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第6章「最高神生誕祭」
122話 アイリスとアスタ
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*
長い間生きているうちに、自分の身体の異質さが当然であると思い込むようになってしまっていた────アスタは、自分の力の及ばなさに失望していた。
顔には出さなかったものの、魔物退治において自分の力がほとんど役立たないと考えると、やはり心苦しいものがあった。
「それで、話ってなんだ? アスタ」
アスタがアーケンシェンの一人──ティアルに持ちかけたのは、魔物に対して攻撃が効かない、という話だ。
一通り話し終えると、ティアルは難しい顔のまま俯いた。
「魔物にアスタの攻撃が効かない、ねぇ……私にも原因はわからねぇな」
「ティアルが魔物の研究をしてるって、レイチェルが言ってたんだけど」
「まあ、一応やってはいるけど……あ、カルデに聞いたらどうだ? 実際の対処法を考えてるのはカルデなんだ」
メアが黒幽病に罹患してしまった際も、カルデルトはアストラルのことについてよく知っていたゆえにいろいろと対処してくれた。もしかしたら、力になってくれるかもしれない。
「あ、今はやめておいた方がいいぜ。カルデ、今ちょうど飲みに行っている時間帯だ。至福の時間を邪魔されるのすっげー嫌がるから、話をするならまた今度にしておけ」
「えー、そうなの。じゃあ仕方ないかー」
アスタから見れば、カルデルトはクリムといい勝負の苦労人であった。そう考えると楽しみを邪魔するのは忍びない。
ここで話は一段落したが、アスタは部屋を去らずにもう一度ティアルに声をかける。
「あっ、最後に一ついいかな、ティアル」
「なんだ? 用件があるなら言ってくれよ?」
調子よさそうに笑っている彼女に向かって、アスタは意を決して問いかける。
「キミは、初代最高神について何か知ってる?」
「初代……ってことは、アイリス様の前代か。私は何も聞いたことがないな。アイリス様に聞いたらいいじゃねぇか」
「アイリスなら知ってるの?」
「ああ。あと知っているひとがいるとするなら……カトラス爺さんじゃないか」
「カトラスにはまた今度聞くよ。じゃあ、アイリスに聞いてみる。ありがとう」
アスタは魔特隊の本部を出て、アイリスの部屋へ向かう。正直、彼女とは二人きりで話をしたくなかった────いざ顔を合わせると、またいらぬ喧嘩をしてしまいそうだった。
でも、彼女にはどうしても言いたいことがあった。苦々しい顔になりつつも、廊下を突き進む。
一応、ドアをノックした。しかし反応がない。寝ているかどうか確かめたかったアスタは、そのままドアを開けた。鍵はかかっていない。
明かりもついていない部屋の中、月光が射し込む窓際に立つ人影。よく見慣れた金色の杖を肌見放さず持つ背格好は、アスタを一瞬だけ懐かしい気持ちにさせる。
しかし、振り返ったその顔に自分の知る面影は宿っていないことに気づき、現実に引き戻される。
「起きてたなら言ってよ。せっかくノックしてやったのに」
「うるさいわい。もう寝ようと思っていたところだったから、反応しなかっただけじゃ」
出会った頃からの因縁が続いているおかげで、互いに憎まれ口を叩くことをやめられない。どこでやめればいいのかタイミングもわからず、別に殺し合う必要もないからこの程度ならいいかとも思っているせいだった。
アイリスは外を見るのをやめ、部屋の扉を閉じたアスタを振り返った。
「こんな時間に何の用じゃ。この妾に説教か?」
「それだけならわざわざ来ないよ。聞きたいことがあるんだ。初代最高神についてね」
初代、という言葉を聞いた瞬間、アイリスの顔が強張った。
何を思ったのか、アイリスは窓際から離れて、部屋の端にあるソファに腰を下ろした。突っ立っているのも変な話なので、彼女の向かい側に置かれたもう一つのソファに座った。
目を閉じて一息ついたアイリスは、昼間よりも切なげな表情をしていた。
「お主……やはり初代と何か関係があったのじゃな」
