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hoc meridiem(今日の昼)
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恐らく19番というのは駅前にある『number19』というハンバーガーショップのことだろう。辻切では有名らしく俺も噂は聞いたことがあったが、入るのは初めてだった。昨日の女の話にも薄っすらと出ていた気がする。
カウンターに沿って並び、店員にパンズと具材、それからソースを指定する。分厚目の肉汁溢れるパテに濃厚なチーズと香ばしいローストオニオン、新鮮なトマトとレタスとアクセントにぴりりと辛味の効いたマスタードとピクルス。昨日、あの女が言っていたセレクト。どうやら先週これを食べたらしい。
大口をあけて齧りつくとジューシーな肉汁が口の中にあふれた。口に残るのはローストされたチーズの香りに少しのバルサミコ? セットのポテトも端っこまでカリッと揚がって食感が心地良い。少し高めの値段に満足できるほどの味だが、高いハンバーガーというのは食べづらくて仕方がない。
さて、俺はここで何をすればいいのかな。
店内を見回す。賑わっている。若者、主には20前後のカップルや単独女性が多い。やはり俺は不似合いだな。そういえばあの女は20代後半くらいに見えたから、ここには合うのだろう。
ウッディな内装にところどころ置かれた観葉植物。天井にはゆったりと大きなファンが回っている。壁にかけられたメニュー表。その周囲にはたくさんのバーガーのスナップ写真。まるで湯気が出ているような、今にも匂いが漂ってきような美味そうな写真ばかりだ。垂り落ちる肉汁とチーズのシズル感がいい。
手元に目を落とす。匂いは確かに手元から出ていた。妙に面白い。
このバーガーよりあの写真はふうわりしてみえる。確かバーガーを奇麗に撮るために、プロは中心に串をたてて潰れないようにしているのだったかな。それから粘性の有る液体を塗布して光沢を作っているとか。奇麗に撮ろうとするとやはり本物からは離れていく。あの写真もおそらくそのように撮られたのだろう。
そういえば昨日、写真の話をしたっけ。ふと気がついて、食べ終わったバーガーの包装を片付けてその写真に近づく。パテ、オニオン、チーズ、トマト、レタス。さっき俺が頼んだセレクトの写真を見つけた。少し期待しながらピンで止められた写真をそっとめくると予想通り次へのヒントがあった。けれども困惑した。
『魔女のいるところ』
魔女? 魔女と言われてもなぁ。そういえばあの女はどこか魔女っぽかった気がする。
19番はすぐにわかったけれど今度はちっとも思いつかない。ここまでか。
路がふつりと途切れてしまった。ふわりと手にしていた羽をなくしてしまったような、子供の頃の宝物をどこかに落としてきてしまったような、妙に心寂しい気持ちだ。名残惜しいような。
いつのまにか俺はこの謎解きに執着していたことに気がついた。
初夏の日差しを抜けてザワザワしたオフィスに戻る。今日は少し蒸し暑い。太陽がきちんと仕事をして黒いコンクリートを温めているからエアコンを入れるかどうかで女性陣と男性陣が争っている。バタフライ効果だ。
そうこうして書類を片付けているとお茶会が始まっていた。
「部長代理もどうですか?」
「そうだな、たまには。何を食べてる?」
「贈答で頂いたお菓子ですよ。マカロン。保たないんで」
ふうん、と思って1つかじると上下の生地はカシュリと空気のように溶けて、中からオレンジとミントの爽やかな香りが溢れ出た。
「へぇ、美味いもんだな」
「でしょう? これ1つ500円もするんですよ」
「そんなに!?」
「西街道のHexen häuserっていう有名なお店なんです。自分で買うのはちょっと無理かな」
ふいに昨夜のことを思い出す。あの女は細い指でチョコチップをつまんだ後に少し残念そうな顔をして、辻切にとびきり美味しいケーキ屋があると言っていた。それからグラスの細い首を持ってシャンディ・ガフを傾けて、コポコポと小さな泡が口の中に消えていった。
「何ていう店だって?」
「ヘクセンハウザーですよ」
「つづりは?」
「ちょっと待って下さい。どこかに書いてあるはず、ほら」
Hexen häuser
茶色のリボンをもらって検索をするとドイツ語で魔女の家。見つけた。
