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夏休み疲れ
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ユアリィが命令に従ってくれたせいか、夏休みにフェブは不調を感じることもなかった。
他の友達もいっしょだったが、ユアリィと建国祭の花火を見に行った。図書館で宿題をした。海で泳いだ。いつも通りの夏休みだった。
「欲求不満の不調になった」なんて、親に言うのも恥ずかしくて、今度、具合が悪くなったらでいいか…と、フェブは先延ばしにしていた。
しかし、新学期が始まって1週間が過ぎ、また微かな頭痛と、体の熱っぽさとだるさが、やって来た。
「夏休み疲れ?」
笑う母に、もじもじ、もごもご、フェブが不調の理由を言うと、家にあった抑制剤を渡された。
薬屋で買った抑制剤なのか、邸に寄り集まって住む親戚の誰かが病院で処方された抑制剤なのか、フェブの不調には、あまり効かなかった。
病院へ行って、お医者さんに診てもらって、自分の不調に合う抑制剤を処方してもらえば、効くのかもしれない。でも、お金もかかるし、病院に連れて行ってもらうために、母親に仕事を休ませることになる。ちょっと我慢すればいいだけだと、フェブは自分で自分に言い聞かせて、本当につらい時だけ、抑制剤を飲むようにした。抑制剤がなくなっちゃったら、買わないとならないから。
抑制剤を飲んでも、自分の命令に、ユアリィが従ってくれた時みたく、微かな頭痛も、体の熱っぽさも、だるさも、すっと消えてはくれない。
――フェブは、あの時のことは、思い出さないようにしていた。ユアリィの熱っぽく潤んだ青い瞳も、半開きの唇も。
風邪じゃないから、フェブは学校に行っていたが、生成魔術の実技で、微かな頭痛に邪魔されて、上手く魔力を集中できずに、球体を作り上げられなかったのが、くやしくて、放課後、教室に居残って、練習していた。
がんばっても、やっぱり球体は、どことなく歪で、フェブは、大きなため息をついた。
「お薬、飲んでる?」
フェブが魔力を集中する邪魔にならないように、視界に入らない席の机の上に腰掛けているユアリィが聞いて来た。
「抑制剤」ではなく「お薬」と言ったのは、教室には二人だけだったが、廊下で誰かに通りがかりに聞かれるかもしれないと、ユアリィが気遣ってだろう。
まだ精神的・身体的に未熟な子どもたちの、友人関係・恋愛感情に悪影響を及ぼさないように、おともだちのDom・Sub・Normalを聞き出そうとしたり、言わせたりすることは、禁じられている。と言っても、仲の良い友達や、お付き合いしている相手と、こっそり教え合うことは、大人に止めようもなかった。
ユアリィが何も言わないから、フェブも何も言わなかったけれど、ユアリィが教えてくれないことを、俺って、教えてもらえるほどの友達じゃないんだな…と、実は内心、くよくよしていた。
自分の机の上の、歪な球体を見つめたまま、フェブは答えた。
「飲んでるよ」
「でも、具合、良くないよね?」
「そんなことない」
「ふふっ」
ユアリィに笑われて、フェブは頬がカッと熱くなって、顔を上げた。――そんなわけないのに、貧乏貴族は病院にも行けず、ちゃんとした抑制剤も飲めないことを、ユアリィに見透かされて笑われたみたいに感じてしまったのだ。
ユアリィは笑顔で、遠い席のフェブの顔を覗き込むように体を横向きに乗り出して見る。フェブは下を向いて、歪な球体を見つめ、言葉に気を付けて、言った。うっかりユアリィを命令に従わせてしまわないように、フェブは言葉に気を付けていた。
「どうして笑うんだよ?」
「ふふっ。具合悪いの、否定するだろうなと思ったら、まんま否定したから。ふふふっ」
「笑うなよっ」と言うことが、フェブはできなかった。
今まで全く意識もしていなかったが、日常生活で、普通に命令を言っているのだ。
ユアリィを従わせてしまった「座って」もそうだが、「来なよ」とか「見て」とか「待って」とか「やめろ」とか、めちゃくちゃ普通に言ってる。
フェブが教室に誰もいなくなるのを待って、生成魔術の練習を始めようとした時にも、机の上に腰掛けたユアリィに、「もう帰れよ」と言いたかったのだが、命令じゃない言い方を思いつかなかった。
フェブは乗り出していた体を真っすぐにすると、長い足を、ぶらぶら振って、言う。
「今までだって、普通だろ。フェブが『座れよ』って言って、ぼくがイスに座るの、普通だろ。『来いよ』ってフェブに言われたら、普通に、ぼく、走って行くよ。ぼくが制服の上着、着てて、暑そうにしてたら、『脱げば?』ってフェブ、普通に言うだろ。そしたら、ぼく、普通に制服の上着、脱ぐよ。それが『命令』になるだけの話だろ」
ユアリィも、自分と同じことを思っている。と、フェブは思った。でも、結論がちがう。――やっていることは、今までと何にも変わらなくても、『意味』は変わってしまう。変わっていってしまう。
