49 / 81
48話 とても残念ね
しおりを挟む
「急に呼び出してすまない、ルフェルミア」
ドラグス王太子殿下たちと夕食会を終えたその日の深夜。
ヴァンが去った後、今度は私の部屋の扉がノックされ侍女頭のエレナが「旦那様がお呼びです」と、私に伝えにきたので、私は言われるがまま、ドウェインお義父様のもとへとやってきていた。
まったく、今日は妙に忙しい日ね。
「いえ。なんのご用でしょうか?」
「うむ。実はお前とリアンの件について、いい加減どうすべきかを考えていた」
そう。私たちの仲はまだドウェインお義父様やミゼリアお義母様には許可されていない。
一応ドウェインお義父様のご厚意で私はこの屋敷に引き続き住むことが許されているが、婚約もきっちり決まったわけではないのだ。
「おそらくお前たちは私たちが許可しなければ屋敷を出て二人だけでどこかにでも行ってしまうのだろう? 先日、リアンからはそのようなことを言われた」
なるほど、リアン様の中ではそうなのね。ではそういうことにしておこう。
「いつまでもこのままでは良くないしな。私はお前とリアンの仲を認めようと思う。ヴァンにもめぼしい相手がいるようだしな」
「めぼしい相手……?」
「聖女様だ。ドラグス王太子殿下に後で聞いてみたところ、どうやら彼女は本気でヴァンのことを好いてくれているらしい」
どうにもそうらしい。
あの殺戮の女神、なんであんな奴のことなんか好きになったのかしら。
「子供たちは私たちの道具ではない。お前たちはお前たちの意思を尊重すべきと思った。だからルフェルミア、お前は気の向くまま、好きな相手と結婚するといい」
「はい、わかりましたわ、ドウェインお義父様」
「……何か、あまり浮かない顔だな?」
「いえ、そんなことは」
「そうか。とにかくお前たちのことはもう認めた。ミゼリアはすぐに首を縦には振らないだろうが、私がのちほど言いくるめておくから安心するといい。それだけだ、呼び出して悪かったな」
「ありがとうございます。失礼します」
私は頭を下げてドウェインお義父様の部屋を出た。
私とリアン様の仲が正式に認められた、か。
なんとも……よくわからない気分だ。
私はこれを望んではいたが、これは別に自分の本当の望みなわけではない。
私の望みは……。
「ルフェルミアさん、ちょうどいいところにいたわ」
廊下の奥で人の気配がすると思ったら今度はミゼリアお義母様と出くわした。
いつもなら互いに無視するというのに。
「ちょっと私の部屋にいらっしゃい。大事な話があります」
「わかりました」
本当に忙しいわね、今日は。
思いつつ私は言われるがまま、彼女についていく。
「そこに腰かけなさい」
「はい」
そして指定された椅子へと腰をおろす。
「あなた、リアンとは本当に結婚するつもりでいるのかしら?」
「そのつもりですが」
「そう。何度言っても考え直す気はないのね?」
「はい」
そうしないとどうやら私は死ぬらしいからね。
「そ、わかったわ。それじゃあ一度席を立って後ろを向いてもらえるかしら? その後、瞳を閉じていてちょうだい」
「わかりました」
ふう。とても残念な結果になりそうね、これは。
――そんなことを思いながら私はまだ、彼女に言われた通りに従う。
「……ちゃんと目を閉じているわね? 私が良いと言うまで開けては駄目よ」
それからミゼリアお義母様はカチャカチャと何かを取り出す物音を立て、そして少し私と距離を取った。
「ルフェルミアさん、今までご苦労様。そしてさようなら」
そんな呟きが少し後ろの方から聞こえると同時に私の背後に向かって駆け寄る足音が室内に響く。
とても、とても残念ね、ミゼリアお義母様。
仮にも義理の母になったのだから多少のことは大目に見てあげようと思っていたけれど。
彼女が私の背後のすぐそばまで走り寄って来た瞬間。
「ッ!?」
私はくるり、と身を翻して彼女の攻撃をかわす。
そして瞬時に素早く彼女の右手首を私の右手で掴み、同時に左手首も私の左手で掴み上げる。
