ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第6章「最高神生誕祭」

121話 役に立つよりも

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「アスタ、しばらく囮になって! いい方法思いついた!」
「え? 逃げ回っていればいいの?」
「そう、ひたすら逃げてて! 魔物と一定の距離を保って、捕まらないように!」
「結構無理言うね!? ボクじゃなかったらできないよ!?」

 そうよ、他でもないあんただから、普通なら無理なことでも頼んでるのよ。
 魔物とアスタの距離は変わらず、触手が届くくらいを保っている。もし触手が飛んできても、アスタの身体能力と反応速度ならしっかりかわせる。
 私が近づき斬りかかっても、傷をつけられたとしても、魔物たちはアスタに触手を伸ばす。それでも、何度も近寄ってくる私を叩き潰そうと攻撃して来るときもあるが、やはり片方に意識が寄っている状態だから速度が遅い。

(やっぱり、こいつらアスタの方が優先なんだ!)

 魔物が誰かに操られたり、神しかその場にいないときだと、こんな動き方は見られなかった。本来なら、奴らはこのような動きをするということか。
 この調子なら、背後を狙えば確実に攻撃できる。ただ、闇雲に背後から斬っていても、何度も傷を与えなければ倒せない。私の今の体力を考えるとそれは難しい。

「アスタ、そいつにもっと近づいて!」
「えぇ!? わ、わかった……わあぁ! 口開いた!!」

 魔物の本体が裂けて、大きく口を開ける。本体の上部分がにゅうっと伸び、標的を丸呑みしようとしている。
 このとき、魔物は捕食しようと動きを止める。私は一気に駆け出し────

「隙ありっ!」

 剣を振りかぶり、魔物を薙ぎ払った。大きく口を開けて生まれた溝を斬り、胴体を分断する。
 魔物は何も飲み込むことなく、その場に崩れ落ちてどろどろ溶けていった。

「危なかったぁ……今のは色々と無茶だったよ、ユキ」
「そうだね……ごめん。いくら死なないとはいえ、死にそうな真似させて」
「ううん。ユキが強くなるためなら、ボクはいくらでも協力するよ!」

 今のところ、周囲に魔物はいないようだ。もっと多い数沸いてると思っていたけれど……他のひとが倒したのかな?
 魔物探しに動き出そうとしたときに、視界の端からレイチェルさんが躍り出てきた。

「あっ、ユキアちゃん……魔物は?」
「レイチェルさん! 一応、二体は倒せたよ」
「もしかして、本当に剣だけで倒したの? すごい……」
「予想より魔物が少ない気がするんだけど、レイチェルさんたちが倒してるの?」
「う、うん……マロンたちも頑張ってるんだと思う。だいぶ数が減ったの」

 日常的に使っていたから意識していなかったが、魔法の破壊力は高い効率を得られる。それが武器だけだと、効率と引き換えに身体を鍛えることができるわけか。
 強くなるのも、簡単じゃないな。

「えっと……アスタくんは、どのくらい倒したの? クリム様やティアル様は、あなたを強い子だって言ってたけど……」
「残念ながら、ボクの力は魔物には効かないんだよねー。武器も全然ダメなんだ。おかげでユキの足を引っ張っちゃうところだったよ」
「……そうなの。観測者って、レイたちとは力の性質が違うんだよね? あの『子供』も同じことを言ってた……」

 子供、という単語に私たちははっとする。

「子供って、もしかしてシファのこと?」
「う、うん……よく知ってるね。ラケルは、あの事件でシファと手を組んでたから、レイもちょっとだけ事情がわかるの」

 クリムが夢牢獄の中でシファと会ったとか、ヴィータがシファと戦闘になったとか、その辺りの話は以前聞いた。
 神隠し事件も、観測者が関わっている可能性があるって話だったし……なぜ観測者が神の事件に関与しているのかという謎は、未だに解けていない。

「魔物のことは、ティアル様が自主的に研究してるの。あのひとに聞いたら、原因もわかるかも……」
「そっかー……余裕があったら聞いてみるよ。ありがとう、レイチェル」

 アスタが笑いかけたとき、レイチェルさんから返事は返ってこなかった。代わりに、彼女の目に涙が溜まっているのに気づく。

「れ、レイチェルさん!? なんで泣いてるの!?」
「い、いえ……ごめんなさい、悲しいとかじゃなくて……嬉しくて……」

 そこからすぐに、レイチェルさんは声を抑えながら泣き出してしまう。目の前で泣かれて困らないわけはなく、思わずアスタと顔を見合わせてしまう。
 森の中で立ち尽くす状態になってしまった私たちだったが、ちょうど困ったところにバイクのエンジン音が聞こえてきた。

「こっちはもう終わったっスよ────って、レイ隊長!? なんで泣いてんスか!」
『どうしたんだ、レイチェル』

 やはり、オルフさんもルマンさんも心配そうに言葉をかけてきた。オルフさんなんて、今にも「おったまげた」と叫びそうなくらい大げさな顔つきになっている。
 レイチェルさんは、零れ落ちる涙を拭うのに必死になっているようだった。

