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47話
公爵邸を出れば、人が炉端に座りこんでいる。子供が怯えて「怖い」と泣いている声がする。
ごめんなさいと心の中で呟いた。
だってこの状況は止められたかもしれなかったから。
この国は城塞都市で、3つの壁に阻まれている。1の壁は城をぐるりと囲み、2の壁は貴族の邸宅を囲んでいる。3の壁は王都全体を囲んでおり、平民の居住区や商店や広場などを囲んでいる。城は3重の壁守られているのだ。
2の壁を乗り越えれば、そこはもっと悲惨で人が足の踏み場も無いほどいた。このどうしようもない状況にイライラし、当たり散らす人、ただただ身を縮め震えている人、泣きながら笑い叫ぶ狂った人などがいて混沌としている。
怖いと思った。それと同時に申し訳なさも沸き立った。自分なら止められたかもしれなかったからか、自分と親しい人が引き起こしたことだからか、それともその両方からか……。
それでも少しでも早くアリスに会わなければいけないと思い歩を進めた。ひどい人口密度で人波を縫って歩を進める。押しのけかき分け……足を踏みつけてしまった。
「ごめんなさい」
「あ゛ぁぁん!?」
咄嗟に謝るが、先程まで他の男性と喧嘩していた人間には通じる訳がなく、不機嫌そうな声と目線で睨まれた。
「申し訳ございません」
「いってぇーなぁ」
「足りるかわかりませんが……」
財布に入っていた金貨おを全て差し出した。
「失礼します」
一礼して先に進もうとしたが、肩を掴まれ足を止めた。
「はっ……金なんか今更なんにもなんねぇーんだよ」
「申し訳ございません」
「いい身なりだな……」
足を踏んだ自分が悪いので再び頭を下げた。彼からはアルコールの匂いがする。しびれを切らしたエバンの動く気配をハンドサインで静止させた。じろじろと値踏みする嫌な視線が体中を這う。
「貴族様ってか……いいよな、安全な2の壁の中で平和に暮らしてるもんな」
彼の言葉に周りの視線が集まる。それは羨望か嫉妬か……ズルをした人を見るような目線だった。
「俺らから金だけ搾取して、助けてくれないなんてひどいだろっ……」
手に持った酒瓶を地面に投げつけた。咄嗟に身を縮め腕で顔をガードした。
ふわりとした浮遊感。目を開けると……
エバンがお姫様だっこをして屋根へ飛び乗った。思わず驚いて小さく悲鳴をあげ、彼の首に手を回した。
この世界が地球と違うといえども、こんな芸当出来る人間は一握りだ。
北の空が黒っぽくなっている。それは曇りだからではない。飛行タイプの魔物のせいだ。翅蟻似たフライアント、猛毒を持つ蜂に似たキラービー、ワイバーンなどだろうか。恐くて手が震える。その手をエバンは大きな手で握ってくれた。彼の顔を見ると優しく微笑んだ。
「俺が側にいます。ずっと一生……命尽きるその時まで守ります」
掛ける言葉が見つからなくて無言でいたら、エバンは困った様に眉を下げ謝った。
「申し訳ございません。必ず守るとお約束出来なくて……」
「……ううん、違んです。こういう時、なんて声を掛ければいいかわからなくて……」
最期になるかもしれないからと言う言葉は飲み込んだ。
「アルセナ姫を守って死ねるなら本懐です。悔いはありません」
彼の握った手に力が籠もる。湿った風が通り過ぎた。
行きましょうかといえば、エバンは頷いて屋根を飛び移りながら魔物の軍隊の方へ向かった。
3の壁の歩廊にたどり着く。歩廊の立って外壁の外を見た。空だけじゃない大地を埋め尽くす魔物の行列は、砂埃を巻き上げ近づいて来ている。地平線は見えない。本当は怖い。逃げ出したかった。でも、責任を取らなければならないから立ち向かわなくてはならない。エバンと繋いだ手から伝わる体温が、私を勇気づける。一人じゃないってこんなに心強い。
「ありがとう、側に居てくれて。一人じゃたどり着け無かった」
そうして繋いだ指先を解いて、深く息を吸って、吐く。そしてまた吸って大声叫んだ。力いっぱい、人生最大の声量で、届けって念じながら。
「アリス~、どこにいるの~~!!!」
って叫んで出てくるなら……
「呼んだ? アルちゃんはズルいよね」
なんでそんなこと言うのかわからなくて、何も言えないでいると、続いて、だって呼んだら俺が来るってわかってたんでしょう……だから王都から離れていたのに……とアリスは言った。そして
――あぁ……ダメだ
そう思った。アリスの目を見て確信した。完全に魔王化していると。アリスの輪郭がぼやけて、黒い靄のような粒子が立ち昇っている。目が潤んだ。切なくて。見間違いであってほしい……夢であってほしい……そして…………いつものように天使の様な顔で笑っていてほしいなんて、現実逃避を往生際が悪く考えてしまう。
愛しい人をこんなふうにしてしまった自分に腹が立つ。そして魔王因子なんて存在する世界を恨んだ。
「ごめんなさい……」
アリスの頬に触れる。感触があって触れられるだけで嬉しかった。ずっとアリスに会いたかった。アリスが恋しかった。募った愛しさに胸が締め付けられる。
「謝るのは僕の方……だって酷いことをこれからするんだから」
