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第二十九話
登校二日目。
魔導工学の授業に向かおうとしている時のことだった。
「おい、ルインハイトだったな」
廊下の途中で不意に声をかけられた。
振り返ると、複数人の男子学生が僕を囲んでいた。
敵意のある視線を向けられ、嫌な予感がした。
「学院では身分は関係ないってことは知ってるよな」
「う、うん……それが?」
じりじりと後退すると、あちらもじりじりと距離を詰めてくる。
「分かってるなら権力を振りかざしてえこひいきしてもらうのは止めてもらいたいものだな」
「あの、僕はそんなつもりは……」
どうやら彼らは僕が王族の特権でエルネスト先生から昼食に誘われたり、超越卿から特別講義を受けたと思っているらしい。
「あのな、俺たちは将来がかかってんだよ。お前みたいに国民から搾り取った税金で生きていける王族様とは違うんだよ」
僕だって別に税金で養ってもらえたりとかはしないけど。
魔導学院の数年間でいかに学べるかが将来を大きく左右することは理解できる。
「君たちの言いたいことはよく分かった。でも勘違いなんだ。僕は別にえこひいきされているわけじゃない。これには理由があって……」
「へえ、どんな理由だ?」
「えっと……」
そこで口ごもってしまった。
イッシュクロフト先生の特別講義はお父さんが先生と友達だったから受けることができたわけだけど、それを正直に言ったらそれこそ権力のおかげじゃないかと思われそうだ。
それにエルネスト先生の方は、それこそ言えない。闇属性にもかかわらず聖女様の生まれ変わりと勘違いされているなんて。
「ルインハイト殿下は何もお分かりでいらっしゃらないようであらせられる」
中央の学生の皮肉めいた言葉に取り巻きがせせら笑う。
「少し痛い目を見せてやれ」
ガシリ、と男子学生の一人に腕を掴まれる。
「ひ……ッ!?」
思わず身体が竦む。恐怖が心を覆う。
怖い、去ってくれ。
自分が魔力を放てば学生程度、簡単に吹っ飛ぶだろうと知識がある今ならば分かる。
恐怖に身を任せて魔力を放出すればこの窮地を脱することなど簡単だ。
だが駄目だ。
僕はもう二度と自分の魔力で人を傷つけないと誓ったのだから。
この窮地をなんとか魔力なしで切り抜けなければならない。
「待て、何をしている」
廊下からどこかへと連れ去られそうになったその時だった。
鋭い声が学生たちを咎めた。
「エルネスト、先生……っ!」
心のどこかで彼に助けを求めていたのかもしれない。
彼の声が耳に届いた瞬間、安堵に涙腺が緩みかける。
「ひ……ッ!?」
振り向いた男子学生たちが小さく悲鳴を上げた。
エルネスト先生が見たことないほど険しい顔で彼らを睨んでいたからだ。
彼の身体から微かに魔力が放たれているように感じられた。
「我が聖女から手を放せ」
気圧されたようにほとんど反射的に男子学生は手を放し、僕から離れた。
エルネスト先生は素早く僕の傍に寄り、庇うように前に立った。
「我が、聖女……?」
学生の一人が耳に飛び込んできた言葉が信じられないかのようにオウム返しする。
「そう、ルインハイト・ロイヒヴィッツハイムは我が聖女の生まれ変わりだ。彼に害をなす者は私を敵に回すと同然と知れ」
エルネスト先生は射殺すような視線で彼らを睨み付ける。
「す、すみませんでしたァ……ッ!!」
男子学生たちは逃げ出すように退散していった。
「ルインハイト、怪我はないか」
「は、はい……大丈夫です」
さっきまで掴まれていた腕に痕でも残っていないかと、エルネスト先生はそっと触れて確かめる。
「……すまない」
ぽつりと彼が謝罪する。
「え、先生のせいじゃ……」
「そのことではない。君が我が聖女だと勝手に公言してしまったことだ。噂が広がるだろう」
伏せられた長い睫毛を見つめる。
彼は僕が聖女の生まれ変わりだと確信しているようだった。
「先生はやはり僕が聖女様の生まれ変わりだと思っているのですか」
「ああ、君と同じ時間をいくらか過ごして確信したよ。何故光属性の魔力を持たぬ身に転生したのかは分からぬが……君こそが我が聖女だ」
金色の瞳が僕の方を向く。
熱い視線が注がれる。
彼の言葉をそのまま信じられたらどんなにいいだろうか。
そうです、僕こそが生まれ変わりですと言えたら。
でも何故だか彼のことを騙しているかのような後ろめたい気持ちが湧いてくるのを止められなかった。
もしも他に聖女様の生まれ変わりがいるのに、僕が彼を騙してしまったせいで本当の聖女様の生まれ変わりと出会えなかったら……。
「ごめんなさい、僕はやっぱり自分が聖女の生まれ変わりだとは思えません」
「いいんだ。これまでの聖女だってすぐに自覚が芽生えたわけではない」
