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77.奇襲
今日は屋敷は珍しく静かだった。誠大が出張で関西の方へ一泊することになり多くのメイド達が休日をもらい各々楽しい時間を過ごしていた。
帰省する者や恋人とデートをしたり、友人達と遊びに行く者もいた。人が少なくなった東郷の屋敷は静かだ。寂しくなった屋敷の中で雫は一人ポツンと廊下に立っていた。前を見ても後ろを見ても誰の姿もなかった。雫は溜息を吐き肩を落として犬舎へと向かった。広い屋敷だけに酷く寂しく感じた。たった一晩のことなのに早くみんなに会いたかった。
お昼下がりに一台の車が屋敷の門の前に止まった。暫くして門が開けられると黒のセダンはゆっくりと屋敷の中へと進んでいく。立派な中庭を通り過ぎる時に後部座席の窓がゆっくりと開いた。
「立派なお庭ね……いい趣味だわ。英国式ね」
花蓮が東郷の屋敷にやってきた。真っ赤な唇が太陽の光に照らされてより輝いて見える。瞬きを繰り返すと長い睫毛が風に揺れた。車が停車すると永徳が後部座席を開けて花蓮に手を差し出した。永徳の顔を見つめるとふざけたようにほくそ笑んだ。永徳は慣れているようで決して視線を合わせなかった。永徳の心の中を読むように花蓮は不敵な笑みを浮かべた。花蓮は黒のタイトなワンピースに身を包んでいた。髪を掻き上げ、さながら仕事のできる女社長のようだった。
玄関で梅原が出迎える。花蓮の姿を見て梅原は慌てて深々と頭を下げる。見るからに一般人ではない風貌に圧倒されているようだった。
「西園寺さま……ようこそおいでくださいました。私、梅原と申します。主はあいにく留守で──」
「ええ、存じ上げてますわ。実はパーティでお忘れ物があったようなのでお届けに参りました。このカフスボタンなのですが、確認お願いできますか?」
花蓮は優しく微笑むと白のハンカチで包んだカフスボタンを梅原に手渡した。梅原はハンカチを開き、螺鈿の細工が施されたカフスボタンを見て難しそうな顔をした。見覚えが無いはずだが、この場で答えを出すのは手前上難しかった。梅原がそばにいたメイドに指示を出す。
「少々お待ちくださいませ。──さ、お客様をご案内して」
梅原がカフスボタンを持ち立ち去ると花蓮がエントランスを抜けて客間へと通された。メイドが退出すると花蓮の笑みが消えた。作り笑いを止めると別人のようにハミングを歌いながらソファーへと音を立てて座った。お嬢様の仮面を付けたり取ったりと忙しそうな花蓮を横目に永徳は前を見据えたまま動かなかった。
「さすが東郷家ね、ずいぶんと教育が行き届いているわ。永徳……ちょっと手洗いをお借りしなさい。分かっているわよね?」
「……はい、お嬢さま」
「私が見られておくからよろしくね」
永徳は一礼すると部屋を静かに出て行った。
もちろん持ってきたカフスボタンは誠大のものではない。父親のものを拝借して東郷家にやって来た。もちろん誠大が出張で東京にいないことも計算ずくだった。花蓮はあの日パーティーで会った女の正体を知るためにやって来たのだった。雫と目が合った時に花蓮は屈辱的な思いをした。
どうしてあんな平凡な女があの人の手を握り微笑みかけてもらえるのか……どうして私じゃダメなのか……。あの女がそばにいる限り自分の方へは振り向いてもらえないと花蓮は考えた。
長い足を組み替えると花蓮は本革のソファーの触り心地を確かめるように指の腹で優しく撫でた。
「今頃美智は大阪か……美味しいもの食べてるかな……美智、地味に嬉しそうだったもんな……出張……」
美智は木戸と共に誠大の護衛として関西に同行していた。美智にたこ焼きのお土産をリクエストしたがそれどころではないだろう……美智の事だから貴重な時間を使ってまで探してくれそうだ。安易な気持ちだったが今になって後悔していた。
「いやー、言わなきゃよかったよな。大阪のお土産でたこ焼きなんて無謀だよな……アツアツが基本なのに。んー、メールしよっかな……いや、電話しよう。あ、今忙しいだろうからまた後にしよう……」
雫は犬たちと遊ぼうと犬舎に向かっていた。ジャックのお気に入りの赤いボールを片手に中庭を歩いていると窓越しに男の人と目が合った。男は雫の姿を見て会釈をしたが、再び視線が合うと眉間にシワを寄せ鋭い視線を向けてきた。見たこともない人間のはずなのにどうも様子がおかしい。雫が軽くお辞儀をすると会釈をし姿を消した。
勇ましい感じの人だったけど……新しい護衛の人かしら?
