ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

文字の大きさ
51 / 276
第3章「海と大地の箱庭」

50話 隠れ家

しおりを挟む
 *

 ────頭が痛い。
 岩壁に囲まれた薄暗い空間に佇むクレーは、ここまで来る間に猛烈な頭痛に苦しんでいた。辺りに岩の欠片や瓦礫が散乱し、ところどころ血の跡が残っている。
 致命的な傷は負っていない。回収すべきものは回収した。しかし、予想以上に苦戦を強いられ、とてつもない疲労が身体にのしかかってきている。
 この痛みのすべては、左腕で抱えている小さな青い女神によるものだった。

(……妹の方は逃がしたか。まあ、今まで通り泳がせておくか)

 ぐったりとしたシュノーを運びつつ、洞窟のさらに奥へ進む。夜はまだ明けておらず、奥へ進むたびさらに暗くなっていく。
 進んだ先は岩壁だった。クレーは行き止まりに向かって口を開く。

「終わった。入れろ」
「合言葉をお願いします」
「……『この世の神は真の神にあらず』」

 渋々口にした言葉に呼応し、岩壁の一部が魔力によって溶け出す。生まれた入口は人一人が入るには十分な大きさだった。
 クレーが入口をくぐったところで、岩壁は魔法で元に戻った。

「おや、お久しぶりです。クレー様」

 岩壁があったはずの先には少し明るめの空間が広がっており、一人の青年が出迎える。
 フードを深く被っているゆえ、顔はよく見えないが、クレーとは対象的に白いローブを着ている。

「けっ。ご丁寧にお出迎えかよ。オマエも暇だな」
「ちょうど仕事が終わったところですから。情報共有、よろしいですか?」

 声のトーンが高く、機嫌が良さそうだったが、クレーは何もない地面へ唾を吐く。

「今回赴いた箱庭の魔物が倒された。例の一般神たちの仕業だ」
「……『チュトラリーロック』が、ですか?」

 青年の声は訝しいものだった。クレーは仮面で隠れていない口をへの字に曲げながら続ける。

「その前の『デストロック』も、何か知らねぇが勝手に消滅しやがった。あの神たち、それほど強くないはずなのに、妙に骨がある」
「あはは……少し予想外でした」
「それだけじゃねぇ。瞳に模様を持つ子供まで味方につけていやがった。『あのお方』が最も警戒している奴だ」
「本当ですか? いやはや、厄介ですね……」

 報告されることはすべて失敗に終わったものばかりでありながら、不平を垂れることもなく、苦笑いを浮かべている。その態度が、クレーは気に食わなかった。

「オレは双子の妹の方に魔法を使って監視してたんだが、これだけじゃ姉にしか縛りにならねぇ。あの四人もなかなか厄介だし、どうしたもんか……」
「まあまあ、ご心配には及びません。そのための最後の砦じゃありませんか」

 一時は動揺しかけた青年だったが、すぐに調子を取り戻して応える。
 青年はクレーを連れ、洞窟のさらに奥へ歩いていく。奥に進むにつれて空気は淀み、生温かい温度に満ちていく。逆に、薄暗かった空間は少しずつ明るくなっていく。
 薄緑の光で満たされている空間へと出たところで、クレーは顔をしかめた。

「……おい。なんだこれ」

 岩壁のそばに、巨大な果実のような何かがぶら下げられていた。中で緑と紫の液体がマーブル模様を浮かべながら混ざり合い、巨体を保護している。その巨体の正体は掴めないが、少なくとも人ではないことは明確だった。

「『あのお方』が現在作っている魔物です」
「は? つまり新作ってかぁ?」
「ぼくもついこの間見せてもらったばかりなんですが。今回は一味違うそうですよ」
「よくわかんねぇが、策はあるってことだな。わかった」

 二回連続で規模の大きな魔物を倒されてしまったことで、クレーの脳内は焦燥感で満ちていた。しかし、青年の話を聞いたことで、思考に少し余裕が生まれる。
 もう容赦する理由はない。追い詰めた暁には、必ず全員亡き者にする。そんな固い決意を胸に秘めた。

「おい。オレはコイツを『あのお方』のところへ運ぶ。オマエはどうする?」
「命令が下るまで、外にお出かけしようと思います。この箱庭、数日前に初めて来たものですから」
「そうかよ。せいぜい羽を伸ばしてくるこった」
「ふふ────ぼくにはまともに伸ばせる翼もございませんよ」

 あなたとは違ってね。
 そう言いながらすぐに立ち去る青年。魔法で一度溶け、元の岩壁に戻ったその場所をじっと睨みつける。

(ああ、本当にムカつく野郎だな)

 誰もいなくなった不気味な洞窟で、クレーはただ一人舌打ちをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

余命半年の僕は、君を英雄にするために「裏切り者」の汚名を着る

深渡 ケイ
ファンタジー
魔力を持たない少年アルトは、ある日、残酷な未来を知ってしまう。 最愛の幼馴染であり「勇者」であるレナが、半年後に味方の裏切りによって惨殺される未来を。 未来を変える代償として、半年で全身が石化して死ぬ呪いを受けたアルトは、残された命をかけた孤独な決断を下す。 「僕が最悪の裏切り者となって、彼女を救う礎になろう」 卓越した頭脳で、冷徹な「悪の参謀」を演じるアルト。彼の真意を知らないレナは、彼を軽蔑し、やがて憎悪の刃を向ける。 石化していく体に走る激痛と、愛する人に憎まれる絶望。それでも彼は、仮面の下で血の涙を流しながら、彼女を英雄にするための完璧なシナリオを紡ぎ続ける。 これは、誰よりも彼女の幸せを願った少年が、世界一の嫌われ者として死んでいく、至高の献身の物語。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

処理中です...