少年と執事

マン太

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21.告白

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 皆はもう寝静まっている。
 ただ、シーンの部屋は廊下の一番奥、突き当りで、階段を挟んで一室しかない場所。
 よほどの物音を立てない限り、誰にも気付かれることはなかった。
 部屋に戻るとシーンが声をかけてくる。

「先にシャワーを浴びてくるといい。疲れただろう?」

「うん…。そうだけど、先にシーンの話を聞きたい──」

「ハイトが入っている間に気持ちを整理する。話していいものか──迷うこともある…。いいから入っておいで」

 シーンに促され、ハイトはシャワーを浴びに行った。
 コックを捻り、お湯を浴びる。熱いお湯は心地よかった。やはり臭いや汚れもある。シーンのすすめでシャワーを使って正解だった。
 シーンのあの表情は、ただ事ではなく。不意に抱きすくめられた時の感覚が蘇り、頬を熱くする。
 いったい、シーンは何を話してくれるのか。いい事も悪い事も、全てを知りたかった。
 なるべく早くシャワーを済ませて戻ってくると、タイは緩めているものの、シーンは部屋に入ってきた時と同じ服装のまま、ベッドサイドに座っていた。
 かなり憔悴した表情をしている。やはり、ただ事ではないのだ。
 ハイトは髪を拭くのもそこそこに、シーンの傍らに座ると、その顔を覗き込んだ。

「シーン。一体、なんて言われているの?」

「どこから話せばいいか…。いや、既にヴァイス様が私を好いていると言うのは知っていたね?」

「うん…」

 濡れた髪からポタリと雫が手の甲に落ちる。ハイトは我知らずタオルを握りしめた。

「ヴァイス様は──以前から私に好意を寄せていた。…ただの好意じゃない。性的な行為を含めて──だ。それが父やクライヴ様の知る所となり…。ヴァイス樣のあの素行は私が応じれば、すべて収まる──そう言うことになったんだ…。結果、私はヴァイス様の好意を受け入れた…」

「そ、んな…。だって、シーンの意思は?」

 シーンは苦笑し首を振ると。

「そんなものは、関係ないんだ。レヴォルト家の将来を考えればね。あのまま、ヴァイス様が自堕落な生活を送れば、レヴォルト家は没落する…。そうなれば、行き場を失うものがたくさん出るだろう。私さえ納得すれば、それで万事が上手く行く…」

「でも、そんなの! シーンはちっとも幸せじゃない…。だって…ヴァイス様を好きなわけじゃないんでしょ?」

「そうだ…。いっそ、好きになれれば良かったが、自分の気持ちは偽れない。もちろん、大切な事には変わりない。だが、それは愛するのとは少し違う…。御恩のある領主の子息なのだからな。それ以上の思いはないんだ。しかし、皆の事を思えば我儘は言えない。ヴァイス様の素行が改められれば、レヴォルト家は安泰になるし、皆も路頭には迷わない。ハイトも──仕事を失わないで済む…」

「!」

「私はなにより、それを避けたかった。君には幸せでいて欲しい。このままお屋敷で務めることが出来れば、生活は安定する。そのうち、可愛い女性を見つけて結婚して家庭を持つ。──キッチンメイドのエマは君を好いている…。彼女はとても気立てのいい子だ。上手く行けば家庭を持てるだろう。君に──ごく普通の幸せを与えられる…」

「シーン…。そう願ってくれるのはありがたいと思う。けど、俺はそんなの嬉しくないよ。だって、シーンがちっとも幸せじゃない。そんなの──駄目だよ!」

「でも、他に手はない。ヴァイス様を止めずに、君を守る術を他に知らない…」

 顔を上げたシーンは、強い眼差しでハイトを見つめた。

「どうして、そこまで? …俺のこと」

 シーンは軽く息を吸い込んだ後、覚悟を決めた様に、

「好きだからだ。私は──君が好きだ。ハイト」

 まっすぐ見つめられ、目が離せなくなる。
 だが、すぐにシーンは視線を逸らすと頭を抱え。

「…私は馬鹿だ。こんな事を言ったところで、君を苦しめるだけで──」

「違う! シーン、俺も、俺だって…!」

 ハイトはシーンの手を取り握り締める。

「俺も──シーンが好きだ! …好きなんだ。さっきのやり取りを見て、凄く悲しかった…。ヴァイス様が羨ましかった。俺はシーンにキスさえしてもらえないのに──」

 言い終わらないうちに、ぐいと肩を引かれ顎を捕えられ。
 一瞬、目があったがそれも僅かな事で、すぐに唇が、僅かに驚きに開いた唇に押しあてられた。

「っ…!」

 まるで、先ほどのキスを打ち消すかのような、熱のこもったキスだった。
 必死に求めるようなキスに、シーンは戸惑いを覚えながらも、その背に腕を回し抱きしめる事で応える。
 まともなキスをしたのはシーンが初めてだった。