フェブは下を向いたまま、歪な球体を見つめて言った。
「友達だから。友達なのに、『支配する』とか『支配される』とか、おかしいよ」
「ぼくもそう思うよ」
ユアリィは、音を立てて隣の机を引き寄せて、自分が腰掛けている机にくっ付けると、寝そべった。
「自分がSubって、」
「誰かに聞かれたらどうするんだよ」
フェブは顔を上げ、ユアリィをさえぎる。Subだなんて知られたら、Domの誰かが、ユアリィを支配してしまうかもしれないと思うと、フェブの頭痛は強くなった。
「だいじょうぶ。結界魔術で封じてるから。ぼくたちのことは、誰にも見えない。聞こえない。」
ユアリィはそう言って、話を続けた。
「自分がSubって知って、マジ最悪最低って思ったよ。ぼく、こう見えて、人の言いなりになるの、キライな人じゃん?」
「そうだね…」
魔術実技で、先生の説明が終わる前に、ユアリィは勝手に始めて、いつも怒られている。遊んでいる時も、たとえば昼休みに、ほとんどの友達が「サークルドッジボールで遊ぼう」と言っていたら、自分がちがう遊びをしたかったとしても言わないでおくのが普通なのに、ユアリィはヘーキで、ちがう遊びがしたいと言い出す。本気でサークルドッジボールがしたくないと思えば、遊ばずに一人で教室に戻ることすらある。
ユアリィは机の上、起き上がった。
「でも、フェブに支配されたの、いやじゃなかった」
美しい濃い褐色の肌。夏の空みたいな青い瞳。さらさらの短い黒髪。長い手足。
フェブは唇を噛む。頭の中で痛みが叫ぶ。
支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい
「Come」
フェブの唇は命令していた。――きっと命令に従ってしまうSubの体って、こんな感じなんだろうな。と思いながら。自分の体なのに、まるで自分の体じゃない。
ユアリィは机を下りて、フェブの席のそばに歩いて来る。
「Sit」
フェブの命令に、ユアリィは床に座り込む。フェブの命令に従わされているのに、ユアリィは、にこにこしている。フェブは手を伸ばし、黒髪を、さらさらと撫でた。
フェブの頭痛は消え、体の熱っぽさも、だるさも消え失せていた。
ユアリィとプレイするようになって、フェブは欲求不満の不調を感じることはなくなり、魔力が強くなった。
魔力の強さは、DomやSubの本能の欲求と比例する。
魔力が強くなっているということは、「支配したい」というDomの本能の欲求が強くなっているということを意味していた。フェブは、それが、とてつもなく嫌だった。
ユアリィを支配なんかしたくないのに。友達なのに。
他の友達もいっしょだったが、ユアリィと建国祭の花火を見に行った。図書館で宿題をした。海で泳いだ。いつも通りの夏休みだった。
「欲求不満の不調になった」なんて、親に言うのも恥ずかしくて、今度、具合が悪くなったらでいいか…と、フェブは先延ばしにしていた。
しかし、新学期が始まって1週間が過ぎ、また微かな頭痛と、体の熱っぽさとだるさが、やって来た。
「夏休み疲れ?」
笑う母に、もじもじ、もごもご、フェブが不調の理由を言うと、家にあった抑制剤を渡された。
薬屋で買った抑制剤なのか、邸に寄り集まって住む親戚の誰かが病院で処方された抑制剤なのか、フェブの不調には、あまり効かなかった。
病院へ行って、お医者さんに診てもらって、自分の不調に合う抑制剤を処方してもらえば、効くのかもしれない。でも、お金もかかるし、病院に連れて行ってもらうために、母親に仕事を休ませることになる。ちょっと我慢すればいいだけだと、フェブは自分で自分に言い聞かせて、本当につらい時だけ、抑制剤を飲むようにした。抑制剤がなくなっちゃったら、買わないとならないから。
抑制剤を飲んでも、自分の命令に、ユアリィが従ってくれた時みたく、微かな頭痛も、体の熱っぽさも、だるさも、すっと消えてはくれない。
――フェブは、あの時のことは、思い出さないようにしていた。ユアリィの熱っぽく潤んだ青い瞳も、半開きの唇も。
風邪じゃないから、フェブは学校に行っていたが、生成魔術の実技で、微かな頭痛に邪魔されて、上手く魔力を集中できずに、球体を作り上げられなかったのが、くやしくて、放課後、教室に居残って、練習していた。
がんばっても、やっぱり球体は、どことなく歪で、フェブは、大きなため息をついた。
「お薬、飲んでる?」
フェブが魔力を集中する邪魔にならないように、視界に入らない席の机の上に腰掛けているユアリィが聞いて来た。
「抑制剤」ではなく「お薬」と言ったのは、教室には二人だけだったが、廊下で誰かに通りがかりに聞かれるかもしれないと、ユアリィが気遣ってだろう。
まだ精神的・身体的に未熟な子どもたちの、友人関係・恋愛感情に悪影響を及ぼさないように、おともだちのDom・Sub・Normalを聞き出そうとしたり、言わせたりすることは、禁じられている。と言っても、仲の良い友達や、お付き合いしている相手と、こっそり教え合うことは、大人に止めようもなかった。