「し、知ってたの?」
「昼間言っておったじゃろ。『初代最高神しか尊敬してない』と。なんじゃお主、自分で言ったことすら忘れたのかえ?」
「う……うるさいなっ。ちょっとど忘れしただけだよ!」
勢いで言い返したが、向こうには勢いも何もなかった。調子が狂ってしまいそうだ、とアスタは服の裾を握る。
アイリスは自身の杖を横目で眺めながら、独り言のように続ける。
「時折、夢を見るのじゃ。会ったこともない初代の夢を。朧げにしか覚えてはおらんが、妾によく似た女性じゃった。髪色も、瞳の色も……この杖も。とても優しい声じゃった」
アスタはやっと、アイリスに対しての既視感の正体に気づいた。
かつて、この世界にはアイリスの前代にあたる初代最高神が君臨していた。アイリスと彼女には、最高神以外の共通点が存在している────アスタはそう確信した。
「キミは自分が二代目の最高神だということを公言しているけど、みんな初代のことは知らないんだよね」
「話す必要がないからじゃ。初代の話をするなら、必然的に古代の惨劇の話もせねばならん」
「……今まで話したことがないの?」
「そうじゃ。これは、妾が物心ついた頃から爺様に口止めされておる」
また余計なことをしたな、と唇を噛み締める。アイリスが爺様と呼ぶ人物──カトラスは、厳しいだけでなく用心深い一面がある。その用心深さが災いして、隠し事が増えてしまう。それは仕方ないことだとわかっていても、気に食わないという正直な気持ちは隠せずにいられなかった。
「アスタ、お主は初代とどういう関係だったのじゃ?」
「キミに話す義理はないよ。それこそ、カトラスから聞けば?」
「……どうやら単純な関係ではなかったようじゃのう」
アイリスの口ぶりが、急に見透かしたようなものになった。特にからかっているわけでも、茶化しているわけでもないのが、余計にアスタを苛立たせた。
初代最高神は、アスタにとって誰よりも大切なひとだった。彼女がいたから、今のアスタがいると言っても過言ではなかった。叶うことならもう一度会いたかった、という願いがあったからこそ、こうして初代最高神の手がかりを探している。
「色々教えてくれるのはいいけれど、アイリスはボクが嫌いなんじゃないの?」
「嫌いじゃよ。だが、敵視しているわけではない。それに、爺様とも敵同士ではなかったのじゃろう? 必要以上に争う体力もないわい」
アイリスは一度深く息を吐いて、言葉を区切った。
「……アスタ。お主は現代の掟をどう思っておる?」
「き、急になんでそんなことを」
「正直に答えよ。嘘偽りは嫌いなのじゃろう?」
アイリスの目がきゅっと鋭くなる。なんだかんだ言って、アイリスはアスタのことをよく見ている。出会ったすべてのひとをある程度観察しているのだ。
だからこそ、アスタは今まで言いたかったことを吐き出すことにした。
「────キミは神しか見ていない。人間のことなんて、端からどうでもいいと思っているでしょ。同族である神でさえ……キミは蔑ろにしようとしている」
アスタの吐き捨てた言葉に、アイリスは何も返さなかった。
「一つ、気になっていたことがあるんだ。どうして、キャッセリアには神しかいないの?」
少しも動揺している様子を見せないアイリスの目を、しっかりと見据えながら続ける。
「この世界は、元々一つだった。複数の箱庭という小世界に分断されてからも、人間たちは自分が残されたその世界で生きている。どの箱庭にも、多かれ少なかれ人間は残っているはずだよ」
「……お主はなぜそこまで知っているのじゃ? ヴィータは知らぬじゃろう」
「ヴィーは古代の終わりから今まで、ずっと眠り続けていたから。ボクは逆に、三百年間ずっといろいろな箱庭を巡っていたからね」
アスタにかつて、人間の友達がいた理由はそれだった。巡ってきたほとんどの箱庭には人間の生き残りがいたため、キャッセリアも同じだと思っていたのだ。もしかしたら、古代のように神と人間が共存している唯一の箱庭なのかも────と、淡い期待を抱いていたのが正直なところだった。
だが、キャッセリアには人間がいない。いるのは、人間によく似た「神」だけだ。
