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第6章「最高神生誕祭」

120話 体験入隊

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 ティアルは私とアスタの手を掴んで引っ張りながら、郊外へと一直線に走る。郊外からさらに中央都市から離れる形で移動し、ようやく手を離してもらったのはとある草原についてからだ。

「もー、連れてくる方法が乱暴だよ! それにここはどこなの?」
「おっと、アスタはわかんないよな。説明しつつ歩くぜ」

 私たちはティアルについていく形で、森のある方角へ歩く。その間に、ティアルがアスタに説明を始めた。
 元々、中央都市は広い草原や山に囲まれている。箱庭の一番外に山、その手前に森、そして草原が広がっている真ん中に都市があるわけだ。
 都市から離れれば離れるほど危険にさらされるため、草原や山に神が住むことは原則として禁じられている。なぜ危険なのか……それは、魔物が基本的に森や山の方から現れ、中央都市に近づいてくるからだ。

「魔特隊は普段、低級や中級くらいの弱めな魔物を狩っている。仕事をサボらずに魔物を倒していれば、中央都市の神たちは安全に過ごすことができるからな。お前らには、うちの哨戒班に加わって魔物退治を手伝ってもらうぜ」
「哨戒班?」
「うちは基本、三つの小隊に分かれている。けど、哨戒班はそれとは別に、一時的な任務を遂行するために組んだ複数の部隊なんだ。その日発生している魔物の強さ、数によって戦力を調整するためだな」

 今回、私とアスタが参加するのは、その哨戒班の一つというわけだ。他に誰が参加しているかは知らないが、知り合いが一人でもいれば事情は説明しやすいかもな。
 やがて、森の近くに数人立っているのを見つけた。私たちはそのひとたちの元へ急ぐが、見覚えのある金色のバイクが……。

「よっ、オルフにルマン! 助っ人を連れてきたぜ」
「ティアル指揮官! 助かるっス……って、ユキアぁ!?」
『それにアスタも。キミたちは魔特隊に入っていないんじゃなかったか?』

 思いっきり知り合いだった。というか、見た感じ知り合いしか見当たらない。
 それと、紅紫色の髪のピエロの姿もあった。私たちに向かって振り返った顔は少しおどおどしているように思えた。

「あーっ、嘘吐きピエロのラケル! なんでここにいるんだよ!?」
「わっ、ご、ごめんなさいごめんなさい! あ、あの、レイです、レイチェルですっ!」
「えっ? レイチェルって……?」

 アスタが意気揚々と喧嘩を吹っ掛けようとしたみたいだが、相手が恐怖で叫んだ勢いに怯んでしまったようだ。
 夢牢獄事件の犯人──ラケル・アネーロのもう一つの人格、レイチェルさん。どういうわけか、あの事件以降ラケルが表に出てくることはなくなってしまった。代わりに、今までほとんど表に出てこなかった彼女が主人格となり振る舞っているが、元々ずっと裏にいたせいか未だに弱気そうな雰囲気を隠せていない。

「アスタは夢牢獄に入れなかったから、まだ知らなかったんじゃない? あの子はレイチェルさんで、ラケルの人格は────」
「一応ヴィーから聞いてはいるよ。ラケル本人じゃないってことは……ごめんね?」
「い、いえ。レイこそ、きちんと自己紹介してませんでしたよね……」

 どうやら、ラケルが知っていることはレイチェルさんもある程度知っているようなので、アスタのこともわかるようだ。説明の手間が省けるからそこは助かる。
 けれど、事件から半月経った今もラケルが一度も出てきていないようで、それはそれでレイチェルさんが心配になる。

『ティアル、他に戦闘員は入れられなかったのか? いくらなんでも、ユキアとアスタだけでは事足りなくならないか』
「他の奴らは別の場所の哨戒にあたってんだよ。最近、やけに魔物の数が増えてるからな。けど、レイチェルがいるならどうにかなるんじゃね? 晴れて第二小隊の隊長に復帰してもらったしな!」
「ま、まあ……クリム様に許可をもらって、一時的にですけど……」

 ラケルは元々魔特隊のある小隊を率いていたらしいのだけど、長い間その仕事をサボってオルフさんに押し付けていたらしい。
 そういや、夢牢獄事件でオルフさんたちがラケルに約束を取り付けていたな。事件が解決したらラケルには隊長に戻ってもらうって。

