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第三十七話 十年後のアレクシスとルノ 前編

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「なんっっっっっっで、僕がこんな目に! 僕はモンゴルフィエ家の嫡男だぞッ!!!」

 真昼の街道に叫びが響き渡った。

 頭を掻き毟り絶叫しているのは金髪の青年。カールした金髪は常ならば日の光を反射して美しく煌めくのだろう。だが今はどこか薄汚れた雰囲気を漂わせている。何よりも怒りに歪めた表情が彼を優雅さや高貴といった言葉から遠いものにしていた。

「元、だろ。モンゴルフィエ家は没落してお前さんはもうただの平民。それにそのモンゴルフィエ家だって貴族の中では下っ端の方なんだろ?」

 その隣で飄々と言葉をかけたのは杖を手にした髭面の男だった。
 青年の絶叫を迷惑がるどころか、むしろ面白い物でも見るように口端が吊り上がっていた。

「五月蠅い、現代魔術師風情がッ!」

 モンゴルフィエ家の嫡男を名乗る青年は牙を剥き出し、髭の男を唾棄する言葉を口にした。
 多くの貴族は古代魔術師であることに誇りを持っており、現代魔術への蔑視を隠そうともしない。この青年もまたその類だった。
 最もこの青年を古代魔術師であると言えるかどうかは怪しかった。在学中に家が没落し学費を払えなかった彼は、せっかく入学した由緒正しき学び舎、古イルス魔術学校を中途退学することになったのだから。

「はっはっは、元気があって何より」

 青年の視線ごときには何の精神的痛痒も感じないとばかりに髭男は笑い飛ばす。
 ローブもなく、しっかりと革鎧を身に着けた男は魔術師然とした物などその手に持った杖しかない。むしろ剣士か何かといったその風情こそが現代魔術師の標準装備であった。

「えーとローランだっけか? 俺はダグラス。ま、今日から同じ冒険者としてパーティを組むんだ。仲良くしようぜ」

 ダグラスがからからと笑って差し出した手を、ローランは当然のように無視した。


 *


「それで、その魔術学校とやらは中退したんだろ?」
「そうだよ!! それが悪いかっ!!」

 歩き通して数時間。
 ダグラスとローランは既に幾ばくか打ち解けたようであった。
 ダグラスは反応を楽しむようにローランの神経を微妙に逆撫でするようなことばかり口にしていたが、彼が本気で怒らないラインは越えないように気を付けているようだ。

「まともに魔術は編めるのか?」
「……っ」

 痛いところを突かれたという風にローランは唇を噛む。
 ローランの道が突如として断たれたのは一年生を修了し、二年へと上がる前の夏のことであった。
 古代魔術はほんの初歩しか使えないが、さりとて今から宗旨替えして実用的な現代魔術を学ぼうと思うには古代魔術の考え方が染み付きすぎている。
 ローランの表情からそれを読み取ったかのように、ダグラスは「良かったら現代魔術を教えてやろうか?」という言葉を呑み込んだのだった。

「……五月蠅い。僕たちは魔術を『編む』なんて下品な言い方はしないんだよ」
「僕たちは、ね」

 ローランが真に古代魔術師たらんとするならば、冒険者稼業で金を貯め込み、再び魔術学校への学費を払うかあるいは魔術書を買って独学で勉強する方法もあるだろう。大半の冒険者が食うにも困る中そこまで金を貯めるのは並大抵ならぬ実力と運が必要だろうが、不可能ではない。
 だからダグラスは「お前はもう古代魔術師じゃないんだ、現代魔術を学べ」なんて口にすることは出来なかった。

「疑うくらいなら、なんで……僕なんかを仲間にしたんだ」

 ぼそり、ローランの呟いた言葉がダグラスの耳に入る。

「言っただろ? そこにお前がいたからだ」

 お互いにパーティを組んでいなくて、一人だったから。
 たまたま冒険者ギルドで出会ったからだ、とダグラスは嘯く。

 ローランは知る由もなかったが、実のところダグラスがローランを仲間にしたのには理由があった。
 モンゴルフィエ家が没落しローランが破れかぶれに冒険者を志したその時、同情したモンゴルフィエ家の元使用人が知り合いの現代魔術師、つまりダグラスに頼んだのだ。坊ちゃんを冒険者として生きていけるように教えてやってくれないかと。ただし坊ちゃんはプライドが強いから自分が頼んだとは分からないようにそれとなく、と注文を付けて。
 案の定仲間を集められずにくだを巻いていたローランを、ダグラスが偶然を装ってパーティに誘ったのだった。