「…ハイト。すまない。でも──止められない…」

 キスの後、間近で頬を捉えたまま見下ろしてくる。上がった息のまま、ハイトは見上げると。

「…謝らないでよ。俺、嬉しいんだ…。シーンにキス、されて…。俺、シーンが好きだっ。きっと、シーンが思うよりずっと…」

 するとその言葉にシーンはふわりと笑みを浮かべ。

「ありがとう」

 もう一度、今度は額にキスを落とし、抱きしめてきた。
 そのまま、シーンはハイトの着ていた寝巻用の長めのシャツの下、動悸の激しくなった素肌に触れてくる。

 シーン…。

 自分が何をされようとしているのか、これから何が起こるのか、分かっているのだが、抵抗はしなかった。
 すればきっとシーンは手を止めてしまう。我に返ってしまう。それが怖かったからだ。
 後でシーンが後悔すると分かっていても、すべて、シーンのものになりたかった。

+++

 目が覚めると、シーンの腕の中にいる自分に気が付いた。それで、昨晩の出来事を思い出す。カッと頬が熱くなった。

 昨日、シーンと…。

 昨晩の名残が残る身体に全てを──いや、所々こま切れになった記憶を思い起こし、赤面する。初めての経験だった。思う相手に抱きしめられ求められる行為。
 いつか、安宿に連れ込まれ、無理やりものにされそうになった時とは違う。
 そこには愛情と労わりがあった。シーンは自分の反応を見ながら、怖がらせないようそっと触れていった。

 初めのキスだけだ、激しかったのは…。

 そうこうしていれば、頬をくすぐられ、額にキスが落ちてくる。

「…おはよう。ハイト。その、身体の具合は…? 眠れたか?」

「あ、…ん。よく眠れた…。身体も──きっと大丈夫…」

 恥ずかしくて、まともに顔が見られない。
 シーンはヴァイスとの先を考え、クレールに男性同士のやり方について聞いていたのだという。まさか、自分との間で役に立つことになるとは思っていなかったと言った。
 ずっとシーンの胸もとばかり見ていると、くすと笑ったシーンが、

「可愛いな…。愛おしさが増す」

「シーン…」

 キスがまた額に落とされ、長い指が頬を滑り髪をかき上げる。

「こっちを見てくれないか? ちゃんと顔を見たいんだ。昨日の告白が嘘でなければいいんだが…」

「…っ」

 指先が目元をくすぐって思わず顔を上げた。ばちりとシーンと目が合う。
 それはとても優しい眼差しで。いつも以上に際立っていた。つい見惚れていると、

「実は──先程まで君に手を出したことを、後悔していたんだ。出せば未練が残るからな…」

「シーン! 後悔なんて、俺は…!」

 思わずそこへ身体を起こすと、横になったままのシーンを見下ろす。

 何もないより、ずっと増しだ。後悔なんて、しないで欲しい。

「分かってる…。君の気持ち本物だと言うことは。抵抗もせずに私を受け入れてくれたのだからね。勇気がいっただろうに…。その君を捨てて、私はヴァイス様の要求を受け入れようとしている…」

「シーン…」

「だが、分かっていても止められなかった。君が欲しかったんだ。ヴァイス様と何か事が起こる前に、君を知っておきたかった。愛する人を腕に抱きたかった…。だから──後悔はない」

 言い切るシーンの眼差しは、強い意思を宿していた。

「シーン。どうしても言う通りにするの? ほかに道はないの? 俺だったら仕事なんて幾らでも探せばある。前の貧しい生活に戻ったってちっとも構わない。だってそれでシーンが苦しむくらいなら、豊かな生活なんて必要ない」

「ハイト…」

「俺は…ヴァイス様にシーンを渡したくない…。シーンが幸せになるとは思えないからだ。お屋敷に勤める人たちだって、シーンを犠牲にしてまでここにいたいとは思わないよ。いずれにしろ、ヴァイス様が領主になれば変わってしまう…。みんな、もう覚悟はできているよ。だから、言う通りにするなんて言わないで…」

 その胸もとに縋った。シーンがヴァイスを腕に抱くなど見たくも想像したくもない。
 シーンはハイトを抱きしめると。

「私の小さい頃からの夢は、父のような立派な執事になることだった。このお城のようなお屋敷で、全てを取り仕切る。銀食器はすべて自らが磨き、主人の予定を全て把握し、客のもてなしも完ぺきにこなす、──そうなる様をずっと夢見ていた。けれど、ヴァイス様の成長とともに、その夢が揺らぎだしていた。自分の求めるものは一体なんなのか。この地位を守り、お屋敷の為に全てを捧げ、執事になることなのか。それとも──」

