ホビーレーサー!~最強中年はロードレースで敗北を満喫する~

大場里桜

文字の大きさ
68 / 101
6章 終わった夢が残した物

第68話 階段

しおりを挟む
 お世話になっている自転車店『エンシェント・バレー』に入店して、直ぐに店主のシゲさんに声をかける。
 早く息子さんの形見のロードバイクを返却しないと!

「シゲさん! このロードバイクーー」
「どうだった? 前のより乗り心地が良かっただろう?」

 シゲさんは私の話を遮ってロードバイクの感想を聞いてきた。

「そういう事ではないです。形見なんでしょう、息子さんの」

 ふーっ。シゲさんがため息をついた後、隣に座る様に促す。
 私はロードバイクをスタンドにかけて、隣に座った。

「誰に聞いた?」
「峠の頂上で北見さんに聞きました」
「そうか、それは良かった」

 嬉しそうに笑うシゲさん……話がかみ合わず困惑する。
 シゲさんが喜んでいる理由は、私が峠まで走りに行った事だとは思うけど……
 困惑して黙る私を見て、シゲさんが話を続ける。

「俺が何で喜んでいるのか分からないのかい?」
「私が帰宅しないで峠まで走りに行ったからですか?」
「正解だ。楽しんでもらえたのなら、貸した意味があったってもんだ」
「どうして私に貸してくれたのですか? 他の店に行ったことがない私ですら、代車が嘘だって事くらい気づきますよ」
「嘘じゃないさ。本当に代車だ。まぁ、普段やってないから、特別対応ではあるけどな」
「何で特別対応を?」
「もったいねぇよな」

 シゲさんが一息ついた後、ロードバイクを眺めながら、しみじみと言った。
 亡くなった息子さんを思い出しているのだろう。
 でも、どうしてお客さんの中の一人でしかない私に特別対応をするのだ?

「何が勿体ないのですか?」
「中杉さんが走る事を止めてしまう事だよ」
「私が走る事?」
「そうだ、愛車を大切にしてた奴が止めるのはもたいねぇ。どれだけ大切にしていたか分かるさ。安価なアルミフレームだけど、綺麗に清掃して使ってたよな。走る度にメンテナンスしてなきゃ、あんなに良いコンディションは維持出来ないさ」
「愛車なんだから普通じゃないのですか?」
「そんな事はないさ。手間だから自分では清掃しないし、チェーンの注油すらしなかったりする人も結構いるのさ。最後は調子が悪くなったからって、新しいカーボンフレームに乗せ換えてポイってな。だけどな、中杉さんのフレームは違う。レース機材としての寿命を全うしたんだよ」
「それでも私のミスで壊したのです」
「だから、コイツが必要だと思った。だから咄嗟に代車とか言って渡した」
「今の話にどう繋がるのですか? 全く分からないのですが」

 私のメンテナンスの話から、息子さんのロードバイクを代車として貸し出した話にどの様につながるのか分からない。

「そいつの前の持ち主もね……同じだったのさ。乗りたいって言うから16才の誕生日にプレゼントしたのさ。高校生に高級なカーボンフレームは贅沢だと思ってな、適当に選んだアルミバイクをな。何が楽しいのか毎日磨きながら愛車を眺めていたな。自分でメンテナンスもしてね。でも、レースで落車してフレームが折れてしまってね。アイツも中杉さんみたいに悲しんだけどな、そいつに乗って乗り越えたんだ」

 シゲさんが息子の形見のロードバイクを指差す。
 彼はどういう心境で乗り越えたのだろう?
 乗り続ければ分かるのか?

「会った事がない中杉さんは知らないだろうけどな、見た目も性格も違うのに、ロードバイクとの関わり方が似てるのさ。もしもアイツが生きてたら、俺と同じで中杉さんに貸してたと思う。だから預かっていてくれ。まだ迷っているのだろう?」
「迷ってますね……」
「なら決心がつくまでで良いさ。ここで止めるにも、続けるにも、考えるのに時間が必要だろう」
「分かりました。ありがたく使わせて頂きます。負け続けの私には似合わないかもしれないですけど……」
「Stairs to victoryか……俺はなぁ、勝利への階段じゃなくてな、人生の階段を地道に上がって欲しかったんだよ。負けてもいいんだよ。生きて楽しく続けられるなら……」

 シゲさんが立ち上がり、ロードバイクに刻まれた階段状の傷を指でなぞる。
 人生の階段か……シゲさんは息子さんの成長が楽しみだったのだろうな。
 負けてもいいか……生きて楽しく続けられるなら。
 プロではないのだ。勝ち負けよりも大切な事がある。
 それを忘れて私は愛車を失った。
 どうしても同じ失敗をするのではと心配してしまう。
 迷いは晴れない、それでもシゲさんの想いを受けて、少しだけ気持ちの変化を感じた。
 もう一度、考えてみよう。
 走る理由を!

「心に留めておきます。今日は有難う御座いました」
「気を付けてな」
「はい」

 私はシゲさんに手を振り、帰路についた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...