 密かに助けられていたとは露知らず、ローランは前髪の隙間からダグラスを睨め上げていた。無力だと思われたら見捨てられるかもしれない、という恐れがさせる精一杯の強がりであった。
 ダグラスはそんなローランの態度をむしろ好んでいた。変に素直であるよりこちらの方が分かりやすい。ダグラスが知人からの頼みを断らなかったのは、ローランの性格を聞いて面白そうだと思ったからだった。

「ふん。そんなことより、そろそろじゃないのか」

 ローランは話を逸らし、前方を顎でしゃくって示した。

 彼らは当て所もなく歩いていた訳ではない。
 パーティ結成後初の依頼をこなす為に目的地を目指している所であった。

「ああ。クラ―セン、ラッテラ間街道に最近出没するという盗賊。その目撃例が多数寄せられてる橋までもうすぐだ」

 彼らの任務は盗賊の討伐だ。
 街道を通り被害に遭った旅人からの通報によりギルドに掲示されていたクエストを彼らが請け負ったのだ。
 街道の途中を横切るように流れる川に渡された橋がある。そこが目的地だ。

「今更だけど、たったの二人で盗賊の一団なんて倒せるのか?」
「情報によれば本格的な盗賊団ではなく、避難民崩れの村人らしい」
「避難民?」

 ローランは首を傾げる。

「ああ。近くの村が大火事に遭って多くの村人が焼け出された。住む場所も生きる糧を得る方法も失った村人が野盗と化したらしい」
「つまり、村人が武器を持った程度ってことか」

 そうと分かっても不安は晴れないのか、ローランの眉間には皺が寄ったままだ。

「そうだ、余裕さ。俺たちならな」

 ダグラスは軽々しく請け負った。

「ほら、あれだ」

 ダグラスが声を潜める。
 街道にせり出すように茂る樹木の合間から確かに橋が見える。水の流れる涼やかな音も耳に届いた。
 緊張にローランの胃が痛む。

 一見すると盗賊がいるようには見えない。
 だが少し進むとローランの視界に飛び込んで来た。隠れていた茂みから出てきて橋を通せんぼするように行く手を阻む盗賊たちの姿が。
 強そうな相手にはずっと隠れていて、獲物にできそうな旅人が通りがかった時だけこうして出てきて盗賊行為を働くのだ。
 たった二人しかいない自分たちは舐められているのだ。とローランは顔を顰めた。

 盗賊たちは手に手に剣を持って厳めしい表情をしている、とローランは思った。
 しかし少し目を凝らすと鎌や鍬を持っている者もいた。確かに彼らが元村人だったことが窺い知れる。
 旅人から奪った物で少しずつ武装を増やしていったのだろう。

「なあ、奴らを説得する当てはあるのか?」

 この一団にたった二人でどう立ち向かうのか、とローランは隣のダグラスを見た。

「説得? 俺らが依頼されたのは討伐だ」

 ダグラスは手に持った杖を掲げている。
 その杖の先には既に大きな火球が生成されつつあった。

「ファイア・バレット!」

 不味い、あれは魔術師だ。そんなことを叫んでいた盗賊たちの一団に火球が突っ込んだ。
 散り散りに逃げる盗賊たちを火球の衝撃が吹っ飛ばす。

「な……」

 数人は服に火が点いて地面を転げ回っている。
 そんな盗賊たちの中心に、ダグラスは走って突っ込んでいく。
 ダグラスの足は革鎧を着込んでいるとは思えないほど速い。
 ローランには現代魔術の知識はないが、ダグラスは脚力を魔術で強化しているのだとかろうじて理解できた。

 ダグラスは近距離でまた魔術をぶっ放し、残った盗賊を強化した腕力で殴り飛ばし、伸びた奴は透明な縄で縛り上げていく。
 多対一なのにダグラスが盗賊たちを圧倒していた。

 その様子を見て、ローランは思った。

(もう全部あいつ一人でいいんじゃないか?)