「……妾が最高神としてここを治めるようになったときには、人間は一人も生きてはおらんかった。じゃから、妾は『神』と神だけが生きる街を作った」
「神を、作った……?」
「そうじゃよ。キャッセリアの神々は、みんな妾が生み出したのじゃ」
硬直しないわけがなかった。
現代に生きる神たちは、目の前にいる少女の作りものである────彼女の言葉は、そう意味しているのと大差ない。
「っ、みんなアイリスの子供ってこと!? ふざけるのも大概にして!」
「お主、何を勘違いしておる? 妾が産んだわけじゃない、妾と爺様が神を魔法で作ったのじゃよ。例えるなら……『人造人間』みたいなものかのう」
「そんなこと……できるんだ」
人造人間────それは、極めて不完全な「作られた生命」のことを指していた。生命が生命を作ることは非常に困難で、生命を作るという行為はほとんど奇跡でできている。
アイリスはそんな奇跡を、息をするのと同じくらい容易く起こしているようなものだ。もはや奇跡ともいえない。
「ということは、キャッセリアという街や制度、掟も何もかも……大半はカトラスが整備した、ってことになるのかな。よくやるよ、ほんと」
「そうなるのう。爺様には感謝しかない。妾を育ててくれたのは爺様じゃからのう」
「前から思っていたけど、キミはロミーと全然違うね」
アスタの問いに、アイリスは首を傾げるしかなかった。
「……ロミー? もしや、初代のことかえ? なぜそこで初代が出てくるのじゃ」
「だって、初対面で見間違えるくらいロミーにそっくりなんだもん! それに、ロミーなら自分の子供に『失敗作』なんて絶対に言わない!」
感情が昂り始めた言葉で、アイリスが硬直し杖から手を離した。支えを失った杖は、カーペットの敷かれた床に静かに倒れ込む。
「……お主がなぜ、それを知っておるのじゃ」
「今日、ナターシャがユキにムカつくこと言ったんだよ! なんなのアイツ!? アイリス、一体どういう教育したの!?」
明らかに動揺を見せていたアイリスだったが、次第に落ち着きを取り戻す。次の言葉、はたまた暴言を吐かれそうになる前に、アイリスは口を開く。
「……妾は初代のようにはなれぬ。神と人間が同じ世界に生きられる時代ではなくなったのじゃ」
「話を逸らすな! 勝手に作った命を粗末に扱うなんて、エゴイストにもほどがある!」
「この箱庭は、人間たちを守る『防波堤』でもある。生半可な命を作ってはいけないのじゃよ」
怒鳴るアスタとは対照的に、アイリスは冷静に諭す。その言葉は決して屁理屈の類ではないことを、アスタはすぐに理解する。
「お主も知っているのじゃろう。『最凶最悪の存在』……あれが消滅しない限り、お主やユキアの願いは叶わん」
「どうして、ユキの願いを知ってるの?」
「昔、そのことについて本人と話したことがあったからじゃ。あれ以来、ユキアにはかなり嫌われてしまったがのう」
今はデウスプリズンに封じられている、最凶最悪の存在──ヴァニタス。その存在は、神はおろか人間も、すべての生命を食い潰す。
掟はそうなることを防ぐために変えられたのだ。ヴァニタスが封印されているこの箱庭と、他の人間の箱庭に繋がりが生まれないように。嫌でもそう納得するしかなかった。
アイリスは杖を拾い、アスタから離れていく。部屋の古びた置き時計を見るとかなり時間が経っていた。そろそろ帰る頃合いだと思い始める。
「そろそろ帰れ。妾はもう寝たいんじゃ」
「言われなくても……そうだ、最後にもう一つ聞きたいことがあるんだった」
「なんじゃ、しつこいのう」
「キミが神を作ったというのなら、『ラケル』が消えたのもアイリスの仕業なの?」
アイリスは窓際に立ち、アスタに背を向けたまま遠い場所を見ている。
「そうだったとして、お主はどうするつもりじゃ」
問いに答えるときも、顔を向けることはなく淡々と告げてきた。アスタは拳に力を込めながら、アイリスの背中に鋭い視線をぶつける。
「ユキもクーも、他のみんなの命も、キミだけのものじゃない。これ以上命を弄ぶような真似をするなら、キミを最高神の座から引きずり下ろす」
「……やれるものならやってみるがよい。お主が妾を許せないと思ったら、な」
