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第四十二話
「どうしたんだ、ルインハイト……ッ!?」
部屋を訪ねた僕の顔を見た途端、エルネスト先生が血相を変えてガタリと立ち上がった。僕はよほど酷い表情をしていたらしい。
「何があったんだ、大丈夫か!? 誰かに何かされたのか!?」
「違うんです先生、落ち着いて下さい」
まず彼のことを宥めて落ち着かせる。
「ああ、すまない……そうだな、まずはお茶を淹れてこよう。座って待っててくれ」
緊急性のあることではないと分かってくれたようで、彼は私室と隣り合わせになっている研究室に姿を消した。
彼がお茶を淹れてくれる時は研究室で魔術により火を起こしてお茶を淹れてくれているらしい。
少しして彼がトレイを手に戻ってきた。
目の前でポットからカップに紅茶を注いでくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カップを傾けると、心安らぐハーブティーの香りが広がった。
僕以上に慌ててくれた彼のおかげか、それとも紅茶のおかげか冷静さをいくらか取り戻すことができていた。
「それで、何があったのか教えてくれるかな?」
「はい。それを話すにはまず前々から先生に話したいと思っていたことを話すことになるんですけれど……聞いてくれますか?」
「もちろん、聞こう」
彼はにこりと微笑んで頷いてくれた。
「まず、先生は僕の出自についてどのくらい知っていますか?」
「どのくらい、というと……カインハイト殿下の息子であることは陛下から聞いた。それで、カインハイト殿下には正式な妻はいないので君はいわゆる庶子なのだろうとは思っていた」
彼の言葉にこくりと頷く。
「これは絶対に秘密の話なのですが……」
「もちろん君の秘密を他者に話したりなど絶対にしない。私の胸の中にだけ留めておくと誓おう」
確認するまでもなく秘密を守ることを彼は誓ってくれた。
彼にならば話しても大丈夫だと感じた。
僕は話した。
スラム街で母と二人暮らしをしていたこと。その後意地悪な伯母夫婦に引き取られたこと。思い出したくないから詳しいことは話せないけど、そこでの暮らしは辛いものだったこと。その後お父さんと出会ってお父さんの息子だということになったこと……。
「……話してくれてありがとう」
途中で一言も口を挟んだりしなかったエルネスト先生は、僕の話が終わると静かに感謝の言葉を口にした。
「カインハイト殿下には感謝しなければならないな。彼の決断のおかげで私は君と巡り合うことができたのだから」
「はい、父には本当に感謝しています」
過去の話をして揺れた感情を静めるために僕は紅茶のカップを口に運んだ。
「このことを話したのはエルネスト先生だけです。この先もそのつもりだったんですけど、問題が生じてしまって……」
「話してくれないか」
真剣な眼差しで僕に向き合ってくれる彼の視線に、信頼の気持ちが湧き起こるのを感じる。
僕は先ほどあった出来事を話す。
自分の異母兄かもしれない男子学生に敵意を向けられたことを。
彼に何をされるか分からなくて怖いということを語った。
「なるほど……王家の血を引いていて一年生というと、恐らくはバルレ辺境伯の次男であるマルステンであろう」
エルネスト先生はすぐにどこの誰だか突き止めた。
バルレ辺境伯は現国王、つまりお祖父様の甥っ子なのだそうだ。先代辺境伯は王位継承争いに敗れた時に、数百年前は国防に重要な拠点であった僻地を領土として与えられたらしい。
マルステンの家は当然ここから遠いバルレ辺境伯領にあるので、王都立魔導学院に通うために今は寮暮らしのようだ。
国の端っこに住んでいるのであれば、道理で今までパーティなどで顔を見たことがなかったはずだ。あるいは、見かけたことがあるのに印象に残ってなかったのか。
もし以前に会ったことがあるとしたら、マルステンとかいう男子学生は当然僕が自分のことを誰だか分かっていると思った上で話しかけてきたのかもしれない。
