ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

文字の大きさ
157 / 276
【巨大聖戦編】第7章「誰がための選定」

155話 ミストリューダ

しおりを挟む
 やがて、入り組んだ通路の終着点に辿り着いた。古めかしい両開きの扉が待ち構えており、クロウはそこで僕の手を離す。
 クロウが両手を扉へ当てて、ギィィ、と軋む音が響き渡る。
 扉を開けた先にも、まだ通路が続いていた。しかし、床があちこち汚れて、装飾品や照明が激しく壊されている。魔特隊が突撃した際に壊れてしまったのか、誰かが意図的に壊したのかまではわからない。

「……今だから言っておくけどよ。アリアのことは、別に殺そうとしたわけじゃなかった」

 クロウが壁に寄りかかりながら、若干弱々しく吐き捨てた。表情も少し沈んだものになる。
 だが、こいつに対して油断できるはずもない。

「そう言われて、僕が信じると思う?」
「アリアがオレにやっていたことを思い出してみろ。オマエはよくアリアと一緒にいたんだから、少しくらいわかるだろ」

 デミ・ドゥームズデイが起きる前のアリアのこと。僕を今とは違う意味で面倒を見てくれたし、不真面目なクロウのことも、文句は言いつつ世話をしていた。アリアは今よりも遥かに面倒見がいい女性だったのだ。

「でも、それとこれとは話は別だ。実際に君はデミ・ドゥームズデイの犯人になったし、アリアは死にかけた。言い訳にならない」
「それは結果論でしかない。どっちにしろあの事件は起きていたし、むしろ被害がもっと大きくなっていた。アリアも殺されていただろうよ」

 だんだん、奴の言っている意味が飲み込めなくなってきた。
 だって、デミ・ドゥームズデイの犯人は、今目の前にいるクロウじゃないか。書類上でもそう処理したし、アリアだってクロウと戦って致命傷を負ったせいで、普通に過ごすことができなくなった。
 なのに、当の本人はずっと冷静だ。こちらばかり必死になっているのが、自分でもバカバカしくなってしまう。

「アリアが奴らに殺されないように、先に殺した『フリ』をした。オレがアイツらに取り入って、警戒されないようにするためにな」
「あいつら、って……」

 今、僕たちがいるのは放棄された「隠れ家」。シファとノーファ、そして彼らが作った「魔物」が潜んでいたとされる場所。
 もしかして────ここに隠れていたのは、彼らだけじゃなかったのか?

「ここにオマエを連れてきたのは、『組織』の存在を伝えておこうと思ったからだ。ユキアを連れ去ったのは、その『組織』の連中だからな」

 クロウがどこかへ歩き始めた。僕の手元にある明かりからどんどん遠ざかっていくので、僕も急いで後を追った。
 照明一つない通路を歩いていくと、木製の両扉が全開になった状態で放置されているのを見つける。中に入り、ランタンの橙の明かりで照らした。
 地下に存在するとは思えない、まるで屋敷のような豪華な建物の大広間みたいな場所に辿り着いた。一部壊れたシャンデリアが、ランタンの光を反射してきらめく。広間の一番奥には、舞台のような場所がある。
 部屋の隅に転がった丸いパーティーテーブルや、少し薄汚れた白いテーブルクロスもある。一人二人が滞在するだけにしては色々と過剰に思える。組織とやらに所属している者は多く存在すると考えるのが自然だ。

「何かパーティーでもやっていたのかな」
「組織では定期的に『会合』というものが開かれていた。ここはそのために用意された部屋だ。つい最近もやっていたらしいな」

 ろくに目を合わすこともなく、彼は語る。やがて、クロウの話は「組織」についての話へシフトしていった。

「ここにいた奴らは、自らを『ミストリューダ』と称していた。真の神とやらを崇め、ソイツを復活させるために動いている……そういう胡散臭い集団だ」

 まるで、人間の箱庭にある「宗教」みたいだった。同時に、彼らが崇めるという存在が気になる。

「真の神って誰のこと?」
「『この世の神は真の神にあらず』……それが、ミストリューダでの決まり文句だったんだが。アイツらの言う真の神ってのは、『ヴァニタス』と呼ばれていたぜ」
「ヴァニタス!?」

 以前、アスタとヴィータから聞いた「最凶最悪の存在」の名前だ。クロウは、僕の口からヴァニタスの名前が出てきたことに怪訝な表情を向けてきた。

「なんだ? オマエ、もう知ってたのか?」
「クロウこそ、ヴァニタスが何なのか知ってるの?」
「シファに聞かされたことがあってな。デウスプリズンの奥にアイツが封印されていることだけは知ってる」

 デウスプリズンの奥に封印されている危険な存在が、奴らにとっての信仰対象だなんて思いもしなかった。
 ミストリューダがヴァニタスを復活させようとしているということは、彼らが世界を滅ぼそうとしているのと同義だ。止めないと確実に大変なことになることは、考えるまでもない。

「ミストリューダがいつ発足したのかは知らねぇが、だいぶ昔からあちこちで事件を起こしているらしいから、百年以上は活動してるんじゃないかね」

 アスタとヴィータの同族が関わっているなら、不思議な話ではないと思う。
 観測者には、箱庭を自由に行き来する力がある。そして、彼らに付き従う組織の仲間たちもまた、同じような力を持っている。クロウが神隠し事件で箱庭を飛び回っていたように。

「最初にキャッセリアでの事件を起こしたのが、デミ・ドゥームズデイだった。オレはそこに加担することで、アイツらの信用を得ようと────」
「待って、そもそもクロウはデミ・ドゥームズデイの数日前から行方不明だったじゃないか。事件が起こるまでどこにいたの?」
「……色々あったんだよ。アイリスとカラスのじじいに殺されそうになったから逃げ出して、殺されないように隠れながら生きていたわけよ」
「なっ、何をやらかしたの!?」

 驚きのあまり大声が出た。アイリス様とカトラス様に命を狙われるなんて、普通に生きていればありえない。
 尋ねようとしたものの、クロウはどんどん話を進めていく。

「シファという観測者に出会ったのは、オレが裏で動き回っていたときだった。アイツらはオレにとって、万能な神に近い存在だということを知った。それと同時に、アイツらがキャッセリアを滅ぼす計画を実行しようとしていることに気づいた」
「その計画とやらが、デミ・ドゥームズデイってことか……」
「オレは遅かれ早かれ処分される身だった。真実もわからぬうちに死ぬよりも、アイツらの仲間になって情報を得るのが有意義だと思ったんだよ。確実に取り入られるように、保険としてオマエとアリアの固有魔法を奪ったはいいが……あれは計算外だった」

 ここまであまり目を合わそうとしてこなかったのに、急に青と赤のオッドアイと視線がかち合った。しばらく僕から目を離さなかったので、当然こちらは不思議に思う。

「どうしたの?」
「オマエ、オレをとっ捕まえたときのこと覚えてんのか?」
「いや……正直、あんまり。色々と必死だったから」
「ああそう。別にいいけどよ」

 また目を逸らして、明後日の方向を向く。なぜ不貞腐れるような顔をするのかわからない。

「それから、オレはオマエに殺された。本来ならそれで終わるはずだったんだが……どういうわけか、身体は使い物にならないまま朽ちていくのに、意識だけはずっとはっきりしていた」
「……あのさ、そんな話あるわけないでしょ。それじゃまるで死んでいないみたいじゃないか」
「いや、確かに死んだんだって」

 また意味のわからないことを言い始めた。いい加減にしてほしい。
 ヴィータが前に言っていたけれど、死者を復活させるという偉業は「禁忌とも言える術」を使わなければ成し得ない。クロウがそのような術を施される前に意識を取り戻していたというなら、色々と不可解な状況になってしまう。

「仮に、それが本当だったとして……君の『遺体』はどこにあったんだい?」

 僕は確かに、この手でクロウを殺した。その後、遺体はどうしたのかというと、神兵に頼んで宮殿に運んでもらった。デウスプリズンで死刑となった神は、その遺体を宮殿に運ぶという決まりになっているためだ。
 それからクロウの遺体がどうなったのか、僕はまったく知らない。

