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番外編.秋晴れの日と、女神との祝宴
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時間と場所は変わり、また、たくさんの祝福に包まれていた。
私たちは感謝の気持ちを込めて、セレーノを貸し切りお披露目会を企画した。気軽に寄って欲しいと周りに声を掛けて。
常連の高田様に、仕事の都合で式には来られなかったお義兄さんや、すっかりママ友となった唐橋さん。他にもお義父様の会社や薫さんの会社の方たちが訪れて、賑やかに祝ってくれていた。
「亜夜さん。少し休憩なさってはどうですか?」
ゲストにコーヒーを振る舞っていた私に声を掛けてくれたのは井上さんだ。式にも参列してくれて、もちろんパーティにもいてくれていたけれど、ゆっくり話すタイミングはなかった。
「井上さんこそ、楽しんでくださってますか? さっきは……ちょっと仕事モードでしたよね」
アルテミスの責任者と言う立場で、今回試験的に行われたパーティだったからか、薫さんが言っていた『半分仕事』の仕事の部分を全て井上さんが仕切ってくれたらしい。実は時々、難しい顔をしてスマホに何か打ち込んでいる姿に気づいていた。
「すみません、つい……。気に障ったなら謝ります」
井上さんは申し訳なさそうにそう口にした。
「そんなことないです! こちらこそ井上さんにばかり仕事をさせてしまって……」
「それならいいのですが。とてもいい式でしたよ。私も感慨深いものがあります。薫さんにいろんな表情をさせるのは、やはり亜夜さんだけですね」
寂しそうにも見える笑みを浮かべて井上さんは言った。
「あの、井上さん」
私は改めて、伝えたいと思っていたことを切り出す。今はカウンターを挟んで二人きり。チャンスは今しかない。
「なんでしょう?」
「井上さんがいなかったら、今の自分はいなかったなって。感謝してます。本当にありがとうございます」
真っ直ぐに見つめてお礼を述べる私に、穏やかな笑みが返ってくる。
「不思議なものですね。貴女に出会ってから色々なことが動き出した気がします。あのとき私たちは、会うべくして出会ったのかも知れません。私も感謝しています」
ローマのバールで居合わせただけで終わるはずだった関係。けれど、縁というものは不思議だ。こうしてたくさんの人に祝ってもらえる日がくるのだから。
「その……余計なことかも知れません。でもやっぱり、井上さんにも幸せになって欲しいって願ってます」
「……そうですね。そのときは祝福してください。いつになるかはわかりませんが」
「もちろん。私にお手伝いできることがあったら、いつでも言ってください」
ローマでの出会いを想い浮かべながら、私は微笑んだ。
――まもなく十一月ともなると、さすがに夜は冷え込んでくる。人気のない夜の公園は静かで、私たちの足音だけが響いていた。季節毎に表情を変える花壇には、秋の象徴のようにコスモスが咲き誇っていた。
家の近くまでタクシーで帰って来ると公園の前で降りた。
もう少しだけ二人きりの時間を楽しみたいと、ひっそり願っていたのを聞き届けてくれたように、薫さんから「少し寄り道しよう」と言ってくれた。
「寒くないかい?」
「大丈夫です。薫さんの手、温かいですから」
触れている腕からも、その温もりがじんわりと伝わってくる。ホッと安心するその温かさにすり寄るように頭を傾けた。
「今日一日、とても幸せでした。ずっと続けばいいのにって思うくらい」
「そうだね。たくさんの人が心から私たちを祝ってくれた。それが伝わってきた」
ゆっくりと歩きながら、薫さんは私を見下ろして目を細めてみせる。その表情だけで胸がいっぱいになる。
「初めて亜夜に会ったとき……」
街灯から外れ暗くなった場所で、薫さんは不意にそう口にすると、浮かび上がった夜空を見上げた。私もそれにつられるように空に向いた。
昼間澄んでいた空はそのままに、明るい星がポツポツと瞬いている。もう少しすれば空は華やかな冬の星座たちが顔を出すだろう。
「瞳がまるで星空のようで、吸い込まれそうな気がした。ずっと眺めていたくなるほど美しくて、一瞬にして魅入られていた」
まるで星の物語りを聞かせるように語る薫さんの穏やかな声は、空に溶けていくようだ。私はそれに耳を澄ませた。
「あの時は、手を伸ばしても届かない。そう自分に言い聞かせた。美しい月の女神を手に入れることなどできないと」
独りごちるように呟くと薫さんは立ち止まる。
「けれど、慈悲深い私の女神は全てを赦してこの手を取ってくれた。ありがとう、亜夜。私を愛してくれて」
「薫さん……」
愛とは何かと問われたら、きっと今のこの湧き上がる感情なんだと答えるだろう。何にも変え難い、不思議な感情だ。
「私も……。同じです。愛しています。これからも、永遠に変わりません」
込み上げるものを抑えられず唇が震える。けれど必死で言葉を紡ぐ。目が合うとそこには薫さんが微笑んでいる。その顔が近づくと、そっと唇が重なった。
柔らかな温もりが遠ざかると、薫さんの唇から笑みが溢れる。