残念ながら僕は覚えがなかったので初対面の相手に唐突に話しかけられたと恐怖に感じていたわけだが。
「さて、どうしたい? 教師としての権限を使えば問題をでっち上げて当該の学生を退学に追い込むことも不可能ではないが……」
「いやいやいや何を言ってるんですか!? 駄目ですよそんなこと!」
エルネスト先生が口にした極端な提案に吃驚してしまった。
「君を守るためならばこの手を穢すことも厭わない」
彼は真剣な目で言う。
エルフの賢者様は僕が思っていたよりずっと過激派だった。
今と同じ目をして五百年前も同族を裏切って人間に与したのだろうか……。
「先生にそんなことして欲しくないんです」
「分かった、それはやめておこう。……実際に退学級の問題を起こしてくれれば楽なのだがな」
はあと溜息を吐く彼の表情は本気だった。
もしかしてこの人、結構危険人物なんじゃないだろうか。
「僕はただ、もし過去が暴露されたら同級生たちにどんな目で見られることになるんだろうかと考えると怖いんです」
俯き、身体を震わせる。
「ルインハイトくん……」
エルネスト先生は椅子から立ち上がると、隣まで来て、椅子に座っている僕の前に跪いた。
そしてそっと僕の手を取る。
「大丈夫だ。誰が君のことを何と言おうとも、いや例え世界中が君の敵に回ったとしても、私だけはずっと君の味方だ。だから安心してくれ」
真摯な誓いだった。
実際に聖女の生まれ変わりのために自分の家族友人その他同族すべてを敵に回した彼が言うと説得力があった。
「エルネスト先生……」
ぎゅっと彼の手を握り返す。
「先生がそう言ってくれただけで僕、充分です」
眦から零れた滴を片手で拭いながらにこりと微笑みを浮かべてみせると、彼も安堵したように綻んでくれた。
「なのでマルステンを脅したりとかそういうことは考えなくていいですからね」
「そ、そんなこと考えていないとも……っ!」
怪しい。
彼の態度を訝しむと、彼は決して僕を守るために非合法な手段に手は染めないと誓ったのだった。
部屋を訪ねた僕の顔を見た途端、エルネスト先生が血相を変えてガタリと立ち上がった。僕はよほど酷い表情をしていたらしい。
「何があったんだ、大丈夫か!? 誰かに何かされたのか!?」
「違うんです先生、落ち着いて下さい」
まず彼のことを宥めて落ち着かせる。
「ああ、すまない……そうだな、まずはお茶を淹れてこよう。座って待っててくれ」
緊急性のあることではないと分かってくれたようで、彼は私室と隣り合わせになっている研究室に姿を消した。
彼がお茶を淹れてくれる時は研究室で魔術により火を起こしてお茶を淹れてくれているらしい。
少しして彼がトレイを手に戻ってきた。
目の前でポットからカップに紅茶を注いでくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カップを傾けると、心安らぐハーブティーの香りが広がった。
僕以上に慌ててくれた彼のおかげか、それとも紅茶のおかげか冷静さをいくらか取り戻すことができていた。
「それで、何があったのか教えてくれるかな?」
「はい。それを話すにはまず前々から先生に話したいと思っていたことを話すことになるんですけれど……聞いてくれますか?」
「もちろん、聞こう」
彼はにこりと微笑んで頷いてくれた。
「まず、先生は僕の出自についてどのくらい知っていますか?」
「どのくらい、というと……カインハイト殿下の息子であることは陛下から聞いた。それで、カインハイト殿下には正式な妻はいないので君はいわゆる庶子なのだろうとは思っていた」
彼の言葉にこくりと頷く。
「これは絶対に秘密の話なのですが……」
「もちろん君の秘密を他者に話したりなど絶対にしない。私の胸の中にだけ留めておくと誓おう」
確認するまでもなく秘密を守ることを彼は誓ってくれた。
彼にならば話しても大丈夫だと感じた。
