忙しい男

菅井群青

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泣く背中

あの日の記憶と十字架

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 珍しく遼が泥酔してアパートへやってきた。

 私たちは同棲しているわけではない。二人とも一人暮らしをしていて、私が次の日休みの時に遼がアパートに泊まっていくことが多い。

 遼は大工だ。朝が早いので平日に泊まることはしないのだが、次の日お互い仕事があるにも関わらず突然部屋にやってきた。随分飲んでいるが明日の仕事でうっかり怪我をしないか心配になる。

「何か嫌なことでもあったのかしらね……」

 遼の額や頭を撫でる。
 何往復もしていると今日仕事であった嫌なことや失敗の記憶がなんでもないようなことに思える。遼はわたしにとっての癒しだ……見た目はアスリート選手みたいに大きくて、胸板も厚い。筋肉質で外の仕事だから肌も焼けている。頭に白いタオルを巻き真剣な表情で仕事をする遼はカッコいい。そして……可愛い。

 そのままカーペットに布団を敷いて寝ようと立ち上がると遼の腕が伸びてきて紗英は遼の胸の中へ閉じ込められた。

「う、うん……さ、え……」

 寝ぼけているようだ。背中に感じる遼の温もりが気持ちがいい。そのまま紗英も夢の中へと落ちていった。

 どれくらい眠っていたのだろう。ふと目が醒めると紗英は背中に感じる遼の体が震えていることに気が付いた。

 震え、痙攣?

「りょ──」

 その声は遼によって遮られた。体の奥から絞り出すような声が背後から聞こえた。

「さ、え……紗英……うぅ……どうしたらいい? 寂しい、寂しいんだ。お前をこうして抱きとめているのに寂しいって言っていいか?……さ、え、寂しい、寂しいんだ──」

 え……遼が泣いている。
 涙を流して私を求めている。なんで? 一緒にいるのに? どうして……。

 遼の方を振り返りその大きな背中に手を回し抱きしめる。強く強く。ここにいると言ってあげたかった。でも、すぐにそれは違うと分かる。

 遼が求めているのは体じゃない……心だと……。

 どんなに抱きしめても……

 ごめん、ごめん……遼──。

 何年たっても薄れることのない私のこの記憶は、ずっと背負い続ける私の十字架だ。

 遼の爆発の記憶は忘れようもない。
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