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番外編① 狂想之序曲(*R18 梨華主役)

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いつも拙作にお付き合いくださりありがとうございます!

これから公開する話は、里崎梨華が主人公の短編です。
R18、ヤンデレ無理矢理気味ありの近親相姦ネタになりますので、苦手な方はご注意ください。

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 都内の駅近3LDKマンションに住んでいる。
 そう知った人は、大概驚く。

「一人で3LDK?」
「広すぎじゃない?」
「お嬢さまだね」

 それにいちいち反応するのも面倒だ。
 だから、里崎梨華は極力、笑顔で話をごまかすようにしている。

 頭が悪いと馬鹿にされるのは、意外と便利なものだ。
 知らない、分からないと言えば許される。
 首を傾げてじっと相手の目を見れば、相手はもうそれだけで諦めてくれるのだ。
 梨華の本質も本音も知らないままで。

 * * *

 玄関を開けると、そこには磨かれた革靴があった。
 いい色をした焦茶色。イタリアで買ったと言っていたか。
 定期的に靴底のメンテナンスをしながら、気に入って穿いていると話していたのを思い出す。

(事前に連絡してって言ってるのに)

 思いはするが、どうせ一度も叶えられたことのない要望だ。梨華自身、半ば諦めている。
 靴を目にして急に高鳴り始めた動悸を一呼吸してなだめると、廊下の横にあるドアが一つ開いた。
 長身の男が顔を出す。
 梨華と同じく、染めていないのに茶色がかった柔らかい髪。
 誰にでも愛されるアーモンド型の目。
 身体中にまとった自信。
 ドアが開いた瞬間、ムスク系のコロンの香りが漂い、梨華を絡めとろうとする。

 誰でも、この男に魅了される。

「おかえり、梨華」

 梨華は引き結んだ唇の端を意識的に引き上げた。
 彼の存在を無条件に喜んでいるとは、思われたくない。

「いらっしゃい、お兄ちゃん」

 兄、和樹は笑顔を崩し、少し眉尻を下げた。

***

「見合いなんてしたんだって?」

 ソファの上に脚を投げ出して洋書を読みながら、和樹は台所に立つ梨華に声をかけた。
 梨華は対面式キッチンの流し場から、ちらりと目をやりあいまいに頷く。
 和樹は、はは、と軽く笑った。

「伯父さんもよくやるよ。梨華が結婚するわけないのに」
「どうして?」

 梨華は平静を装って、極力冷たい目で兄を見た。
 和樹はその視線を悠然と受け取り、不敵な笑みのままソファから足を降ろす。
 彼のいちいちがまるで舞台俳優のように見えるのは、容姿のせいだけではなく、その振る舞いのせいでもあるだろう。自信のある男の立ち振る舞い。
 梨華は極力それを目にしないように意識しながら、冷蔵庫から食材を取り出した。
 夕飯は適当に済ませようと思っていたのだが、兄がいるとなれば少しまともな物を作ろうかという気になる。そんな自分に内心呆れた。

「今日、飯なに?」
「まだ食べてないの?」
「だって梨華が作ったもの、食べたくて」

 和樹が梨華の肩にあごを乗せて来る。恋人のような馴れ合いだが、接しているのはそこだけだ。普段も親愛の情を示すハグ以外に、身体が触れ合うことはない。

「いつ帰ってきたの」
「さっき」
「……そう」

 漠とした返事に、それ以上問う気にはならない。
 そもそも和樹が最近どこで過ごしていたのか、梨華は聞いていない。
 和樹は大学卒業後、梨華の勤め先でもある父が創設した会社以外に、自分でもう一社立ち上げた。今はほとんどそちらにかかりきりであり、世界中を飛び回っている。
 そしてその場その場で女を作っている。上質で、品格があり、誇り高く、しかし割り切ってつき合う、達観した女ばかり。
 そんな生活が、兄にはお似合いだと、梨華も思う。
 不意に、首筋に和樹の息が触れた。
 びくりと肩をすくめた梨華の脇腹に、和樹の手が滑る。
 まるで恋人へのそれのように背後から抱擁され、驚いて振り向いた梨華の前には、妖艶に微笑む兄の顔があった。

「……聞かないの?」
「何を」
「どこにいたのか。誰と会ってたのか。ーーどんな女と過ごしてたのか」

 梨華は笑った。少なくとも、笑ったつもりだった。

「私がそんなこと聞いて、どうするの」

 喉が乾いて、声がかすれた。和樹は憎らしく思うほど余裕の表情のまま、梨華を見つめて来る。
 梨華はそれをにらみ返すようにして、自嘲気味に気づいた。そもそも彼の余裕を憎むのは梨華の勝手な想いあってこそだ。

 ーー実兄に、男として、惚れている。
 それも、多少のことでは揺らがないほどに。

(かわいそうな、梨華)

 自嘲気味に笑うと、兄が首を傾げた。

「気にならないの」
「気になるとしたら、いつ女を孕ませて、裁判沙汰になるかってことくらいだわ」
「ああ、大丈夫。それはないよ」

 ひらりと、和樹は梨華から離れた。
 触れていた手の温もりを一瞬にして失い、寂しさを覚えた自分に眉を寄せる。
 和樹はまたソファへと戻りつつ、振り向いた。
 その顔には軽薄なようでどこか執拗な笑みが浮かんでいる。

「俺が誰かを孕ませることはないから、ご心配なく」

 ーー何故。

 問いが口から出かけて、飲み込む。
 悔しさに歯がみした。
 いつでも、梨華は知らぬ間に兄のペースにのまれてしまう。
 今日だって、仕事をして疲れて、脚だってむくんで痛くて、帰ってきたらまずはソファでごろごろしようと思っていたのだ。
 それでも、兄がいると分かればこうして黙って台所に立っている。
 気に食わない。

 梨華は兄から顔を背けてため息をついた。
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