カラン、と刃渡がやや長めのナイフが床へと落とされた。
彼女が今夜私を殺害しようとしていたことは先ほど出会った瞬間に理解していた。
こんなに殺意を剥き出しで部屋に招待されれば、ね。
「ッく、ぐ……い、いた……」
「ミゼリアお義母様。非常に残念です」
「あ、あなた……一体何を……!?」
「あなた程度の目では私が何をしたかわからなかったでしょう? まあ、そんなことはどうでもいいけれどね」
「い、いつもウスノロで鈍臭いあなたが……」
ミゼリアお義母様の前では私は基本そんな感じの自分を演じていた。その方が油断を誘いやすいからだ。
「ミゼリアお義母様……いえ、ミゼリア・グレアンドル。あなたは超えてはならない一線を超えてしまった。この私に殺意を向けた。本来ならあなたはとっくに私に殺されていてもおかしくない」
「な、何を言って……!? あ、あなたは一体……!?」
「今は私を縛る制約があるからあなたを殺すことはしない。けれど、もはやあなたは戻れない領域に踏み込んだ。今日以降、これまでと同じ生活ができるとは思わないことね」
「な、何を偉そうに……! ちょっと勘良くナイフを避けたからって生意気に……ッ」
ギリギリ、とミゼリアは私を睨みつける。
仕方ない、少しくらい痛い目を見せてやるか。
どのみちこの女は恐怖で屈服させる方が早そうだ。
ドラグス王太子殿下たちと夕食会を終えたその日の深夜。
ヴァンが去った後、今度は私の部屋の扉がノックされ侍女頭のエレナが「旦那様がお呼びです」と、私に伝えにきたので、私は言われるがまま、ドウェインお義父様のもとへとやってきていた。
まったく、今日は妙に忙しい日ね。
「いえ。なんのご用でしょうか?」
「うむ。実はお前とリアンの件について、いい加減どうすべきかを考えていた」
そう。私たちの仲はまだドウェインお義父様やミゼリアお義母様には許可されていない。
一応ドウェインお義父様のご厚意で私はこの屋敷に引き続き住むことが許されているが、婚約もきっちり決まったわけではないのだ。
「おそらくお前たちは私たちが許可しなければ屋敷を出て二人だけでどこかにでも行ってしまうのだろう? 先日、リアンからはそのようなことを言われた」
なるほど、リアン様の中ではそうなのね。ではそういうことにしておこう。
「いつまでもこのままでは良くないしな。私はお前とリアンの仲を認めようと思う。ヴァンにもめぼしい相手がいるようだしな」
「めぼしい相手……?」
「聖女様だ。ドラグス王太子殿下に後で聞いてみたところ、どうやら彼女は本気でヴァンのことを好いてくれているらしい」
どうにもそうらしい。
あの殺戮の女神、なんであんな奴のことなんか好きになったのかしら。
「子供たちは私たちの道具ではない。お前たちはお前たちの意思を尊重すべきと思った。だからルフェルミア、お前は気の向くまま、好きな相手と結婚するといい」
「はい、わかりましたわ、ドウェインお義父様」
「……何か、あまり浮かない顔だな?」
「いえ、そんなことは」
「そうか。とにかくお前たちのことはもう認めた。ミゼリアはすぐに首を縦には振らないだろうが、私がのちほど言いくるめておくから安心するといい。それだけだ、呼び出して悪かったな」
「ありがとうございます。失礼します」
私は頭を下げてドウェインお義父様の部屋を出た。
私とリアン様の仲が正式に認められた、か。
なんとも……よくわからない気分だ。
私はこれを望んではいたが、これは別に自分の本当の望みなわけではない。
私の望みは……。
「ルフェルミアさん、ちょうどいいところにいたわ」
廊下の奥で人の気配がすると思ったら今度はミゼリアお義母様と出くわした。
いつもなら互いに無視するというのに。
「ちょっと私の部屋にいらっしゃい。大事な話があります」
「わかりました」
本当に忙しいわね、今日は。
思いつつ私は言われるがまま、彼女についていく。
「そこに腰かけなさい」
「はい」
そして指定された椅子へと腰をおろす。