「……まあそういうわけで、オレがまだ死んでねーってことにミストリューダの連中が気づいて、シファがオレに『薬』をくれて身体を元通りに再生してくれたわけよ」
「ちょっと、質問に答えてよ」
「いちいち答えてたら時間がなくなるだろ、また今度だ」

 遺体がどうなったかについては、まともに答えてくれる気はなさそうだ。
 宮殿に運ばれてことは確実だと思うのだけど、誰もあずかり知らぬところで何かがあったのだろう。いつかは知ることができるだろうか。

「蘇ったオレがミストリューダに入って、『クレー』というコードネームを与えられて百年くらいは、表立って動いてはいなかった。神隠し事件を機に、キャッセリアをじわじわと潰しにかかる方向へ動くようになり……あとはオマエらの知っての通りだ」

 神隠し事件以降、キャッセリアでは様々な事件が起きていた。
 メアに魔物が憑依したことで大暴走したこともあったし、夢牢獄事件に、最高神生誕祭を狙った大規模なテロも起き────今だって、ミストリューダによって知らないうちに神が連れ去られている。
 僕たちは今まで、本当の敵を見つけることすらできていなかったわけだ。

「クロウは、何が目的で神隠し事件を起こしたの。ユキアたちが言ってたよ、わざわざ君が魔物を倒させていたって」

 神隠し事件を調べている中で、ずっと不可解だと思っていたことだ。クロウはユキアたちに魔物を倒してみろと挑発していたそうだが、魔物を倒されて困るのは彼らの方じゃないだろうか。
 クロウは虚空を見上げながら、遠い昔を思い出すかのごとく答え始めた。

「オレが起こしたというより、ミストリューダがオレを事件の犯人に仕立て上げたんだ。アイツらは強い神をさらって、自分たちが作った魔物に食わせることで、キャッセリアの防御を崩そうとした。オレはその任務をこなすついでに、一つ試してやろうと思ったんだ」
「何を試すっていうんだい」
「現代神はどこまで強くなれるのかって話だ。オレたちが本当の神でないというなら、どこまで強くなれば本当の神になれるのかって思ってな」

 そんなもの、他人を使って考えるものじゃない。自分自身で試せばいいものを、とため息が出た。

「……神隠し事件の後、クロウはまた殺されたんだよね。そこからどうやって蘇ったの?」
「デミ・ドゥームズデイのときと似た感じだ。ただ、前回とは違う方法を使ったことでデメリットが増えた。今もオマエと話していると、空腹感が出てくる」
「だからって、僕を食べたりしないでよね。冗談じゃない」
「ただの神だし思いきりは食わねぇよ。でもまあ、そのうち他の奴らの身代わりになってもらうかもな」

 こっちの気持ちを微塵も考えないで、ヘラヘラ笑っている。
 定期的に血肉を食べないと持たないと言っていた理由はわかったけれど、どんな行動をとってくるか予測できないのが恐ろしい。
 今はまだその気がないだけで、油断していたらあっという間に餌食にされそうだ。

「それにしても、本当に誰もいないんだね」
「捨てられた場所だからな。痕跡もろくに残ってないし、これ以上は探しても無意味────」

 バタン、と何かが倒れる音が聞こえた。この大広間の端からだ。
 僕は無意識に立ち上がり、音が聞こえた方へ向かった。壁際に追いやられたパーティーテーブルの陰に、誰かが倒れているのを見つける。近くに転がったランタンの炎は消えている。
 ピンクゴールドの短い髪と、金色の瞳、そして右肩から見える白い片翼……間違いない。

「ジュリオ!? どうしてここに……」
「衰弱しやがってんな。しかもたった一人か」

 ぴくり、と彼の指が動いた。ゆっくりと身体を動かし、上半身を起こす。

「よりにもよってあなた方に出くわすなんて……本当、何もうまくいきませんね」

 ひどく傷ついているわけでも、血を流しているわけでもなかった。ただ、ジュリオの顔に血の気がなく、ひどくやつれた様子だった。
 一番近くのテーブルを支えに立ち上がり、僕たちを冷たく嘲笑う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...