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序章 - 同級生と妖精の隠れ宿 -
15.
しおりを挟むそれから、隔離された異空間という言葉をイメージするときに、そっち方面の目的に利用される建物の個室を紐付けてしまっていたことは失敗だったかもしれない。
彼から誘われたらどうしようと想像したことがあるとかないとか、検索したことがあるとかないとか。
しかし、確かなことは、風花が勝手に思い違いしたわけではないこと。眉間に皺を寄せた直後、そこへ思い至った彼女が動く。
「…………、――フンッ!」
表情が抜け落ちた彼女は、此度もパワーの再装填が早かった。
屋内のときにはなかった踏み込みが、威力を増した制裁が虎太郎の腹部を襲うはずだった。
「フハハーッ、甘いわー!」
しかし、同じ展開を予想していたが故に、華麗に身を捻ることで、足を運ぶことで突き込まれた拳を躱してみせた。
「ぐぬぬ」
憎らしく響く笑い声を聞いて、悔しそうに唸り声を返した風花が、殴打を放つ体勢を維持、ドヤ顔を見せてくる相手の隙を見出そうと睨み合いへ流れ込んだ。
右へ一歩、左へ一歩二歩、そのまま二十数秒の緊迫状態を経て、突如として虎太郎が大きく視線を外す。
「……んんっ!?」
「…………何?」
晒された左頬を睨み付けたまま、何か企んでいるのかと風花の短い疑問には怒気が含まれたままだ。
「いや、イベントホールのある方、あっちから数人ほど外に出たみたいだからさー」
「えっ?」
戯れの時間は終わりとばかりに、力を抜いて背筋を伸ばした虎太郎が風花の背後を指差した。
「誰もいないけど……?」
「いや、一階の広い自転車置き場に近い、あっちの出入り口だ」
東西に長い造りのショッピングセンターの屋上には、彼等が出てきたエレベーターホールと似たような設備が西側にもう一つある。イベントホールの吹き抜けを中央にして、西棟と東棟の左右対称構造と思えば分かりやすい。
だから、視線を遮る魔法の門扉を避けながら、そちら側を振り返った風花へ伝わりやすいように、あの辺と遠くに伸ばした右腕をより地面へ向けた。
「叫び声が聞こえた、とか?」
「俺の職業に関係する能力の一つでな、こういう障害物のない空間にいると動く気配を感じ取れることがあるんだ。しばらくこの場にいるから、だいぶ感覚が掴めてきたみたいで、魔物っぽい反応ばかりのところへ建物から走り寄る気配が分かった」
風花の荒ぶる殺気に、本能的な感覚が研ぎ澄まされたとは、さすがの虎太郎も言わなかった。
先程から、認識できる範囲がぶわっと拡大した気はしていたが、人間どんなことで成長するか分からないものである。
「へぇ、いきなりだったのに使い熟しているわね」
さすがに痴話喧嘩を続ける気はなくなったようで、姿勢を戻した風花は普段通りの丁寧な話し方へ戻った。声から怒気も抜けている。
「……しかし、その人達って魔物を見付けて勝手に外へ出たのかしら?」
屋上には流れていないので二人は内容を聞き取れていないが、締め括られたような雰囲気はまだないのだ。
「どうだろ……、そういうテンプレに詳しくて先走った可能性はあるけど、時間的に妖精商会で真っ先に買い物を終えたグループかもしれないな。ああいう場面に、強気で乗り込めるヤツらだろうから」
虎太郎が受け取る感覚は、今の自分より強い相手だと思わないくらいだ。新規開店の大売り出し――全品定価だけど――に飛び込むよりは容易く感じてしまう。
醜悪な見た目をしていたとしても、小柄なゴブリンであれば体格で勝る者は多く、すんなりと戦いを挑める者もいなくはないだろう。
ゆったりと話し掛ける館内放送が途切れている瞬間はあったし、イベントホールへ近かった者達から、応対する妖精さんへ我先にと詰め寄って取引を完遂させた猛者が出始めてよい頃合いだ。
「ルルア様からちょっと良いプレゼントを貰えていたことで、弱そうな魔物に見えたから戦いを挑んだ可能性もあるけどな~」
ただし、話を聞かない向こう見ずな人物では、良いプレゼントを授かっている可能性は低い。その辺りの事情を聞いた虎太郎には、館内放送を最後まで聞かずに動いていそうな、一度の注意くらいでは改めそうにない、荒くれ者の方が突っ込んでいったような気はしている。
「あっ、実は私もプレゼントっぽいアイテムを持っていたの」
「ほほお!」
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