 果たして自分がここまでついてきた意味はあったのだろうか。ローランが自分の存在意義に疑問を持ち始めた頃、片が付いた。

「ダグラ……」

 ローランが彼に駆け寄ろうとしたその時だった。
 ガシリとローランの腕が何かによって掴まれた。

「お頭っ、助けて下せぇっ!」

 透明な縄によって捕らえられた盗賊のうち一人が叫ぶ。
 ローランはゆっくりと振り向く。

 そこには、巨躯の男が立っていた。
 ローランの腕を捻り上げ、汚い歯を剥き出しにして笑った。

「ヒィッ」

 突然現れた男に背後を取られた恐怖と痛みにローランは悲鳴を上げた。
 見ればその男だけでなくぞろぞろとさらなる盗賊たちが背後から現れていた。
 他にも盗賊が潜んでいたのだ。しかもダグラスが今倒したような鋤や鍬を持っているような半端な奴ではなく、本格的に武装した盗賊だ。

「どういうことだ……野盗は飢えた村人じゃなかったのか」

 ダグラスがローランへと駆け寄ろうとする。

「おっと、動くな。お前さんの相方が燃やされてもいいのか?」

 巨躯の男がローランの喉元へとぐっと近づけたのは、意外にも刃物ではなく杖だった。

「同業か」

 ダグラスは悔しそうに立ち止まり、呟く。
 彼の呟きに、自分の腕を捻り上げているこの男もまた現代魔術師なのだとローランは気が付いた。

「さあ、その杖を捨てろ」

 お頭と呼ばれた男は顎でしゃくってダグラスに武器を捨てるように促す。

「く……っ」

 ダグラスが大人しく杖を手放す光景にローランは目を疑った。

「何やってんだよおっさん! 今日パーティを組んだばかりの僕の為に……」

 ダグラスの力量ならば自分を見捨てさえすればこの人数を相手にしても切り抜けられるに違いない。そう思っていたローランは叫んだ。

「まあまあ、今逆転の手立てを考えてやるから」

 両手を上げて降参の意を盗賊たちに示しながらも、ダグラスは軽口を叩く。
 だがその額には冷や汗が浮かんでおり、これが絶体絶命の状況であることはローランにも理解できた。

「何も命まで取りゃしないさ。有り金置いていけ」

 ローランの腕を捻り上げている男が凄む。
 命まで取らないと言っているが、信用できたものではない。
 無防備な姿を見せた途端に二人纏めて殺されるかもしれない。

(何か……何もないのか……!)

 ローランはあまりにも無力だった。彼に残された手立てなど無かった。
 仮に彼がしっかりと古代魔術を修めたきちんとした魔術師だったとしても、精霊を呼び出した瞬間に殺されていただろう。

 もう駄目だ。
 そう思った時だった。

Srajs悪戯 Ïstràと自由 qilujr好む zàks風の ej doufj精霊よrütasかの röbir敵から qils得物を sajn奪い öf給え.」

 突風が吹く。
 風はローランの金の巻き髪だけでなく、盗賊のたちの手から引っ手繰るように武器を巻き上げた。剣に鋤や鎌、そしてローランを捕らえている巨男の杖まで空中に舞い上がる。
 こんなの自然ではあり得ない。古代魔術だ。ローランには空中に風の精霊が躍っているのが感じ取れた。

「っ」

 盗賊たちの注意が逸れている隙にローランは身を捩って逃げ出した。
 ダグラスの元へと駆けていく。

「な、なんだ一体!?」

 盗賊どもが驚いて頭上を見上げていると、一人の男が馬車から降りてきた。そう、馬車などさっきまで影も形もなかったのに。
 ローランもダグラスも、そして盗賊たちも目は節穴ではないのだから馬車なんか近づいてきたら見逃す筈がない。
 この馬車も魔術によって隠蔽されていたのだとローランは確信する。これも古代魔術によるものだ。それも今のローランでは逆立ちしても手の届かないような高等な技術だ。

「通りがかったら騒がしかったもので用心してそっと近寄ってみたんだが……」

 降りてきた馬車の扉を後ろ手に閉めるその男は、黒鉄のような肌を持っていた。見るだけで彼が上級貴族の一員なのだと分かる。いや、そればかりかローランには彼に見覚えがあった。

