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聖女と魔王と魔女編

弟は不満である 2

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side ???

 フィンレーが最後に訪れて十日ほどたっている。相変わらず視界は暗いままで、ベッドの上から移動もできないことは変わらない。
 暇と主張して、手配してもらった話し相手は話が違うとぼやきながら相手をしてくれる。ユリアに怒られそうだなぁとのんびりいう程度で済ましてもらえていた。
 聞けば王子たちの護衛としてきたが、護衛がいらないと主張されるので暇なのだという。専門は諜報と言いだしたあたりでローガンの意図が見えたが気にしないことにした。

 好きにさせてくれるのは口うるさい薬師が不在の間だけだろう。長くとも二か月以内。猶予はその間。

「……新聞読まされるのも飽きたんですが」

「そういわれても、自分で読めないから仕方ない。今日は返事は?」

「二通。読みますか?」

「あとでいい。来客みたいだから」

 彼が言えば、護衛の男はおやおやと小さくつぶやいていた。
 扉の向こう側から、だだだっ! ぴたっ! と擬音がつきそうな足音が聞こえた。

「なんなのあいつら、人を子供だと思ってバカにしてっ!」

 ばーんと扉を開けると同時に喚かれた。声からしてフィンレーであることは間違いない。
 扉を叩いて応答を聞くという習慣がないのだろうか。いや、落ち着いているときはちゃんとしていたような気もする。

 彼は小さく笑った。
 まあ、身に覚えがないわけでもないか。同じくらいの年頃には実戦投入されていたし、場合により指揮官をさせられていた。マナーを覚えたのはかなり後になってからだったし、それも付け焼刃以上になっている気がしない。

「殿下。一応。ここ病室ですからね」

「あー、ごめん、うるさいよね。うん、でも、我慢してたから」

「いいよ。それで今日はどうしたんだ?」

 微妙な沈黙と足音がした。かたりと椅子が動く音が続く。どすっという音からフィンレーの機嫌が最悪なのは知れた。
 それと同時に別の足音と外へと出ていった音が聞こえた。護衛の男は気を利かせて外に出ていったのだろう。
 あるいは、フィンレーの愚痴を聞きたくなかったか。どちらもあり得そうだ。

「……色々紹介してもらった人たちは、わりと好意的だった。話も聞いてくれない、バカにするなんてなくてよかったよ。少なくとも姉さまが戻ってくるまでの間は中立かやや僕よりになってくれるみたい。戻ってきたら、また、別の話みたいだけど」

「で、誰が子供扱いしてきたんだい?」

「黙秘する。これは僕が落とし前をつけるからっ! でも腹立つっ!」

 フィンレーは外では愛らしい少年を装っているらしく、こんな風に喚いたりはしないだろう。それをしてもよいと思うくらいに気を許されていると思うと不思議な気がした。

「で、そっちはなにしてたの? なんか話し相手が欲しいとか言ってたらしいけど」

「……ちょっと手紙をいくつか書いてもらった。自分では書けないからね」

「ふぅん?」

 フィンレーの疑うような口調はわざとだろう。言うほど興味はなさそうだった。本当にただ喚きたかっただけかもしれない。
 女王である姉の不在による王の代行を十代の少年が負うのは重すぎる。手足になるような臣下もいないともなればなおさらだろう。せめて兄くらいは残ればいいのにと思ったが、彼女が止められなかったということらしい。
 あるいは、わざと止めなかったのかもしれない。

 がら空きの主不在の王都は妙に静かで、逆に不安に駆られる。なにかを見逃したような気がして。

「中立派っての? あのあたりが、城に出てきてる。足りなかったところに、おさまるように」

「それは良かった」

「……ほんっと、油断ならないな。手駒どのくらいいれたの?」

「手駒ではないよ。元々先代が気に入らないと去っていた人たち。元王がいなくなったんだから建前さえ用意すれば動く」

「建前ねぇ?」

「魔女が選んだ王であるのは間違いはないし、魔女が王の血統ではあるのは確かだ」

 このままでは王弟も残るのではないかと示唆したことも影響しているだろう。それほどに、この問題は根深い。ふたりとも遠くとも王家の血は継いでいたがそれでは足りない。
 新たなる魔女が生まれねば、魔王への抑えを亡くしこの国は亡びるしかない。魔王に大人しくしろと言えるのはあの魔女だけなのだから。
 もっとも彼らに魔女本人の子か、あるいはウィリアムの子ならばと期待されているのはあまりいい気はしなかった。

「そう思えないくらいの戻りっぷりなんだけど。
 まるで僕らが消えてもちゃんと回るように準備されてるみたい。あれ、あんまりいい気はしないんだけど」

「負担を減らすつもりだったけどな」

 じっと見られた気がした。フィンレーはそちらに子供扱いでもされたのかもしれないと思うと少し悪いことをした気がした。彼もよく若造扱いはされたのだ。内心は老害と毒づいて聞き流していたが、好意はあまりない。あるのは相互の利用関係。今、彼の忠告に耳を傾けたのはまだ利用可能と思っているからだ。
 彼が既に義理は果たしたと考えているなどとは想定していないに違いない。

