氷の王と自由な小鳥

野良猫のらん

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第二十二話 自由な小鳥

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 数日に一回アロイスに抱かれ、星羅の儀を行うのを傍らで眺め、一人の時には工房から持って帰ってきていた絵本を読んで過ごしたりした。
 
 そうして時間を過ごしているうちに、作業部屋が完成した。
 完成の報告を受けた翌朝、シリルは早速作業部屋に向かった。
 
「わあ……!」
 
 作業部屋には、彫刻に必要な道具が一揃え用意されていた。
 多種多様な彫刻刀やナイフを、手に取ってしげしげと見つめた。下層の工房よりも、ずっと道具が揃っている。これだけいろいろあれば、様々な表現ができるだろう。シリルは期待に胸の内が膨らんでいくのを感じた。
 
 シリルはまず木材を手に取って、ノコギリで手のひら大の小さな木材を切り出した。それから鉛筆を手に取り、考え込む。
 随分と長い間、彫刻刀を握っていない。まずは技術を思い出すために、ほんの小さな作品を彫るつもりだ。シリルは、手の平に収まる小さな花を彫ることにした。
 
 デザインを決めると、木材に刃を入れた。木を削り、少しずつ花が姿を現していく。自分の頭の中にしか存在しなかったものが、少しずつ目の前に姿を現していくこの瞬間が好きだ。
 こんなに穏やかな気持ちで彫刻に取り組めるのは、随分と久しぶりのことだった。
 
 その日の晩、寝台に入る時刻になって、ようやく仕事を終えてアロイスが戻ってきた。
 
「アロイス、お前好きな動物はあるのか?」
 
 開口一番、シリルは尋ねた。
 
「好きな動物だと?」
 
 彼は面食らったようにオウム返しした。
 
「そうだよ、教えろよ」
 
 シリルは彼の前に進み出て、睨みつける。
 
「好きな動物か……強いて言うなら、小鳥だろうか」
 
 答えたアロイスの視線は、棚に飾られているずんぐりむっくりな小鳥に注がれていた。
 
「小鳥の置き物なら、もう持ってるじゃねーか!」
 
「待て、それは私の好む動物の置き物を新たに作ってくれるという意味か?」
 
「は? ちげーし! お前がオレの彫刻の腕前を勘違いしているといけないから、オレの真の腕前を発揮した置き物を特別に作ってやるだけだ!」
 
「まさかシリルから贈り物をもらえるとは、思っていなかった」
 
 アロイスは本当に嬉しそうに、顔を綻ばせた。
 あまりに嬉しそうなものだから、こちらまで顔が熱くなっていくのを感じた。自分には何もないと思っていたのに、置き物を作ると言っただけでそんなに嬉しそうにするなんて。
 
「だから贈り物とかじゃない、オレの実力を見せつけてやるだけだ!」
 
 動揺のあまり、必死になって贈り物じゃないと主張した。贈り物だと肯定すれば可愛げがあるだろうに、自分は何をやっているのだろう。
 
「実力を見せつけるだけ、か。ならば、新たな小鳥の置き物で実力を見せつけてもらいたい」
 
 アロイスはあくまでも小鳥が欲しいようだ。彼がそんなに小鳥好きだったなんて、知らなかった。
 
「同じ題材か。いいだろう、オレの腕前が見せやすいからな」
 
 こうして、彼のために小鳥の置き物を作ることとなった。


「う~ん……」
 
 数日後。シリルは、小鳥の置き物の制作に着手できていなかった。
 
 作業部屋に備えられていた紙に、いくつもデザインを書き散らしてみたが、どれがいいのかまるで判別がつかなかった。
 作業部屋の机に向かい、うんうんと唸り続けて何も進んでいない。
 
「シリル様、いかがされましたか?」
 
 悩んでいると、エリクが声をかけてきた。お茶を運んできてくれたのだろう。
 
「エリクさん、アロイスはどんなのを喜ぶと思いますか」
 
 シリルは図案の数々を見せながら、尋ねてみた。
 
「おやまあ、これらすべてシリル様の描かれた図案でございますか?」
 
 図案の数に、シリルは目を丸くして感心してくれた。
 
「数だけあってもアロイスの望むものがわからなくちゃ、話にならないですよ」
 
 土台を枝の形にして、その上に小鳥が止まっているもの。複数の小鳥が身を寄せ合っているもの。つぶらな瞳で上目遣いしているもの。ずんぐりむっくりなのが好きなのだろうかと、小太りな小鳥を描いてみたもの。
 いろいろと書き散らしてはみたが、どれもこれもピンとこなかった。
 