それ以上、アイリスは何も話そうとしなかった。アスタは椅子から立ち上がり、部屋から立ち去る。
長い間生きているうちに、自分の身体の異質さが当然であると思い込むようになってしまっていた────アスタは、自分の力の及ばなさに失望していた。
顔には出さなかったものの、魔物退治において自分の力がほとんど役立たないと考えると、やはり心苦しいものがあった。
「それで、話ってなんだ? アスタ」
アスタがアーケンシェンの一人──ティアルに持ちかけたのは、魔物に対して攻撃が効かない、という話だ。
一通り話し終えると、ティアルは難しい顔のまま俯いた。
「魔物にアスタの攻撃が効かない、ねぇ……私にも原因はわからねぇな」
「ティアルが魔物の研究をしてるって、レイチェルが言ってたんだけど」
「まあ、一応やってはいるけど……あ、カルデに聞いたらどうだ? 実際の対処法を考えてるのはカルデなんだ」
メアが黒幽病に罹患してしまった際も、カルデルトはアストラルのことについてよく知っていたゆえにいろいろと対処してくれた。もしかしたら、力になってくれるかもしれない。
「あ、今はやめておいた方がいいぜ。カルデ、今ちょうど飲みに行っている時間帯だ。至福の時間を邪魔されるのすっげー嫌がるから、話をするならまた今度にしておけ」
「えー、そうなの。じゃあ仕方ないかー」
アスタから見れば、カルデルトはクリムといい勝負の苦労人であった。そう考えると楽しみを邪魔するのは忍びない。
ここで話は一段落したが、アスタは部屋を去らずにもう一度ティアルに声をかける。
「あっ、最後に一ついいかな、ティアル」
「なんだ? 用件があるなら言ってくれよ?」
調子よさそうに笑っている彼女に向かって、アスタは意を決して問いかける。
「キミは、初代最高神について何か知ってる?」
「初代……ってことは、アイリス様の前代か。私は何も聞いたことがないな。アイリス様に聞いたらいいじゃねぇか」
「アイリスなら知ってるの?」
「ああ。あと知っているひとがいるとするなら……カトラス爺さんじゃないか」
「カトラスにはまた今度聞くよ。じゃあ、アイリスに聞いてみる。ありがとう」
アスタは魔特隊の本部を出て、アイリスの部屋へ向かう。正直、彼女とは二人きりで話をしたくなかった────いざ顔を合わせると、またいらぬ喧嘩をしてしまいそうだった。
でも、彼女にはどうしても言いたいことがあった。苦々しい顔になりつつも、廊下を突き進む。
一応、ドアをノックした。しかし反応がない。寝ているかどうか確かめたかったアスタは、そのままドアを開けた。鍵はかかっていない。
明かりもついていない部屋の中、月光が射し込む窓際に立つ人影。よく見慣れた金色の杖を肌見放さず持つ背格好は、アスタを一瞬だけ懐かしい気持ちにさせる。
しかし、振り返ったその顔に自分の知る面影は宿っていないことに気づき、現実に引き戻される。
「起きてたなら言ってよ。せっかくノックしてやったのに」
「うるさいわい。もう寝ようと思っていたところだったから、反応しなかっただけじゃ」
出会った頃からの因縁が続いているおかげで、互いに憎まれ口を叩くことをやめられない。どこでやめればいいのかタイミングもわからず、別に殺し合う必要もないからこの程度ならいいかとも思っているせいだった。
アイリスは外を見るのをやめ、部屋の扉を閉じたアスタを振り返った。
「こんな時間に何の用じゃ。この妾に説教か?」
「それだけならわざわざ来ないよ。聞きたいことがあるんだ。初代最高神についてね」
初代、という言葉を聞いた瞬間、アイリスの顔が強張った。
何を思ったのか、アイリスは窓際から離れて、部屋の端にあるソファに腰を下ろした。突っ立っているのも変な話なので、彼女の向かい側に置かれたもう一つのソファに座った。
目を閉じて一息ついたアイリスは、昼間よりも切なげな表情をしていた。
「お主……やはり初代と何か関係があったのじゃな」
「し、知ってたの?」
「昼間言っておったじゃろ。『初代最高神しか尊敬してない』と。なんじゃお主、自分で言ったことすら忘れたのかえ?」
「う……うるさいなっ。ちょっとど忘れしただけだよ!」
