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第四章 波乱の予感

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「髪を下ろしているのも悪くない。染めてるのか?」

車が信号待ちの列で止まると、彼はちらりと横目に私を見た。
その発言は彼にとって無自覚だ。私を褒めて喜ばせようとかそういう意図は一切感じられない。
『今日は暑いな』くらいの感覚なのだろう。
言われた方はドキドキしてしまうし、たまったもんじゃない。

照れくさくて髪を指で梳かすふりをして彼とは反対側の窓ガラスの方へ顔を向ける。

「染めてません。母に似て色素が薄いので、よく誤解されます」
「そうか。確かに瞳も茶色いな」

納得したように彼が頷いたとき、バッグの中のスマホが音を立てて鳴り出した。
取り出すと画面には『尚』と表示されている。

「電話だろ?気にせず出てくれ」
「ありがとうございます」

彼の気遣いに感謝してスマホを耳に当てると、『萌音?』と低い声が耳に届いた。
尚は私の一つ年下の弟だ。とはいっても、血は繋がっていない。
父と継母が再婚したとき、継母に連れられてきたのが尚だった。

『もう仕事終わった?』
「うん。尚は?」

電話越しの尚の姿を想像するだけで自然と笑みが漏れる。

『……終わった。でさ、これから萌音のアパート行ってもいい?出張先で買ったお土産を渡したいんだ。そのあと、一緒に夕飯でもどう?』

有名大学を卒業後、大手不動産会社に就職した尚は、今もこうやって頻繁に連絡くれる。
互いに血の繋がりはないことは知っている。
それでも、私たちは本当の姉弟のように仲が良い。優しくて姉思いの尚は、私にとって自慢の弟だ。

「ごめんね。今日は無理なの」
『もしかして、誰かと会うの?』
「うん、ちょっとね」

言い淀む。まさかその相手が隣にいると弟に言うのは照れくさい。

『……まさか、男じゃないよね?』

わずかな間の後、尚が尋ねた。

「それはナイショ。今日の埋め合わせはちゃんとするから。またね」

私はそう告げて電話を切った。
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