全く。わかりにくすぎるだろ。というかやはり謎を解かせる気が全くないな。ドイツ語なんて知ってるわけがないじゃないか。だがそれでこそ謎だ。それなら是非ともといてやろう。妙に愉快な気分になった。
カウンターに沿って並び、店員にパンズと具材、それからソースを指定する。分厚目の肉汁溢れるパテに濃厚なチーズと香ばしいローストオニオン、新鮮なトマトとレタスとアクセントにぴりりと辛味の効いたマスタードとピクルス。昨日、あの女が言っていたセレクト。どうやら先週これを食べたらしい。
大口をあけて齧りつくとジューシーな肉汁が口の中にあふれた。口に残るのはローストされたチーズの香りに少しのバルサミコ? セットのポテトも端っこまでカリッと揚がって食感が心地良い。少し高めの値段に満足できるほどの味だが、高いハンバーガーというのは食べづらくて仕方がない。
さて、俺はここで何をすればいいのかな。
店内を見回す。賑わっている。若者、主には20前後のカップルや単独女性が多い。やはり俺は不似合いだな。そういえばあの女は20代後半くらいに見えたから、ここには合うのだろう。
ウッディな内装にところどころ置かれた観葉植物。天井にはゆったりと大きなファンが回っている。壁にかけられたメニュー表。その周囲にはたくさんのバーガーのスナップ写真。まるで湯気が出ているような、今にも匂いが漂ってきような美味そうな写真ばかりだ。垂り落ちる肉汁とチーズのシズル感がいい。
手元に目を落とす。匂いは確かに手元から出ていた。妙に面白い。
このバーガーよりあの写真はふうわりしてみえる。確かバーガーを奇麗に撮るために、プロは中心に串をたてて潰れないようにしているのだったかな。それから粘性の有る液体を塗布して光沢を作っているとか。奇麗に撮ろうとするとやはり本物からは離れていく。あの写真もおそらくそのように撮られたのだろう。
そういえば昨日、写真の話をしたっけ。ふと気がついて、食べ終わったバーガーの包装を片付けてその写真に近づく。パテ、オニオン、チーズ、トマト、レタス。さっき俺が頼んだセレクトの写真を見つけた。少し期待しながらピンで止められた写真をそっとめくると予想通り次へのヒントがあった。けれども困惑した。
『魔女のいるところ』
魔女? 魔女と言われてもなぁ。そういえばあの女はどこか魔女っぽかった気がする。
19番はすぐにわかったけれど今度はちっとも思いつかない。ここまでか。
路がふつりと途切れてしまった。ふわりと手にしていた羽をなくしてしまったような、子供の頃の宝物をどこかに落としてきてしまったような、妙に心寂しい気持ちだ。名残惜しいような。
いつのまにか俺はこの謎解きに執着していたことに気がついた。
初夏の日差しを抜けてザワザワしたオフィスに戻る。今日は少し蒸し暑い。太陽がきちんと仕事をして黒いコンクリートを温めているからエアコンを入れるかどうかで女性陣と男性陣が争っている。バタフライ効果だ。
そうこうして書類を片付けているとお茶会が始まっていた。
「部長代理もどうですか?」
「そうだな、たまには。何を食べてる?」
「贈答で頂いたお菓子ですよ。マカロン。保たないんで」
ふうん、と思って1つかじると上下の生地はカシュリと空気のように溶けて、中からオレンジとミントの爽やかな香りが溢れ出た。
「へぇ、美味いもんだな」
「でしょう? これ1つ500円もするんですよ」
「そんなに!?」
「西街道のHexen häuserっていう有名なお店なんです。自分で買うのはちょっと無理かな」
ふいに昨夜のことを思い出す。あの女は細い指でチョコチップをつまんだ後に少し残念そうな顔をして、辻切にとびきり美味しいケーキ屋があると言っていた。それからグラスの細い首を持ってシャンディ・ガフを傾けて、コポコポと小さな泡が口の中に消えていった。
「何ていう店だって?」
「ヘクセンハウザーですよ」
「つづりは?」
「ちょっと待って下さい。どこかに書いてあるはず、ほら」
Hexen häuser
茶色のリボンをもらって検索をするとドイツ語で魔女の家。見つけた。
全く。わかりにくすぎるだろ。というかやはり謎を解かせる気が全くないな。ドイツ語なんて知ってるわけがないじゃないか。だがそれでこそ謎だ。それなら是非ともといてやろう。妙に愉快な気分になった。
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