 フィンレーはため息をついて、じゃあ、それでいいよと呆れたようにつぶやいた。

「正直助かってはいるから。ただ、本当に、探り入れられて困ってる。僕の一存では言えないからって逃げ回ってるけど、ここ、もう見つかってるかも。入れないようにはしているけどね」

「ん? 入れない?」

「そ。今は闇の領域だから、信者以外出入り禁止になってる。ユリアが戻ってきたら元に戻すけど、それまでね」

「俺、信者じゃないけど」

「下賜されし神器を身に入れたんだから半分そんな感じ。優しい闇に身を浸して眠っているといいと思うよ。これから忙しくなるんだから」

「忙しく?」

「燃え尽き症候群の人は一人でぼんやりさせておくとよくないって、うちの兄様が言ってたから!」

「は?」

「まずはユリア特製のお薬飲んで」

「え? いや朝飲んだというかまずいし」

「飲め」

 彼はぐいぐい来られるのは実は苦手である。いつもはのらりくらりと躱しているが、ごく一部それが効かない相手がいた。
 酔っぱらった魔女のノリによくついていけないと思っていたのはバレていたのかもしれない。おら、お前も飲めと強制されるのは困ったと思い出す。
 フィンレーのこれに同じものを感じた。

「わかったから」

 なんだかこれを断るとひどいやり方をされそうで諦めて飲むことにした。飲み切ってすぐに睡魔が襲ってくる。即効すぎないだろうかと思う間もなく意識が闇に沈む。

「働きすぎ。焦ってもいいことないよ」

 困った人だなぁと言いたげな声が最後に聞こえた。



side 護衛騎士


 彼が戻ったとき、フィンレーはぽんぽんと子供を寝かすように掛け布を叩いていた。強制的に眠らされた青年はううっとうなされている。それも規則的なぽんぽんという振動に穏やかな眠りに落ちていった。

「……監視ちゃんとしときなよ。限界までしても平気とかいうタイプだよ。この人」

 情報を集めるの趣味を超えてライフワークのような青年と聞いてはいたが想定を超えていた。聞いたことをきちんと覚えている。それだけと言うが、普通、新聞を読むのを聞いただけでそれを一度で覚えることはできないだろう。
 指摘すれば、少し不思議そうに首をかしげて、まあ、記憶力はいいよとそれで片付けようとした。そういう次元ではない。
 しかし、それ以上突っ込むのも嫌で、それで流すことにした。おかしいところはそこだけではなかったから。
「休憩はこまめに入れてますが、黙って考えていることのほうが多くて」

「脳筋とか言われる僕たちには扱いかねるってわけね。ローガンも僕らと同類だから、困り気味だし。半死人なんだから休めと言い続けるしかないのかな」

「でしょうね。ユリアがイライラしていたのがわかります」

「僕も今ならわかる。大人しく療養しなよと言ってきかない患者。嫌すぎる。それに情報制限してても大体察してくるってなんなの? ユリアの時も小さな情報をくみ上げて、こんな感じ? とか聞いてたんじゃないかな」

「ユリアは策謀に向いてませんから、駄々洩れだったでしょうね」

 それでも断片的な情報をつなぎ合わせて推測するのが、的確過ぎてフィンレーも引いていたくらいだ。あれなら見えないことくらい大したことではない。
 姉様、よくこんなのの相手したよねとフィンレーはぼやいていた。全く同感である。

「ねー。でもあの件は気がつかれてなかった」

「さすがに想像外でしょう。そろそろ仕上げだとか」

「うん。悪いけどさ、退場してもらうしかないよ。僕らには今、盾が必要なのに勝手に割れるようなものじゃ困っちゃうんだから」

「必要にならないといいんですが」

「無理だよ。あの男、姉様が自分のものだと思ってるもん。ああいうのが一番、残酷で冷酷だって知らないんだ。そのために何をしてもいいと思って、実行して、非難されても被害者だという。
 お前が悪いって」

「……フィンレー様。今日のおやつは、料理長渾身の生プリンだそうですよ」

 表情がすとんと抜け落ちたフィンレーにそう声をかける。
 はっと気がついたように、表情を変えるのは訓練のたまものだろう。そうやって壊れそうな心をから目をそらすしかない。
 その原因の短すぎる婚姻期間は、フィンレーに傷だけを残したわけではない。
 むしろそちらのほうが良かったくらいと彼は思う。

「んんっ!? 生? なにが生なの? 食感? それとも生クリーム? 前の半生焼きプリンはいまいちだったから原点回帰かな!?」

 あのねっ! 僕の作ったぷりん、おいしいって言ってくれたんだ!
 フィンレーが彼に無邪気に報告してくれたあの日は近いようで遠い。

 なぜと問うても死者は答えない。残されたものだけが、寂しい。それを知るからこそ、この青年に固執していると自覚はなさそうだった。
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