ワンナイトラブの相手は彼氏の弟でした

羽月咲羅

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「こんな大事な日を、俺が知らないわけねえだろ?」

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「……そんなこと、今はどうでもいいんだよ。兄貴がしてることが許せないだけ」
「なんで? 俺がなにをしても、羽琉には関係ないだろ?」
「もし今のまま兄貴と別れたら、紗奈さんは悲しむ。今よりももっと傷つくし苦しむ。俺はそれが嫌なだけ」

 バカなくらいに優しすぎる。
 琉生が言うように、当てつけで始めたんでしょ?
 旅行先で抱いたのだって、琉生が嫌いな感情があったからでしょ?
 もし琉生の彼女だって知らなかったら、きっと抱いたりしなかった。
 琉生の彼女――羽琉にとっての自分の価値は、それだったはずだ。
 なのに。

「約束したんだ、もう傷つけさせないって。だから悲しませることしないでやって」

 ポロッと涙が溢れた。
 止めようとしてもそれは止められなくて、羽琉の気持ちを知って更に流れるばかり。
 琉生への憎しみとか嫌悪とか、そういうものだけで接してくれていたら、琉生への気持ちをもっと強く持てたのに。

「そう言うってことは、羽琉にとって紗奈は特別ってこと?」

 紗奈にとっての羽琉は特別。
 琉生のことで悩んでる時、いつも必ずと言っていいほど側にいてくれる。
 欲しい言葉をくれて、求めてるものをなんだって与えてくれる。
 セフレ――そう言い聞かせながらも、それ以上の気持ちが確かにあった。

「……まあバイトでも世話になってるし、一緒にいることも多いし」
「ふうん、それだけ?」
「………」
「羽琉、誤魔化してんのはどっちだよ。紗奈のこと本当はどう思ってんの」

 琉生がそう聞く。
 その問いかけにドキッとして、羽琉の返答がやけに気になった。
 でも、知りたいような知りたくないような気持ちになって足が震えた。

「俺は――」

 その先の言葉を聞く勇気がなくて、期待してしまう自分も嫌で。
 羽琉の言葉から逃げるように、二人にバレる前にその場から立ち去った。
 そして、またベッドに潜り込み、布団を頭から思いきり被った。


 羽琉に対しての気持ちが琉生の弟としてのものだけであれば、セフレとしてだけであればよかった。
 そしたら、どれだけ羽琉が優しくしてくれてもこんな気持ちにはならなかったかもしれない。
 だけど、いつもなにかあった時、側にいてくれるのは羽琉のほう。
 優しくしてくれるのも抱いてくれるのも、彼氏であるはずの琉生じゃない。

 これは恋じゃない、多分。
 でも、琉生よりも羽琉を求めてしまう自分がいるのは確かなこと。
 それは琉生がくれない優しさや温もりをくれるから、それだけ。
 だって羽琉は年下で、全然タイプでもなんでもないんだから。
 何度も抱き合ってきたから情が生まれただけに過ぎないんだ、きっと。
 たとえ琉生が浮気をしていたとしても心が求めているのは彼だと、そう無理やりに言い聞かせた。
 そうしないと心も体も全部、羽琉に持っていかれそうだったから。


 不意に部屋のドアが開いて、紗奈は瞼を強く閉じて寝たふりをした。
 誰かが近づいてくる気配がして、すぐにそれが琉生じゃないと気付いた。
 ふわりと漂う匂いも頭を撫でる手も、琉生とはどこか違う。
 遠くのほうで物音が聞こえるから、琉生はお風呂にでも入っているのかもしれない。

「……紗奈」

 優しい羽琉の声。
 なぜかわからないけど、たったそれだけで泣きそうになってしまった。
 寝たふりなんかやめて、その胸に抱き着いてしまいたくなった。

「こんなつもりじゃなかったのに。体だけでいいって思ってたはずなのに、心も兄貴にやりたくなくなった」

 それは紗奈に話しかけてるというよりは、一人言のようだった。
 触れられたところから羽琉の想いが流れてくるようで、なんだか心が温かくなるような気がした。

「ごめんな。でも、紗奈が嫌がることは絶対にしないから」

 羽琉はそうはっきりと言って、そっと軽く額にキスを落とした。
 羽琉はそれ以上はなにも言わず、紗奈の頭を撫でる。
 寝たふりなんかしたばかりに起きるタイミングを思いきり逃してしまった。
 視線を感じるだけでドキドキして、どうすればいいのかわからなかった。
 意味もなく小さく声を上げて布団を被り直すのが精一杯だった。

「おやすみ、紗奈」

 羽琉の声色はとても柔らかくて、頭を撫でる手も変わらずに優しくて。
 溢れそうな涙を必死に抑えるも、彼が部屋から出ていくと同時に嗚咽が溢れた。
 触れられた部分が熱を帯びたように熱くて、抱かれている時とはどこか違う熱を感じた。

 羽琉がなにを言っていたのか、どんな気持ちで側にいてくれているのか。
 頭ではちゃんと理解していながらも、それを受け入れるのが怖くて、そのせいで琉生への気持ちや羽琉への気持ちが変化してしまうのも嫌で。
 自分の中での答えはきっと出ているのに無理やりに奥底へと追いやって、更に深く布団を被って眠りに就いた。
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