百合厨な私は『悪役令嬢×クール令嬢』を成就させたいのに攻略男子が邪魔してくる~シンメトリカル・ロマンス

裏乃つむぐ

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先輩との勉強会

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 私――アユミは自習室でうつぶせになっていると緑色の髪の男子に声をかけられた。


「あなたは……誰?」

 目の前にいる男子は乙女ゲーム『マジホワ』の攻略キャラの一人だ。緑色の短髪で背丈は高く肩幅が広い。王子や先輩の美しいという雰囲気ではなくスポーツ系の明るいタイプ。名前は……覚えていない。彼との出会いイベントは音楽室で起きるはずなのになぜか発生しなかった。

「俺のこと知らないのか?」

 不思議そうに緑頭は首を傾げた。

「同じ授業で見かけましたが、名前を知らなくて……」

 すると彼は一瞬顔をしかめるが、すぐに元の笑顔に戻る。

「俺は、ドレッド=ライアン。男爵家の長男だ」
「ドレッドさんですね。私はアユミ=エンジェルです。身分は平民です」
「…………アユミか」

(そう、そうだ! こいつはドレッドよ)

 私はアルフレッド王子のルートしか終えていない。グリフィス先輩は途中までだったし、あとは女の子たちのルートを進めていただけだ。百合ルートに関わらないレイモンド先生やドレッドの名前なんて覚えていなかった。

「俺も授業でアユミちゃんのことを見かけていたよ。魔法演習とか音楽の授業で注目されてたからな」
「あはは……」

 恥ずかしくなりほおを指でかく。この注目というのは良くない意味だろう。

「それで一体どうしたんだ? 授業中真っ白だったし、ちょっと気になっていた」

 どうやらドレッドは心配になって私に声をかけたらしい。きっとお人好しなのだろう。そもそも彼はこのゲームの攻略キャラだ。出会いイベントとがなかったとは言え、イベントそのものは発生するようだ。

 公爵令嬢に「王子と婚約破棄して!」と本気でお願いしたら怒らせた、なんて言えるわけない。ぼんやりと答えておこう。

「えーと、友達とちょっと喧嘩しちゃって……」
「友達? 誰のことだ?」

(げげっ、こいつ直球で聞きやがった)

「ドレッドさんが知らない子ですよ。気にしないでください」
「……そうか」

 彼はあごに手を当てた。深く詮索せんさくされないで良かった。ドレッドに関する情報をほとんど持っていない私だ。折角なので聞きながら確認してみる。

「ドレッドさんって貴族なんですよね。どういう派閥に入ってるんですか?」
「派閥なぁ。男爵家だし親の人脈が弱くてな。この学園では新しい縁を作っている最中だ。社交界で仲良くなった連中とはつるんでいるけど」
「どんな方ですか?」
「……ただの貴族仲間さ」

 あちらからもぼんやり返されてしまった。私の記憶では他の攻略キャラと仲良かった気がするけど……王子たちと友達なんて言えないのかな?

 ドレッドは確か音楽家の息子だ。それでピアノが上手く、ゲームの出合いイベントで演奏していた。記憶が正しいのか確認する。

「ドレッドさんってピアノが得意だったりします?」
「なんだ急に?」

 また彼の顔が一瞬険しくなった、けれどすぐに戻る。ちょっと唐突過ぎたかな?

「そうだな……俺は得意じゃない。うちの両親は有名な音楽家でたまたま貴族に成り上がったんだけど、息子の俺は全然ダメでな。ちなみにピアノじゃなくてゼピューノな」
「ゼピューノ?」

 授業で使ったリコーダーもどきはベンテントとか言ったっけ。この世界の楽器は風魔法で演奏するらしいし、名前を聞いてもさっぱりだ。

「風魔法で奏でる大きな楽器だ。鍵盤がたくさんあって風を通す管がついている。魔法を使いながら鍵盤を弾かなくちゃならないから演奏するのは難しいんだぞ」
「そうなんですね。知りませんでした」
「平民育ちならしょうがないさ」

 彼はにこやかに私のことを気遣ってくれた。

 ここでまたゲームとの矛盾が判明した。ドレッドは音楽が得意じゃない。となると、音楽室での出会いイベントが起きなかったことにも納得だ。ピア……じゃなくてゼピューノが好きじゃなければ、一人で弾いたりしないだろう。

 自己解決していると自習室に人が入ってきた。

 紫色の長い髪でエロスを漂わせる美貌びぼう

 ……ノエルの兄ことグリフィス先輩だ。

 紫ロン毛は今日も大きな本を持っている。二冊くらいだけど。

「ドレッド。なんでこんなところまで来なくちゃならない。部屋は他にもあるだろう」
「いやー、ここなら空いていると思って」
「それに……おまえは……」

 先輩の鋭い眼差しが突き刺さる。ちょー怖い。

「グリフィス先輩、お久しぶりです。私はたまたまここにいて……」

 適当な挨拶で済ませたと思いきや、

「ん? なぜ俺の名を知っている? 教えてないはずだが」

 あっ、ボロが出た。

「えーと。そ、そうです。私、ノエルちゃんと友達で先輩の話を聞いていました!」

 適当な嘘で誤魔化すしかなかった。ノエルとは友達未満だけれど、すぐに仲良くなるんだから!