雫は中庭を突っ切り犬舎へと向かった。
◇
「お待たせ致しました。確認いたしましたが紛失したカフスボタンはございませんでした。ご足労いただきましたのに申し訳ございません……」
梅原がカフスボタンを花蓮へと返すと一礼した。花蓮はそれを受け取ると人の良さような笑みを浮かべた。
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。他の方にまたお声掛けをしてみます」
花蓮が席を立ち部屋を出て行こうとするとドアが開き永徳が部屋へと戻って来た。花蓮が永徳の表情を見て満面の笑みを浮かべた。花蓮は車に乗り込みあっという間に屋敷を後にした。梅原は何となく花蓮の笑みに裏がある気がした……梅原は胸騒ぎがして警備室へと向かった。数人の警備員が梅原の様子に慌てたようにモニター前の席を開けた。
「変わりない?」
「変わりありません。お客様のお連れの男性の方が少し部屋を出られたぐらいで、お客様はお部屋にいらっしゃいました。座って大人しくされていました。」
「そう……念の為少し前の屋敷の防犯カメラを見せてちょうだい」
壁一面にある防犯カメラが再生されると梅原は顔色を変えた。部屋に案内するまでの間、連れの男が防犯カメラの位置を確認していた。鋭い視線と目が合った。一瞬の事だが、幾つかのカメラにその様子が写っていた。
「男が席を外したのはどれぐらい?」
「数分です。廊下を向けて手洗いに向かっています」
梅原は胸騒がして警備員と共に一階の手洗いへと向かった。盗聴器も怪しい物も無かった。ほっとしたのも束の間……窓の外に広がる中庭の中央に赤いボールが落ちていた。梅原はドアを開けて中庭に出るとそのボールを拾い上げた。赤いボールは所々細かな凹みがあった。
「まさか……そんな……」
梅原は慌てて携帯電話を取り出し郡司に電話を掛けた。
帰省する者や恋人とデートをしたり、友人達と遊びに行く者もいた。人が少なくなった東郷の屋敷は静かだ。寂しくなった屋敷の中で雫は一人ポツンと廊下に立っていた。前を見ても後ろを見ても誰の姿もなかった。雫は溜息を吐き肩を落として犬舎へと向かった。広い屋敷だけに酷く寂しく感じた。たった一晩のことなのに早くみんなに会いたかった。
お昼下がりに一台の車が屋敷の門の前に止まった。暫くして門が開けられると黒のセダンはゆっくりと屋敷の中へと進んでいく。立派な中庭を通り過ぎる時に後部座席の窓がゆっくりと開いた。
「立派なお庭ね……いい趣味だわ。英国式ね」
花蓮が東郷の屋敷にやってきた。真っ赤な唇が太陽の光に照らされてより輝いて見える。瞬きを繰り返すと長い睫毛が風に揺れた。車が停車すると永徳が後部座席を開けて花蓮に手を差し出した。永徳の顔を見つめるとふざけたようにほくそ笑んだ。永徳は慣れているようで決して視線を合わせなかった。永徳の心の中を読むように花蓮は不敵な笑みを浮かべた。花蓮は黒のタイトなワンピースに身を包んでいた。髪を掻き上げ、さながら仕事のできる女社長のようだった。
玄関で梅原が出迎える。花蓮の姿を見て梅原は慌てて深々と頭を下げる。見るからに一般人ではない風貌に圧倒されているようだった。
「西園寺さま……ようこそおいでくださいました。私、梅原と申します。主はあいにく留守で──」
「ええ、存じ上げてますわ。実はパーティでお忘れ物があったようなのでお届けに参りました。このカフスボタンなのですが、確認お願いできますか?」
花蓮は優しく微笑むと白のハンカチで包んだカフスボタンを梅原に手渡した。梅原はハンカチを開き、螺鈿の細工が施されたカフスボタンを見て難しそうな顔をした。見覚えが無いはずだが、この場で答えを出すのは手前上難しかった。梅原がそばにいたメイドに指示を出す。
「少々お待ちくださいませ。──さ、お客様をご案内して」
梅原がカフスボタンを持ち立ち去ると花蓮がエントランスを抜けて客間へと通された。メイドが退出すると花蓮の笑みが消えた。作り笑いを止めると別人のようにハミングを歌いながらソファーへと音を立てて座った。お嬢様の仮面を付けたり取ったりと忙しそうな花蓮を横目に永徳は前を見据えたまま動かなかった。