「陛下の望むもの、でございますか」
 
「なにか知ってませんか?」
 
「そうでございますねえ。陛下はきっと、シリル様らしいものを好むと思いますよ」
 
 エリクはにこにこと言った。
 
「オレらしいもの?」
 
 一度も考えてもみなかった視点からの答えに、目を瞬かせる。
 自分らしいものって一体、なんだろう。
 
「せっかくですから、陛下と一緒に本物の小鳥を見に行ってみたらどうでございましょう。下層への他出の許可が出たのでございますから、中層へ出かけるのなんて簡単でございますよ」
 
「本物の小鳥を見に……たしかに、親方も本物を観察するのは大事だと言っていた。何かいい図案が思い浮かぶかも!」
 
 動物が飼育されているのは、中層だ。中層に行くのは、とてもいい提案に思えた。
 
「ありがとうございます、早速アロイスに提案してみます!」
「ええ、応援しております」


 小鳥を見に行きたいというシリルの願いを、アロイスは快諾した。それだけではなく、行先まで提案してくれた。
 
「花鳥園?」
 
「色とりどりの花が咲き乱れる中、放し飼いにされている鳥たちを見ることのできる施設が中層にあるという話だ。今回の目的にはピッタリであろう?」
 
「放し飼いの鳥たちか……たしかに、そうだな」
 
 アロイスの提案に、シリルは頷いた。
 
 数日後、二人は花鳥園に出かけることとなった。
 当日、シリルは前の他出の時のようにめいっぱい着飾られた。鳥が放し飼いにされているところに出かけるのだから、作業着でもいいのではないかと思ったが、作業着で出かけるなんてあり得ないのだそうだ。
 
 以前のようにエリクや護衛の兵士たちを伴って、アロイスとシリルは王宮を出発した。今日のエリクはコートを手に持ってはいない。下層ですら必要なかったのだから、中層ならばなおさらコートの出番はないだろうという判断だろう。
 
 螺旋階段を下り、中層へと向かう。道中、上層民や中層民の注目を浴びた。
 
「花鳥園には事前に連絡して、貸し切りになるように手配しておいた」
 
 花鳥園に着くと、アロイスが説明した。螺旋階段を下りているだけで注目を受けるのだから、花鳥園に突然王様が現れたら大混乱になってしまうだろう。適切な配慮だと思った。
 
 二重になっている扉を開け、一行は花鳥園へと足を踏み入れた。
 
「わあ……!」
 
 目の前に広がる光景に、シリルは歓声を上げた。
 
 色とりどりの花々が、天井からいくつも吊り下げられている。床からも、美しい花々が生えて咲き乱れている。花々の間には、お茶ができるようにかティーテーブルと椅子が何脚か存在していた。
 
 鳥はどこにいるのだろうと見回していると、羽ばたきの音が聞こえた。花々に遮られて見えないだけで、鳥たちはいるようだ。
 
 椅子に腰かけ、お茶をしながら花々と鳥たちを楽しむことになった。ティーカップに、エリクが紅茶を注いでいく。アロイスが優雅な仕草でカップを口へと運ぶ。シリルも見よう見まねで、なるべく丁寧にカップを口へと運んでみた。果物で香りづけされた紅茶のかすかな甘みに、口元を綻ばせる。
 
「鳥、どこにいるんだろうな?」
 
 きょろきょろと見回してみるが、姿が見えない。花の香りに包まれながらのお茶会は心地良いが、これでは目的が果たせない。
 
「あそこにいるぞ。天井からつるされた植木鉢に止まっている」
 
「え⁉」
 
 勢いよく振り返ったら、驚いたのかそこにいた鳥は飛び立っていってしまった。果物のような、鮮やかな羽色をした小鳥だった。
 
「ふふ、もっと穏やかに振り返るべきだったな」
 
 アロイスが緩んだ笑みを見せた。口角を歪めた嫌味な笑いとは違う、自然な表情に思わず見惚れてしまう。
 
「……どうした?」
 
「な、なんでもない」
 
「ほらシリル、あそこにも鳥がいるぞ。今度はゆっくりと振り返るといい」
 
 彼が指さす方向を、今度はゆっくりと振り返った。
 
「どこだ?」
 
「ほら、赤い花の隣だ。カナリアがいる」
 
「あ」
 
 小鳥の姿を発見し、小さく声を漏らした。黄金色の小鳥が花の横に止まっているのが見えた。
 
 じっと眺めていると、どこからかカナリアがもう一羽飛んできて、隣に止まった。二羽の小鳥たちは仲睦まじくさえずり始めた。
 
「ここの小鳥たちは、鳥籠に囚われることもなく自由に過ごしているのだな」
 
 小鳥たちの様子に、アロイスは微笑んだ。
 
「自由に……」
 
 彼の言葉に、シリルは思い出したことがあった。たしか、彼は自分のことを籠の中の小鳥にたとえたことがなかっただろうか。 
 とすれば、彼が小鳥好きなのは自分に重ね合わせているから……。
 
