ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

文字の大きさ
116 / 276
第5章「神々集いし夢牢獄」

115話 White Dress

しおりを挟む
 *

 夜明けが訪れたばかりの繁華街に、誰も見向きもしないばしょ大量の蔦が這う白い建物があった。ところどころひび割れたそこは、もう使われていない教会のような建物だった。
 廃墟同然のこの場所は、とても生命が住めるようなものではない。だが、この建物にはもう一つの「顔」があった。
 倉庫の扉を開ければ「地下」へと続く階段がある。その階段を下り、入り組んだ地下通路を通った末に、両開きの扉が待ち構えている。
 白いローブを身にまとう青年は、その扉の前で立ち止まった。

「入れてくださいます?」
「合言葉をお願いします」

 内側から答えた声が反応を返す。

「『この世の神は真の神にあらず』」

 青年が手早く答えると、内側にいる何者かが重たい扉を引き開けた。中から黒いローブ姿の人影が二人分現れ、彼を迎え入れる。

「おかえりなさいませ、エンゲル様」
「はい、ご苦労」

 迎え入れられた白いローブの青年──エンゲルは、にこりと微笑みを浮かべて中に入る。すぐに扉は固く閉められ、二人は扉の前に立ったままほぼ動かなくなる。
 ここは、とある組織の隠れ家だった。祈祷室や懺悔室、それに加え宿泊施設も併設された中規模な地下施設として、繁華街の下に身を潜めている。
 エンゲルは施設の中のとある部屋に向かっていた。途中、通路を歩く黒いローブの者たちに会釈され、彼らに愛想笑いを振りまいていく。黒の中で、白いローブは何よりも目立っていた。
 やがて、施設内の一際豪華な扉の前に立った。特に躊躇することもなく、扉をノックする。

「ただいま戻りました、ノーファ様」
「入りなさい」

 中から聞こえたのは、甘く幼い少女の声。恭しく丁寧に扉を開け、部屋に入る。
 そこは令嬢の部屋そのものといっても過言ではなかった。部屋の中はお菓子の匂いで満ちており、白く大きなベッドの他、真ん中に白いティーテーブルと二つの椅子が設置されている。
 部屋の主らしい、ノーファと呼ばれた少女は椅子の片方に座り、白いドレスを身にまとったまま喫食していた。白い前髪で左目が隠れているが、翡翠に似た色の右目には楕円の模様が刻まれている。

「ご苦労様、エンゲル。報告ついでにお茶でもいかがかしら。ちょうど淹れようと思っていたの」
「では、お言葉に甘えることにいたします」

 エンゲルは一度礼をしてから、まとっていたローブを脱いだ。
 ピンクゴールドの短髪と金色の瞳、白を基調とした軍服に似た装束。何より特徴的なのは、右肩にしか生えていない白銀の翼だ。銀白色の鎖を巻かれていることもあって、飛べるようには見えなかった。
 ノーファの向かい側に置かれた椅子に座ったエンゲル。一度喫食を中断したノーファは、ティーポットを手に空っぽのティーカップを引き寄せた。

「それで、他の箱庭の様子はどう?」
「準備は着々と進んでおります。先の事件で破壊された魔物については、修復が難しいのですが……」
「別に構わないわ。あれらは粗悪品だし、代替は利くでしょう」
「そうですか。ああそれと、ついこの間の事件で『ラケル』が消されたようです。恐らくは『最高神』の仕業かと」
「ああ、それなら愚弟から報告があったわ。残念ね。新しい同胞に加えようと思っていたのだけど」
「身体自体はまだ生きていますが、どうも人が変わってしまったようで……」
「よくあることよ。多重人格者に宿る人格たちは、常に自分が主人格を乗っ取ろうと争っているって言うでしょう? 今回は人格が二つだけあって、その片方が外的要因で消えてしまっただけ。何も不思議なことではないわ」

 注がれたばかりの紅茶に、角砂糖が一つ沈み込む。カップを回されるうちに、甘く白い箱はみるみる小さくなり、溶け切っていった。
 微笑みを崩さぬノーファに対し、エンゲルは苦々しい顔を浮かべる。

