虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青

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第三部

三重との距離

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 町田は携帯電話を見つめていた。その鋭い眼光は真剣そのものだ。時刻がちょうど二十一時になるといそいそとタブレットを操作しだした。

 仕事を終えてようやく帰宅した町田はスウェット姿で自室にいた。今日は美英とのビデオ通話の日だ。コール音がしばらく続くと画面に肌色が見えた。首のドアップだ。

「美英ちゃん?」

『ゴト、……あぁん、上手いこと入らへん──角度かな?……あ、兄さんちょっと待って』

 美英の声が聞こえると町田はホッとする。ただ、充電が上手く刺せないだけなのに……一日の疲れが飛んでいく。

『兄さん、お待たせしました。お疲れ様です! あ、なんか顔色いいですね』

「そうか? 風呂上がりだからかな?」

 二人は遠距離恋愛中だ。今の時代だからこうして姿を見れるが、一昔前の遠距離は大変辛いものだったろう。待つ方も、置いて来た方も……。

 町田はこうして画面越しに会えても寂しかった。
 抱きしめたい。
 触れたい。
 感じたい……美英の全てを──。

『あ、なんやの、入ってこやんといて!』

 突然美英があちらの方を向き嫌がっている。誰かが部屋に入って来たようだ。
 突然ぬっと黒髪の黒縁メガネの男が映り込む。
画面越しに目が合うとその男はニンマリと微笑んだ。

『こんばんはー、はじめまして、弟の英樹です、姉がお世話になってます』

光田と同じイントネーションに親近感が湧く。

「あ、どうも、町田です。こちらこそ──」

『ヒデ! あんた出て行きって言う──』

 部屋にコール音が響く。どうやら鍼灸院に電話が掛かってきたようだ。この時刻の連絡なら急患かもしれない。自宅兼鍼灸院なのでそのあたりは柔軟に対応出来るようだ。

 忙しそうだ……邪魔になるな。

「通話切ろうか──」

『あかん!!……あ、その……ちょっと待ってて!』

 美英は慌てて画面の前から消えた。電話を取りに行ったらしい。スリッパで走る音が聞こえた。

『よっこいしょっと……』

 英樹が代わりに美英の椅子に座るとこちらをまじまじと見つめている。

『ようやく会えましたよ!有名なに。』

「え?有名……俺が?」

 英樹は画面に近づくと声を潜める。こうして見ると英樹は美英にそっくりだ。

『俺が言うたって言わんといてくださいね!うちの姉、ご飯食べてても、山に行っても、治療中でものことで頭がいっぱいですよ』

「俺の……こと?」

 朝ご飯に出てきたひじきの煮物を見るなり目を細めて頷く。
『兄さん、ひじき食べてるんかな? 食べてたらまだ毛が──聞いてみよか』

 山の日陰で作っている椎茸を雨上がりに収穫に向かった。湿気が多く豊作だった椎茸を見て美英が目を細める。
『雨降って一日でこの成長……兄さん人間やめて菌類に──あかんか』

 治療に近所のおじさんがやって来た時に見事にハゲた頭を見て感極まって撫で回した挙句……頼まれてもいないのに頭に鍼を山ほど打った。
『だれよりもだけが分かってあげられますもんね! 代金? そんなもんいらんいらん! うちはハゲ治療は無料やから……あ、腰の治療はもらうけどね』


 ある晩、夜遅くまで美英の部屋の明かりがついたままだった。うちの姉はよく寝る。夜更かしなどほとんどしない。

 きっと、テレビでも見てそのまま寝たのだろう。仕方ないな……。

 英樹は部屋のドアを開けると机に向かう美英の後ろ姿が目に入る。何かを必死に読み漁っているようだ。

 珍しい……どうかしたのだろうか。

『腰の腎兪……豊隆、百会──あぁ、腹診次第で陰経のツボを使う方がいいのか……まてよ、たしか黄帝内径の教科書では──』

 中国最古の医書を引っ張り出し、学生時代よりも必死で【腎虚】について調べる美英を見て英樹はに会いたくなった。


 話を聞いていて町田の心は震えた……。美英の日常生活は町田と共にあったらしい……。英樹の思わぬ告白に町田は心を打たれた。

 嬉しい……そんなにも思ってくれているなんて。

 少し偏りはあるものの、遠く離れていても気に掛けてくれる美英の気持ちが嬉しかった。

『東京と三重は遠いですけど、姉のこと、よろしくお願いします』

 英樹が頭を下げると町田も頭を下げる。


『お待たせー! って、何男同士頭頂部見せ合ってるん? ヒデ、何張り合ってんねん、アホやな』

『タブレットで頭皮のてっぺん見せ合うアホがどこにおんねん! ア◯ランスの頭皮の相談窓口ちゃうぞ!』

 画面の目の前で言い合う二人に町田は声を出して笑った。
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