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6章 終わった夢が残した物
第69話 帰り道、今日は一つ
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シゲさんの想いを受けて、しばらく新しい相棒と一緒に走ってみる事にした。
そう思って最初に思い浮かんだのは西野だった。
それは当然の事だ。
沢山の仲間と出会う切っ掛けとなったのは彼女なのだから。
全てはシゲさんの店で彼女と出会った所から始まったのだ。
だから、次の土曜日に一緒に走ろうと誘い、久しぶりに一緒に走る事になった。
当日、待ち合わせ場所に向かうと西野が既に来ていた。
いつも早いな。
「懐かしいわね。シゲさんが貸してくれたの?」
西野が世間話をするかの様に話しかけてきた。
彼女は北見さんと同じで、このロードバイクの前の持ち主の友人だ。
私が乗っている事に驚かないのが不思議だ。
「そうだよ。驚かないのだな」
「驚いているわよ。使い物にならない傷物だから、捨てるしかないって言ってたのにね。大事にしてたのね」
「当然だろう。形見なんだから大事にするさ。言い方はシゲさんらしいけど」
「そうね。それでどうして走る気になったの? 忘年会の様子だと止めそうだったけど?」
「そう見えただろうな。実際、去年は止める気だった。今は少し走ってみようと思い始めているけどな」
「どうして続ける気になったの? シゲさんに何か言われた?」
「あぁ、シゲさんに言われた事もある。だけど仲間と別れたくないって思いが強かった。東尾師匠や北見さんに教えてもらった事を無駄にしたくない。楽しそうにロードバイクについて語る木野さんと別れたくない。南原さんとひまりちゃんの二人も見守りたい。利男とはこれから仲良くしていきたい」
「ふーん。私の話がなかったけど?」
西野が少し不機嫌そうになる。
「ノノの事は全く考えていなかった」
「なにそれっ! どういう事!!」
私が正直に話したら、西野が激怒した。
予想していたが、実際に怒らせると申し訳ない気分になる。
誤解が無いように前置きが必要だったな。
「いや、何て伝えたら良いのだろうか……笑わずに聞いてもらえると助かるのだが……」
私は歯切れ悪く言った。
理由は分かっている。
本当の事を彼女に言った時に、否定されるのが怖いのだ。
「笑う? 既に笑えないんですけど? こんな状況で笑える事言えるような面白い人でしたっけ?」
「面白い人ではないな。どちらかと言えば、堅物と言われる事が多い。だから今から言う事は面白い事ではない」
「それで私を笑わせるの?」
「笑わせたい訳ではないのだが……」
「それなら言ってみなさいよ!」
「いなくなると思っていなかった。ロードバイクを止めてもノノは一緒だと思い込んでいた。自分でも信じられない事だがな。だからノノの事は考えていなかった」
「なにそれ! プロポーズのつもり?」
西野が叫んだ。
彼女が言った事は想定外だった。
「ただの友達だから」とか「勘違いしないでよね」とか言われると思っていたからだ。
プロポーズ……そうか、そうだな。
一緒にいるのが当たり前と思うって事は、そういう相手だって認識しているって事だよな。
2年も一緒にいて、恋愛感情を一度も持った事が無いのに不思議なものだ。
「付き合ってもいないのにプロポーズするのは変な話だが、今後も一緒にいたいと相手に伝えるのはプロポーズと言えなくもない」
「何メンドクサイ事言ってるのよ。先に行くわよ!」
「えっ、先にって?」
西野が突然走り出した。
そうだ、今日は一緒に走る為に来ていたのだった。
どうして私はこんな事を言い出してしまったのだ。
必死に追いかけるが、彼女は10分程度で視界から消えてしまった。
これは怒らせてしまったかな。
西野を頂上で長時間待たせない様に必死に走ったら、ベストタイムから6分短縮して頂上に辿り着いた。
いつもなら喜ぶところだが、今はそれどころではない。
彼女が座っているところに急いで向かった。
「今日は容赦ないな。あっさり置いていかれるとはね」
「頂上で見たかったのよ。ソイツが追いかけてくるところ」
西野が私が借りているロードバイクを指差す。
「乗ってるのが私でなければ速いのだろうがな」
「そうね、昔は速くなりたくてソイツの後ろ姿を追いかけてたのよね。だからソイツが私を追いかけてくるのを見ると感慨深いものがあるのよね」
西野が嬉しそうに笑う。
私は困惑する。
追いかけていた相手より速く走れるのは嬉しい事だが、今回はそもそも走っている相手が変わっているのだ。
私は前の持ち主の蓮さんではないのだ。
それでも嬉しいものなのか?