「……ぼくは、あの最高神のやることが気に食わないです。を自分で処分するだなんて」
「そうね。彼女のエゴに付き合わされる側は溜まったものじゃないものね。ほら、召し上がれ」

 状況には似合わぬ物騒な話題とともに、エンゲルへティーカップを出した。湯気がほんのりと立ち上る紅茶を丁寧にいただく。
 カップに口をつけたエンゲルの顔がリラックスしていき、朗らかな笑顔が戻っていく。

「美味しいですね。今回もピオーネが?」
「紅茶だけじゃないわ。お菓子も彼女が差し入れてくれたの。とっても甘くて、毒薬を入れてもバレないんじゃないかしら?」
「テロにはもってこい……ってところですか?」
「うふふ、そうね。テロとまではいかなくても、誰かを消すにはうってつけかもしれないわ」

 幼い顔で無邪気に笑っているのに、話している内容はとことん残酷なものである。
 ノーファから切り分けたガトーショコラを差し出され、エンゲルは黙って口にする。甘すぎないまろやかな味わいは、自然と身体と心をリラックスさせていった。
 この頃、ノーファは既に紅茶を飲み切っており、再びティーポットで同じものを注いだ。ティーカップを紅茶で満たしたあと、懐から取り出した小瓶の中の液体を追加し、カップを回して溶け込ませていく。

「いつも思うのですが、紅茶に入れているそれは何です?」
「あなたたちは知らなくていいわ。強いて言うなら、そうね……お茶には欠かせないエッセンスかしらね、うふふ」

 一瞬たりとも笑顔を絶やさない彼女には隙も見当たらない。エンゲルもそれ以上の追及はやめた。
 再び紅茶を飲み始めたノーファは、「それより」と話題を切り替える。

「久々に故郷に戻ってきて、どうだった?」
「どう、と言われましても……あまり変わっていませんでしたよ」
「神の世界は不変たるものではないわ。何かしら変化はあるんじゃなくって? 例えば、あなたの家族とか」
「……家族、ですか」

 ふと、エンゲルの脳裏を懐かしい面影がよぎる。同じ髪と目の色、そしてもう片翼を持つ泣き虫な弟の姿を、ぼんやりと思い出していた。

「そういえば、一度離れてから会っていませんでした」
「会いたいなら別に構わないわよ。家族は大事でしょう?」
「……そう、ですね。会っても……いいのでしょうか?」

 紅茶を飲み干したときには、あどけない白い顔に陰が落ちていた。無表情になっているノーファの目に釘付けになり、エンゲルは息を飲む。

「好きにしたらいいわ。でも、預言はいずれ現実になる。わたくしたちの目的を、悲願を忘れないで」
「……わかっています。ノーファ様」

 答えに満足したのか、にこりと大人びた笑みを返すノーファ。報告という用事を済ませたエンゲルは立ち上がり、礼をしてからローブを着直し、部屋を退出する。
 甘い匂いで満ちた空間から出てからというもの、僅かな古臭いかびの匂いが鼻をくすぐる。エンゲルはドアから離れ、隠れ家の奥へと歩いていく。
 そんな中で、藍色の装束の子供──シファがエンゲルの側へ歩いてくるのを見つける。フードをいつもよりも深く被っており、表情はわからない。

「シファ様、いかがされたのですか?」
「なんでもない。おれに構うな」

 いつにも増して声は冷たかった。そのまま自分の横を歩き去ろうとしたので、エンゲルは廊下の端に寄る。
 すれ違う瞬間、シファは顔を上げて目を合わせた。眉をひそめ、ひどく思いつめた状態なのが見て取れる。

「おまえは失敗するなよ、エンゲル。姉さんはきっと、おまえに一番の期待をかけているから」

 それだけを吐き捨て、シファは立ち去っていった。エンゲルは立ち止まったまま、再び歩き出すのに不自然なほど時間を要した。
 ああ、そうだ。今、自分がやるべきことを思い出した。過去の安らかな記憶とともに、憎々しい記憶も蘇る。
 青年は、「完全」という概念に異常なほどの執着を向けているのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...