ワンナイトラブの相手は彼氏の弟でした

羽月咲羅

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「もし兄貴に捨てられたら、俺が拾ってやるよ」

(2)

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「この2年半を一緒に過ごしてきたものね。それは変えられない事実。でもね、紗奈ちゃん――」

 紅音はそこまで言ってから一旦言葉を切り、「気持ちは変わるのよ」と続けた。
 その言葉が胸の奥に響き、重く感じた。
 それはまるで琉生の気持ちは変わり始めてるのだと、そう言われてるようで。
 それに反論する言葉もその自信も、なにも持ってはいなかった。
 少し前まではなんの迷いも躊躇いもなくできたことなのに、今はなぜかできない。
 気持ちが変わるなんてそんなのとっくにわかりきってるはずで、だからこそ琉生と過ごす時間や想いを大事にしてたのに。

「絶対なんてないの。今がどれだけ良くても、環境は日々変化していくんだから」

 運命とか、信じてるわけじゃない。
 もう無邪気な子供じゃないんだから、絶対がないことくらい理解してる。
 それでも、琉生との繋がりが途切れてしまうことに寂しさと悲しさを覚えて、縋りついていたかった。


「お喋りはおしまい。さ、仕事仕事!」

 紅音は切り替えるように言って、いつもどおりの笑顔を振り撒く。
 紗奈もそれ以上はなにも言えず、はい、とひとつ頷くだけだった。

 聞きたいことや言いたいことはたくさんあるはずなのになにを言えばいいのかわからなくて、真実を聞くのも怖くて。
 いつも大事なことはなにひとつ言えなくて、奥底に閉じ込めたまま。
 こんな関係性がずっとうまくいくわけがないってわかってるのに。
 ――琉生とも、紅音とも。


「あ、羽琉くんに資料持ってくるように頼んだんだけど、ちょっと見てきてもらえる?」

 琉生の弟ということもあってか、紗奈が人前で呼ぶのと同じ呼び方で紅音は羽琉を呼ぶ。
 それは今日に始まったことじゃないのに、彼女がそう呼ぶたびにモヤッとする。
 それには気にしないようにして、紗奈は返事をして椅子から立ち上がった。




***


 目的の場所まで来て、〝資料室〟と書かれたプレートを見上げる。
 ドアノブに手を掛けて開け、紗奈はゆっくりと中へと入っていく。
 相変わらずどこか埃臭い。
 奥のほうへ進んでいくと、積み上げられたファイルを見ている羽琉がそこにはいた。

 なんだか、すごく安心した。
 なにかしてくれたわけでもないし、なにか言ってくれたわけでもない。
 なのに、羽琉の顔を見た途端、胸の奥に沈んでいた重いものが軽くなった気がした。
 琉生と紅音のことで不安は消えてないのに、モヤモヤしたものが羽琉の存在で和らいだ。
 今思えば、前からそうだ。
 羽琉は人の心にいつもすんなりと入ってきて、そういうふうに気持ちを軽くしてくれる。


「あ、紗奈」

 ふと視線に気付いたようで、羽琉がこっちに目を向けてくる。
 たったそれだけで胸の奥が音を立てた気がしたけど、目を逸らした。

「どしたの」

 屈託のない笑顔を向けて聞かれて、意味もなく慌ててしまう。
 紗奈はなんでもないように装い、そっと羽琉に近づいていく。
 彼のスーツ姿にはもう慣れたのに、何度見てもかっこよくてどうすればいいのかわからなくなる。

「あ、紅音さんに羽琉を見てきてって言われて――」
「そか。わざわざごめん。そろそろ戻ろうと思ってたんだ」

 パタン、とファイルを閉じて、羽琉はいつもと変わらない笑みを向ける。
 その笑顔に張っていたものがすっと抜けて、縋りつきたくなる。
 セックスするだけの関係でしかないのに、羽琉はすべてを受け止めてくれる気がして。
 年下なのに、琉生の弟なのに、彼はいつも包み込むような優しさをくれる。
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