「ノエルの友達か……なるほど。おまえの名前は何だ?」
「アユミ=エンジェルです」

 もし、先輩がノエルと私について会話しようものなら関係がバレちゃうけれど……それは仕方がない。

 ここで、スポ根緑が割り込む。

「先輩とアユミちゃんって知り合いなのか?」
「こいつがぶつかってきて運んでいた本を落としてしまってな。だから手伝わせた」
「はぃ……あのときはすみません」

 私はしゅんとなった。ルームメイトのことを考えてムフフしていたせいでぶつかってしまったわけだ。一方的に悪い。あんなに大量の本を一度に運ぶな! と言いたいけれど口は噤んでおく。

「それで、みなさんはなぜここに?」

 率直な疑問を私が投げかけると、ドレッドは意気揚々とする。

「そりゃあ、勉強するためだよ。授業についていけてなくてな。先輩が詳しいから教えてもらうんだ」
「ドレッドがしつこいから仕方なくだ。授業はまだ序盤のはずだが……先が思いやられる」

 グリフィス先輩はひたいに手を当てる。ドレッドも私と同様で授業についていけてないらしい。でも、借りた参考書を読んで少しずつ頭に入れているから、授業が理解できるようになってきている。

 ついでと言わんばかりに先輩は恐ろしい提案をする。

「せっかくだ。アユミも勉強してけ。前に参考書を紹介しただろう。どこまで理解できたのかチェックしてやる」
「ええ!?」

 こうして、私は彼らの勉強会に付き合うことになった。

 冷酷な先輩がなぜこんなにも面倒見が良いのかというと、理由は単純で魔術理論ヲタクだからだろう。私の場合で例えるとするなら、百合にちょっとでも興味のある友達がいれば、おススメの漫画をどっさりと貸すし、百合界隈の話をどっぷりして、知識を植えつけたくなる。きっとヲタクとはそういう生き物だ。



 勉強会が始まってしばらく経つと先輩が声をかける。

「意外と理解しているじゃないか」

 すぐ隣にいるグリフィス先輩は感心するように用紙を見つめていた。彼が作った小テストで、採点した結果おおむね当たっていたようだ。基本はできているらしい。

「えへへー。あの本がわかりやすかったんだと思います」

 褒められて嬉しくなる単純な私。

 これでも元々は文系科目よりかは理系科目の方が好きだった。数学はほどほどできて、物理とか化学も基本を押さえている。なにより頭で想像できるのが良い。魔法はそういう理系科目の延長線のようなものだと最近わかってきた。

 逆に社会や歴史は苦手で、単語をたくさん記憶して理解するのは無理だった。男の登場人物を覚えていなかったのもそういう理由だ。百合が覚醒した今でこそ、歴史上の人物を全て女の子に変換すれば覚えられたかもしれない。

「これを説明できるか?」

 すぐ隣にいるグリフィス先輩が、私の前に置かれたノートを指し示す。先輩の腕が私の腕に少し触れる。

(先輩近いし、なんか良い匂いがする……)

 惑わされてはいけないと頭をぶんぶんして、お題に答える。

魔力の袋マナバッグですか……純粋な魔力ホワイトマナを溜める器官のことで、人によって大きさが異なります。魔法を使える人は普通の人より五倍くらい大きいんでしたっけ?」
「そうだ。では、属性変換と蓋の位置関係は覚えているか?」
「上方向の蓋が『火』、右方向が『土』、下方向が『水』、残りが『風』ですね」
「合っている。斜め方向と前後もあるが、それさえ押さえておけば今のところは問題ない」

 魔術理論の入門書を読んでいたし、リック師匠にも教えてもらったし、どうにか覚えていた。ホッと一安心する。

「せ、せんぱい……おれは……」

 ドレッドが苦しそうな声で聞くと、

「アユミより理解してないし、記憶もできていない。本当に貴族か?」
「……そーです、そーです、これでも貴族ですぅー。 平民より出来が悪いただの貴族ですぅー」

 グリフィス先輩にダメ出しされたドレッドは不貞腐ふてくされた。呆れた様子で二人のことを見ていると、ドレッドは席を立ち荷物を抱えた。そんな彼を見て、グリフィス先輩は声をかける。

「どこに行く?」
「今日は調子が悪いみたいだ。家に帰って勉強する」

 ガラガラっと扉が閉まってドレッドはいなくなった。

 ……この空間には先輩と私が残った。

(あ、あれ??)

 なんとなく、なんとなくだが、この状況は良くないと私の直感が告げている。

「アー、私もそろそろ帰ろうカナー」

 グリフィス先輩と目を会わせないようにしながら席を立つが……

 ガシッ

 私の腕を先輩が掴んでいた。

『アユミ は にげられない!』


「まだ解説の途中だ。それに別のテストも作ってある。やっていけ」


(うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)


 結局、下校時間ギリギリまで勉強を教わった。





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