ディバイン・レガシィー -箱庭の観測者-

月詠来夏

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第8章「神智を超えた回生の夢」

194話 救うためなら、なんだって(4)

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「願いが叶ったようで何よりです、クリム。お疲れのところ悪いのですが、今度はこちらを手伝ってくださいませんか」

 銀の長剣を携えた状態のヴィータが、僕とアリアに近づいてきた。傷は再生したのかなかったことになっているが、紫の装束はかなりボロボロになっていた。
 舞い上がった土煙の中を覗き込む。そこには、ヴィータ以上に汚れた状態のシファが崩れ落ちていた。背中に展開していた黒い結晶の翼がなくなっている。
 ここまでやられているなら、僕が出る幕なんてないのでは? とは思いつつ、落としていたガラスの剣を拾い上げておく。

「くそっ……ヴィータめ、三百年も眠ってたくせに、ちっとも衰えてないじゃねぇか……!!」

 土煙が舞い上がる中で身体を起こし、シファはヴィータを鋭く睨みつけていた。睨まれた本人は普段通りの涼しい顔で、彼に長剣を突きつける。

「わたしが本気を出したあなたに負けたことなんてありましたか? この状態であなた『だけ』を相手にするなら余裕です。あなたの戦い方は一から十まで把握していますので」
「────腹立つんだよ!! いっつもいっつも、バカにしやがって!!!」

 シファが懐から金色のカードを取り出し、ヴィータに向かって投げ飛ばした。ヴィータは何気なく、長剣でカードを斬り捨てる。
 そんな彼女に業を煮やし、さらに攻撃を仕掛けようと動き出すシファだったが────

「もうやめなよ。あなた、ボロボロじゃない」
「っ!? やめなさいアリア!」

 僕の隣に立っていたアリアの言葉で、シファの動きが止まる。何を言っているんだ、と言いたげに目を見開いたシファは、ゆっくりとアリアの方を向いた。
 彼女をシファに近づかせまいとヴィータが叫び、僕は両手を広げて二人の間に立ち塞がろうとした。しかし、アリアは僕たちの制止も聞かず、さらに前に歩み出ようとするばかりだった。

「……まさか、本当に救いやがったのか?」
「そうだよ。クリムが私を助けてくれたの」
「はは……偽神のくせにやるじゃねぇか。でも、おれはまだ負けてねぇ。不老不死の観測者は、どんな存在にだって負けやしねぇんだよ!!」

 シファは力なく笑ってから、なおもヴィータに向かって駆け出そうとする。そこにアリアが飛び込んで、僕たちが止める間もなくシファを抱き留めた。
 アリアがアストラルに再び侵されないかが心配で駆け寄ろうとした僕を、アリアは強い眼差しで止めた。まるで、自分を信じてくれと言わんばかりに。

「なんで、こんなに震えてまで戦おうとするの? そんなにクリムたちが許せない?」
「ふ、震えてなんかない! おれに触んな!! 死ぬかもしれないんだぞ!!」
「私は死なないよ。確かに死にかけたけど、生きてるもの」

 アリアは終始冷静で、彼のことも優しく抱きしめていた。僕にしてくれたのと同じように、頭を覆うフードごと撫でている。アリアに触れている時間が長くなればなるほど、シファの強張った身体から力が抜けていくように見えた。

「おまえも何か企んでるのか? そうじゃなきゃ、こんなこと……」
「別に何も企んでないよ。私はあなたのこと、よく知らないし。ただ、あなたはきっと、誰かにこうしてほしかったんじゃない?」

 はっと息を飲む音が聞こえたのと同時に、シファの金色の瞳が見開かれた。
 それまで、アリアに一方的に抱きしめられていただけのシファが、ゆっくりと彼女の背中に両腕を回そうとした────が、一転してアリアを勢いよく突き放した。
 そして彼が謎の黒い光を浴びて悲鳴を上げたのは、ほんの一瞬の出来事だった。

「おやおや、こんなところにいたのかい? 随分と面白い場面に立ち会ったようじゃないか、羨ましいよ」
「なっ……どうして、ここが……あああああぁぁぁっ!!」

 謎の攻撃を浴びたシファの声は掠れていて、あっという間に意識を失った。倒れかけたシファの身体を受け止めたのは、黒いローブをまとった銀髪銀目の大人だ。その人物を目にした瞬間、僕の内側から全身の毛が逆立つような不快感が湧きたった。
 そう────トゥリヤを殺した「預言者」が、僕の前に再び姿を現したのだ。

