忘れられたら苦労しない

菅井群青

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25.オンナ会

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「は……泊まった?」

「うん、大輝くん所に」

 弘子がすぐに顔を寄せて真顔になる。

「ヤッた……?」

「怒るよ……友達だって言ってんじゃん」

「異性の友達の家に泊まるような女でしたかね? 涼香ちゃんは……」

 弘子はわざとらしい言い方をする。それに関しては何も言い返せない。たしかに大輝以外そんなことをしたことはない。

 今日は弘子と一緒に晩御飯を食べに来た。最近オープンした有機野菜のサラダバーが売りのビュッフェの店だ。

「それにしても……まさか手を出さないとは……大輝くんすごいわね……」

「だから友達だってば!……大輝くんの中には希さんがいるんだよ? そんな事言わないで」

 涼香は皿に取った山盛りのサラダを頬張る。弘子に説明しているがこれは自分にも言い聞かせていた。あの日大輝くんからの申し出で泊まることになったが、朝に見た大輝の寝顔に涼香は見入ってしまった。いけないことをしていると思いそのまま逃げるように部屋を出た。

 ダメだ……。どうもあの抱擁以来変に意識してしまっている。

「ねぇ、涼香……武人くんのことなんだけど──」

「戻らないよ、もう戻れないってわ分かったから……」

「うん……。なんか、涼香もう吹っ切れてるね。今日、どう慰めようかとか考えたんだけど……よかったわ。あんたが切なそうな顔をしてなくて……涼香の泣き顔はもう嫌なのよ」

「……ごめん。私の中の武人は過去だったの……だから、悲しんで武人を求める私も、もう過去にしなきゃって……そう思って」

弘子は味噌汁をズズズと音を立てて飲む。

「……涼香、消えちゃいそうだったんだよね」

「え?」

「あの日、涼香が部屋の真ん中で小さくなってて……このままあんたが消えちゃう、死んじゃうって思った。必死で抱きとめて、名前を呼んで……涼香、涼香って呼んでもあんたは──人形みたいだった」

 弘子は当時を思い出し目尻の涙を拭った。あの時涼香は気づかなかったがこうして弘子も涙を流していたのだろう。涼香は涙を流して弘子の手を握る。

「あの時……弘子の温もりがなければどうなってたかわからなかった。あの日……武人が去ってから覚えてるのは……弘子の香水の香りと抱きしめてくれて頭を撫でててくれる優しい手だった。弘子……ありがとう。ずっとそばにいてくれて……」

「りょ、うか……私何もしてない……」

 弘子の声が震えている。

「ううん、一番大切なことをしてくれた。これからもずっと……私と一緒に笑ってほしい──一緒に、笑おう?」

 弘子が少しずつ私を外に連れ出したことを思い出す。


 ねぇ、このテレビのハンバーグ美味しそうじゃない?

 涼香、このバンド人気なんだ!チケットもらったから行かない?

 涼香、中にいるんでしょ?おでん買ってきたから開けなさいよ!

 ねぇ、涼香!

 涼香、大丈夫だよ。


 今までの弘子の優しい言葉たちを思い出す。涼香は涙が止まらない。悲しいわけじゃない、ただ嬉しくて、ありがたくて、弘子が愛おしくて……。

 この言葉たちに涼香は救われた。
 洋介と結婚前にも関わらず時間を割いて一緒にいてくれた。洋介もそれを嫌がらず三人でよく出かけた。三人で公園でキャッチボールをした。
 よほど仲がよく見えたのか、通りすがりのおじいちゃんに弘子と涼香どっちが本命か尋ねられた洋介は「本気の二股です」と言い放ちおじいさんを驚かせた。三人で腹が痛くなるほど笑い合った思い出だ。

武人と別れて失うものも多かった。だけどそのかわり手に入れたものもあった。悪いことばかりじゃなかった。

 心は武人を求めて荒れることもあったけど……私にはこの二人がいた。そして……大輝くんに出会えた。

 二人で有機野菜を食べながら号泣しているとさすがに目立つようだ。弘子が笑い出すとつられて涼香も笑った。

「この、野菜……苦いわね」

「そうね、ちょっとね……ふふっ」

 二人は笑い合った。その日弘子は涼香の腕を組みながら帰った。

 二人っきりの女子会はゆったりと過ぎていった。
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