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最終章 サンプル
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しおりを挟む私達天使が行う調査に、力を貸してもらえないでしょうか。
雄吾が天使に望みを叶えてもらった、一週間前のこと。
一見して、それは梟だった。ただ、大きく異なる点は、それは大きさが一メートル程度あり、人間の言葉を話している点だった。
望んだ相手を思い通りにしたい。彼女の望みを聞いた梟、ワシミミズクという種類のようだったが、それは困った顔をして、立派な両翼を目の前で組み、うんうん唸った数分後、代替案を挙げた。それが『薬』である。相手に飲ませることで、時限的だが言いなりにできる。
結衣がこの『薬』の力を使い、はじめに目を向けたこと。それが、永塚の殺害だった。
彼女の実家、父親の営む理容室は、半年程前から休業となっている。雪解けによる東北の土砂災害は、直撃と言えずとも父親の住む町を運悪く襲った。その際に頭を強く打ってしまい、今も意識を失ったまま。目覚めるのは絶望的だという。
結衣はそこで初めて知った。父親に借金があること。その額は、大学生の結衣では、到底返しきれない程のものであること。
普通ではないアルバイトに手を出すしか、彼女には選択肢が無かった。夜、好きでもない男と体を重ねる仕事。
大学生であることと、その世界では並より上として扱われた容姿も相まって、半年足らずで大金が手に入った。このペースでいけば、借金の完済も遠い将来ではない。そう思える程の、大金。
結衣。何やってんの、ここで。
永塚が店に客として来たのは偶然だった。三つ指ついて迎えた彼女は、頭を上げたところで絶望した。神様なんて、この世にはいない。その時はそう思った。大学から離れた繁華街の中、無数にある風俗店、どうして。
泣き面に蜂というのが、それが永塚という男だったこと。これが直樹や雄吾(彼らがこのような店を利用しているとは思いたくも無いが)であればまだ良かった。サークル女子の評価が最低な男。YHクラブの恥部とまで言われているくらいの男。
黙っておいてやるから。ほら、サービスしろよ。
彼は裸でベッドに座り、己の股間を指差した。知り合いで、日頃から嫌悪していた相手に従わなければならない屈辱。彼のそそり立った陰茎は、放置された吐瀉物みたく、饐えた臭いがした。
その日、彼女を永塚は何度か蹂躙した。そこには愛も妥協も、労う言葉も一切無い。ただ己の肉欲を解消するだけの残忍な行為。結衣は必死になって耐えた。
これから俺が呼んだら、すぐに来い。全て終えた後に、彼は結衣にそう伝えた。
サークルの連中に言わないでいてやるからさ。
永塚は生塵のように腐った笑顔で、彼女を見据えた。
彼が意気揚々と店から去った後、彼女の心は落ち着かなかった。この先一生、永塚がこのことを秘密にする保証は無い。飽きたら最後、面白半分に…それこそ、酒の席の笑い話程度の感覚で、彼は他人に話すだろう。時間の問題だった。
特に雄吾には、このことを知られたくなかった。
雄吾を好きになったきっかけは分からない。一目惚れ、いや、初対面では直樹の方が魅力的だった。しかしいつの頃からか、彼が好きになっていた。
それまでは、恋をすることには何かしら、きっかけがあるものと思っていた。でも仮にそうであれば、今の私の気持ちはなんなのだろう。彼と付き合いたい、抱かれたいと思う、この欲の正体はなんだというのだろう。
嘘?それとも、勘違い?
否、全てが本物であり、全てが真実なのである。
それならどうすれば良い。永塚の口を封じる。口封じ。それこそ、殺してしまうなんてことも。
しかし、あんな男のために、人生を棒に振りたくはない。完全犯罪なんて、それこそ夢物語。突貫で考えた策なんて、すぐに明るみになり私は捕まるだろう。それこそ、お粗末な展開ではないか。
思い悩み、誰にも相談できず、項垂れていたその時に、天使はやって来たのだ。
彼女は思った。これは、定められた運命だと。
授かった力を使い、望みを叶えろということなのだと。
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