「ごきげんよう、『嫉妬深い息吹』。兄から話は聞いているかな?」

 シファを横脇に抱えてから、預言者が無表情のままヴィータに声をかけた。ヴィータは見るからに顔をしかめ、預言者をかなり警戒している。

「……あなたがお兄様の言っていた『預言者』ですね。やはり、わたしのことも知っていましたか」
「そうとも。ああ、ちなみに私はもう『預言者』ではないよ。ミストリューダはもう壊滅しているから、今はニールと名乗っている。これからも長い付き合いになるだろうし、覚えておきたまえ」

 ミストリューダが壊滅した……? 先日の事件でも、ミストリューダのその後はよくわかっていなかったが、いつの間にそんな話になっていたのだろう。
 なんにせよ、預言者──ニールにとって、ミストリューダという組織の存在はもはやどうでもいいものになっていることは確かみたいだ。どうりで、誰もジュリオを連れ戻そうとしてこなかったわけだ。

「それにしても、嫉妬深い息吹よ。君は、思ったよりも優秀な神の子かもしれないな」
「どういう意味です?」
「君は聡明な子だから、自分で考えるといい。少なくとも君は、君の兄より合理的な判断ができているよ」
「────わたしのお兄様を侮辱する気ですか? それ以上口を開くなら焼き殺しますよ」

 顔に陰を落とし、額に青筋を浮かべたヴィータ。言葉は静かだったものの、いつにも増して低い声だった。
 ニールは少し慌てた様子で「おお、すまないすまない」と軽く謝罪し、今度は僕の方を向いた。こちらに目を合わせたと思ったら、なぜかニコリと笑いかけてきた。

「おめでとう、『蒼銀の断罪者セルリアン・コンヴィクター』。君も晴れて『右目』の権能を覚醒させたようだね」
「権能? 何のこと?」
「君たちオッドアイの神々、アーケンシェン特有の力だよ。君の場合、権能の性質が特殊すぎて他よりも覚醒が大幅に遅れてしまったみたいだがね」

 僕ははっとして、自分の右目に指を這わせた。シファが生み出した偽物のアリアを倒したとき、彼女は光になって僕の右目に飛び込んできた。それまで、アストラルに頻繁に触れたことで痛み続けていた右目が、今はすっかり痛みが引いている。
 ニールの言う権能や覚醒というものに心当たりはなく、何か新しい力などを使えそうな気配もない。だが、アストラルに近づいても右目の痛みが表れなくなったことは、僕にとって思ったよりも重要な出来事なのかもしれない。

「君たち偽神が着実に成長しているようで、私も楽しみが増えた。私は今、とても嬉しいよ」

 ニールはニコリと笑ったまま、少し楽しそうな口調で言う。なぜそこまで享楽的な態度をとっているのか、僕にはまったく理解できない。

「意味がわからない。君たちからしたら、僕たちは殺したい相手じゃないの?」
「ただ殺すだけじゃつまらないよ。それでは砂を噛むのと相違ない。まもなく我らが神は復活するが、そうなったら私も遊んでばかりいるわけにはいかなくなる。それまでもう少し遊ばせてくれたまえよ」

 奴はほんの少しだけ狂ったような笑みを見せる────それとは真逆に、僕は顔をこわばらせる。
 やっぱり、こいつはふざけている。どれだけ生命を軽く見ているのだろう。こいつならきっと、息をするように僕の仲間を殺し続けるに違いない。僕は、いつぞやのように冷静さを欠こうとしていた。

「とはいえ、虚飾を重ねし宥免には早く戻ると言ってしまったからねぇ。今日のところはここで帰らせてもらおう」
「────ふざけるな。このまま潔く帰すわけないだろ!!」

 握ったままのガラスの剣を振り上げ、ニールへと飛びかかった。しかし、彼は軽々と攻撃を避けて、シファを抱えたまま遠くへ飛び去ってしまった。僕の力では、ニールに追いつくことができなかった。
 奴を取り逃がしたのは、これで何度目になるのだろう。僕の胸は怒りと悔しさでいっぱいだった。

「……『《Etherizeエーテライズ》』」

 僕の背後で、ヴィータが小さく呟いた。目に見えて変わった様子はなかったのだが、彼女は詠唱してしばらくした後に、静かにため息をつく。

「もうシファとの戦いは終わりました。わたしも必要以上にアストラルを解放し続けるわけにはいきませんので、力の解除をやめました」
「……そうかい」
「え、えっと……私、全っ然状況が飲み込めないんだけど……」