「さすが東郷家ね、ずいぶんと教育が行き届いているわ。永徳……ちょっと手洗いをお借りしなさい。分かっているわよね?」
「……はい、お嬢さま」
「私が見られておくからよろしくね」
永徳は一礼すると部屋を静かに出て行った。
もちろん持ってきたカフスボタンは誠大のものではない。父親のものを拝借して東郷家にやって来た。もちろん誠大が出張で東京にいないことも計算ずくだった。花蓮はあの日パーティーで会った女の正体を知るためにやって来たのだった。雫と目が合った時に花蓮は屈辱的な思いをした。
どうしてあんな平凡な女があの人の手を握り微笑みかけてもらえるのか……どうして私じゃダメなのか……。あの女がそばにいる限り自分の方へは振り向いてもらえないと花蓮は考えた。
長い足を組み替えると花蓮は本革のソファーの触り心地を確かめるように指の腹で優しく撫でた。
「今頃美智は大阪か……美味しいもの食べてるかな……美智、地味に嬉しそうだったもんな……出張……」
美智は木戸と共に誠大の護衛として関西に同行していた。美智にたこ焼きのお土産をリクエストしたがそれどころではないだろう……美智の事だから貴重な時間を使ってまで探してくれそうだ。安易な気持ちだったが今になって後悔していた。
「いやー、言わなきゃよかったよな。大阪のお土産でたこ焼きなんて無謀だよな……アツアツが基本なのに。んー、メールしよっかな……いや、電話しよう。あ、今忙しいだろうからまた後にしよう……」
雫は犬たちと遊ぼうと犬舎に向かっていた。ジャックのお気に入りの赤いボールを片手に中庭を歩いていると窓越しに男の人と目が合った。男は雫の姿を見て会釈をしたが、再び視線が合うと眉間にシワを寄せ鋭い視線を向けてきた。見たこともない人間のはずなのにどうも様子がおかしい。雫が軽くお辞儀をすると会釈をし姿を消した。
勇ましい感じの人だったけど……新しい護衛の人かしら?
雫は中庭を突っ切り犬舎へと向かった。
◇
「お待たせ致しました。確認いたしましたが紛失したカフスボタンはございませんでした。ご足労いただきましたのに申し訳ございません……」
梅原がカフスボタンを花蓮へと返すと一礼した。花蓮はそれを受け取ると人の良さような笑みを浮かべた。
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。他の方にまたお声掛けをしてみます」
花蓮が席を立ち部屋を出て行こうとするとドアが開き永徳が部屋へと戻って来た。花蓮が永徳の表情を見て満面の笑みを浮かべた。花蓮は車に乗り込みあっという間に屋敷を後にした。梅原は何となく花蓮の笑みに裏がある気がした……梅原は胸騒ぎがして警備室へと向かった。数人の警備員が梅原の様子に慌てたようにモニター前の席を開けた。
「変わりない?」
「変わりありません。お客様のお連れの男性の方が少し部屋を出られたぐらいで、お客様はお部屋にいらっしゃいました。座って大人しくされていました。」
「そう……念の為少し前の屋敷の防犯カメラを見せてちょうだい」
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「男が席を外したのはどれぐらい?」
「数分です。廊下を向けて手洗いに向かっています」
梅原は胸騒がして警備員と共に一階の手洗いへと向かった。盗聴器も怪しい物も無かった。ほっとしたのも束の間……窓の外に広がる中庭の中央に赤いボールが落ちていた。梅原はドアを開けて中庭に出るとそのボールを拾い上げた。赤いボールは所々細かな凹みがあった。
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梅原は慌てて携帯電話を取り出し郡司に電話を掛けた。
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