 シーンの視線がハイトに注がれる。

「大切な人と過ごす道なのか…」

 ハイトは胸元から顔を上げると、必死に言いつのる。

「シーン。俺は、大丈夫だよ。何があっても乗り越えられる。今までもずっとそうだった」

「君が現れたのは、私の思いを確認するいい機会にもなったんだ。起こるべくして起こったこと。偶然ではないと思っている…」

 シーンはハイトの髪をもう一度梳くと。

「…今日は一日、休むといい。キエトには少し熱を出したと言っておく」

「ねぇ。頼むから、ヴァイスを選ばないで…。シーン…」

 なおも縋るハイトに、シーンは子どもにする様に瞼や頬にキスを落としていくと。

「少し、考えようと思う。…私も君を不幸にはしたくない。そうだ、ハイト。昨日が誕生日だったのではないか?」

「あ…、本当だ──」

 机に置かれたカレンダーを見て、思いだした。馬の出産もあって、そんなことなどすっかり忘れていたのだ。
 シーンは腕をのばし、サイドテーブルに置いてあった小さな箱を開けて見せた。箱にはいつか訪ねた宝飾店の名前が刻まれている。

 まさか──。

 そこには柔らかい布に包まれたネックレスが入っていた。トップには薄いブルーの石が嵌っている。件の宝飾店でこれを求めていたのだ。

「十八才の誕生日、おめでとう。ハイトの瞳の色に合わせたんだ。ショーンが苦労して見つけてくれてな。首にかけていれば仕事の邪魔にはならないだろう? 本当は昨日渡したかったのに、あんな事になってしまって…。でも何度も言うが後悔はないよ。生まれてきてくれてありがとう。ハイト」

「…っ、シーン…」

 言葉と共にキスが落とされる。それは昨晩の名残を感じさせるようなキスだった。

 その日、シーンは時間を見てはハイトの世話を甲斐甲斐しく見てくれた。
 時間になれば食事を上げ下げし、体調を気遣い。胸もとにはもらったばかりのネックレスが光る。それはシーンに着けてもらった。
 それをハイトの首にかけた時。

「ずっと君の側にいたいが、そうも言ってはいられない。その代わりに──気持ちだけだが…」

 こんな小さな石がシーンの代わりになることはないのだが、ハイトにしてみれば、そこからシーンと繋がっている様で、いないときも一緒にいると感じられた。

「ありがとう…。シーンだと思って大事にする」

「ふふ。君はいちいち可愛いな…」

 髪にキスを落とすと、シーンはハイトの休養を知らせるため、部屋をあとにした。
 思いだし赤面する。
 シーンはまるで箍が外れた様にハイトを思う気持ちを隠さなくなった。
 ヴァイスとの件は解決していないのに、ハイトと過ごす間はまるで悩みなど一つもないように見える。

 もう、シーンは自分の中で決着をつけているんだろうな。

 ヴァイスにどう対応するのか。ハイトはシーンを信じて見守ろうと思った。
 
 きっと、二人にとって悪い方へは進まないはず。

 直に夕刻になる。ベッドの中で現れるであろうシーンを今か今かと待った。
 
+++

 とうとう、ハイトを抱いてしまった。

 ヴァイスに迫られ、キスシーンを見られ。
 自分も必死だったのだと思う。

 このままではハイトを失ってしまう。

 ヴァイスへ要求を受け入れることを伝え、自らキスした。その延長戦上にあった、あのキスをハイトには見られたくはなかった。見ればきっと軽蔑する。
 あれだけ慕ってくれていた分、落ち込みも大きいだろう。そう思っていた。
 しかし、ハイトは軽蔑などしなかった。逆にその気持ちを伝えてきて。
 それを聞いてもう止まらなかった。傍ら、腕の中で眠るハイトの健やかな寝顔に、軽くため息をもらす。

 ハイトを抱いた腕で、同じようにヴァイスを抱くのか──。

 それは無理な気がした。もう、自分にはハイトしか要らない。
 しかし、これを断れば、ヴァイスの素行はますます荒れ、皆が路頭に迷うことになる。もう、ヴァイスを正す道はない。

 いっそ、抱かなければ良かったのだが。

 あの状況で、それは無理だった。

 どうすべきか──。

 シーンは内心、深いため息を吐き出した。
 何もかもは手に入らない。自分の手にはハイトさえ残ればいい。幼い頃の夢も、今の地位も、約束された未来も、今のシーンには必要なかった。

 このまま、ハイトを連れて逃げだせたらどんなに楽か…。

 ハイトの頬に涙の痕が残る。
 昨晩、ただハイトを求めた。気遣いはしたものの、慣れてはいない行為に、かなり無理をさせてしまっただろうと思う。
 しかし、時間が経つにつれハイトは明らかに初めとは違った様子を見せていた。痛みばかりを感じていた訳ではないらしい。
 頬に優しく触れると、ハイトが目覚めた。
 ぼんやりとした眼差しが、次第に焦点を結び、大きく見開かれたと同時、頬と言わず、首筋まで赤く染まった。
 その様子に愛おしさが増す。

 手放せなどしない。

 ハイトを抱きしめたままでいられる方法は──。

 ハイトの言葉が背を押す。
 シーンはひとつの答えを導き出した。
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