこと
ここで勝負に出る!
初手、虚影を前後右に出現させる
虚影は朧に魔力を付与したものを更に発展させたもので、実体として存在し、俺が操作できる。これは、師匠に教えられたものでは無く、俺とソウマが編み出した技
2手、左を警戒する師匠に、後ろに出現させた前方宙返りからの踵落とし。前に出現させた方で手刀にて攻撃
踵落としは左腕で防がれたものの、その場に縫い止めることに成功。手刀は右腕で弾かれる
3手、即座に左側へと移動しながらここで師匠の知らない手をもう1つ切る
それは、魔力もゼーレも使わずして、空気を掴む
唯の思いつきだった。いや、切っ掛けは魔法もスキルも使えない状況を体験した時だ。そして感じたんだ。何かが足りないんじゃないかって
そうして会得したのが、この技
空気を掴み、空気を面として捉え、師匠に虚影ごと叩きつける!
それを右側の虚影と2人で!
「グッ!」
重力が突然増したかのように師匠の体が沈み、堪らず片膝をつく
決める!
決断を即座に下し、間合いを詰め
渾身の一撃を繰り出そうとして
師匠の口端が上がるのを視界で捉えた
すると師匠は何事も無かったかのように立ち上がり反撃を繰り出してきた
それを俺は避けられずに諸にくらう
かのように見えた事だろう
だが、それは朧で生み出した偽物
本物は上だ!
「おおおおぉっ!」
感情が昂ぶっていたせいだろうか咆哮じみた声を上げながら拳を師匠に叩きつけた
ドゴッ!
俺の拳は師匠の背中に鈍い音をたてて突き刺さった
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