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序章 ― 毒 ―

序章-5

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「申し上げます。これらの毒蛇は、野生のものではありません。蟲毒こどくによるものと思われます。その証拠に鶯が近くにいたというのに、目をくれず、人に向かってきました」

「蟲毒、とは何ですか」
「はい。蟲毒とは、人を呪うために作り出されたものでございます。蛇や蛙、虫など、毒を持つものを一つの壺に入れ、互いに殺し合わせるのです。最後に生き残ったものが蟲毒となり、人を呪う道具となるのです」

 側近たちが袖で口元を覆いながら、おぞましい、と零している。俊元は、あまり顔に出さないようにするため、その光景を想像することは避けた。

「ただ、二匹いたことからも、術師ではない、素人の手によるものでしょう。毒が弱すぎます。……呪術については専門外のことゆえ、浅い知識で失礼いたしました」

 彼女は、話し終えると再び頭を垂れた。矢尻で傷付けた腕は、帝の目に触れないよう、袖で覆っている。本人は浅い知識と言っているが、少なくともここにいる者たちよりも知識がある。毒についての知識にも期待が持てるというもの。

「でたらめを申すな! そう、そうだ。あの蛇どもはおぬしが用意したのであろう! 帝に認められるための自作自演だ」
 側近たちは、なおも彼女を排除しようと動く。これでは話が一向に進まない。

「そうお思いならば、斬り捨てくださいませ。その蛇のように」
「……っ」

 彼女の言葉に、側近たちが黙り込んだ。自分の手で斬るまでの覚悟はなかったらしい。だが、引くに引けなくなっているのもまた事実。

 帝が、毒小町、と呼びかけた。

「何故、自らの腕を犠牲にして、助けたのだ。理由を述べよ」
「わたしは、体の全てが毒でございます。ゆえに他のどのような毒も効きません。が、一番の理由としては――――人が死ぬところを見たくありませんので」

「ははっ、そうか」
「主上を只人ただびとと申すなど! 不敬であるぞ!」
「よい」

 怒り出す側近に対して、帝は笑みを浮かべている。帝を他の者どもと同じように只の人と扱うことは不敬に当たることもあるが、本人が許しているのだから、問題はない。

「私とて、人が死ぬところは見とうはない」
 先ほどの、気に入らなければ斬り捨てろ、という言葉に対する答えである。帝は続けて語りかけた。

「傷の手当を、と言いたいところだが、毒の体には誰も触れられぬか」
「洗い流すことが出来れば、それで充分でございます」
「そうか。俊元、井戸まで案内せよ。他の者はもうよい、下がれ」
「かしこまりました」

 俊元は、彼女に近付き、こちらへどうぞと外に出るように促した。
 背後では、まだ納得していない側近たちが何かしら言っている。だが、それは帝に一蹴された。

「おのれが解決出来なかったことを棚に上げて申すか。ひと月何の成果も上げられず……恥を知れ」
「も、申し訳ございません」
「失礼をいたしました……」

 毒についての調査、それを初めに請け負っていたのは彼らだった。だが、一か月何も手掛かりを得られず、俊元へとそれが回ってきたのだ。前任者として出席していたはずなのに、役に立つ情報共有すらなく、帝の怒りを買うことになった。

 俊元は、近くにいた役人に、清涼殿の祓えをするように言いつけて、彼女を井戸に連れて行った。
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