僕は話した。
スラム街で母と二人暮らしをしていたこと。その後意地悪な伯母夫婦に引き取られたこと。思い出したくないから詳しいことは話せないけど、そこでの暮らしは辛いものだったこと。その後お父さんと出会ってお父さんの息子だということになったこと……。
「……話してくれてありがとう」
途中で一言も口を挟んだりしなかったエルネスト先生は、僕の話が終わると静かに感謝の言葉を口にした。
「カインハイト殿下には感謝しなければならないな。彼の決断のおかげで私は君と巡り合うことができたのだから」
「はい、父には本当に感謝しています」
過去の話をして揺れた感情を静めるために僕は紅茶のカップを口に運んだ。
「このことを話したのはエルネスト先生だけです。この先もそのつもりだったんですけど、問題が生じてしまって……」
「話してくれないか」
真剣な眼差しで僕に向き合ってくれる彼の視線に、信頼の気持ちが湧き起こるのを感じる。
僕は先ほどあった出来事を話す。
自分の異母兄かもしれない男子学生に敵意を向けられたことを。
彼に何をされるか分からなくて怖いということを語った。
「なるほど……王家の血を引いていて一年生というと、恐らくはバルレ辺境伯の次男であるマルステンであろう」
エルネスト先生はすぐにどこの誰だか突き止めた。
バルレ辺境伯は現国王、つまりお祖父様の甥っ子なのだそうだ。先代辺境伯は王位継承争いに敗れた時に、数百年前は国防に重要な拠点であった僻地を領土として与えられたらしい。
マルステンの家は当然ここから遠いバルレ辺境伯領にあるので、王都立魔導学院に通うために今は寮暮らしのようだ。
国の端っこに住んでいるのであれば、道理で今までパーティなどで顔を見たことがなかったはずだ。あるいは、見かけたことがあるのに印象に残ってなかったのか。
もし以前に会ったことがあるとしたら、マルステンとかいう男子学生は当然僕が自分のことを誰だか分かっていると思った上で話しかけてきたのかもしれない。
残念ながら僕は覚えがなかったので初対面の相手に唐突に話しかけられたと恐怖に感じていたわけだが。
「さて、どうしたい? 教師としての権限を使えば問題をでっち上げて当該の学生を退学に追い込むことも不可能ではないが……」
「いやいやいや何を言ってるんですか!? 駄目ですよそんなこと!」
エルネスト先生が口にした極端な提案に吃驚してしまった。
「君を守るためならばこの手を穢すことも厭わない」
彼は真剣な目で言う。
エルフの賢者様は僕が思っていたよりずっと過激派だった。
今と同じ目をして五百年前も同族を裏切って人間に与したのだろうか……。
「先生にそんなことして欲しくないんです」
「分かった、それはやめておこう。……実際に退学級の問題を起こしてくれれば楽なのだがな」
はあと溜息を吐く彼の表情は本気だった。
もしかしてこの人、結構危険人物なんじゃないだろうか。
「僕はただ、もし過去が暴露されたら同級生たちにどんな目で見られることになるんだろうかと考えると怖いんです」
俯き、身体を震わせる。
「ルインハイトくん……」
エルネスト先生は椅子から立ち上がると、隣まで来て、椅子に座っている僕の前に跪いた。
そしてそっと僕の手を取る。
「大丈夫だ。誰が君のことを何と言おうとも、いや例え世界中が君の敵に回ったとしても、私だけはずっと君の味方だ。だから安心してくれ」
真摯な誓いだった。
実際に聖女の生まれ変わりのために自分の家族友人その他同族すべてを敵に回した彼が言うと説得力があった。
「エルネスト先生……」
ぎゅっと彼の手を握り返す。
「先生がそう言ってくれただけで僕、充分です」
眦から零れた滴を片手で拭いながらにこりと微笑みを浮かべてみせると、彼も安堵したように綻んでくれた。
「なのでマルステンを脅したりとかそういうことは考えなくていいですからね」
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