「じゃあ、私は別の仕事してくるから! いろいろ頼むわっ!」
「ちょっ、ティアル指揮官! 説明が大雑把すぎますってー!」

 ものすごいスピードで走り去って行くティアルを、誰も追いかけることはできなかった。このまま仕事にあたれということだろう。

「んー、仕方ねぇなぁー。大丈夫っスか、レイチェル隊長?」
「えっと……う、うん。ラケルがどういう風にやってたかはわかるから……」
「そうっスか。うーん、やっぱりレイチェル隊長って呼ぶの慣れねぇ。すみません、レイ隊長でいいっスか?」
「オルフくんがそうしたいなら、それでいいよ。ね、マロン?」
『そこは好きにしたらいい』

 いつの間にか、三人は結構仲良くなっていた。ルマンさんがバイクじゃなかった頃、ラケルとレイチェルさんと親交があったおかげか、オルフさんも二人に加わる形で仲が深まっていったようだ。
 レイチェルさんはおどおどしてはいても根は優しいひとだ。気がかりなのは、急にラケルが出てこなくなった原因くらいで。

「ていうか、ユキアたちはどうして魔特隊の哨戒班に来たんだ? ティアル指揮官からの頼み事?」
「いや、私は鍛錬しに来たの。もっと多くの魔力を使えるように、身体だけ鍛えたいんだ」
「ボクは手伝えって言われたんだけどね」
「へー、やるじゃん。オレっちも負けられねーな!」

 そう言って、オルフさんはルマンさんに飛び乗った。機構が大きな音とともに動き出し、ルマンさんの胴体から銃口がいくつも飛び出す。
 私は金色の剣を、アスタは短剣を、レイチェルさんは紅紫色のピンを召喚して構えた。レイチェルさんからおどおどした雰囲気が少し消えて、一気に引き締まった空気になる。

「じゃあ……オルフくんとマロンは二時の方向に。レイは十時の方向にいくから」
「了解だぜっ! いくぞーっ」
『広めとはいえ森だからな、ボクを木にぶつけたりするなよ』

 オルフさんたちは森の中へ走っていく。レイチェルさんは私たちが今向いている方向へと指をさした。

「ユキアちゃんとアスタくんは、十二時の方向……このまままっすぐ突き進んで。大丈夫?」
「うん、やれるだけやってみる」
「……あ、待ってユキアちゃん。『クラウン・マリオネット』」

 レイチェルさんは魔力を行使し、一体のピエロ人形を作り出した。どういうわけか、それを私に手渡そうとしてくる。

「ちょっ、それ爆発とかしないでしょうね!?」
「そ、そんなことしないよ……! ユキアちゃんはレイによくしてくれてるもん……」

 恐る恐る人形を受け取るが、爆発したり何かが起きる気配はない。彼女にそっくりな人形で、ふかふかした感触だ。
 ただ、ちょっと自分の中の魔力が沈静化していくような感覚がある……。

「その人形を持っていると、魔力の流れを制限できるの。身体だけ鍛えたいって言ってたから、魔法は封印した状態で戦えば、効率よく訓練できるんじゃないかなって……あ、余計だったら捨てていいからっ!」
「すごいね、レイチェルさん。ありがとう! ちょっと借りるね!」
「ユキアちゃんにあげるよ。人形はいくらでも作れるから……じゃあ、レイも動くね。無理はしないで」

 レイチェルさんも動き出し、私は人形をポケットに無理やり押し込んだ。
 アスタを連れて、指示通りまっすぐ駆け出す。私が先に森の中へ向かい、アスタが後ろをついてくるような形だ。

「魔法がなくても大丈夫?」
「いいよ、これもいい経験になりそうだし。……来た!」

 森の奥から、黒い影が迫ってきた。私と同じくらいの背丈、質感がどろどろしていそうな異物が、こちらへ触手を飛ばしてくる。
 刃を振りかざし、触手を断ち切る。断面から黒い液体を撒き散らすも、ゆっくりと触手が再生されていく。再生する間に、もう一度斬り刻む勢いで腕を振る。切り離された欠片が辺りに散らばっていった。
 試しに片手を魔物へ向けて、魔法を使おうと試みる。しかし、魔力を腕に流し込もうと意識しても、魔力が動く気配がない。私の中に流れる魔力の流れが、別の魔力で阻害されている感じだ。

