32 / 51
悪役を愛するのは(9)
しおりを挟む
そろり、と開いた手のひらから、菫色のブローチが顔を出した。
美しいガラスは白い花畑と空の色を反射して煌めいている。市場でソフィーが目を奪われた品だと気づき、ソフィーはハッと顔をあげた。
「これを私に……?」
「受け取ってくれる?」
ずっと隣にいたのに、一体いつ購入していたのか。
「驚いた? 魔法使いだからね」
戸惑いを隠せないソフィーの視線を肯定と捉えたエルバートは、胸元のリボンの結び目にブローチを着けて満足気に頷いた。
町娘風のワンピースに輝くガラスのブローチはどこか不釣り合いに見えるのに、純粋で優しい菫色に胸が小さく早鐘を打つのが分かる。
男性からプレゼントを貰うなど生まれて初めての経験だ。
それはもちろん、一応貴族の令嬢だったこともあり、家同士の贈り物は母の管理している中であっただろう。
けれど、ソフィー個人に対してのプレゼントは親しい友人がいないため女性からだって貰ったことがない。
それを、素直に嬉しいと感じないほうが無理である。
「ありがとうございます……」
眦をほんのりと桃色に染めるソフィーが不器用に口元だけで見せた笑顔にエルバートはたまらないというように勢いよく抱きしめ、そのまま花束の上に転がった。
「よかった! すごく似合うよ」
ソフィーの下で心底幸せそうに笑う魔法使いにソフィーはくすりとまた笑みがこぼれてしまう。
「私はエルバート様にいただいてばかりですね」
「僕が選んだものを身につけてくれてるソフィーを見られるなんて最高じゃん」
当然のように満足げな笑みで甘い視線で舐めるようにソフィーを見つめるエルバートに若干引きつつ、なにかお返しできるものがあれば……と考えてみる。が、この世界の通貨は持っていないし、なにか購入するにもエルバート頼みになってしまう。それに彼なら欲しいと思ったものは自分で全て手に入れることができるだろう。
そうなってくるとお手上げだ。先日、エルバートが飲んでみたいと言ってくれた紅茶も茶葉を作るのに早くても二、三日はかかってしまう。
ふと、エルバートの白銀の髪に一枚の白い花びらが乗っていることに気付いた。
「そうだわ……!」
「ん? どうしたの?」
「少々お待ち下さい……これをこうして……」
ソフィーは一度エルバートの腕から抜け出し、咲き誇る花に「ごめんね」と小さく誤ってから摘み取っていく。
久々なので上手くできるか不安だったが、幼い頃散々練習した甲斐があり身体は覚えているようで自然と指が茎部分を丁寧に編み込み紡いだ。
「こんなものしかお返しできませんが」
ソフィーは完成した純白の冠を魔法使いの銀髪に添える。
花冠はソフィーが唯一つくることができるものだ。
「わあっ……すごいっ! ねえ、似合う?」
「お似合いですよ。ごめんなさい、これくらいしか思いつかなくて」
寝転がっていた半身を起こし、大げさなほど喜ばれると少し恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになる。
「すごく嬉しいよ! ソフィーが僕のために作ってくれたなんて……これを永久に保存できる魔法をかけよう」
花冠を手に取り、真剣な顔をするエルバートにソフィーは思わず吹き出してしまった。
「大げさです……! もうっ、魔法ってもっと役に立つことに使わなくていいんですか?」
「えー。僕の役には大いに立ってるよ。それに、強力な魔法使いの魔法なんていうのは役に立たないくらいがちょうどいいんだよ」
エルバートが幸せそうに目を伏せる。その表情にどこか陰りを感じさせられてソフィーも釣られて視線を花に落とした。
「大切にいたしますね」
ソフィーは胸のブローチに触れ、いつもよりほんの少し早い心音を意識しないように努めた。
◇◇◇
『ソフィーお姉様……?』
どこかで可憐な義妹の声が聞こえた気がするけれど、それさえも現実逃避だと思うほどには自分の感情が動き始めてしまっているのが分かった。
美しいガラスは白い花畑と空の色を反射して煌めいている。市場でソフィーが目を奪われた品だと気づき、ソフィーはハッと顔をあげた。
「これを私に……?」
「受け取ってくれる?」
ずっと隣にいたのに、一体いつ購入していたのか。
「驚いた? 魔法使いだからね」
戸惑いを隠せないソフィーの視線を肯定と捉えたエルバートは、胸元のリボンの結び目にブローチを着けて満足気に頷いた。
