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何気ない日々の中で
⑩
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「成田さん。ごめんなさいね、少し飲み過ぎたみたいです。もう少しだけこのまま居させてください。成田さんの胸の中、凄い落ち着きます。臭くもないですし、居心地いいですよ・・・」
しばらく、成田淳子は自分の胸の中で時を過ごしている。ほんの少しの時間だったが、シャツの袖をギュッと両手で掴み、何か小刻みに身体が動いていた。声は下を向きながら発したため、ボソボソ言っているか様に聞こえた。
「成田さん。成田さんから見て…。病棟での私はどう見えてますか?」
何気ない唐突な質問であるが、なんで答えればいいのかに困ってしまうものかもしれない。成田淳子はいま、1A病棟で、キーになり得る人財。まさにナースの中で、エースと言っても過言ではない。たしかに病棟には、成田淳子より年上のナースも居てるが、その先輩ナースをも、凌ぐ経験とスキルを持ち合わせている。彼女自身が日勤帯のシフトに居てると、場全体の1日の流れが留まることなく流れてスムーズにことが収まる。と同時に、彼女本人にかなりのプレッシャーと責任が乗っかっているのも第三者の本部職員が見ても理解できる。彼女の存在のおかげで、ずいぶんこの病棟のナースの底上げもできている。いま、この若葉病院の中で、トップの統括力を持っているだろう。
が故に、笑顔ではあるが、その裏には精神的に押しつぶされそうな状態になってしまうかもしれない。丁寧にフォローしていた新人の松岡を育てていたが、それが守りきれずに休んでしまった。そのことも成田淳子には相当のダメージを受けているに違いない。
重い空気が支配する中、ぼくは咄嗟の行動を無意識に取って成田淳子を落ち着かせた。
「『淳子さん。』ちょっと少し待っててくださいね。すぐに戻ってきますので」
成田淳子が頷いたので、席を立って成田淳子から離れた。
「板長。やっぱり成田さんを送ってきます。今日色々現場でありましたので、なんか夕方から様子が変だったんです。お勘定にしてください」
「成田くん。勘定は今度でいいよ。だから、淳子ちゃんを送っていってあげてよ。で、また淳子ちゃんとお店においで。待ってるよ」
「板長。次、必ず払います。あ、明日、ランチ食べにきますのでその時に払いますよ」
「おっ。待ってるよ。また美味しいランチを提供するから。」
そんなやり取りを板長と交わした後、すぐに成田淳子の元へ戻ってみてもまだ下を向いていたので、彼女の目線まで下げて彼女の仕草を見た。
彼女本人の膝に置いていた手の甲が少し濡れていた。やっぱり無理していたんだと改めて実感する。
「『淳子さん』帰りましょ。僕。淳子さんをご自宅まで送りますよ。自宅は、確か若葉病院から近かったですよね?それは確か以前聞きましたけど」
成田淳子は、軽く頷き、鼻を軽くすすった。そんな彼女の頭を撫でると、その撫でた手をギュッとしがみ付いてきたのでしっかり握り返した。
「成田さん。石津駅まで戻ってください。あと、少し1人では歩けないので手を握っていてもいいですか?」
「いいですよ。ただ、外は寒いですからコート着てくださいよ。ショールもしっかりと巻いて」
「すんません。ご馳走様でした。また板長。きますねぇ~」
「成田くん。今日はありがとうね。またおいでよ。」
そんな心遣いが心地よいからこのお店は好きだ。また通おう。
お店を後にして、電車に乗り込んだ。時間は11時を回っていたことと、各停電車だったため、車両内は空いていた。座席に座りながら石津駅まで向かった。成田淳子は、左肩に身を委ねて目を瞑っていたが、寝てるといったことではなく、完全に眠っているといったことでもなさそうである。
「淳子さん。大丈夫ですか?寝てていいですよ。駅に着いたら起こしてあげますから。って言っても後3駅なんで直ぐに到着しちゃいますけどね」
「成田さん。大丈夫です。それに寝たら、成田さんになんか変なことされそうですもん。さっきから、私のこと、『成田さん』ではなくて、『淳子さん』ですから。呼び名が変わりましたもん。なんか2人の世界ですね。なんだか寝るにはもったいないですよぉ。居心地いいです。あ、わたしも成田さんのこと『遥人さん』て呼んでもいいですか?」
「いいですよ。別に。遥人でも。淳子さんの呼びやすい言い方で。でも、この呼び方に慣れて、詰所でこの呼び方にならないように注意しなきゃですね。」
「ホントですね。」
成田淳子は、そう言うと少し表情が緩んだ様に見えた。少し酔いは残っているようだが、精神的に落ち着きを取り戻したのか…。
