ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第6章「最高神生誕祭」

138話 罪科の侵食

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 狭い中で剣を振り回すのも、風の刃で敵を斬り裂くのも、一苦労だった。
 カフェの中は、もうグチャグチャだ。食器もお菓子も、装飾品も客たちも、みんな一緒くたになって床に倒れ伏している。
 僕とメアは、背中合わせになってその中に座り込んでいた。

「はぁ……はぁ……大丈夫かい、メア……?」
「お前こそ、やけに呼吸が荒いじゃないか……アーケンシェンのくせに……」

 限定スイーツを食べた者たちは、カフェの騒ぎに気付いたからかカフェの外からもなだれ込んできた。その者たちもすべて薙ぎ払っていたら、かなりの魔力と体力を使い果たしていた。
 特に、メアは元々体力が多い方ではない。彼女の分もカバーするとなると、僕が動くしかなかったのだ。

「殺さないように立ち回るのも大変なんだよ。君に神を殺させるわけにもいかなかったしね」
「……別に、今更じゃないか。私は神殺しなんだぞ」
「ユキアを悲しませるようなことをするのは不本意だろう? なら、その分僕が背負うしかない」

 ガラスの剣を床に突き立て、剣を支えにして立ち上がる。しばらく座っていたから、体力魔力ともにある程度回復した。

「結局、誰も応援に来なかったな。他のアーケンシェンは何をしているんだ?」
「今、アリアとトゥリヤの行方がわかっていないんだ。ティアルは魔特隊の任務だし、カルデルトは診療所にいるけれど」
「……それ、かなりまずい状況なんじゃないか。アイリス様は?」
「宮殿におられる。アリアたちの行方は、今ヴィータが探してるよ」

 そうか、とメアは力なく答えた。
 もはやこのカフェはもぬけの殻だ。誰かが目覚める前に、さっさと離れた方がいいかもしれない。
 僕はメアに手を差し出す。彼女の冷たい手を握り、ゆっくりと立たせた。

「ユキアたちは、大丈夫だろうか……」
「アスタがいるとはいえ、戦況は結構厳しいかもね。あのスイーツを食べた者が予想以上に多すぎた。みんな敵だと考える方がいいかも」

 考えていても仕方がない。僕たちはカフェから走り出て、繁華街に出る。
 いつの間にか、雲行きがとても怪しくなっていた。空が鼠色に染まり、今にも雨が降りそうだ。さっきまでよく晴れていたのに。
 そして、街中からかなり人気が消えていた。祭りで賑わっていたのが嘘みたいだった。

「みんな、どこへ消えたんだ……?」
「メア、伏せて!」

 殺気を感じると同時に魔法陣型のバリアを展開する。黒い結晶の破片がバリアに当たり、より小さな破片となり砕け散った。

「また会ったな、天使野郎」

 灰色の空から、藍色の装束の子供──シファが姿を現す。背後に黒結晶でできた翼のようなものを展開しており、それにより浮遊しているのだと悟った。

「僕は天使野郎じゃない。クリムだよ」
「いちいち細かいこと気にするなよ。それに……おまえ、まだ生きてられてんだな」

 シファは僕の背後にいるメアに目を向けた。当の本人は首を傾げていたが、少なくとも敵だとわかっているので目をキッと鋭くさせる。
 
「私は貴様と会った覚えはないぞ」
「だろうな。おまえ、あのとき魔物にとり憑かれていたもんな」
「……なぜ君がそれを知っているんだ?」
「だって、あの魔物をそこの女に取りつかせたの、おれだし。もしかして、気づいてなかったの?」

 メアの事件当時、僕たちは魔物がメアにとり憑いていたことにばかり意識が集中していて、なぜ魔物が彼女の身体を乗っ取っていたのかを全然考えていなかった。
 思えば、確かに不自然な部分もあった。今となっては後の祭りだが。

「え? 現代の神って、もしかして予想以上に弱っちい?」
「君こそ、こんな目立つところで何をしているんだ」
「教えるわけねぇだろ! バーカ!」

 シファがどこからか金色のカードを取り出し、僕たちに向かって投げつける。僕もメアも、即座に横へ飛ぶことで回避した。
 あのカードは確か、アストラルでできている可能性があるはずだ。以前、魔力の防壁で防いだら異常な壊れ方をしたのを覚えている。

「メア、ここは僕に任せて行くんだ」
「なっ!? あいつはアスタたちと同じ観測者じゃないのか!? お前だけでどうにかなるとは……」
「やるしかないんだ。早く!」

 メアは少しだけ何か考えを巡らせたようだが、一度縦に首を振ったらすぐに郊外の方向へ走り去っていった。意外にも、シファはメアに追い打ちをかけることはせず、冷めた目で消えゆく背中を見送っている。
 そして、小馬鹿にしたような目で僕を見下してくるのだ。

「バカだなぁ、おまえ。どこに逃がしたって安全だとは限らないぜ?」
「だからといって、ここで一緒に戦わせても足手まといになるだけだ。無駄死にはさせない」
「ふーん。別に殺さなきゃいけないってわけじゃないし、どうでもいいけど」

 どうやら、本当の標的は別にいるらしい。だからといって、僕たちが殺されないという保証はどこにもないが。
 やがて、雨が少しずつ降り始めてきた。春が来たばかりの雨は、まだ冷たい。