アリスはいつものような天使の顔で笑った。
私は胸が苦しかった。
ごめんなさいと心の中で呟いた。
だってこの状況は止められたかもしれなかったから。
この国は城塞都市で、3つの壁に阻まれている。1の壁は城をぐるりと囲み、2の壁は貴族の邸宅を囲んでいる。3の壁は王都全体を囲んでおり、平民の居住区や商店や広場などを囲んでいる。城は3重の壁守られているのだ。
2の壁を乗り越えれば、そこはもっと悲惨で人が足の踏み場も無いほどいた。このどうしようもない状況にイライラし、当たり散らす人、ただただ身を縮め震えている人、泣きながら笑い叫ぶ狂った人などがいて混沌としている。
怖いと思った。それと同時に申し訳なさも沸き立った。自分なら止められたかもしれなかったからか、自分と親しい人が引き起こしたことだからか、それともその両方からか……。
それでも少しでも早くアリスに会わなければいけないと思い歩を進めた。ひどい人口密度で人波を縫って歩を進める。押しのけかき分け……足を踏みつけてしまった。
「ごめんなさい」
「あ゛ぁぁん!?」
咄嗟に謝るが、先程まで他の男性と喧嘩していた人間には通じる訳がなく、不機嫌そうな声と目線で睨まれた。
「申し訳ございません」
「いってぇーなぁ」
「足りるかわかりませんが……」
財布に入っていた金貨おを全て差し出した。
「失礼します」
一礼して先に進もうとしたが、肩を掴まれ足を止めた。
「はっ……金なんか今更なんにもなんねぇーんだよ」
「申し訳ございません」
「いい身なりだな……」
足を踏んだ自分が悪いので再び頭を下げた。彼からはアルコールの匂いがする。しびれを切らしたエバンの動く気配をハンドサインで静止させた。じろじろと値踏みする嫌な視線が体中を這う。
「貴族様ってか……いいよな、安全な2の壁の中で平和に暮らしてるもんな」
彼の言葉に周りの視線が集まる。それは羨望か嫉妬か……ズルをした人を見るような目線だった。
「俺らから金だけ搾取して、助けてくれないなんてひどいだろっ……」
手に持った酒瓶を地面に投げつけた。咄嗟に身を縮め腕で顔をガードした。
ふわりとした浮遊感。目を開けると……
エバンがお姫様だっこをして屋根へ飛び乗った。思わず驚いて小さく悲鳴をあげ、彼の首に手を回した。
この世界が地球と違うといえども、こんな芸当出来る人間は一握りだ。
北の空が黒っぽくなっている。それは曇りだからではない。飛行タイプの魔物のせいだ。翅蟻似たフライアント、猛毒を持つ蜂に似たキラービー、ワイバーンなどだろうか。恐くて手が震える。その手をエバンは大きな手で握ってくれた。彼の顔を見ると優しく微笑んだ。
「俺が側にいます。ずっと一生……命尽きるその時まで守ります」
掛ける言葉が見つからなくて無言でいたら、エバンは困った様に眉を下げ謝った。
「申し訳ございません。必ず守るとお約束出来なくて……」
「……ううん、違んです。こういう時、なんて声を掛ければいいかわからなくて……」
最期になるかもしれないからと言う言葉は飲み込んだ。
「アルセナ姫を守って死ねるなら本懐です。悔いはありません」
彼の握った手に力が籠もる。湿った風が通り過ぎた。
行きましょうかといえば、エバンは頷いて屋根を飛び移りながら魔物の軍隊の方へ向かった。
3の壁の歩廊にたどり着く。歩廊の立って外壁の外を見た。空だけじゃない大地を埋め尽くす魔物の行列は、砂埃を巻き上げ近づいて来ている。地平線は見えない。本当は怖い。逃げ出したかった。でも、責任を取らなければならないから立ち向かわなくてはならない。エバンと繋いだ手から伝わる体温が、私を勇気づける。一人じゃないってこんなに心強い。
「ありがとう、側に居てくれて。一人じゃたどり着け無かった」
そうして繋いだ指先を解いて、深く息を吸って、吐く。そしてまた吸って大声叫んだ。力いっぱい、人生最大の声量で、届けって念じながら。
「アリス~、どこにいるの~~!!!」
って叫んで出てくるなら……
「呼んだ? アルちゃんはズルいよね」
なんでそんなこと言うのかわからなくて、何も言えないでいると、続いて、だって呼んだら俺が来るってわかってたんでしょう……だから王都から離れていたのに……とアリスは言った。そして
――あぁ……ダメだ
そう思った。アリスの目を見て確信した。完全に魔王化していると。アリスの輪郭がぼやけて、黒い靄のような粒子が立ち昇っている。目が潤んだ。切なくて。見間違いであってほしい……夢であってほしい……そして…………いつものように天使の様な顔で笑っていてほしいなんて、現実逃避を往生際が悪く考えてしまう。
愛しい人をこんなふうにしてしまった自分に腹が立つ。そして魔王因子なんて存在する世界を恨んだ。
「ごめんなさい……」
アリスの頬に触れる。感触があって触れられるだけで嬉しかった。ずっとアリスに会いたかった。アリスが恋しかった。募った愛しさに胸が締め付けられる。
「謝るのは僕の方……だって酷いことをこれからするんだから」
アリスはいつものような天使の顔で笑った。
私は胸が苦しかった。
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