 いやいや、違う。順番が逆だ。もともと小鳥好きだったから、たとえとして小鳥のことが口を突いて出たのだろう。まさか自分のことが好きだから、小鳥好きになったなんてそんなことあるはずがない。
 
「あのカナリア、シリルに似ているな」
「ぐ……!」
 
 思考を読んだかのようなタイミングのいい言葉に、紅茶を吹き出さぬように懸命に堪えた。
 
「に、似てない」
「そうか?」
 
 カナリアを見つめる彼の視線に、愛おしげな気配をどうしても感じてしまう。都合よく物事を見ようとしているだけだ、とふるふる首を振った。
 
 二羽のカナリアたちは並んで飛び立ち、どこかへと去っていく。飛び立つ姿に、シリルはピンとくるものを感じた。


 アロイスと花鳥園を訪れた翌日、シリルは早速彫刻刀を手にしていた。削り出したい図案が思いついたのだ。彫刻刀を操り、大胆に木を削っていく。額に汗して木を削るシリルの表情は、笑っていた。
 
 この小鳥の置き物が完成すれば、アロイスのことをあっと言わせられるだろう。その瞬間を思い浮かべると、楽しみで仕方がなかった。
 
 シリルは来る日も来る日も、木を彫り続けた。そして、数ヶ月後。ついに彫刻は完成した。
 
「塔が安定しているからであろうか、最近は執務が少なくてな。お前と一緒にいてやれる時間が随分と増えたぞ」
 
 最近は忙しくないというアロイスは、シリルと一緒に夕食を摂ってくれるようになっていた。一緒に食事をして、一緒に湯浴みをして、一緒に寝る。これ以上の幸福があろうか。「務め」を求められるのも、悪い気分ではない。
 
 今日は就寝前に、サプライズがある。二人が湯殿から寝室に戻ると、部屋の中央のティーテーブルの上に布をかけられた物体が鎮座していた。湯浴みの間に、エリクに運んでもらったのだ。
 
「これは一体……?」
「へへ」
 
 シリルはニヤリと笑って、布の覆いを外した。
 
 木製の小鳥が姿を現わした。小鳥は翼を広げ、今にも飛び立たんとしている。広げられた羽根の一枚一枚が本物の羽根のように薄く、立体的になっている。躍動的な、堂々たる彫刻だった。
 思う存分彫刻に時間を費やすことができたのもあるが、なによりアロイスのためを想って彫ったからだろう。この小鳥は今までシリルが作った彫刻の中で、最高傑作となっていた。
 
「どうだ、これがオレの実力だ!」
「……」
 
 アロイスは無言で、小鳥の彫刻をじっと見つめている。
 あんまりにも長い間黙っているので、シリルは不安になって声をかけた。
 
「あの、アロイス?」
「これを、私のために作ってくれたのか?」
「そうだよ、約束しただろ」
「その後話題に出ないから、飽きたのかと思っていた」
 
 確かにアロイスに対して、進捗報告はまったくしていなかった。だって、気恥ずかしいから。だがまさか、途中で作るのをやめたのではないかと疑われていたなんて。
 
「はあー? このオレが仕事を途中で投げ出すわけがないだろ!」
「見くびっていてすまない。まさかこれほどの力作を作ってもらえるとは」
 
 彼は、嬉しそうに破顔した。その笑みに、シリルも嬉しくなる。こんなに喜んでもらえるのであれば、一生懸命に作った甲斐があるというものだ。
 
「だろ! オレの実力を思い知ったか!」
「ああ、お前は私にとって塔一の彫刻職人だ」
「と、塔一⁉ それは言い過ぎだって!」
 
 褒め言葉の極端な彼に、頬が赤らむ。
 
「私にとっては、お前が塔で一番だ。それでは不満か?」
 
 塔で一番。まるで一番大事だと言われているようで、否が応でも心が弾んでしまう。
 
「いや、あの、そう言われれば、不満ではないけれど……」
 
 ごにょごにょと答えていると、アロイスはくすりと微笑んだ。
 
「この木彫りにタイトルはあるのか?」
「え、タイトル?」
 
 作品にタイトルをつけるなんて仰々しいこと、したことがない。
 彼に尋ねられ、シリルは考えてみる。
 
「タイトルは……『自由な小鳥』だ。籠の中に入れられていない、花鳥園の自由な小鳥たちを見て閃いたから」
 
 飛び立つ瞬間の小鳥。それが、もっとも自分らしいと感じた。
 もしも、もしも万が一彼が自分と小鳥とを重ね合わせているのであれば。こういう小鳥を一番喜んでくれると思ったのだ。
 
「『自由な小鳥』か……いいな」
 
 考えた通り、彼は喜んでくれた。
 こうして、アロイスの棚に新たな置き物が一つ加わった。
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