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第2章「月下に煌めく箱庭」

28話 食事会と大食い競争

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 メアと一緒に料理を見て回っているだけでも、今の状況の緊迫感を少しでも忘れられる気がした。シュノーちゃんとレノちゃんは、二人で楽しそうに何かを話している。会話の内容は聞こえてこなかった。
 デザートのオレンジケーキに心を躍らせていたところで、食堂に二つの人影が現れる。

「おーっす。戻ってきたぜー」
「シオ、ソルー! 待ってたのだー!」
「ここが夕飯の会場みたいだね。随分と広いけど」

 お風呂に入っていた二人が戻ってきた。人も揃ったことだし、ようやく夕飯を食べられる。

「フローリア、好きな料理選んでいいって言ってたよ。あ、でもそこの寝ぐせ男はだめ」
「んだとっ!? このチビ女!!」
「だからシュノーはチビじゃない。レノと同じ特製料理を食べてもらうだけ」

 睨み合ってはいるけれど、仲自体はそこまで悪くなさそう……に見える。
 大食い競争で食べる料理と、バイキングの料理は別になるようだ。どんな料理が出てくることやら。
 みんなそれぞれ料理をとったところで、私たちは使用人たちに案内され、食堂の真ん中に置かれた長く広いテーブルについた。
 私とメア、シオン、ソルの座る向かい側に、シュノーちゃんとレノちゃん、フローリアさんが座った。

「さあ、お客人の皆さん。本日もおもてなしさせていただきますので、どうぞごゆっくりお楽しみくださいね」

 フローリアさんの挨拶により、夜の食事会が始まった。
 とった料理に個性が現れて、そっと眺めるだけでも面白い。私は何かと肉料理が多いけれど、メアは甘いものや卵料理が多い。ソルはサラダや野菜料理が一番多かった。
 比較的物静かで、圧倒的頭脳派の二人は、今までの状況をまとめながら食事をしていた。

「なるほど……僕らやこの子たちは、例の事件の被害者だったんだね」
「ああ。私やユキアも驚いたよ。クレーのことも知っていたし、情報共有できて助かった」
「僕も『神隠し事件』について噂だけは聞いたことがあったからね。今思えば、キャッセリアで僕らの前に現れた時点で怪しかったわけだ……」
「そうだな。私ももっと早く気づけばよかった……」

 メアとソルは食事をしつつ、真剣な顔で話をしている。テーブルの向こう側には聞こえないくらい小さな声だったが、私には大体聞こえていた。
 本当に、事件についてほとんど知らなかったのは私だけだったらしい。

「あれ、シュノーちゃん? デザート早くない?」
「アイス食べたかった。冷たいものが好きなの」

 シュノーちゃんは、サラダの他に様々な色のアイスを並べていた。しかも、食事が始まったばかりなのにアイスから食べている。
 そういえば、シオンとレノちゃんは特製料理を食べる、と言っていた。どういう感じなのか眺めてみる。
 なんと────二人の前には、私たちの数倍以上の量の料理が置かれていた。しかも、バイキングで用意されていたものよりもボリュームが多い。
 デザートの類は見当たらないが、心なしかカロリーが高そうに見える。絶対あんな量は食べたくない。

「おい、チビ女二号……オレに大食い勝負を吹っかけた以上、容赦しねぇぞ」
「チビじゃないっ、レノなのだ!! 絶対後悔させてやるのだっ!!」

 こっちは私以上に気楽な奴らの集まりだった。大食い競争、やっぱり本当にやるんだ……。
 二人はナイフとフォークを両手に身構えている。レノちゃんの後ろには、ルルカさんが立っていた。どうにも落ち着かない様子だ。
 巻き込まれたんだな……。

「そ、それではお二方。勝利条件は、先に規定量の料理を食べきることでございます。準備はよろしいでしょうか?」
「おう!」
「おーけーなのだ!」
「では……スタート!」

 ルルカさんのかけ声で、二人は一斉に料理を口に放り込み始める。
 小さい頃からシオンのことは見ているから、大食いの光景もある程度見慣れている。肉類が大好物とはいえなんでも食べるから、あいつは大食い競争の類に負けたことは一度もなかった。
 とはいえ、それは身内の中だけでの話だ。同じ神とはいえ、まだ知り合ったばかりのレノちゃんのことはよく知らない。姉のシュノーちゃんよりもさらに小さい背丈で、果たしてどれだけの料理を胃に収められるというのか。

「うおおぉぉ!! 負けられるかああぁぁ!!」
「レノも本気出すのだー!!」

 料理がすさまじい勢いで減っていく。テーブルの上の料理が尽きそうになるたび、使用人が皿を入れ替えて料理を追加していく。
 シオンもレノちゃんも、手が止まる気配はない。ひたすら料理を胃の中に収めていくだけだ。

「シオンはともかく、レノちゃんがあんなに大食いだとは思わなかったな……」
「レノ、小さい頃からあんな感じ。昔の方がもっとすごかった」

 私の言葉に応えたシュノーちゃんも、ひたすらアイスを頬張っている。
 いくつアイスを食べたのか知らないが、こっちも手を止める気配はない。

「レノさん、シオンさん! 頑張ってくださーい!」
「お、お嬢様、もう少し抑えた方が……」
「はっ。私としたことが……少々はしゃぎすぎてしまいました」

 フローリアさんに注意するルルカさん自身も、少し表情が緩んでいるように見えた。
 そういえば、ルルカさんは庭師だと聞いた。その言葉が本当なら、この場にいる他の使用人とはまた少し違うのだろうか?
 ここに来るまでも、フローリアさんの車椅子を押していたのはルルカさんだった。他の使用人よりも、距離が近く思われる。

「まったく……小さい子相手なんだから、シオンも手加減してやればいいものを……」
「この調子じゃ、手加減したらあっという間に負けそうだけど」
「えぇ?」

 ソルの言葉に耳を疑った。
 見ると、二人とも最初よりも食べる速度が落ちていた。顔にも苦しみが滲み出てきている。
 限界ギリギリといったところか……。

「勝負、もうちょっとでつきそう」
「ですね……! お二人とも、あとちょっとです!」

 私たちだけでなく、シュノーちゃんもフローリアさんも、ルルカさんも大食い競争に釘付けになっていた。
 それからまもなく────決着はついた。
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