町娘風のワンピースに輝くガラスのブローチはどこか不釣り合いに見えるのに、純粋で優しい菫色に胸が小さく早鐘を打つのが分かる。
男性からプレゼントを貰うなど生まれて初めての経験だ。
それはもちろん、一応貴族の令嬢だったこともあり、家同士の贈り物は母の管理している中であっただろう。
けれど、ソフィー個人に対してのプレゼントは親しい友人がいないため女性からだって貰ったことがない。
それを、素直に嬉しいと感じないほうが無理である。
「ありがとうございます……」
眦をほんのりと桃色に染めるソフィーが不器用に口元だけで見せた笑顔にエルバートはたまらないというように勢いよく抱きしめ、そのまま花束の上に転がった。
「よかった! すごく似合うよ」
ソフィーの下で心底幸せそうに笑う魔法使いにソフィーはくすりとまた笑みがこぼれてしまう。
「私はエルバート様にいただいてばかりですね」
「僕が選んだものを身につけてくれてるソフィーを見られるなんて最高じゃん」
当然のように満足げな笑みで甘い視線で舐めるようにソフィーを見つめるエルバートに若干引きつつ、なにかお返しできるものがあれば……と考えてみる。が、この世界の通貨は持っていないし、なにか購入するにもエルバート頼みになってしまう。それに彼なら欲しいと思ったものは自分で全て手に入れることができるだろう。
そうなってくるとお手上げだ。先日、エルバートが飲んでみたいと言ってくれた紅茶も茶葉を作るのに早くても二、三日はかかってしまう。
ふと、エルバートの白銀の髪に一枚の白い花びらが乗っていることに気付いた。
「そうだわ……!」
「ん? どうしたの?」
「少々お待ち下さい……これをこうして……」
ソフィーは一度エルバートの腕から抜け出し、咲き誇る花に「ごめんね」と小さく誤ってから摘み取っていく。
久々なので上手くできるか不安だったが、幼い頃散々練習した甲斐があり身体は覚えているようで自然と指が茎部分を丁寧に編み込み紡いだ。
「こんなものしかお返しできませんが」
ソフィーは完成した純白の冠を魔法使いの銀髪に添える。
花冠はソフィーが唯一つくることができるものだ。
「わあっ……すごいっ! ねえ、似合う?」
「お似合いですよ。ごめんなさい、これくらいしか思いつかなくて」
寝転がっていた半身を起こし、大げさなほど喜ばれると少し恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになる。
「すごく嬉しいよ! ソフィーが僕のために作ってくれたなんて……これを永久に保存できる魔法をかけよう」
花冠を手に取り、真剣な顔をするエルバートにソフィーは思わず吹き出してしまった。
「大げさです……! もうっ、魔法ってもっと役に立つことに使わなくていいんですか?」
「えー。僕の役には大いに立ってるよ。それに、強力な魔法使いの魔法なんていうのは役に立たないくらいがちょうどいいんだよ」
エルバートが幸せそうに目を伏せる。その表情にどこか陰りを感じさせられてソフィーも釣られて視線を花に落とした。
「大切にいたしますね」
ソフィーは胸のブローチに触れ、いつもよりほんの少し早い心音を意識しないように努めた。
◇◇◇
『ソフィーお姉様……?』
どこかで可憐な義妹の声が聞こえた気がするけれど、それさえも現実逃避だと思うほどには自分の感情が動き始めてしまっているのが分かった。
20
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
バッドエンド回避のために結婚相手を探していたら、断罪した本人(お兄様)が求婚してきました
りつ
恋愛
~悪役令嬢のお兄様はヤンデレ溺愛キャラでした~
自分が乙女ゲームの悪役キャラであることを思い出したイザベル。しかも最期は兄のフェリクスに殺されて終わることを知り、絶対に回避したいと攻略キャラの出る学院へ行かず家に引き籠ったり、神頼みに教会へ足を運んだりする。そこで魂の色が見えるという聖職者のシャルルから性行為すればゲームの人格にならずに済むと言われて、イザベルは結婚相手を探して家を出ることを決意する。妹の婚活を知ったフェリクスは自分より強くて金持ちでかっこいい者でなければ認めないと注文をつけてきて、しまいには自分がイザベルの結婚相手になると言い出した。
※兄妹に血の繋がりはありません
※ゲームヒロインは名前のみ登場です
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる