いつまでもたぬき寝入りを

菅井群青

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釣り餌

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 俺は駅前にあるワイン専門店に来ていた。夜の八時前だというのに随分と会社帰りの人々で賑わっている。
 街はお歳暮やクリスマスなど出費がかさむ時期ということもあって稼ぎ時なのだろう。店には各々のPOPが置いてあり購買意欲を出させる店の戦略に苦笑いを浮かべながらも次々と手に取る。戦略にはまったみたいで少し悔しい。

 これは琴音が好きそうだ、あ、これはいいな……。

 酒を選ぶ基準となるのは全て、琴音だ。それ以外自分のために選ぶことはない。クリスマスということもあり、見た目のラベルも華やかなものを選び店を出る。

 クリスマスは、琴音はどうするのだろうか。

 去年はクリスマス前に付き合った彼氏に振られたかなんかで慰めながら酒を酌み交わした。
 一緒に過ごそうという勇気は、友人として過ごした年月の長さのせいで簡単には口にできない。

 駅に向かって広場を歩いていると男の声に足を止めて振り返る。

「ほら、しっかり。琴音ちゃん」

「うー。すみません」

 足が掴まれたように地面から離れない。なのに視線は二人を捉えたままだ。あの男は誰なんだろう、琴音の肩を抱き歩くあの男は……。男に微笑みかける琴音を見て、自分の手に持っていたワインを見た。

 かっこ悪い。中途半端に俺は何をしているんだろう。

 琴音が他の男と一緒にいるのを見たのは久しぶりだ。彼氏が出来た、別れたという話は聞くだけで実際にその場に出くわしたこともない。

 広場で立ち尽くす俺を残して幾方面から幸せそうな表情を浮かべた人たちが通り過ぎていく。どうすれば俺はこの人たちみたいに歩き出せるんだろう。

 あの日、琴音に触れてしまった日に帰りたかった。触れてしまえばタガが外れることをバカな俺は想像もできなかった。その時以上に琴音を深く思うなんて……。

 俊はゆっくりと駅に向かって歩きはじめた。
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