「あなた、リアンとは本当に結婚するつもりでいるのかしら?」
「そのつもりですが」
「そう。何度言っても考え直す気はないのね?」
「はい」
そうしないとどうやら私は死ぬらしいからね。
「そ、わかったわ。それじゃあ一度席を立って後ろを向いてもらえるかしら? その後、瞳を閉じていてちょうだい」
「わかりました」
ふう。とても残念な結果になりそうね、これは。
――そんなことを思いながら私はまだ、彼女に言われた通りに従う。
「……ちゃんと目を閉じているわね? 私が良いと言うまで開けては駄目よ」
それからミゼリアお義母様はカチャカチャと何かを取り出す物音を立て、そして少し私と距離を取った。
「ルフェルミアさん、今までご苦労様。そしてさようなら」
そんな呟きが少し後ろの方から聞こえると同時に私の背後に向かって駆け寄る足音が室内に響く。
とても、とても残念ね、ミゼリアお義母様。
仮にも義理の母になったのだから多少のことは大目に見てあげようと思っていたけれど。
彼女が私の背後のすぐそばまで走り寄って来た瞬間。
「ッ!?」
私はくるり、と身を翻して彼女の攻撃をかわす。
そして瞬時に素早く彼女の右手首を私の右手で掴み、同時に左手首も私の左手で掴み上げる。
カラン、と刃渡がやや長めのナイフが床へと落とされた。
彼女が今夜私を殺害しようとしていたことは先ほど出会った瞬間に理解していた。
こんなに殺意を剥き出しで部屋に招待されれば、ね。
「ッく、ぐ……い、いた……」
「ミゼリアお義母様。非常に残念です」
「あ、あなた……一体何を……!?」
「あなた程度の目では私が何をしたかわからなかったでしょう? まあ、そんなことはどうでもいいけれどね」
「い、いつもウスノロで鈍臭いあなたが……」
ミゼリアお義母様の前では私は基本そんな感じの自分を演じていた。その方が油断を誘いやすいからだ。
「ミゼリアお義母様……いえ、ミゼリア・グレアンドル。あなたは超えてはならない一線を超えてしまった。この私に殺意を向けた。本来ならあなたはとっくに私に殺されていてもおかしくない」
「な、何を言って……!? あ、あなたは一体……!?」
「今は私を縛る制約があるからあなたを殺すことはしない。けれど、もはやあなたは戻れない領域に踏み込んだ。今日以降、これまでと同じ生活ができるとは思わないことね」
「な、何を偉そうに……! ちょっと勘良くナイフを避けたからって生意気に……ッ」
ギリギリ、とミゼリアは私を睨みつける。
仕方ない、少しくらい痛い目を見せてやるか。
どのみちこの女は恐怖で屈服させる方が早そうだ。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
ウッカリ死んだズボラ大魔導士は転生したので、遺した弟子に謝りたい
藤谷 要
恋愛
十六歳の庶民の女の子ミーナ。年頃にもかかわらず家事スキルが壊滅的で浮いた話が全くなかったが、突然大魔導士だった前世の記憶が突然よみがえった。
現世でも資質があったから、同じ道を目指すことにした。前世での弟子——マルクも探したかったから。師匠として最低だったから、彼に会って謝りたかった。死んでから三十年経っていたけど、同じ魔導士ならばきっと探しやすいだろうと考えていた。
魔導士になるために魔導学校の入学試験を受け、無事に合格できた。ところが、校長室に呼び出されて試験結果について問い質され、そこで弟子と再会したけど、彼はミーナが師匠だと信じてくれなかった。
「私のところに彼女の生まれ変わりが来たのは、君で二十五人目です」
なんですってー!?
魔導士最強だけどズボラで不器用なミーナと、彼女に対して恋愛的な期待感ゼロだけど絶対逃す気がないから外堀をひたすら埋めていく弟子マルクのラブコメです。
※全12万字くらいの作品です。
※誤字脱字報告ありがとうございます!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる