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悪役を愛するのは(8)
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陽の光を浴びて、風にふわりとゆれる花弁から爽やかで甘い香りが鼻をくすぐる。
「カモミール……」
ソフィーを白い絨毯の上へ降ろしたエルバートは、自分たち以外に誰もいないからとフードを脱ぎ捨てた。
現れた表情はまるで宝物を自慢する子どものようで。
「ふふっ、エルバート様、本当にお好きなんですね」
「ソフィーのこと? 大好きだよ」
「カモミールのことです」
菫色の瞳に白い花と自分が映り込んでいる。いつも通り、真剣さの欠片もないような口調なのになぜか心臓がどきっと鳴った。
なんだそっちか、とエルバートはソフィーの手を引いて花畑を歩いていく。
不思議と、なぜだが懐かしい。
「昔、茶葉を売って暮らしていた頃……屋敷の近くにカモミール畑があったんです。これほど整備もされていなくて、もっと小さくて。引っ越す直前まで毎日通うほど大好きな場所でした」
ソフィーがカモミールを特別好きなのは思い出の要素も多いのかもしれない。
大切な記憶のはずなのになぜかぼんやりとしか思い出せないのは、やはりあの頃シンデレラに出会った衝撃が大きかったからだろうか。
ぼんやりと思いを馳せるソフィーに、くすりと笑ったエルバートがその場に腰を降ろした。
手を引いて、くるりと器用にソフィーを膝に乗せる。
「この辺で昼食にしようか。パンが冷める前にさ」
二週間、毎日のように膝に乗せられ、抵抗がなくなっていたソフィーでさえさすがに外となると気が引ける。
先ほど焼き立てで買ったパンはまだほんのりと温かい。
「普段のドレスより動きやすいですし、少し大判のハンカチーフも持っておりますので今は……」
「だーめ。この体制が落ち着くんだから。あ、パンには紅茶だよね」
軽くあしらわれ、逃げないようにと腰に腕が巻き付いた。落ち着くのはあなただけです、と言いたいソフィーを他所にエルバートは指を杖のように回して魔法をかけた。ポンッと弾けるように現れた紅茶にソフィーの声も思わず弾んでしまう。
「いい香り……」
何度見ても魔法がかけられる瞬間は不思議で面白い。
「まだまだ、デザートもあるよっ」
ソフィーの反応に気を良くしたエルバートは花に手をかざし、指を鳴らす。
すると、カモミールの花弁がぷるり、と見るからに濃厚そうな蜜に変わり、空からふわふわと降りてきた雲はソフィーの手に収まって甘い香りを放つ。
「わぁっ……」
「雲飴っていうんだよ……って、そのままだね。甘いから食べてごらん」
エルバートが花弁の蜜を紅茶に入れたのを横目に見ながら恐る恐る雲を口に含んでみる。
驚いた。雲という名前の通り、本当に口の中に入れたら溶けてなくなってしまったのだ。地上では出会うことのなかった食べ物に思わず頬が緩んで目が輝いてしまう。
「ここのパンも美味しいんだよ」
エルバートはソフィーが美味しそうに食べる姿が嬉しいらしく、市場で買ったパンを一口大にちぎってソフィーの口元へ運び、恭しく紅茶を差し出す。親鳥がひな鳥の世話を焼くような扱いに少々の気恥ずかしさと違和感を感じつつも、優しく微笑まれればつい絆されてしまう。紅茶もほんのりと花の香りを纏って甘くて美味しい。
口に入るものが自国で食べてきたものと比べ物にならないほど美味しいから余計にだ。
自分がこんなにも食いしん坊だと思わなかった。
「不思議ですね。魔法といえばベテン王国を創造するような強力で想像もつかないものをイメージしていたのに……」
「他にもあるよ。例えば……ソフィーの今日の下着の色を当てられる魔法とか」
「やめてください。……でも、おとぎ話だと思っていた魔法がこんなに身近にあるなんて……」
まだ信じられない。
目尻をほんのり染めて伏せたソフィーにエルバートは雲のように柔らかな声でふっと笑った。
