シンデレラの義姉は悪役のはずでしたよね?

梅乃なごみ

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悪役を愛するのは(9)

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 そろり、と開いた手のひらから、菫色のブローチが顔を出した。
 美しいガラスは白い花畑と空の色を反射して煌めいている。市場でソフィーが目を奪われた品だと気づき、ソフィーはハッと顔をあげた。

「これを私に……?」
「受け取ってくれる?」

 ずっと隣にいたのに、一体いつ購入していたのか。

「驚いた? 魔法使いだからね」

 戸惑いを隠せないソフィーの視線を肯定と捉えたエルバートは、胸元のリボンの結び目にブローチを着けて満足気に頷いた。
 町娘風のワンピースに輝くガラスのブローチはどこか不釣り合いに見えるのに、純粋で優しい菫色に胸が小さく早鐘を打つのが分かる。
 男性からプレゼントを貰うなど生まれて初めての経験だ。
 それはもちろん、一応貴族の令嬢だったこともあり、家同士の贈り物は母の管理している中であっただろう。
 けれど、ソフィー個人に対してのプレゼントは親しい友人がいないため女性からだって貰ったことがない。
 それを、素直に嬉しいと感じないほうが無理である。

「ありがとうございます……」

 眦をほんのりと桃色に染めるソフィーが不器用に口元だけで見せた笑顔にエルバートはたまらないというように勢いよく抱きしめ、そのまま花束の上に転がった。

「よかった! すごく似合うよ」

 ソフィーの下で心底幸せそうに笑う魔法使いにソフィーはくすりとまた笑みがこぼれてしまう。

「私はエルバート様にいただいてばかりですね」
「僕が選んだものを身につけてくれてるソフィーを見られるなんて最高じゃん」

 当然のように満足げな笑みで甘い視線で舐めるようにソフィーを見つめるエルバートに若干引きつつ、なにかお返しできるものがあれば……と考えてみる。が、この世界の通貨は持っていないし、なにか購入するにもエルバート頼みになってしまう。それに彼なら欲しいと思ったものは自分で全て手に入れることができるだろう。
 そうなってくるとお手上げだ。先日、エルバートが飲んでみたいと言ってくれた紅茶も茶葉を作るのに早くても二、三日はかかってしまう。

 ふと、エルバートの白銀の髪に一枚の白い花びらが乗っていることに気付いた。

「そうだわ……!」
「ん? どうしたの?」
「少々お待ち下さい……これをこうして……」

 ソフィーは一度エルバートの腕から抜け出し、咲き誇る花に「ごめんね」と小さく誤ってから摘み取っていく。
 久々なので上手くできるか不安だったが、幼い頃散々練習した甲斐があり身体は覚えているようで自然と指が茎部分を丁寧に編み込み紡いだ。

「こんなものしかお返しできませんが」

 ソフィーは完成した純白の冠を魔法使いの銀髪に添える。
 花冠はソフィーが唯一つくることができるものだ。

「わあっ……すごいっ! ねえ、似合う?」
「お似合いですよ。ごめんなさい、これくらいしか思いつかなくて」

 寝転がっていた半身を起こし、大げさなほど喜ばれると少し恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになる。

「すごく嬉しいよ! ソフィーが僕のために作ってくれたなんて……これを永久に保存できる魔法をかけよう」

 花冠を手に取り、真剣な顔をするエルバートにソフィーは思わず吹き出してしまった。

「大げさです……! もうっ、魔法ってもっと役に立つことに使わなくていいんですか?」
「えー。僕の役には大いに立ってるよ。それに、強力な魔法使いの魔法なんていうのは役に立たないくらいがちょうどいいんだよ」

 エルバートが幸せそうに目を伏せる。その表情にどこか陰りを感じさせられてソフィーも釣られて視線を花に落とした。

「大切にいたしますね」
 ソフィーは胸のブローチに触れ、いつもよりほんの少し早い心音を意識しないように努めた。



 ◇◇◇

『ソフィーお姉様……?』

 どこかで可憐な義妹の声が聞こえた気がするけれど、それさえも現実逃避だと思うほどには自分の感情が動き始めてしまっているのが分かった。
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