勢いで言い返したが、向こうには勢いも何もなかった。調子が狂ってしまいそうだ、とアスタは服の裾を握る。
アイリスは自身の杖を横目で眺めながら、独り言のように続ける。
「時折、夢を見るのじゃ。会ったこともない初代の夢を。朧げにしか覚えてはおらんが、妾によく似た女性じゃった。髪色も、瞳の色も……この杖も。とても優しい声じゃった」
アスタはやっと、アイリスに対しての既視感の正体に気づいた。
かつて、この世界にはアイリスの前代にあたる初代最高神が君臨していた。アイリスと彼女には、最高神以外の共通点が存在している────アスタはそう確信した。
「キミは自分が二代目の最高神だということを公言しているけど、みんな初代のことは知らないんだよね」
「話す必要がないからじゃ。初代の話をするなら、必然的に古代の惨劇の話もせねばならん」
「……今まで話したことがないの?」
「そうじゃ。これは、妾が物心ついた頃から爺様に口止めされておる」
また余計なことをしたな、と唇を噛み締める。アイリスが爺様と呼ぶ人物──カトラスは、厳しいだけでなく用心深い一面がある。その用心深さが災いして、隠し事が増えてしまう。それは仕方ないことだとわかっていても、気に食わないという正直な気持ちは隠せずにいられなかった。
「アスタ、お主は初代とどういう関係だったのじゃ?」
「キミに話す義理はないよ。それこそ、カトラスから聞けば?」
「……どうやら単純な関係ではなかったようじゃのう」
アイリスの口ぶりが、急に見透かしたようなものになった。特にからかっているわけでも、茶化しているわけでもないのが、余計にアスタを苛立たせた。
初代最高神は、アスタにとって誰よりも大切なひとだった。彼女がいたから、今のアスタがいると言っても過言ではなかった。叶うことならもう一度会いたかった、という願いがあったからこそ、こうして初代最高神の手がかりを探している。
「色々教えてくれるのはいいけれど、アイリスはボクが嫌いなんじゃないの?」
「嫌いじゃよ。だが、敵視しているわけではない。それに、爺様とも敵同士ではなかったのじゃろう? 必要以上に争う体力もないわい」
アイリスは一度深く息を吐いて、言葉を区切った。
「……アスタ。お主は現代の掟をどう思っておる?」
「き、急になんでそんなことを」
「正直に答えよ。嘘偽りは嫌いなのじゃろう?」
アイリスの目がきゅっと鋭くなる。なんだかんだ言って、アイリスはアスタのことをよく見ている。出会ったすべてのひとをある程度観察しているのだ。
だからこそ、アスタは今まで言いたかったことを吐き出すことにした。
「────キミは神しか見ていない。人間のことなんて、端からどうでもいいと思っているでしょ。同族である神でさえ……キミは蔑ろにしようとしている」
アスタの吐き捨てた言葉に、アイリスは何も返さなかった。
「一つ、気になっていたことがあるんだ。どうして、キャッセリアには神しかいないの?」
少しも動揺している様子を見せないアイリスの目を、しっかりと見据えながら続ける。
「この世界は、元々一つだった。複数の箱庭という小世界に分断されてからも、人間たちは自分が残されたその世界で生きている。どの箱庭にも、多かれ少なかれ人間は残っているはずだよ」
「……お主はなぜそこまで知っているのじゃ? ヴィータは知らぬじゃろう」
「ヴィーは古代の終わりから今まで、ずっと眠り続けていたから。ボクは逆に、三百年間ずっといろいろな箱庭を巡っていたからね」
アスタにかつて、人間の友達がいた理由はそれだった。巡ってきたほとんどの箱庭には人間の生き残りがいたため、キャッセリアも同じだと思っていたのだ。もしかしたら、古代のように神と人間が共存している唯一の箱庭なのかも────と、淡い期待を抱いていたのが正直なところだった。
だが、キャッセリアには人間がいない。いるのは、人間によく似た「神」だけだ。
「……妾が最高神としてここを治めるようになったときには、人間は一人も生きてはおらんかった。じゃから、妾は『神』と神だけが生きる街を作った」
「神を、作った……?」
「そうじゃよ。キャッセリアの神々は、みんな妾が生み出したのじゃ」