ユアリィが何も言わないから、フェブも何も言わなかったけれど、ユアリィが教えてくれないことを、俺って、教えてもらえるほどの友達じゃないんだな…と、実は内心、くよくよしていた。
自分の机の上の、歪な球体を見つめたまま、フェブは答えた。
「飲んでるよ」
「でも、具合、良くないよね?」
「そんなことない」
「ふふっ」
ユアリィに笑われて、フェブは頬がカッと熱くなって、顔を上げた。――そんなわけないのに、貧乏貴族は病院にも行けず、ちゃんとした抑制剤も飲めないことを、ユアリィに見透かされて笑われたみたいに感じてしまったのだ。
ユアリィは笑顔で、遠い席のフェブの顔を覗き込むように体を横向きに乗り出して見る。フェブは下を向いて、歪な球体を見つめ、言葉に気を付けて、言った。うっかりユアリィを命令に従わせてしまわないように、フェブは言葉に気を付けていた。
「どうして笑うんだよ?」
「ふふっ。具合悪いの、否定するだろうなと思ったら、まんま否定したから。ふふふっ」
「笑うなよっ」と言うことが、フェブはできなかった。
今まで全く意識もしていなかったが、日常生活で、普通に命令を言っているのだ。
ユアリィを従わせてしまった「座って」もそうだが、「来なよ」とか「見て」とか「待って」とか「やめろ」とか、めちゃくちゃ普通に言ってる。
フェブが教室に誰もいなくなるのを待って、生成魔術の練習を始めようとした時にも、机の上に腰掛けたユアリィに、「もう帰れよ」と言いたかったのだが、命令じゃない言い方を思いつかなかった。
フェブは乗り出していた体を真っすぐにすると、長い足を、ぶらぶら振って、言う。
「今までだって、普通だろ。フェブが『座れよ』って言って、ぼくがイスに座るの、普通だろ。『来いよ』ってフェブに言われたら、普通に、ぼく、走って行くよ。ぼくが制服の上着、着てて、暑そうにしてたら、『脱げば?』ってフェブ、普通に言うだろ。そしたら、ぼく、普通に制服の上着、脱ぐよ。それが『命令』になるだけの話だろ」
ユアリィも、自分と同じことを思っている。と、フェブは思った。でも、結論がちがう。――やっていることは、今までと何にも変わらなくても、『意味』は変わってしまう。変わっていってしまう。
フェブは下を向いたまま、歪な球体を見つめて言った。
「友達だから。友達なのに、『支配する』とか『支配される』とか、おかしいよ」
「ぼくもそう思うよ」
ユアリィは、音を立てて隣の机を引き寄せて、自分が腰掛けている机にくっ付けると、寝そべった。
「自分がSubって、」
「誰かに聞かれたらどうするんだよ」
フェブは顔を上げ、ユアリィをさえぎる。Subだなんて知られたら、Domの誰かが、ユアリィを支配してしまうかもしれないと思うと、フェブの頭痛は強くなった。
「だいじょうぶ。結界魔術で封じてるから。ぼくたちのことは、誰にも見えない。聞こえない。」
ユアリィはそう言って、話を続けた。
「自分がSubって知って、マジ最悪最低って思ったよ。ぼく、こう見えて、人の言いなりになるの、キライな人じゃん?」
「そうだね…」
魔術実技で、先生の説明が終わる前に、ユアリィは勝手に始めて、いつも怒られている。遊んでいる時も、たとえば昼休みに、ほとんどの友達が「サークルドッジボールで遊ぼう」と言っていたら、自分がちがう遊びをしたかったとしても言わないでおくのが普通なのに、ユアリィはヘーキで、ちがう遊びがしたいと言い出す。本気でサークルドッジボールがしたくないと思えば、遊ばずに一人で教室に戻ることすらある。
ユアリィは机の上、起き上がった。
「でも、フェブに支配されたの、いやじゃなかった」
美しい濃い褐色の肌。夏の空みたいな青い瞳。さらさらの短い黒髪。長い手足。
フェブは唇を噛む。頭の中で痛みが叫ぶ。
支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい支配したい
「Come」
フェブの唇は命令していた。――きっと命令に従ってしまうSubの体って、こんな感じなんだろうな。と思いながら。自分の体なのに、まるで自分の体じゃない。
ユアリィは机を下りて、フェブの席のそばに歩いて来る。
「Sit」
フェブの命令に、ユアリィは床に座り込む。フェブの命令に従わされているのに、ユアリィは、にこにこしている。フェブは手を伸ばし、黒髪を、さらさらと撫でた。
フェブの頭痛は消え、体の熱っぽさも、だるさも消え失せていた。
ユアリィとプレイするようになって、フェブは欲求不満の不調を感じることはなくなり、魔力が強くなった。
魔力の強さは、DomやSubの本能の欲求と比例する。
魔力が強くなっているということは、「支配したい」というDomの本能の欲求が強くなっているということを意味していた。フェブは、それが、とてつもなく嫌だった。
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