「気に入ってくれてよかった」
そして、なにかをソフィーの手に握らせる。
「それも気に入ってくれると嬉しいんだけど」
「カモミール……」
ソフィーを白い絨毯の上へ降ろしたエルバートは、自分たち以外に誰もいないからとフードを脱ぎ捨てた。
現れた表情はまるで宝物を自慢する子どものようで。
「ふふっ、エルバート様、本当にお好きなんですね」
「ソフィーのこと? 大好きだよ」
「カモミールのことです」
菫色の瞳に白い花と自分が映り込んでいる。いつも通り、真剣さの欠片もないような口調なのになぜか心臓がどきっと鳴った。
なんだそっちか、とエルバートはソフィーの手を引いて花畑を歩いていく。
不思議と、なぜだが懐かしい。
「昔、茶葉を売って暮らしていた頃……屋敷の近くにカモミール畑があったんです。これほど整備もされていなくて、もっと小さくて。引っ越す直前まで毎日通うほど大好きな場所でした」
ソフィーがカモミールを特別好きなのは思い出の要素も多いのかもしれない。
大切な記憶のはずなのになぜかぼんやりとしか思い出せないのは、やはりあの頃シンデレラに出会った衝撃が大きかったからだろうか。
ぼんやりと思いを馳せるソフィーに、くすりと笑ったエルバートがその場に腰を降ろした。
手を引いて、くるりと器用にソフィーを膝に乗せる。
「この辺で昼食にしようか。パンが冷める前にさ」
二週間、毎日のように膝に乗せられ、抵抗がなくなっていたソフィーでさえさすがに外となると気が引ける。
先ほど焼き立てで買ったパンはまだほんのりと温かい。
「普段のドレスより動きやすいですし、少し大判のハンカチーフも持っておりますので今は……」
「だーめ。この体制が落ち着くんだから。あ、パンには紅茶だよね」
軽くあしらわれ、逃げないようにと腰に腕が巻き付いた。落ち着くのはあなただけです、と言いたいソフィーを他所にエルバートは指を杖のように回して魔法をかけた。ポンッと弾けるように現れた紅茶にソフィーの声も思わず弾んでしまう。
「いい香り……」
何度見ても魔法がかけられる瞬間は不思議で面白い。
「まだまだ、デザートもあるよっ」
ソフィーの反応に気を良くしたエルバートは花に手をかざし、指を鳴らす。
すると、カモミールの花弁がぷるり、と見るからに濃厚そうな蜜に変わり、空からふわふわと降りてきた雲はソフィーの手に収まって甘い香りを放つ。
「わぁっ……」
「雲飴っていうんだよ……って、そのままだね。甘いから食べてごらん」
エルバートが花弁の蜜を紅茶に入れたのを横目に見ながら恐る恐る雲を口に含んでみる。
驚いた。雲という名前の通り、本当に口の中に入れたら溶けてなくなってしまったのだ。地上では出会うことのなかった食べ物に思わず頬が緩んで目が輝いてしまう。
「ここのパンも美味しいんだよ」
エルバートはソフィーが美味しそうに食べる姿が嬉しいらしく、市場で買ったパンを一口大にちぎってソフィーの口元へ運び、恭しく紅茶を差し出す。親鳥がひな鳥の世話を焼くような扱いに少々の気恥ずかしさと違和感を感じつつも、優しく微笑まれればつい絆されてしまう。紅茶もほんのりと花の香りを纏って甘くて美味しい。
口に入るものが自国で食べてきたものと比べ物にならないほど美味しいから余計にだ。
自分がこんなにも食いしん坊だと思わなかった。
「不思議ですね。魔法といえばベテン王国を創造するような強力で想像もつかないものをイメージしていたのに……」
「他にもあるよ。例えば……ソフィーの今日の下着の色を当てられる魔法とか」
「やめてください。……でも、おとぎ話だと思っていた魔法がこんなに身近にあるなんて……」
まだ信じられない。
目尻をほんのり染めて伏せたソフィーにエルバートは雲のように柔らかな声でふっと笑った。
「気に入ってくれてよかった」
そして、なにかをソフィーの手に握らせる。
「それも気に入ってくれると嬉しいんだけど」
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