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第五章 「成り代わり」の終わり
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しおりを挟む中之獄神社には、午前二時過ぎに着いた。
松井田町インターからここに来るまで、すれ違った車は一台としてない。それだけ、この辺りは夜間の人気がない。
駐車場に車を停めると、詩音は絵美と共に、トランクからそれを下ろす。
白の、大型の保冷ボックス。キャスターが一方向についており、持ち手は長い。キャリーケースのような形状だ。楽に運ぶことができる。
「絵美さん、そっちはどう?」
「ん。大丈夫」
保冷ボックスを下ろした後、絵美は後部座席に置いてあったシャベル、手袋などを手に取った。灰色の大きめなプラスチックバスケットに入れ、持つ。
詩音は保冷ボックスを開けた。中には山本の死体と一緒に、懐中電灯と置き型ランプが複数個入っている。明かり対策は万全。詩音は二つ懐中電灯を手に取る。持ち手のある、電球部位が詩音の掌以上ある、大きなサイズのもの。スイッチを入れると、視界前方暗闇の中、楕円の白い空間を作り上げる。
「よし。行きましょうか」
詩音は保冷ボックスを閉め、トランクを下げた。ばたんと大きな音。ふうと息を吐く。
二人で荷物を持って、妙義山の山道口に辿り着いた。そのまま中へと進む。日中のカラッとした暑さでは無い、もわりと蒸し暑さが体にまとわりつく。自然と汗が流れ出てくる。ハンカチで拭くが、暖簾に腕押しである。
しかし今の詩音の中では、全ての不快感が、どうでも良くなっていた。
これを終えたら晴れて自由の身。自由の…
「絵美さん?」
そこで詩音は、後続の絵美が未だ山道口のところで立ちすくんでいることに気がついた。
「え?」
詩音の自分を呼ぶ声に、彼女は数拍遅れて返す。
「どうしたんです、立ち止まって」
「あ、いや」首を横にぶんぶんと振りながら、絵美は急ぎ足で詩音のもとへと近寄った。「なんでも、ない」
そう応える絵美は、どこか心ここにあらずだった。
訝しげに思えども、やがてなるほどと詩音は察した。私達はこれから、死体を埋めるのだ。普通に生きていて、そんなことをやる機会が、あるわけが無い。漫画やドラマみたく、上手く埋められる保証もない。
「絵美さ…」
喝を入れようとしたところで、詩音は自らの右手が、小刻みに揺れていることに気がついた。無意識のうちに、自分も緊張していたようだった。
詩音は左手で、震える右手を抑える。
大丈夫だ。
全て、上手くいく。
「行きましょう、絵美さん」
今度は強く、彼女に呼びかけた。絵美はじいっと詩音を見つめると、意を決したように「ええ」と応えた。
山道から右に道を外れ、獣道に足を踏み入れる。草が茫々と生えており、もちろん舗装されてもいないし、登山用に何か、チェーンが張られているわけでも無い。人の通り道とは思えないが、それは逆に、人が通ることがないことを示唆していた。
顔に止まる蚊をぱちんっとはたく。しかし既に吸われていたのか、吸われた箇所はほんのりと盛り上がっている。これだけ草木が生い茂る場所では、虫除けスプレーなんて意味がない。気付かないだけで、もしかすると他にも様々な箇所の血を吸われているに違いなかった。
構うものかと、詩音と絵美は進んでいく。虫の声。時折聞こえる、鳥の声。真っ暗闇の中、懐中電灯の光を道標として、ずいずいと進む。
詩音も絵美も無言だった。お喋りをするような空気ではない。早く終わらせて、東京に帰る。東京に帰ったら、全て元通り。そう、元どおりになるのだ。
それから数分後。詩音達はようやくそこに着いた。
妙義山の岩肌を正面にして、木々が少し開けた場所。爪先で地面をつつく。ややふかふかな腐葉土、太陽光は普段差し込まないのだろう。
ここが、今日詩音達が目指していた場所。今日の昼間、詩音が直樹と共に見つけた、死体を埋めるに最適な場所。
「着きました」
「ここ?」
はあはあと息をつきつつ、絵美はキョロキョロと見回す。首の動きに懐中電灯を持つ手も連動し、光の筋が四方八方へと延びては消える。
詩音は荷物を置くと、ふうと大きく息を吐く。それから振り返り、精一杯の笑顔を、絵美に向けた。
「さあ、埋めましょう」
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