「アレクシス・グロースクロイツ……! 何故こんなところに!」

 ローランは呻くように言った。

「一体誰だ、そいつ?」

 ダグラスは自分の元に逃げてきたローランを庇うように立ちはだかりながらも、ローランの呟きに首を傾げた。

「知らないのかッ! グロースクロイツ家のだよ!」

 今年で三十になる黒肌の男の名はアレクシス・グロースクロイツ。
 グロースクロイツ家の現当主であった。

「やはり、野盗の類か何かか」

 アレクシスは盗賊達を悠々と見回す。
 彼らの手から武器を奪う魔術をかけたのはアレクシスだった。

「く……っ、武器なんか無くても一人くらい殺れるッ! てめぇら、かかれ!」

 頭の命令に従い、盗賊らが素手でアレクシスに飛び掛かっていく。

「――――誰が一人だって?」

 声がしたかと思うと、アレクシスに殺到した盗賊たちの腕から血が噴き出した。

「ギャアァッ!!!」

 盗賊たちの腕の皮がりんご剥きでもされたかのように薄く切り裂かれていた。これは魔術によるものではない。ただ一人の人間の超絶技巧によるものであることが、いつの間にかアレクシスの後ろに控えていた男の持つナイフが血に濡れていることから窺い知れた。
 血の滴るナイフの刃には何らかの紋様が刻まれている。

「アレク、勝手に馬車の外に出るな」

 ナイフを持った方の男は鋭い視線でアレクシスを睨み付けるが、グロースクロイツ家現当主は涼しい顔で受け流す。
 その男の方にもローランは見覚えがあった。ナイフから血を振り払った瞬間にフードに隠れた顔が見えた。あれはアレクシス・グロースクロイツの専属霊医術士。名前までは知らないが、常に現当主に付き従っている存在だ。
 霊医術士がある程度以上の地位の貴族に必須の存在だからって、常に連れ回しているのは珍しい。

「悪党に襲われている無辜の民を助けるのは貴族の務めノブレス・オブリージュだろう?」
「だからって……」

 アレクシスとその専属霊医術士が口論を始めそうな気配を出すと、その隙に盗賊たちが目配せをする。ここから逃げ出すかもしくは懲りずに襲い掛かってくるつもりだとローランは気づいた。

「おっと、あんたたち俺がいることを忘れちゃいねえか?」

 その盗賊たちの前に立ちはだかったのが、杖を持ち直したダグラスだった。


 *


 結局、盗賊たちの討伐にローランの出番はなかった。
 グロースクロイツ家の現当主が盗賊たちを斬り払い、ダグラスが透明な縄で縛り上げる。
 そして一網打尽にして一人残らず捕らえた彼らの傷を、今は霊医術士の黒髪の男が治療してやっている。

「盗賊どもなんか出血死しても構わないじゃないか」

 ローランは霊医術士の男に声をかけた。
 本当に死んでも構わないと思っている訳ではない。ただ、ローランは何か言ってやらないと気が済まなかったのだ。
 自分たちは冒険者として盗賊の討伐を依頼されたのに、まるで無力な一般人扱いされて一方的に助けられてしまったのだから。

「……」

 霊医術士の男は顔を上げると、怪訝な顔をしてローランを睨む。ローランはその視線にたじろぎそうになるが、ぐっと堪えた。
 こうして目の前にすると霊医術士の彼の肌がはっとするほど白いことが分かる。

「な、なんだよ! 何か文句あるのかよ!」

 ローランは強がって語気を荒げる。

「……いや? 何も」

 言葉とは裏腹に、霊医術士の男は何か言いたげに片眉を上げた。
 ローランがかちんと来て何か相手を罵る言葉を吐きそうになったその時だった。

「ローラン」

 ダグラスがローランに声をかける。

「あ? なんだよ、今……」

 イライラとしてダグラスにも当たり散らしかけたが、一瞬で思い直す。ローランは先ほどダグラスが自分の為に杖まで手放して命を助けようとしてくれたことを思い出したのだ。
 その時の礼を言わなければ、人間としての尊厳に関わるとローランは思った。ローランはダグラスに向き直った。

「あ、あの、さっきの事だけどさ……」
「うん? さっき?」

 だがダグラスは察しが悪い。

「僕の首に杖が突きつけられた時のことだよ、ああもう! 僕のことをその、助けてくれただろ」
「ああ。だが結局俺たちのことを助けたのはあのグロ何とかっていう家の男さ」