 僕も敵がいなくなったので、ガラスの剣を元のペンに戻してポケットにしまった。その間に、ヴィータはいつも通りの涼しい顔で僕に近づいた。
 そして、淡々とした口調でとあることを告げてきた。

「わたし、決めました。あれは早急に殺しましょう。お兄様を笑いながら侮辱するなんて、危険分子なのは明白です」

 清々しいほどきっぱりと、何の曇りもない顔で言われた。普段の僕なら引くところだったが、相手が相手だったので今は全面同意できる。

「やっぱりそう思う? 僕もあいつは許せない。捕まえたら斬首刑にしよう」
「いいえ、焼死体にしてバラバラにするべきです」
「……とりあえず、死ぬのがマシだと思いたくなるような殺し方を考えるべきだね」
「そうしましょう」
「ち、ちょっとーっ!? 二人とも、物騒な話はもうやめて! 私に状況を説明して~!!」

 アリアが泣きそうになりながら叫んだので、さすがに僕たちもその話題は一旦終わらせた。
 多分、デミ・ドゥームズデイから百年経った今までのことは、すべてもう一人のアリアが覚えていたことだ。彼女がいなくなった今、僕たちの方から直接説明していくしかないだろう。
 だが、今から全部説明するには時間がかかりすぎるので、とりあえず三人でデウスプリズンに戻ることにした。



 まずは、セルジュが待っているであろうヴィータの部屋へ向かった。扉を開けたら案の定、セルジュが「クリムせんぱああぁぁい!!」と号泣しながら僕の胸に飛び込んできた。あまりにも勢いよく抱き着いてきたので、床に押し倒されるような形で倒れ込んでしまう。

「いきなり先輩とヴィータがシファといなくなっちゃうし、苦しんでたはずのアリア先輩がピンピンしてたし、病み上がりなはずなのに外に飛び出すしで……! ぼく、もうどうすればいいのかわからなくって、ずっとここで泣いてました!! ごめんなさいクリム先輩!!」
「い、いや……むしろありがたかったというか」

 えんえん泣きわめくセルジュには、僕の言葉はあまり聞こえていないみたいだった。デウスプリズンの機能を考えたら、建物内にあまり神がいない状態は避けた方がいい。僕は戦っている間も、その点を少し心配していたのだ。

「それにしても、セルジュ。百年も見ないうちに大きくなったね」

 セルジュが泣きじゃくっているところに、アリアが声をかけてくれた。すると、ピタリと泣き声が止んで、僕から離れて起き上がってくれた。

「百年ということは、デミ・ドゥームズデイから先のことを覚えてないということですか? それでよく、ぼくのことがわかりましたね」
「女の子の格好だったのはびっくりしたけど、片翼なのは昔と同じだったし面影が残ってたからね。というか、結構簡単に受け入れちゃうんだ?」
「クリム先輩やアリア先輩と懇意でなかったら、さすがに信じなかったかもしれません。でも、随分と前に『忘れちゃった』と言われたときのことを考えたら、成長を喜んでもらえる方がずっと嬉しいです」

 安心した笑顔を浮かべたセルジュを見て、僕とアリアは顔を見合わせてほっと息をついた。
 多くの神は、アリアは「デミ・ドゥームズデイの後遺症でそれ以前の記憶を失った」と聞かされている。今のアリアの状況は、事情を知る神以外は「デミ・ドゥームズデイ以前のことは思い出して、逆にそれ以後の百年間の記憶を失った」状態になっていると思う。そう考えると、本当にややこしくて仕方がない。

「どうやら、百年間色々なことがあったみたいだね。そうだ、ティアルたちはどうしてる? アイリス様にもお会いしないといけないよね」
「……あ」

 何気ないアリアの言葉に、僕は一つ失念していたことを思い出した。
 ただ、彼女の記憶の空白を埋めればいいだけではないのだ。ここ数か月は色々なことが立て続けに起きた。そのことも、全部伝えなくてはいけない。

「現在の状況も含めて、今までのことは全部説明いたします。なので、できるだけ落ち着いて聞いてくれると幸いです」
「え? う、うん……」

 ヴィータが淡々として言い含めたことで、アリアの表情が若干曇ってしまう。
 できることなら、これ以上アリアを悲しませるようなことはしたくないのだが……僕は、できることなら彼女に嘘を吐きたくはない。
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