彼は優しい微笑を浮かべるが、どんなに時間が経とうとも自覚なんてものが芽生えるとは思えなかった。
魔導工学の授業に向かおうとしている時のことだった。
「おい、ルインハイトだったな」
廊下の途中で不意に声をかけられた。
振り返ると、複数人の男子学生が僕を囲んでいた。
敵意のある視線を向けられ、嫌な予感がした。
「学院では身分は関係ないってことは知ってるよな」
「う、うん……それが?」
じりじりと後退すると、あちらもじりじりと距離を詰めてくる。
「分かってるなら権力を振りかざしてえこひいきしてもらうのは止めてもらいたいものだな」
「あの、僕はそんなつもりは……」
どうやら彼らは僕が王族の特権でエルネスト先生から昼食に誘われたり、超越卿から特別講義を受けたと思っているらしい。
「あのな、俺たちは将来がかかってんだよ。お前みたいに国民から搾り取った税金で生きていける王族様とは違うんだよ」
僕だって別に税金で養ってもらえたりとかはしないけど。
魔導学院の数年間でいかに学べるかが将来を大きく左右することは理解できる。
「君たちの言いたいことはよく分かった。でも勘違いなんだ。僕は別にえこひいきされているわけじゃない。これには理由があって……」
「へえ、どんな理由だ?」
「えっと……」
そこで口ごもってしまった。
イッシュクロフト先生の特別講義はお父さんが先生と友達だったから受けることができたわけだけど、それを正直に言ったらそれこそ権力のおかげじゃないかと思われそうだ。
それにエルネスト先生の方は、それこそ言えない。闇属性にもかかわらず聖女様の生まれ変わりと勘違いされているなんて。
「ルインハイト殿下は何もお分かりでいらっしゃらないようであらせられる」
中央の学生の皮肉めいた言葉に取り巻きがせせら笑う。
「少し痛い目を見せてやれ」
ガシリ、と男子学生の一人に腕を掴まれる。
「ひ……ッ!?」
思わず身体が竦む。恐怖が心を覆う。
怖い、去ってくれ。
自分が魔力を放てば学生程度、簡単に吹っ飛ぶだろうと知識がある今ならば分かる。
恐怖に身を任せて魔力を放出すればこの窮地を脱することなど簡単だ。
だが駄目だ。
僕はもう二度と自分の魔力で人を傷つけないと誓ったのだから。
この窮地をなんとか魔力なしで切り抜けなければならない。
「待て、何をしている」
廊下からどこかへと連れ去られそうになったその時だった。
鋭い声が学生たちを咎めた。
「エルネスト、先生……っ!」
心のどこかで彼に助けを求めていたのかもしれない。
彼の声が耳に届いた瞬間、安堵に涙腺が緩みかける。
「ひ……ッ!?」
振り向いた男子学生たちが小さく悲鳴を上げた。
エルネスト先生が見たことないほど険しい顔で彼らを睨んでいたからだ。
彼の身体から微かに魔力が放たれているように感じられた。
「我が聖女から手を放せ」
気圧されたようにほとんど反射的に男子学生は手を放し、僕から離れた。
エルネスト先生は素早く僕の傍に寄り、庇うように前に立った。
「我が、聖女……?」
学生の一人が耳に飛び込んできた言葉が信じられないかのようにオウム返しする。
「そう、ルインハイト・ロイヒヴィッツハイムは我が聖女の生まれ変わりだ。彼に害をなす者は私を敵に回すと同然と知れ」
エルネスト先生は射殺すような視線で彼らを睨み付ける。
「す、すみませんでしたァ……ッ!!」
男子学生たちは逃げ出すように退散していった。
「ルインハイト、怪我はないか」
「は、はい……大丈夫です」
さっきまで掴まれていた腕に痕でも残っていないかと、エルネスト先生はそっと触れて確かめる。
「……すまない」
ぽつりと彼が謝罪する。
「え、先生のせいじゃ……」
「そのことではない。君が我が聖女だと勝手に公言してしまったことだ。噂が広がるだろう」
伏せられた長い睫毛を見つめる。
彼は僕が聖女の生まれ変わりだと確信しているようだった。
「先生はやはり僕が聖女様の生まれ変わりだと思っているのですか」
「ああ、君と同じ時間をいくらか過ごして確信したよ。何故光属性の魔力を持たぬ身に転生したのかは分からぬが……君こそが我が聖女だ」
金色の瞳が僕の方を向く。
熱い視線が注がれる。
彼の言葉をそのまま信じられたらどんなにいいだろうか。
そうです、僕こそが生まれ変わりですと言えたら。
でも何故だか彼のことを騙しているかのような後ろめたい気持ちが湧いてくるのを止められなかった。
もしも他に聖女様の生まれ変わりがいるのに、僕が彼を騙してしまったせいで本当の聖女様の生まれ変わりと出会えなかったら……。
「ごめんなさい、僕はやっぱり自分が聖女の生まれ変わりだとは思えません」
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