 ダグラスは肩を竦める。

「でも、助けてくれようとしたのは事実何だし……その、ありがとう」

 ローランの殊勝な態度がよほど意外だったのか、ダグラスは目を見開いた。

「あー……まあ、なんだ。どういたしましてって言えばいいのかな」

 ダグラスはポリポリと首の後ろを掻く。ダグラスのその耳が仄かに赤くなっていることにローランは気が付いた。自分の言葉にこのおっさんが照れるなんてことがあるなんて思ってもみなかった、とローランも目を丸くする。

「それよりもだ。あの馬車で来たお貴族様は凄腕の古代魔術師なんだろう?」
「ああ、そんなの常識だ。それがどうかしたのか?」

 彼がアレクシス・グロースクロイツを示して尋ねるので、ローランは頷いた。

「なら、よし」
「何がよしなんだよ」

 ダグラスは一人で何かに納得すると、ずんずんとそのグロースクロイツ家の現当主に近づいていく。
 一体何をする気なのかとローランが気になって見つめていたら、ダグラスはいきなり現当主の目の前で土下座をした!

「貴方のお弟子にして下さいっ!」
「ええっ、どうしちゃったんだよおっさん!?」

 突然の奇行にローランは目を白黒させる。
 アレクシス・グロースクロイツも意表を突かれたように眉を上げる。

「出来ればこいつも一緒に!」
「いや僕を巻き込むなよ!?」

 ダグラスは慌てて横に来たローランまで一緒に頭を下げさせようとする。

「まず理由を言えよ、なんで弟子なんかに!?」
「いや何、自分の力が足りないことを実感してな。ここらで宗旨替えもいいかと」

 ダグラスはあっけらかんと説明した。
 それはつまり冒険者としてやっていけるくらい磨き上げてきた現代魔術の腕をあっさりと捨て、今から古代魔術を学ぶということだ。

「な……っ!?」

 自分にはそんなこと出来るだろうか。ローランは自問する。
 できない、自分ならばプライドが邪魔してできない。ましてや自分より年下の男に師事を請うなんて。そんな判断をダグラスは軽々と下しだのだ。
 ローランはそんなダグラスの中に眩しさを見た。羨望と嫉妬で焼け付きそうな、痛みを伴った憧れだ。平民の筈なのに、その内面は自分などよりずっと……

「どうせならお前も一緒に頼んだらどうだ。ちゃんとした古代魔術師になりたいんだろう?」

 だから、誘われたらもうローランに断るすべなどなかった。
 自分はダグラスなどよりもずっと前から古代魔術師を目指していたのだから。

「……っ、お願い……します」

 彼の隣に膝を突き、同じく頭を下げた。

 実のところ、ダグラスが頭を下げたのは自分自身の為などではない。ローランの為であった。ローランがこのアレクシス何たらという男に弟子入りすることが出来たら一人前の古代魔術師になれるのではないかと考えたのだ。
 知人に任されただけとはいえ、この短時間でダグラスはもうすっかりローランのことが他人とは思えなくなっていた。
 しかしストレートに「こいつを弟子にしてやって下さい」と言ったのではきっとローランはプライドの高さから反発するだろうと思われた。だからいっそのこと一緒に弟子入りを志願したのだった。

「弟子、と言われてもな」

 アレクシス・グロースクロイツは渋い顔をしている。
 いきなり弟子にしてくれと言われてもそりゃ無茶だろう。やはり駄目か、とダグラスらは冷や汗を滴らせる。

「いいんじゃないか」
「え……?」

 横から口を挟んだのは意外にも霊医術士の男だった。

「アレクもそろそろ弟子をとってもいい年だ。その二人でいいんじゃないか?」

 その言葉にてっきり自分を良く思っていないと思ったのに、とローランは驚いた顔を隠せない。

「む……ルノが言うなら、確かに」

 アレクシスは考え込む表情になった。どうやら二人の弟子入りを真剣に検討してみる気になったらしい。駄目元の土下座でもやってみるものだ、とダグラスは思った。

「分かった。二人が本気ならとりあえず我が領地に招待しよう。まだ弟子にすると決めた訳ではないがな」

 アレクシスは熟考の末、そう判断を下した。

「……!」

 ダグラスとローランは顔を見合わせ、笑った。
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