「すごい、本当に魔法が使えなくなってる……って!」

 人形の効果を実感している間に、異物の背後からもう一本触手が迫ってくる。寸でのところで切り落とし、難は逃れた。
 なんと、魔物の後ろからもう一匹、同じ形の魔物が迫ってきていたのだ。最近、魔物の数が増えているという話は、あながち間違いではなさそうだ。

「ユキ、増えたよ!」
「わかってる! 一匹ずつ相手にしてる場合じゃないね……!」

 一匹につき、大体四本くらいの触手が生えており、一回で最大二本を使って襲いかかってくる。斬っても剥いでも、時間が経てば元に戻る。
 触手ではなく、魔物の本体を破壊しなければ、いくらでも再生するだろう。

「はぁっ!」

 触手による攻撃を回避しつつ、本体を狙って斬りかかる。しかし、切っ先だけだったり中途半端に刃を刺しても効き目はない。
 おまけに、魔法が一切使えない状況で、剣のみを頼りに戦い続けるのはしんどくなってきた。防壁も回復も使えないわけだから、できるだけ攻撃を避け続けないと魔物相手に瀕死に追いやられてしまう。
 純粋な体力勝負というのは、自分が思っていたよりもずっと負担がかかるものなのだと、ここでようやく思い知った。

「きゃあっ!?」

 疲労で少し動きを止めた隙に、触手で身体を吹き飛ばされる。その先に生えていた木の幹に激突し、一瞬意識が飛びかけた。
 痛い────でも、動かなきゃやられる。それは嫌だ。それだけの思いで、意識を保つ。

「よくもユキを……! 許さない!」

 アスタが飛び出し上がり、新たに現れた魔物に向かって短剣を突き刺した。しかし、魔物は動き続けており、勢いよく身体を捻り短剣ごと小さな身体を振り払った。

「うぅっ、やっぱり効いてない……! わぁっ!?」

 腹に触手が巻き付き、放り出されていた身体が魔物へと一気に引き寄せられていく。それと同時に、魔物の本体が大きく口を開けた。その先には、底知れぬ虚無のような黒が広がっている────

「アスタを離しなさいっ!!」

 触手を断ち切り、喰われることだけは防いだ。アスタもすぐに体勢を立て直し、魔物から飛び退いた。
 口を大きく開いていたがゆえに、本体は断ち切りやすい状態になっていた。口が閉じられる前に、剣を横に大きく振りかざす。確かな手ごたえとともに、魔物は真っ二つになって崩れ落ちる。

(これで、ようやく一匹……!)

 だが、まだもう一匹残っている。もたもたしていたら、また魔物が増えてしまう。

「アスタ! 魔物の動きを止める星幽術とかないの!?」
「持ってないよ! そもそも、魔物相手に星幽術は効かないから!」

 ……あ、そういえばそうだった。
 剣をずっと振っていたせいか、腕が尋常じゃないくらい痛くなってきた。まだ敵がいるのに、一気に疲労感が押し寄せてくる。

「ユキ、大丈夫!? ちょっと休んだ方がいいよ!」
「そんなわけにはいかないでしょ……下手したら、あんたがまた捕まって────」

 そこまで言いかけて、私は言葉を引っ込めた。
 魔物は、箱庭に生きる命……神や人間を狙うものだと思っていた。前に、永久庭園のある箱庭でクロウリーと魔物に襲われたときも、奴らは私たち神を優先して攻撃してきた。それなのに、さっきから私が攻撃を仕掛けているのに、触手で捕まえてくる気配がなかった。それどころか、邪魔だと言わんばかりに吹き飛ばされた。
 違和感が確信に変わったのは、アスタが相手になった途端、奴は向こうを捕まえて取り込もうとしたときだ。神ではなく、観測者を食おうとしたのを、私はこの目で見た。

(こいつら……私より、アスタを狙ってる?)

 信じがたいが、アスタは不老不死に近い存在の一人だ。ある意味、この世界に生きる神よりも強大な存在なわけだが……そう考えれば、魔物が狙うのも無理はないだろう。
 ならば、それを逆手に取ってみるのはどうだ?
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