忘れられたら苦労しない

菅井群青

文字の大きさ
26 / 40

26.オトコ会

しおりを挟む
「は……泊まった?」

「あぁ、俺の部屋にな」

 洋介がすぐに顔を寄せて真顔になる。チャラけたやつが真顔になると気味が悪い。

「まさか、ヤッた……?」

「んなわけあるか……友達だ」

「お前、親友の俺ですら部屋に泊まらせたことねぇだろ」

「…………そうだったか?」

 洋介は何を思ったのか小さく頷き始める。手に持っていたビールをぐいっと飲み、俺を睨みつける。

「正直に言え……傷ついた涼香ちゃんを、帰したくなかったんだろ?」

 図星すぎて大輝は一瞬固まるがそのまま「馬鹿らしい……」といいビールを飲む。

「普通の男ならそこでヤらなくても手は出すけどな。キスぐらいして──」

「ブファ!……ゴホ──ゴホゴホッ!」

 大輝がビールを噎せて吐いた。

 洋介は信じられないものを見るように大輝を見る。割り箸を持ち大輝の顔の前に突きつける。その瞳は真剣だ。

「お前、涼香ちゃんに……キスを、したんだな? そうだろ?」

「あ、いや、寝顔を見てたら……してた──あぁ……なんで俺あんな事……洋介!! 絶対言うな……弘子ちゃんにも言うな! 誰にも言うな! 死ぬまで言うな!」

「い、痛いです。言いません、言えません……涼香ちゃんは知らないのか?」

「あぁ、ちゃんと、俺から本人に謝るから……黙っててくれ」

 大輝が洋介の肩を力強く掴んで凄む。自分でも信じられないのだろう。大輝の性格上こんな冒険するような事はしない。

 まさか、自覚なしで思わずキスしたのか? 
石橋を叩いて渡るような安全第一の大輝がそんなことをするなんて……よほどこいつ涼香ちゃんのこと……。

「言わないけど……大輝、それどういう意味か分かってるんだよな?」

「……涼香ちゃんに、惹かれてる──と思う」

「お、おおおお!? うんうん、いいよいいよ続けて!」

 洋介は熱い映画監督のようなテンションになっている。

「でも……涼香ちゃんを好きかどうか、確信はない」

「え、でも……惹かれてるんだろ?」

 大輝は目の前の枝豆を数個口に放り込み咀嚼する。

「希の代わりにしたくない……希のいない部分を埋めるために涼香ちゃんを求めてるのか分からないんだ。涼香ちゃんはいい子だ……だから、俺なんかとどうこうなっちゃダメだ」

「お前の何がダメなんだ?」

「え?」

「お前に何が問題あるんだ? 大輝はちゃんと人を幸せにできる。何も問題ないだろう。愛する人を失う悲しみを知るお前は、誰よりも愛せる幸せを知ってるだろうが……お前と一緒にいる女の子は、幸せに決まってるだろうが、バァカ」

「洋介……」

 洋介は眉間にしわを寄せビールを飲み干す。

「それに……希ちゃんの代わりじゃないよ、涼香ちゃんは……全く違う扱いをしていると思うけど……」

「希と違う扱い?」

 洋介は割り箸を小皿に置く。その表情は優しい。

「希ちゃんはお前の一部だから怒ったり、嫉妬しないだろう? 大輝、お前は涼香ちゃんのことになると人前で怒るわ、嫉妬で飲むわ、しまいには迎えに行って部屋に泊まらせる……大輝、お前感じがしないか? なんて言うか、感情が溢れてる。希ちゃんのいない部分を埋めるだけならそんな一生懸命じゃないだろ、普通」

 俺が、
 涼香ちゃんみたいに……生きてるのか。

「はは……そうか、そうなんだな……俺は、涼香ちゃんとのか……、そういうことか──」

 大輝は泣きそうになるのが洋介にバレないように額に手を当てた。気を抜けば涙が落ちそうだ。嬉しいのと、希への申し訳なさと色んな感情が混ざる。

── 希さんが心にいるのが大輝くんでしょ、忘れるなんて言い方しないで。希さんの事を思い出して、悲しい気持ちにならなければそれでいいんじゃない?

 涼香の言葉が蘇った。大輝はそれを思い出しながら希の事を思った。

 希、ごめん……俺、涼香ちゃんが好きらしい。あの子みたいに生きたい、あの子と一緒に生きたいんだ──希は、許してくれるか?

 その日の晩、希が夢の中で俺に会いにきてくれた──。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

この恋は報われないはずだった

鳥花風星
恋愛
遠野楓(かえで)には密かにずっと憧れている義兄、響(ひびき)がいた。義兄と言っても、高校生の頃に母親の再婚で義兄になり、大学生の頃に離婚して別離した元義兄だ。 楓は職場での辛い恋愛に終止符を打って退職し、心機一転新しく住むはずだったマンションに向かう。だが、不動産屋の手違いで既に住人がおり、しかもその住人がまさかの響だった。行くあてのない楓に、響は当然のように一緒に住む提案をする。 響のその提案によって、報われない恋を封印していた楓の恋心は、また再燃し始める。 「こんなに苦しい思いをするなら、お兄ちゃんになんてなってほしくなかった」 ずっとお互い思い合っているのに、すれ違ったまま離れていた二人。拗らせたままの心の距離が、同居によって急速に縮まっていく。

裏切り者

詩織
恋愛
付き合って3年の目の彼に裏切り者扱い。全く理由がわからない。 それでも話はどんどんと進み、私はここから逃げるしかなかった。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

それでも好きだった。

下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。 主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】没落令嬢の結婚前夜

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢アンジェリーヌは、裕福な家で愛されて育ったが、 十八歳のある日、突如、不幸に見舞われた。 馬車事故で家族を失い、その上、財産の全てを叔父家族に奪われ、 叔父の決めた相手と結婚させられる事になってしまったのだ。 相手は顔に恐ろしい傷を持つ辺境伯___ 不幸を嘆くも、生きる為には仕方が無いと諦める。 だが、結婚式の前夜、従兄に襲われそうになり、誤ってテラスから落ちてしまう。 目が覚めると、そこは見知らぬ場所で、見知らぬ少年が覗き込んでいた___  異世界恋愛:短編(全8話)  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

背徳の恋のあとで

ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』 恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。 自分が子供を産むまでは…… 物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。 母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。 そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき…… 不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか? ※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。

すれ違う心 解ける氷

柴田はつみ
恋愛
幼い頃の優しさを失い、無口で冷徹となった御曹司とその冷たい態度に心を閉ざした許嫁の複雑な関係の物語

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

処理中です...