その後、会話することもなくただ各停電車がガタンガタンと音を立てて、その度に吊り輪揺れる音が後を追いかける。
back numberの歌の歌詞がまた出てきて、それとは状況は違うが、この今の状況に合うのかなと思いながら、電車は揺られていった。
しばらく、成田淳子は自分の胸の中で時を過ごしている。ほんの少しの時間だったが、シャツの袖をギュッと両手で掴み、何か小刻みに身体が動いていた。声は下を向きながら発したため、ボソボソ言っているか様に聞こえた。
「成田さん。成田さんから見て…。病棟での私はどう見えてますか?」
何気ない唐突な質問であるが、なんで答えればいいのかに困ってしまうものかもしれない。成田淳子はいま、1A病棟で、キーになり得る人財。まさにナースの中で、エースと言っても過言ではない。たしかに病棟には、成田淳子より年上のナースも居てるが、その先輩ナースをも、凌ぐ経験とスキルを持ち合わせている。彼女自身が日勤帯のシフトに居てると、場全体の1日の流れが留まることなく流れてスムーズにことが収まる。と同時に、彼女本人にかなりのプレッシャーと責任が乗っかっているのも第三者の本部職員が見ても理解できる。彼女の存在のおかげで、ずいぶんこの病棟のナースの底上げもできている。いま、この若葉病院の中で、トップの統括力を持っているだろう。
が故に、笑顔ではあるが、その裏には精神的に押しつぶされそうな状態になってしまうかもしれない。丁寧にフォローしていた新人の松岡を育てていたが、それが守りきれずに休んでしまった。そのことも成田淳子には相当のダメージを受けているに違いない。
重い空気が支配する中、ぼくは咄嗟の行動を無意識に取って成田淳子を落ち着かせた。
「『淳子さん。』ちょっと少し待っててくださいね。すぐに戻ってきますので」
成田淳子が頷いたので、席を立って成田淳子から離れた。
「板長。やっぱり成田さんを送ってきます。今日色々現場でありましたので、なんか夕方から様子が変だったんです。お勘定にしてください」
「成田くん。勘定は今度でいいよ。だから、淳子ちゃんを送っていってあげてよ。で、また淳子ちゃんとお店においで。待ってるよ」
「板長。次、必ず払います。あ、明日、ランチ食べにきますのでその時に払いますよ」
「おっ。待ってるよ。また美味しいランチを提供するから。」
そんなやり取りを板長と交わした後、すぐに成田淳子の元へ戻ってみてもまだ下を向いていたので、彼女の目線まで下げて彼女の仕草を見た。
彼女本人の膝に置いていた手の甲が少し濡れていた。やっぱり無理していたんだと改めて実感する。
「『淳子さん』帰りましょ。僕。淳子さんをご自宅まで送りますよ。自宅は、確か若葉病院から近かったですよね?それは確か以前聞きましたけど」
成田淳子は、軽く頷き、鼻を軽くすすった。そんな彼女の頭を撫でると、その撫でた手をギュッとしがみ付いてきたのでしっかり握り返した。
「成田さん。石津駅まで戻ってください。あと、少し1人では歩けないので手を握っていてもいいですか?」
「いいですよ。ただ、外は寒いですからコート着てくださいよ。ショールもしっかりと巻いて」
「すんません。ご馳走様でした。また板長。きますねぇ~」
「成田くん。今日はありがとうね。またおいでよ。」
そんな心遣いが心地よいからこのお店は好きだ。また通おう。
お店を後にして、電車に乗り込んだ。時間は11時を回っていたことと、各停電車だったため、車両内は空いていた。座席に座りながら石津駅まで向かった。成田淳子は、左肩に身を委ねて目を瞑っていたが、寝てるといったことではなく、完全に眠っているといったことでもなさそうである。
「淳子さん。大丈夫ですか?寝てていいですよ。駅に着いたら起こしてあげますから。って言っても後3駅なんで直ぐに到着しちゃいますけどね」
「成田さん。大丈夫です。それに寝たら、成田さんになんか変なことされそうですもん。さっきから、私のこと、『成田さん』ではなくて、『淳子さん』ですから。呼び名が変わりましたもん。なんか2人の世界ですね。なんだか寝るにはもったいないですよぉ。居心地いいです。あ、わたしも成田さんのこと『遥人さん』て呼んでもいいですか?」
「いいですよ。別に。遥人でも。淳子さんの呼びやすい言い方で。でも、この呼び方に慣れて、詰所でこの呼び方にならないように注意しなきゃですね。」
「ホントですね。」
成田淳子は、そう言うと少し表情が緩んだ様に見えた。少し酔いは残っているようだが、精神的に落ち着きを取り戻したのか…。
その後、会話することもなくただ各停電車がガタンガタンと音を立てて、その度に吊り輪揺れる音が後を追いかける。
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