「楽しそうなのはなによりだが、反応に困るな」
「私といると、こういう事が沢山出てくるわよ。私、面倒な女だから」
「それは大変な事だ。でも、面倒な相手の面倒を見るのは得意だ。これでも管理職だからね」
「私の事も管理するの?」
「ご要望があれば。でも面倒な方が楽しそうではある」
「それなら今日は私が満足するまで、ついて来なさいよ。今更嫌がっても許さないからね」
西野が私に向かって指をさして宣言した。
これは峠で引き回される流れだな……
「善処します……」
結局、西野のお勧めヒルクライムコースをフルに味わう事になった。
流石に疲れたが力尽きる訳にはいかない。
帰り道も彼女のご指定だから。
いつもは分かたれる帰り道、今日は一つ。
そう思って最初に思い浮かんだのは西野だった。
それは当然の事だ。
沢山の仲間と出会う切っ掛けとなったのは彼女なのだから。
全てはシゲさんの店で彼女と出会った所から始まったのだ。
だから、次の土曜日に一緒に走ろうと誘い、久しぶりに一緒に走る事になった。
当日、待ち合わせ場所に向かうと西野が既に来ていた。
いつも早いな。
「懐かしいわね。シゲさんが貸してくれたの?」
西野が世間話をするかの様に話しかけてきた。
彼女は北見さんと同じで、このロードバイクの前の持ち主の友人だ。
私が乗っている事に驚かないのが不思議だ。
「そうだよ。驚かないのだな」
「驚いているわよ。使い物にならない傷物だから、捨てるしかないって言ってたのにね。大事にしてたのね」
「当然だろう。形見なんだから大事にするさ。言い方はシゲさんらしいけど」
「そうね。それでどうして走る気になったの? 忘年会の様子だと止めそうだったけど?」
「そう見えただろうな。実際、去年は止める気だった。今は少し走ってみようと思い始めているけどな」
「どうして続ける気になったの? シゲさんに何か言われた?」
「あぁ、シゲさんに言われた事もある。だけど仲間と別れたくないって思いが強かった。東尾師匠や北見さんに教えてもらった事を無駄にしたくない。楽しそうにロードバイクについて語る木野さんと別れたくない。南原さんとひまりちゃんの二人も見守りたい。利男とはこれから仲良くしていきたい」
「ふーん。私の話がなかったけど?」
西野が少し不機嫌そうになる。
「ノノの事は全く考えていなかった」
「なにそれっ! どういう事!!」
私が正直に話したら、西野が激怒した。
予想していたが、実際に怒らせると申し訳ない気分になる。
誤解が無いように前置きが必要だったな。
「いや、何て伝えたら良いのだろうか……笑わずに聞いてもらえると助かるのだが……」
私は歯切れ悪く言った。
理由は分かっている。
本当の事を彼女に言った時に、否定されるのが怖いのだ。
「笑う? 既に笑えないんですけど? こんな状況で笑える事言えるような面白い人でしたっけ?」
「面白い人ではないな。どちらかと言えば、堅物と言われる事が多い。だから今から言う事は面白い事ではない」
「それで私を笑わせるの?」
「笑わせたい訳ではないのだが……」
「それなら言ってみなさいよ!」
「いなくなると思っていなかった。ロードバイクを止めてもノノは一緒だと思い込んでいた。自分でも信じられない事だがな。だからノノの事は考えていなかった」
「なにそれ! プロポーズのつもり?」
西野が叫んだ。
彼女が言った事は想定外だった。
「ただの友達だから」とか「勘違いしないでよね」とか言われると思っていたからだ。
プロポーズ……そうか、そうだな。
一緒にいるのが当たり前と思うって事は、そういう相手だって認識しているって事だよな。
2年も一緒にいて、恋愛感情を一度も持った事が無いのに不思議なものだ。
「付き合ってもいないのにプロポーズするのは変な話だが、今後も一緒にいたいと相手に伝えるのはプロポーズと言えなくもない」
「何メンドクサイ事言ってるのよ。先に行くわよ!」
「えっ、先にって?」
西野が突然走り出した。
そうだ、今日は一緒に走る為に来ていたのだった。
どうして私はこんな事を言い出してしまったのだ。
必死に追いかけるが、彼女は10分程度で視界から消えてしまった。
これは怒らせてしまったかな。
西野を頂上で長時間待たせない様に必死に走ったら、ベストタイムから6分短縮して頂上に辿り着いた。
いつもなら喜ぶところだが、今はそれどころではない。
彼女が座っているところに急いで向かった。
「今日は容赦ないな。あっさり置いていかれるとはね」
「頂上で見たかったのよ。ソイツが追いかけてくるところ」
西野が私が借りているロードバイクを指差す。
「乗ってるのが私でなければ速いのだろうがな」
「そうね、昔は速くなりたくてソイツの後ろ姿を追いかけてたのよね。だからソイツが私を追いかけてくるのを見ると感慨深いものがあるのよね」
西野が嬉しそうに笑う。
私は困惑する。
追いかけていた相手より速く走れるのは嬉しい事だが、今回はそもそも走っている相手が変わっているのだ。
私は前の持ち主の蓮さんではないのだ。
それでも嬉しいものなのか?
「楽しそうなのはなによりだが、反応に困るな」
「私といると、こういう事が沢山出てくるわよ。私、面倒な女だから」
「それは大変な事だ。でも、面倒な相手の面倒を見るのは得意だ。これでも管理職だからね」
「私の事も管理するの?」
「ご要望があれば。でも面倒な方が楽しそうではある」
「それなら今日は私が満足するまで、ついて来なさいよ。今更嫌がっても許さないからね」
西野が私に向かって指をさして宣言した。
これは峠で引き回される流れだな……
「善処します……」
結局、西野のお勧めヒルクライムコースをフルに味わう事になった。
流石に疲れたが力尽きる訳にはいかない。
帰り道も彼女のご指定だから。
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