「おれたちは、偽りの平和を終わらせに来たんだよ。姉さんが来たらここも終わりだ」
「……姉さん? 何はどうあれ、生誕祭をめちゃくちゃにしたのが君たちだというなら、容赦はしない」
「はっ。どうせおまえには止められねぇよ」

 構わずに翼を広げて、浮遊するシファへガラスの剣を突き出した。すぐにシファも反応し、カードを投げて牽制してくる。
 思わずガラスの剣で斬り裂いてしまったが、刃が侵食されたり壊れたりといった変化は見受けられない。直に触れなければ問題はなさそうだ。

「生誕祭を壊しにきたということは、異変の正体も知っているんだろう? あのお菓子に何が入っているのかも」
「そうだよ。まあ、仕組んだのはおれじゃなくて姉さん……に付き従ってる神だけどね」
「神、って────」

 金色の光が暴発する勢いで放たれ、魔法陣型の防壁で防ぐもあっという間に砕かれた。防壁が防壁の意味をなさず、僕の身体は繁華街の道路を勢いよく転がっていった。
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。身体を地面に打ちつけられたことによる痛みや吐き気が、僕に現実を突きつける。

「あっはははは! おまえらってバカだよな! あんな最高神に付き従ったって、捨て駒にされるだけなのにさぁ!」

 地面に倒れた僕を嘲りながら追ってきて、地面に降り立った。その瞬間、背後に展開されていた黒結晶の翼が砕け散って消える。地面に降りたら自動的に消える仕組みなのだろうか……?

おれの攻撃アストラルを浴びて、無事でいられるはずがない。おまえはここで死ぬ」
「なっ……ぐうっ!?」

 外側からの痛みに加え、内側から滲み出るような激痛に苦痛の声を漏らす。その場にうずくまることしかできない。
 頭が割れるように痛い。身体が疼き、猛烈な熱を生み、経験したこともない苦痛が僕を侵食しようとしている。
 身体の中で暴れ回る痛みに、そのまま意識を持っていかれそうだった。こんな痛みを感じ続けていたら、確実に気が狂ってしまう。

「アストラルに侵食されてなお、まだ意識を保ってんのかよ……やっぱ、アーケンシェンってなると一筋縄じゃいかねぇな」

 ふと、僕のそばに何か転がっているのが見えた。それは、ズボンのポケットに入れておいたはずの、薄い茶色の手帳だった。雨が強まる中、痛みに耐えながら手を伸ばす。
 しかし、その手をシファによって思い切り踏みつけられた。

「へっ、苦しくて苦しくて仕方ねぇだろ? ざまあみろ!」
「ぐぅっ……!!」

 何かおぞましいものに乗っ取られてしまう気がした。そうなってしまったら、僕という命はいずれ消えるしかなくなる────恐ろしいなんてものじゃない。
 ────待って。この力、遠い昔にどこかで────

「見つけました、『〈Camellia Peccatorカメリア・ペッカートル〉』!」
「げっ!?」

 突然、シファに向かって光できた椿の花が落ちて爆発した。シファがすぐにその場を飛び退いてしまい、あまりダメージは入っていないようだ。
 気づけば、僕の前で見慣れた長い銀髪が揺れていた。

「ヴィー、タ……?」
「シファのアストラルを受けたのですか。……あまり猶予がありませんね」

 凛とした声が、今は焦っているように聞こえる。
 確か、ヴィータにはアリアとトゥリヤの捜索を頼んでいたはずだ。無事に見つけることはできたのだろうか?
 そんな憂いさえ、痛みを耐え続けていたらどうでもよくなってしまいそうだった。

「うっわ、オッドアイってことはおまえもか! どこに隠れていやがった!?」

 シファの声色が、急に慌てだした。アーケンシェンの誰かが、僕たちの元に駆けつけたのだ。
 大きな白銀の翼が見え、僕は苦しみの中息を飲む。そして、薄桃色の大きな刃が子供に向かって振りかざされる。

「お前がクリムを傷つけたのね!? 許さない!!」

 今まで、どこに行っていたのかわからなかったアリアが、シファに向かって牙をむき出しにしていたのだった。
 シファは再び星幽術を使ったのか、黒結晶の翼を生やして浮遊し始めた。同じくアリアも翼をはためかせ、シファに追撃をしかける。
 だが、攻撃はすべてかわされ、アリアもまた追い詰められそうになっていた。
 アリアは地上に降り立ち、両手剣を構えてシファを鋭く睨みつける。

「……ちっ。こうなったら、本気出すよ」
「本気?」
「ま、って……アリア……!!」

 ヴィータは何のことかわかっていなかったようだが、僕は必死にアリアへ手を伸ばした。
 その力だけは、使ってほしくない。使っているところを見たくない。

「『クラーウィス・アペリエンス・フルヴァルキリー』!!」

 僕の願いが届くことはなく、冷たい声で詠唱される。アリアの頭に浮かんでいた青白い光の輪が霧散し、彼女の表情が苦しげなものになる。
 身体からだらんと力が抜けかけたが、すぐに体勢を戻す。そのときには、アリアは鬼の形相になって歯を強く食いしばっていた。

「テメェ────ぶっ殺す!!」

 百年前、激しく傷ついた天使が獣のように狂いながら、すべてを破壊しようとした姿を再び見てしまった。
 言いようのない絶望感に苛まれ、僕はついに意識を失った。
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