KNOCK

菅井群青

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33.幸せに

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「△△工房でおねがいします」

 運転手は元気よくサイドブレーキを下ろして出発した。ロータリーを回り国道に出ようとした時に結衣が叫ぶ。

「……ちょっと待って!」

 結衣の声に運転手も牧田も驚いて声も出ない。

「あ、あの、すみません。戻ってもらっていいですか? お手洗いに忘れ物しちゃって……」

 運転手は快く駅へと戻ってくれた。タクシー代を払うと震える太腿を支えるように車を降りた。

「先輩、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫……」

 真っ青な顔をした結衣はトイレに駆け込むとカバンに入れていたクロッキー帳を出してページを開く。

「やっぱり……」

 クロッキー帳には五年後の牧田が描かれている。最後に言っていた牧田の言葉を思い出していた。

──今までの俺を思い出して、いいね? 俺を思い出すんだ。

 あの後にこのページに牧田と話したことや見たものを描き込んだ。結衣は見たものをほぼ完璧に描き上げることができる。このページには五年後の牧田との全てが詰まっている。

 結衣は赤いペンを取り出しゆっくりと丸で囲んでいく。Tシャツに描かれた絵や文字、薄い青色のサングラスとその日見せたTシャツの文字……順番を色々と変えてみると言葉が見える。

 車、X ダメ、Y、坂道を登るトラック、U&I、黄色のタクシー、緑のバス、カレンダーの幾何学模様、アイドルのカップ、薄い青色のサングラス……STOP……

「ダメ出ろ、U&I……結衣?車、坂道登るトラック……STOP、止まれ?」

 牧田のサングラス姿を思い出し結衣は口元を押さえて震え出す。五年後の牧田くんはこの事を言っていた。

 きっと、今日、私は死ぬはずだったのだ。

 いつだったか、黒の服を着た牧田がひどく酔っていた日があった。あの日カレンダーに記したバツの文字は今日と同じ17日だ。
 私の月命日だと気づいた時には嗚咽を堪えることができなかった。

「ふ……あぁ──そんな……」

 五年だ、五年もの間……彼はずっと苦しみ続けていた。私を殺したのは自分だと責めて毎晩酒を飲んでいたのかもしれない。彼が私を見つめる瞳はいつも優しかった。私を信じて一生懸命伝えようとしてくれていた。

 もう少しで見落とすところだった……でも、タクシーの運転手が掛けていた青のサングラスが私に気付かせてくれた。

 牧田は駅からタクシー乗り場までに二人が見たであろうものをドアを通じて見せていた。毎晩見る悪夢から知り得た多くの事を……そして伝えたいメッセージを。

 コンサートに向かう女の子のTシャツの有名アイドルのロゴ

 緑色のバス

 山を登るトラック

 タクシーを待っている間に見た……前に立っていた男性が着ていた幾何学模様のブランドマーク

 運良くやってきた黄色のタクシー

 運転手の薄い青色のサングラス

 なぜだかわからないが、サングラスを掛けて笑う運転手の顔を見て牧田くんの最後のTシャツの言葉が脳裏に浮かんだ──STOP




 牧田が改札のベンチに座ってもう随分時間が経った。人影が現れる度に手洗いの方角を見るが結衣が出てくる気配はない。不審者と思われそうで牧田はすぐに視線を外す。牧田は駅員を呼ぼうかと悩んでいた。牧田は結衣が倒れているのかもしれないと心配になり携帯片手にそわそわと落ち着かない。その時、ふらっと結衣の姿が見えた……ほっとしたのもつかの間、足元がふらついて焦点も合っていない事に気がつく。
 牧田はすぐに結衣に近づくとその体を支えた。

「先輩、大丈夫ですか? 具合でも?」

 牧田と目が合うと結衣は子供のように泣き始めた。トイレでずっと泣いていたのだろう、目が真っ赤だ。結衣は人目を気にもせず牧田に抱きついた。牧田は降り注ぐ好奇の目に真っ赤になるが、結衣の様子に諦めて背中をポンポンと叩き落ち着かせる。

「牧田くん、ありがとう。ごめんね、ありがとう」

「ん? ああ、わかったから……」

「大好き……」

「ん……俺もだ」





「映えあるコンテストの最優秀賞は──牧田康太さん、牧田結衣さんの【knock】です」

 司会者の声が会場に響き渡る、紙吹雪とともに多くの歓声が上がる。《Design.mochi》のメンバーも立ち上がり互いに抱き合って喜んでくれているのが見える。
 トロフィーを受け取ると二人が微笑み合う。

「なんで【knock】にしたんだ?」

「あなただって自分で考えた候補の中にあったでしょ?」

 二人は多くの祝福を受け、トロフィーを掲げた。

 二人は一緒にいる、過去も現在もそして未来も……


END
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