硬直しないわけがなかった。
現代に生きる神たちは、目の前にいる少女の作りものである────彼女の言葉は、そう意味しているのと大差ない。
「っ、みんなアイリスの子供ってこと!? ふざけるのも大概にして!」
「お主、何を勘違いしておる? 妾が産んだわけじゃない、妾と爺様が神を魔法で作ったのじゃよ。例えるなら……『人造人間』みたいなものかのう」
「そんなこと……できるんだ」
人造人間────それは、極めて不完全な「作られた生命」のことを指していた。生命が生命を作ることは非常に困難で、生命を作るという行為はほとんど奇跡でできている。
アイリスはそんな奇跡を、息をするのと同じくらい容易く起こしているようなものだ。もはや奇跡ともいえない。
「ということは、キャッセリアという街や制度、掟も何もかも……大半はカトラスが整備した、ってことになるのかな。よくやるよ、ほんと」
「そうなるのう。爺様には感謝しかない。妾を育ててくれたのは爺様じゃからのう」
「前から思っていたけど、キミはロミーと全然違うね」
アスタの問いに、アイリスは首を傾げるしかなかった。
「……ロミー? もしや、初代のことかえ? なぜそこで初代が出てくるのじゃ」
「だって、初対面で見間違えるくらいロミーにそっくりなんだもん! それに、ロミーなら自分の子供に『失敗作』なんて絶対に言わない!」
感情が昂り始めた言葉で、アイリスが硬直し杖から手を離した。支えを失った杖は、カーペットの敷かれた床に静かに倒れ込む。
「……お主がなぜ、それを知っておるのじゃ」
「今日、ナターシャがユキにムカつくこと言ったんだよ! なんなのアイツ!? アイリス、一体どういう教育したの!?」
明らかに動揺を見せていたアイリスだったが、次第に落ち着きを取り戻す。次の言葉、はたまた暴言を吐かれそうになる前に、アイリスは口を開く。
「……妾は初代のようにはなれぬ。神と人間が同じ世界に生きられる時代ではなくなったのじゃ」
「話を逸らすな! 勝手に作った命を粗末に扱うなんて、エゴイストにもほどがある!」
「この箱庭は、人間たちを守る『防波堤』でもある。生半可な命を作ってはいけないのじゃよ」
怒鳴るアスタとは対照的に、アイリスは冷静に諭す。その言葉は決して屁理屈の類ではないことを、アスタはすぐに理解する。
「お主も知っているのじゃろう。『最凶最悪の存在』……あれが消滅しない限り、お主やユキアの願いは叶わん」
「どうして、ユキの願いを知ってるの?」
「昔、そのことについて本人と話したことがあったからじゃ。あれ以来、ユキアにはかなり嫌われてしまったがのう」
今はデウスプリズンに封じられている、最凶最悪の存在──ヴァニタス。その存在は、神はおろか人間も、すべての生命を食い潰す。
掟はそうなることを防ぐために変えられたのだ。ヴァニタスが封印されているこの箱庭と、他の人間の箱庭に繋がりが生まれないように。嫌でもそう納得するしかなかった。
アイリスは杖を拾い、アスタから離れていく。部屋の古びた置き時計を見るとかなり時間が経っていた。そろそろ帰る頃合いだと思い始める。
「そろそろ帰れ。妾はもう寝たいんじゃ」
「言われなくても……そうだ、最後にもう一つ聞きたいことがあるんだった」
「なんじゃ、しつこいのう」
「キミが神を作ったというのなら、『ラケル』が消えたのもアイリスの仕業なの?」
アイリスは窓際に立ち、アスタに背を向けたまま遠い場所を見ている。
「そうだったとして、お主はどうするつもりじゃ」
問いに答えるときも、顔を向けることはなく淡々と告げてきた。アスタは拳に力を込めながら、アイリスの背中に鋭い視線をぶつける。
「ユキもクーも、他のみんなの命も、キミだけのものじゃない。これ以上命を弄ぶような真似をするなら、キミを最高神の座から引きずり下ろす」
「……やれるものならやってみるがよい。お主が妾を許せないと思ったら、な」
それ以上、アイリスは何も話そうとしなかった。アスタは椅子から立ち上がり、部屋から立ち去る。
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