「レイ、こんなにたくさんのひとに優しくしてもらえて……これでいいのかなって、心配になっちゃって……」
「え? そんなに感極まるほどのことですか?」
『レイチェルはずっとラケルの中で、負の感情を受け止め続けていたからな。表にも滅多に出てこないから、優しくされ慣れていないんだ』

 ルマンさんがラケルとレイチェルさんに向ける態度は、ほとんど正反対と言ってもいいほど異なる。レイチェルさんが気弱だということを昔ながらの付き合いで知っているから、接し方もわかっているのだろう。
 それに、レイチェルさんはラケルが何をやったのかも全部知っていて、止めることができなかった。そこから来る罪悪感とも戦っていると考えれば、重荷になってしまうのも仕方ない。
 私はポケットに押し込んでいたピエロ人形を抱いて、レイチェルさんに近づいた。

「レイチェルさん。私、このピエロ人形のおかげで、魔法がどれだけ便利なものかわかったんだよ。今まで自分が魔法に頼りすぎてたってこともね」
「……そう、なの?」
「うん。剣だけで魔物と戦うのって、結構大変だった。色々考えながら動かないと殺されるってことを知ったよ」
「……レイは、役に立てた?」

 その言葉で、私はあぁ、と心の中で悟った。誰かの役に立ちたいという感情は、誰が持っていても不思議じゃないからなぁ。
 けれど、ただその言葉に応えるだけでは、レイチェルさんの「呪縛」は解けない気がした。

「『助かったよ』。レイチェルさんがアドバイスとかしてくれて、本当に助かったんだから」
「……ユキアちゃん……そっか。レイは、ユキアちゃんの助けになれたんだね」

 レイチェルさんの口元が綻び、微笑みを見せていた。涙はきっと、すぐに乾くだろう。



 それから、もうしばらく魔物退治に勤しんだ。気づけば、日が傾き始めていたので、その辺りで哨戒を切り上げた。
 結局、今日は哨戒任務の間、一切魔法を使わなかった。おかげで魔力は有り余っているのに、身体にどっと疲労感が溜まったままになった。
 森を抜けて草原を通り、中央都市の郊外まで戻ってくる。足も腕も疲れ切って、自力で移動するのも億劫になってきた。
 オルフさん曰く、これから魔特隊の本部に戻って任務の結果を報告しに行くそうだ。私とアスタも一応参加していたから、来てほしいと言われた。
 宮殿内の本部に向かうと、中にはティアルしかいなかった。時間もだいぶ遅くなっているせいか、他の神はもう帰ってしまったらしい。ティアルは机の上に置いた資料を整理しているところだったが、私たちの姿を見るとすぐに仕事を中断した。

「ティアル様……ただいま帰還しました」
「おー、ご苦労さん。どのくらい倒したー?」
「ざっとニ十体はやったっス! 他の部隊はどうでした?」
「他もそれぞれ同じくらいだったぞ。今日は比較的向こうも落ち着いていたっぽくってな。明日からどうなるかはわからねーけど」
『警戒するに越したことはないだろう。明日も同じ形か?』
「ああ。ユキア、明日も鍛錬に来るんだろ?」

 こくりと頷いた。
 今日だけで既に疲れ切っているけれど、鍛錬は毎日続けなければ意味がない。早いうちに休めばいい話だ。

「さて、これで報告は終わりでいいぜ。みんな疲れてるだろ? ゆっくり休めよ」
「待って、ティアル! ボク、ちょっと話したいことがあるんだけど」
「ん? 別にいいぜ。お前らは先に帰っていいぞー」

 アスタがティアルに用? 珍しいな。てっきり私と一緒に帰るのかと思ったのに。
 とりあえず、二人を残した状態で、オルフさんたちと一緒に部屋の外へ出た。

「オルフさんたちは、これからどうするの?」
「オレっちとルマンは家に帰るぜ。あっ、でもこのまま飲みに行くのもいいかもな。レイ隊長もいるし!」
「えっ? レイも……?」
『おいオルフ、ボクは何もできないからな。レイチェルに介護させたりするなよ』
「わかってらぁ! ユキアも来るか?」
「う、うーん……ジュースだけでいいなら」
「よっしゃ! 行くぜーっ!!」

 オルフさんはルマンさんをすごい勢いで押しながら走っていく。ルマンさんに何か叫ばれているのに、まったく止まろうとする気配がない。
 私とレイチェルさんだけが、この場に残された。レイチェルさんは苦笑いしながら、遠のく二人を眺めていた。

「にゃはは……マロンも大変なの」
「そういえばレイチェルさんって、いつもルマンさんのことを『マロン』って呼んでるよね」
「うん……ルマンって名前は、あくまであの姿になったときにつけられた名前だから。レイにとって、マロンはいつだってマロンだよ」

 なるほどね……ラケルとルマンさんは二百年くらい付き合いがあるって言ってたけど、きっとレイチェルさんのこともそのくらい前から知ってたんだろうな。
 さて、成り行きで飲みに付き合わされることになったけど、酒を飲むことだけは避けたいな。
 
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