「さぁ、帰ろう。もう一人、私たちの愛する人が待っている」
「はい」
――私たちは大切な場所へ帰る。繋いだ手を離すことなく。
私たちは感謝の気持ちを込めて、セレーノを貸し切りお披露目会を企画した。気軽に寄って欲しいと周りに声を掛けて。
常連の高田様に、仕事の都合で式には来られなかったお義兄さんや、すっかりママ友となった唐橋さん。他にもお義父様の会社や薫さんの会社の方たちが訪れて、賑やかに祝ってくれていた。
「亜夜さん。少し休憩なさってはどうですか?」
ゲストにコーヒーを振る舞っていた私に声を掛けてくれたのは井上さんだ。式にも参列してくれて、もちろんパーティにもいてくれていたけれど、ゆっくり話すタイミングはなかった。
「井上さんこそ、楽しんでくださってますか? さっきは……ちょっと仕事モードでしたよね」
アルテミスの責任者と言う立場で、今回試験的に行われたパーティだったからか、薫さんが言っていた『半分仕事』の仕事の部分を全て井上さんが仕切ってくれたらしい。実は時々、難しい顔をしてスマホに何か打ち込んでいる姿に気づいていた。
「すみません、つい……。気に障ったなら謝ります」
井上さんは申し訳なさそうにそう口にした。
「そんなことないです! こちらこそ井上さんにばかり仕事をさせてしまって……」
「それならいいのですが。とてもいい式でしたよ。私も感慨深いものがあります。薫さんにいろんな表情をさせるのは、やはり亜夜さんだけですね」
寂しそうにも見える笑みを浮かべて井上さんは言った。
「あの、井上さん」
私は改めて、伝えたいと思っていたことを切り出す。今はカウンターを挟んで二人きり。チャンスは今しかない。
「なんでしょう?」
「井上さんがいなかったら、今の自分はいなかったなって。感謝してます。本当にありがとうございます」
真っ直ぐに見つめてお礼を述べる私に、穏やかな笑みが返ってくる。
「不思議なものですね。貴女に出会ってから色々なことが動き出した気がします。あのとき私たちは、会うべくして出会ったのかも知れません。私も感謝しています」
ローマのバールで居合わせただけで終わるはずだった関係。けれど、縁というものは不思議だ。こうしてたくさんの人に祝ってもらえる日がくるのだから。
「その……余計なことかも知れません。でもやっぱり、井上さんにも幸せになって欲しいって願ってます」
「……そうですね。そのときは祝福してください。いつになるかはわかりませんが」
「もちろん。私にお手伝いできることがあったら、いつでも言ってください」
ローマでの出会いを想い浮かべながら、私は微笑んだ。
――まもなく十一月ともなると、さすがに夜は冷え込んでくる。人気のない夜の公園は静かで、私たちの足音だけが響いていた。季節毎に表情を変える花壇には、秋の象徴のようにコスモスが咲き誇っていた。
家の近くまでタクシーで帰って来ると公園の前で降りた。
もう少しだけ二人きりの時間を楽しみたいと、ひっそり願っていたのを聞き届けてくれたように、薫さんから「少し寄り道しよう」と言ってくれた。
「寒くないかい?」
「大丈夫です。薫さんの手、温かいですから」
触れている腕からも、その温もりがじんわりと伝わってくる。ホッと安心するその温かさにすり寄るように頭を傾けた。
「今日一日、とても幸せでした。ずっと続けばいいのにって思うくらい」
「そうだね。たくさんの人が心から私たちを祝ってくれた。それが伝わってきた」
ゆっくりと歩きながら、薫さんは私を見下ろして目を細めてみせる。その表情だけで胸がいっぱいになる。
「初めて亜夜に会ったとき……」
街灯から外れ暗くなった場所で、薫さんは不意にそう口にすると、浮かび上がった夜空を見上げた。私もそれにつられるように空に向いた。
昼間澄んでいた空はそのままに、明るい星がポツポツと瞬いている。もう少しすれば空は華やかな冬の星座たちが顔を出すだろう。
「瞳がまるで星空のようで、吸い込まれそうな気がした。ずっと眺めていたくなるほど美しくて、一瞬にして魅入られていた」
まるで星の物語りを聞かせるように語る薫さんの穏やかな声は、空に溶けていくようだ。私はそれに耳を澄ませた。
「あの時は、手を伸ばしても届かない。そう自分に言い聞かせた。美しい月の女神を手に入れることなどできないと」
独りごちるように呟くと薫さんは立ち止まる。
「けれど、慈悲深い私の女神は全てを赦してこの手を取ってくれた。ありがとう、亜夜。私を愛してくれて」
「薫さん……」
愛とは何かと問われたら、きっと今のこの湧き上がる感情なんだと答えるだろう。何にも変え難い、不思議な感情だ。
「私も……。同じです。愛しています。これからも、永遠に変わりません」
込み上げるものを抑えられず唇が震える。けれど必死で言葉を紡ぐ。目が合うとそこには薫さんが微笑んでいる。その顔が近づくと、そっと唇が重なった。
柔らかな温もりが遠ざかると、薫さんの唇から笑みが溢れる。
「さぁ、帰ろう。もう一人、私たちの愛する人が待っている」
「はい」
――私たちは大切な場所へ帰る。繋いだ手を離すことなく。
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